蛍原徹
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| 蛍原徹 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 生年月日 | 1968年1月8日(41歳) |
| 出身地 | 大阪府大阪市西淀川区 |
| 血液型 | A |
| 方言 | 大阪弁 |
| 最終学歴 | 大阪府立門真高等学校 |
| 出身 | NSC大阪校7期 |
| コンビ名 | 雨上がり決死隊 |
| 相方 | 宮迫博之 |
| 芸風 | コント(ツッコミ) |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 1989年 - 現在 |
| 同期 | さまぁ〜ず、東貴博 |
| 現在の代表番組 | 世界の競馬 遊びに行こっ! |
| 過去の代表番組 | 特に無し |
| 配偶者 | 既婚 |
蛍原 徹(ほとはら とおる、1968年1月8日 - )は、日本のお笑いタレント。お笑いコンビ・雨上がり決死隊のツッコミ担当で、相方は宮迫博之。愛称はホトちゃん。大阪府門真市出身。大阪府立門真高等学校卒業。血液型A型。NSC7期生。所属事務所は吉本興業。
目次 |
来歴
- 1988年、NSCに入学、7期生となる。吉本に入った理由は大学受験に失敗して、やけを起こしたからである(中央大学、青山学院大学などを受験した)。そのときに「ホワイト&ホワイト」というコンビを結成するも解散。「のっぺり星人」という名前でピン芸人として活動する。
- 1989年、NSCの同期生だった宮迫博之と雨上がり決死隊を結成。
- 2002年、大井競馬場内の飲食店「ホトチャンキッチン」をプロデュースした(現在閉店)。
- 2004年、長年付き合っていた恋人と結婚。
人物
芸風
- 1990年代初頭、吉本印天然素材でリーダーを務め、器用な仕切りができる芸人として期待を集めた。しかし、いつからか相方である宮迫博之の陰に隠れるような存在になり、そのポジションはボケでもツッコミでもなく「自由人」だと言われることがある。
- 天然素材のリーダーではあったものの、天然素材のもう一つの売りであったダンスについては最下位の出来だったという(『めちゃ×2イケてるッ!』2001年11月24日放送分より)。
- 宮迫の破壊的なボケに対して埋もれてしまう感があったが、次第に先輩芸人村上ショージから受け継いだという「何事にも動じないという芸風」を確立。それは、宮迫のボケに対してというより自らがスベることについてむしろ発揮され、蛍原の寒いギャグに周囲が失笑していても堂々としているというキャラクターで押し切ることで、それがボケとなっている。その際は宮迫がツッコミに変わる。
- ノリツッコミも得意とし、ほとんどの場合、振られればボケ通すことができ、「職人芸」と『水10!ワンナイR&R』でナレーションをされたほどである。
趣味・嗜好
- ギャンブル好きで特に競馬ファンであり、数々のエピソードを残している日本テレビ『スポーツうるぐす』の競馬コーナー等にもよく出演した。そのかいもありNHKBS1の『世界の競馬』の司会を2005 - 2008年度の間務めていた。
- 『北の国から』の大ファンであり、それが転じて「将来的には北海道に移住したい」、「自分は北海道富良野出身」と公言するほどの北海道好きとなる。北海道文化放送のローカル番組『YASUのえき☆スタ@noon』では、『蛍ちゃんの北海道移住計画』という1コーナーが設けられた。自身の結婚式も『北の国から』ロケ地に近い北海道・美瑛町で行った。また、北海道日本ハムファイターズのファンでもあるが、宮迫に「応援歌歌えんのか?」と言われると、何にも歌えなかった。
- 幼少の頃から漫画・アニメには興味がなかったようで、漫画・アニメが大好きな相方宮迫とは相反するように疎い。『機動戦士ガンダム』や『ドラゴンボール』など日本を代表するような有名作品に対しても、まったく話についていけない。
- 餃子の王将の大ファンである。
- ユリ根と揚げシュウマイが大好物。
- ホンダ・リードが大好きで、同じモデルを7台乗り継いだ。当時、周囲からの印象は「リード=蛍原」であった。
