衆議院議長

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日本
衆議院議長
しゅうぎいんぎちょう
国章
現職者:
横路孝弘
(第73代)
就任日:2009年9月16日
任命者 衆議院(1947年より)
天皇(1947年まで)
(なし)
職務代行者 事務総長
(鬼塚誠)
初代 中島信行
創設 1890年11月29日
公式サイト 衆議院

衆議院議長(しゅうぎいんぎちょう)は、衆議院における議事を整理し、衆議院を代表する役職。

目次

[編集] 概要

衆議院議員の中から1名、議院によって選出される[1]参議院を代表する参議院議長とともに立法府を司る三権の長である。

衆議院議長の職については、国会法(昭和22年4月30日法律第79号)(以下、本項において「法」という)により両議院に共通した規定と、衆議院規則(昭和22年6月28日議決)(以下、本項において「規則」という)による衆議院独自の規定とがある。

[編集] 選出と職務の代行

衆議院議場・中央が衆議院議長席

衆議院議長の選挙は、議会召集日または議長が不在の場合において、集会した議員が総議員の3分の1に達した後で、事務総長による議長の職務代行のもとで行われる(法第6条、規則第3条)。議長選挙は無名投票であり(規則第3条第2項)、半数を得たものを当選人とする(規則第8条)。投票の過半数を得た者がない場合は投票数上位2人について決選投票を行い、2人の得票数が同じ場合はくじで決定する(規則第8条第2項)。

帝国議会時代は衆議院本会議で議長選挙で候補を上位3人に絞り、3人の候補の中から勅任していた[2]

慣例として議長は与党第一党、副議長は野党第一党の所属議員から選出される。また、1973年5月29日以降、慣例として正副議長は会派を離脱し無所属となる。ただし議長・副議長の職を離れた後は出身党派に復帰することが通例。

議長に事故がある場合(議事が長時間となり議長が休息をとる場合を含む)又は議長が欠けた場合は、議長の職務は副議長が行う(法第21条)。副議長も事故がある場合は、仮議長を選挙又は議院の委任により議長において選任して議長の職務を行わせることになっており(法第22条第1項・第3項)、最年長議員を仮議長に指名する慣例となっている。副議長又は仮議長が議長の職務を行う場合、自称(例:「議長は○○委員長に○○君を指名します」)・他称(例:議事進行係の「議長において○○されることを望みまーす」)は単に「議長」となり、「副議長は」「副議長において」のような呼び方はしないのが慣例である。

本会議場の壇上中央には議長席があり、議長席から見て右脇(議席から見て左)には事務総長席があるが、副議長席といったものはなく、議長に事故等がない限り副議長は自らの議席で審議に参加する。この場合、慣例・先例により議長が投票(賛否表明)をしない案件であっても、議席の副議長は他の議員と同様採決に参加する。

[編集] 任期・待遇

衆議院議長公邸(東京都千代田区永田町)。参議院議長公邸が隣接する。

正副議長の任期は衆議院議員の任期と同じである(法第18条)。解散によってすべての衆議院議員が地位を失うと、議員のひとりである議長も当然にその地位を失う。衆議院議員総選挙が行われたときは、直後に召集された国会の最初の本会議で議長の選挙が行われる(#選出と職務の代行の手続きによる)。

日本国憲法による衆議院の優越とは別に、立法府の長としての衆議院議長は参議院議長と同等の資格であり、歳費などの具体的な待遇もすべて同一である。また、議長・副議長はそれぞれ公邸へ入居することができる。国会の開会式は衆議院議長が主宰することとされている(法第9条)。

[編集] 位置付け

議長はその重大な職権にも関わらず、慣例上自己の判断により権限を行使する機会の少ないポストである。自由民主党では議長ポストは上がりのポストとされる。そのため、2009年5月現在、衆議院議長を経験後に内閣総理大臣になった者は存在しない(内閣総理大臣経験後に衆議院議長に就任した人物として幣原喜重郎がいる)。坂田道太は議長退任後に首相就任の声がかかったことがあるが(竹下内閣退陣時)、「議長経験者が首相になるのは国会の権威の上からよくない」として辞退している。二階堂進小渕恵三が議長就任を断った理由がこれであるとされる。

他方で、土井たか子綿貫民輔が衆議院議長職経験後に小政党の党首に就任し、首班指名選挙で票を得た例があったり、衆議院議長職経験をした山崎猛が首班候補とする山崎首班構想があったりした(ただし山崎は帝国議会時代最後の議長である。戦前の政治では議長の地位は今よりも低く、貴衆両院議長の宮中席次は第12位で首相や元老はもちろん陸海軍大将や枢密顧問官よりも下であった。当時の貴族院では、近衛文麿が42歳で議長に就任した例さえあった)。

