蟹江篤子
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蟹江 篤子(かにえ あつこ 1949年2月9日 - )は、名古屋を拠点に活動するフリーアナウンサー・パーソナリティー。元東海ラジオ放送アナウンサー。
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[編集] 来歴・人物
愛知県東海市出身。南山中学校・南山高校を経て南山大学卒業。「ぶっつけワイド」では東海ラジオアナウンサー(当時)の松原敬生とのコンビで当時隆盛を誇っていたCBCラジオ「ばつぐんジョッキー」を打倒するなど、ラジオパーソナリティとして人気・実力がある一方で、民話などの朗読の評価も高い。松原敬生・天野良春(いずれも元東海ラジオアナ)などとともに東海ラジオを支えたアナウンサーである。
他のアナウンサーなどからは「蟹江さん」と呼ばれることが多いが、同じくかにタク言ったもん勝ちのパーソナリティのタクマからは「お姉さん」と呼ばれている。
ぶっつけワイド時代に番組でつくったオリジナル曲「しあわせの糸」を歌ったことがあり、2008年12月31日放送の自身が担当するかにタク内の「あったらかけてよ~!」でリクエストされ、25年ぶりに放送された[1]。
2009年2月をもって東海ラジオを定年退職したが、かにタク言ったもん勝ちには引き続き出演している。
[編集] さだまさしとの関わり
1960年代終盤~1980年代初頭にかけて東海ラジオの看板深夜番組として放送された「ミッドナイト東海」のパーソナリティーを担当していた1974年、当時無名のフォークデュオ「グレープ」(さだまさし・吉田政美)のある曲を自分の担当曜日では毎週のように流し続け、これが功を奏して名古屋地区を皮切りにこの年の邦楽界を代表する全国的な大ヒットとなった。それがグレープ、さだまさしの代名詞的な作品として現在も歌い継がれる名曲『精霊流し』であった。このため、さだは蟹江を恩人として慕っている。
2007年10月28日の未明にNHKで放送された「名古屋から生放送! 秋の夜長もさだまさし」のスタジオに「観覧」に来ていたところ、生放送中にその姿をさだまさしに発見され、十数分間ではあるが飛び入りでパーソナリティ陣に参加し、視聴者からのハガキなどを紹介した。この日は、総合テレビのほかFMラジオでも同時放送されており、ローカル民放の現役局アナの声がNHKテレビの全国放送に乗るという、画期的な出来事になった。
これが実現した背景としては、東海テレビ・ラジオの本社ビルである「東海放送会館」とNHK名古屋放送センタービルが、同じ東区の東桜一丁目(東海放送会館は14番、NHKは13番)にあったことが挙げられる。さだは「CBCやFM愛知の人も来ないかな」などと冗談めいて発言したが、両社は同じ中区にあるものの、東海放送会館とNHK名古屋局からは離れている。
[編集] 現在の出演番組
- かにタク言ったもん勝ち (東海ラジオ、月~金 9:00~12:00)
[編集] 過去の出演番組(東海ラジオ在職時)
- 東海ラジオ
- ぶっつけワイド
- ミッドナイト東海
- 土曜の朝にはアイがある
- 気分はほっと
- 民話の小箱
- 蟹江篤子のモッタイナイさまさま(源石和輝の土曜スタイル!の9時台。経済産業省中部経済産業局の提供。2006年12月までの放送)
- 番組ではないが、東海ラジオ内で放送される岐阜県関連コーナーで使用される同県の観光キャッチコピーいい旅 ふた旅 ぎふの旅の声を担当していたことがあった。
- おばあちゃんのおごっつぉ(ミニ番組、ナレーター)
- 島の子供たちは名演奏家~はじめて海を渡った音楽会~(2007年12月17日、ナレーター)
など
[編集] 著書
- 『夜と万年筆 ミッドナイト東海・朗読コーナーの本』蟹江篤子編 有文社, 1977.5
[編集] その他
- 流石の源石で「コラー」や「コラ源石」(きっかけは同番組のアシスタントだった浅田若菜アナが上司である蟹江に怒られているというのを源石が番組内で蟹江の声真似をしつつネタにしていたことが反響を呼び、2006年12月30日放送分から蟹江本人の声を収録し効果音として利用するということになった)などの効果音が流れている時もある。
- かにタク内で放送中の人気コーナー・ばばぁ〜ずBarberではキャラ(人?)が変わる。
- 現在は唯一の担当番組がかにタクのみであるが、番組内容を充実させているらしい。またCMに数多く出演している。
[編集] 脚注
- ^ かにタクサブちゃんねる(2008年12月31日更新)の情報によると、他にもいくつか蟹江アナが歌った曲があるらしい。
最終更新 2009年10月4日 (日) 12:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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