- アダルトビデオのマジックミラー号シリーズが大好きで、並々ならぬ拘りを持っている。
身体的特徴
- サラサラヘアーのおかっぱ頭が特徴的。ユニリーバ・ジャパンの行った「Lux・髪の毛のきれいな男性芸能人」のアンケートで、蛍原は、見事2位に選ばれた。これについて「(1位の)木村拓哉と(3位の)タッキーは、どんなアンケート取っても大体上位に入るから、実質1位は僕」と語っていた。
- そして、TBSラジオ『雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!』にて自身のCM出演を希望したところ、テレビCMとまでは行かなかったがネットでの公開と1日限り各地の街頭ビジョン放送が実現した。
その他エピソード
- 少年時代は中学まで野球少年でプロ野球選手になるのが夢だった。やめた理由は同世代だった桑田真澄の球を見た時もう駄目と思いプロには行けないと思ったかららしい。
- 高校生時代は周りから恐れられるくらいのヤンキーだった。そのため、街でからまれたり(特に先輩や後輩が)タクシーの運転手などから理不尽に傲慢な態度を取られると鬼のようにキレるという。あまりにキレるのが早すぎて相手の背中にキレた事がある。(やりすぎコージーにて宮迫談)。また普段のキャラは意外に男っぽく後輩からも慕われている。
- 科学者になりたかったため「毒物劇物取扱責任者」という国家資格を取得している。
- 「のっぺり星人」という名前で活動していた時期は、宮迫曰く「二丁目劇場始まって以来の」スベリ方をしたらしい。
- お店でコーンスープを注文したら店側の間違いで、さ湯にコーンが1粒浮いているだけだったという経験がある。
- 売れない時期に競馬で300万円を当てた事があるが、当たった事を相方にも言わず、そのお金で自分の墓石を買っており、よく宮迫などに「蛍の墓」とイジられている。
- 『やりにげコージー』出演時には、自分の車を売った35万円で馬券をたった1枚買い130万円を当てている。
- 蛍原の妻はゆずの大ファンである。蛍原本人はますだおかだの増田を通してゆずの北川悠仁と食事をしたが仲良くなるには至らなかったらしい。
- 蛍原という名前はかなり珍しく、「蛍」の漢字がつく苗字は蛍原姓以外にない、それ故、周りから「苗字に昆虫がいる」と言われ、蛍原はこう言われるのを嫌っている節がある。
- 奥さんはラジオでは宮迫に「顔が28点の嫁」と弄られている、ちなみに口癖は「なんでなんでなんで?」「へこんじゃうよぉ」。
- 2007年3月31日放送のTBSオールスター感謝祭で見事優勝を飾った。
- 昔コンビで自転車通勤だったがいつも宮迫にサドルを隠されるなどのいたずらをされていた。(花壇に差し込むなど)果てには物干し竿を取りつけられてかなり長いサドルにされていた。(宮迫は隠れて見ていたが蛍原はその自転車にちょっと乗ろうとしたらしい)
- 雨上がり決死隊結成前に現在WAHAHA商店所属のピン芸人、コラアゲンはいごうまんとコンビを組んでいた。しかし組んでいた時期、期間は詳しく明かされていない。
- サクランボの種飛ばしを得意としており、「リンカーン」の企画で、山形県東根市で2009年6月14日に行われた「さくらんぼ種飛ばし ジャパングランプリ2009」に出場し、12m60cmの記録で六位に入賞した。
出演
蛍原のみ出演のもの。コンビでの出演は雨上がり決死隊を参照。
テレビドラマ
その他のテレビ番組
- 世界の競馬(NHK衛星第1テレビジョン キャスター)
- なるトモ!(ytv 月曜不定期ゲスト)
- ツッコミ日本代表2006(テレビ東京 司会)
- 遊びに行こっ!〜旅するTV〜ホトチャンネル (テレビ愛知)
- 地元応援バラエティ このへん!!トラベラー(北海道テレビ、2009年5月 - )
ラジオ
- 雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!
- オレたちやってま~す木曜日(2000年10月から2002年3月まで、山崎邦正・堀江由衣・小池栄子ともに7-9期パーソナリティを務める)
外部リンク
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