藤田伸二
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| 藤田伸二 | |
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フサイチコンコルドに騎乗
(すみれステークス 1996年3月9日) |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 北海道新冠町 |
| 生年月日 | 1972年2月27日(37歳) |
| 身長 | 156.0cm |
| 体重 | 50.0kg |
| 血液型 | O型 |
| 騎手情報 | |
| 所属団体 | 日本中央競馬会 |
| 所属厩舎 | フリー |
| 初免許年 | 1991年 |
| 免許区分 | 平地 |
藤田 伸二(ふじた しんじ、1972年2月27日 - )は日本中央競馬会 (JRA) のフリー騎手。北海道新冠町出身。本名は小川 伸二(おがわ しんじ。デビュー当時の姓は藤田であり改姓後も登録名は藤田伸二のままである)。愛称は「男」、「シンジ」。
目次 |
[編集] 概要
北海道出身であるが、日常会話は関西弁を使用。新冠町立新冠中学校卒業後、1年間の牧場勤務を経て競馬学校に入学(7期生)、1991年に中央競馬の騎手としてデビュー(栗東・境直行厩舎所属、同期には四位洋文、安田康彦らがいる)。初騎乗は1991年3月2日、中京競馬第1競走のハイビスカスマミー(13頭立ての7着)、同年3月9日、中京競馬第1競走で初勝利を挙げる(優勝馬マキバスクリーン)。
1991年にノーザンコンダクトでラジオたんぱ杯3歳ステークスを制し重賞初勝利、以後2009年現在まで毎年重賞を勝利している。翌1992年にタケノベルベットでエリザベス女王杯を制しGIを初制覇。1996年にはフサイチコンコルドで東京優駿(日本ダービー)を制し、史上2番目の若さでダービージョッキーの仲間入りを果たした。2009年8月現在でGI級11勝、うち高松宮記念を3勝(1999年マサラッキ、2002年ショウナンカンプ、2009年ローレルゲレイロ)しており、GI昇格後の高松宮記念最多勝ジョッキーでもある。2004年には安田富男、武豊に次ぐJRA史上3人目となる中央競馬全10場重賞制覇を達成している。
夏競馬開催は生まれ故郷である北海道(函館・札幌競馬場)を主戦場とし、多くの勝ち鞍を挙げている。2007年6月16日には函館開催の初日、1日9連対のJRAタイ記録を達成した(武豊、横山典弘に次ぐ3人目)。
豪快な騎乗センスに定評があるが、同時にクリーンな騎乗を心がけており、制裁の対象となることは非常に少ない。そのため競馬学校の特別講師として招かれることもある。2004年に年間の制裁点が0点でありかつ優秀騎手賞を受賞したことにより、JRA史上3人目(柴田政人、河内洋に次いで)となる特別模範騎手賞を最年少で受賞した。藤田自身は「ようやく自分にも1つ、豊さんに破られない記録を作ることができた」と感想を語った。
近年は栗東・藤原英昭厩舎の主戦騎手を務める。一方栗東所属でありながら、東京・中山での騎乗を大幅に増加させている。
[編集] エピソード
- 過換気症候群の持病がある。
- 競馬学校時代に格闘技を習い始め、現在ではセミプロレベルの格闘技術を保有している。
- 北海道出身、北海道参戦の縁から、2006年8月16日札幌ドームのプロ野球日本ハム-西武戦で背番号「男」のユニフォームを着て始球式を務めた。直球、ストライクを投げ込んだ。
- 仲の良い騎手や厩務員には感謝や気遣いの心を忘れない一面もある。公私共に親しく、2007年に落馬負傷した石山繁騎手の妻が執筆した単行本「落馬脳挫傷」のプロデュースを務める。
- 先輩騎手である田原成貴に弟分として同期である四位洋文と共に可愛がられていた。その縁で田原が1999年に調教師に転身した後も同厩舎の期待馬フサイチゼノン等の主戦ジョッキーとして活躍していたが、2001年に田原が起こした覚せい剤所持事件をきっかけに関係が切れた(田原が15年間競馬業界に関われないこともあるため→再び逮捕・起訴されたことにより無期限に延長[1])。なお、同期である四位洋文とは競馬学校時代からの親友である。
- 2009年から始めたブログの更新と麻雀が趣味で、「よろしいやん」という名言が生まれておりローレルゲレイロで勝利した高松宮記念の勝利ジョッキーインタビューの際「馬券が当たってよろしいやん」という発言もした。
- 一時期 ワールドスーパージョッキーズシリーズ表彰式等のイベントを「仕事により」参加しなかったことがあった。
[編集] 不祥事
2006年12月21日栗東市内の飲食店で酒に酔い従業員の接客態度に腹を立て、その従業員に対し暴力行為に及び、裁定委員会による正式処分決定まで騎乗停止となる。2007年1月5日に処分が決定、2006年12月22日から2007年3月21日までの騎乗停止に。平成18年(2006年)度きゅう舎関係者表彰(優秀騎手賞の各部門及びフェアプレー賞)の対象でもあったがこの件を受けて除外された。また2007年3月19日までに傷害容疑で書類送検されたが、「被害者と示談が成立している」として起訴猶予処分となった。なおこの件は藤田自身の逮捕までには至っていない。
[編集] 表彰
[編集] 記録
[編集] 主な騎乗馬
- タケノベルベット(エリザベス女王杯)
- フサイチコンコルド(東京優駿)
- シルクジャスティス(有馬記念)
- マサラッキ(高松宮記念)
- シルクプリマドンナ(優駿牝馬)
- ムガムチュウ(ダービーグランプリ)
- アドマイヤドン(朝日杯フューチュリティステークス、JBCクラシック)
- ショウナンカンプ(高松宮記念)
- ダンツフレーム(宝塚記念)
- アサクサデンエン(安田記念)
- イイデケンシン(全日本2歳優駿)
- エイジアンウインズ(ヴィクトリアマイル)
- ローレルゲレイロ(高松宮記念、スプリンターズステークス)
[編集] テレビ出演
- さんまのナンでもダービー(1995年)
[編集] 著書
- 『直線一気』(1999年 マガジン・マガジン)
- 『特別模範男』(2006年 東邦出版)
- 『競馬番長のぶっちゃけ話』(2009年 宝島社)
[編集] 外部リンク
[編集] 注釈
- ^ 逮捕当初は競馬関与停止期間の最大が15年であった。無期限が新たに設定されたのは2007年の規定改正時である。
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最終更新 2009年12月6日 (日) 15:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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