なお、日本社会党民主党出身の副議長のうち、副議長経験後に党首になった者は存在しないが、自民党で正副議長を独占していた時代における副議長はキャリアパスであり、その後に閣僚に就任した例も多い(ただし首相になった者はいない)。

[編集] 権限

  • 国会閉会中における議員辞職の許可(法第107条ただし書)
  • 議員の議席の指定(規則第14条)
  • 参議院議長と協議して開会式の日時及び場所の指定(規則第19条)
    慣例として、開会式は参議院の議場で行われる。
  • 委員の選任及び辞任の許可(規則第37条)
  • 議院会議中における委員会開催の許可(規則第41条ただし書)
  • 公聴会開催の承認(規則第78条)
  • 会議開始時刻の変更(規則第103条ただし書)
  • 午後6時を過ぎた場合の延会宣告(規則第105条第2項)
  • 自席で発言している者に対する演壇での発言許可(規則第124条)
  • 発言通告をしない者が発言する場合の発言許可(規則第127条)
  • 記名投票における投票時間の制限※(規則第155条の2)
  • 7日を超えない議員請暇の許可(規則第182条)
  • 議事堂内の警察権(法第14章(第114条~118条の2)、規則第16章第1節(第208条~第210条))
  • 議場内の秩序を乱した議員に対する退席命令(規則第233条)
  • 議場に入る者のつえ等携帯の許可(規則第213条ただし書)
  • 演壇登壇の許可(規則第217条)
  • 号鈴を鳴らすことによって全ての者を沈黙させること(規則第218条)
    • 1946年6月21日に号鈴が鳴らされた際、紛糾していた議場がさらに紛糾してしまったことから、それ以後は2000年11月20日に1回使用例があるのみで、号鈴には「鳴らずの鐘」という異名がある。
  • 全ての秩序についての問題の決定(規則第220条)
  • 傍聴人の身体検査(規則第228条)
  • 取締のための傍聴人数の制限(規則第230条)
  • 可否同数時の決裁権(議長決裁権)(憲法第56条第2項、法第92条第2項(両院協議会))

[編集] 歴代衆議院議長・副議長・仮議長

[編集] 帝国議会(大日本帝国憲法)

[編集] 議長

衆議院議長
氏名 就任日 退任日 退任事由 所属会派
1 中島信行 1890年(明治23年)11月26日 1891年(明治24年)12月25日 解散 立憲改進党
2 星亨 1892年(明治25年)5月3日 1893年(明治26年)12月13日 除名 自由党
3 楠本正隆 1893年(明治26年)12月15日 1893年(明治26年)12月30日 解散 同盟倶楽部
4 楠本正隆 1894年(明治27年)5月12日 1894年(明治27年)6月2日 解散 立憲革新党
5 楠本正隆 1894年(明治27年)10月15日 1896年(明治29年)6月8日 議員退職 立憲革新党
6 鳩山和夫 1896年(明治29年)12月22日 1897年(明治30年)12月25日 解散 進歩党
7 片岡健吉 1898年(明治31年)5月15日 1898年(明治31年)6月10日 解散 立憲政友会
8 片岡健吉 1898年(明治31年)11月9日 1902年(明治35年)12月7日 任期満了 立憲政友会
9 片岡健吉 1902年(明治35年)12月7日 1902年(明治35年)12月28日 解散 立憲政友会
10 片岡健吉 1903年(明治36年)5月9日 1903年(明治36年)10月31日 死去 立憲政友会
11 河野広中 1903年(明治36年)12月5日 1903年(明治36年)12月11日 解散 憲政党
12 松田正久 1904年(明治37年)3月18日 1906年(明治39年)1月19日 辞職 立憲政友会
13 杉田定一 1906年(明治39年)1月23日 1908年(明治41年)12月23日 任期満了 立憲政友会
14 長谷場純孝 1908年(明治41年)12月23日 1911年(明治44年)9月6日 辞職 立憲政友会
15 大岡育造 1911年(明治44年)12月24日 1912年(大正元年)8月21日 任期満了 立憲政友会
16 大岡育造 1912年(大正元年)8月21日 1914年(大正3年)3月6日 辞職 立憲政友会
17 長谷場純孝 1914年(大正3年)3月7日 1914年(大正3年)3月15日 薨去 立憲政友会
18 奥繁三郎 1914年(大正3年)3月17日 1914年(大正3年)12月25日 解散 立憲政友会
19 島田三郎 1915年(大正4年)5月17日 1917年(大正6年)1月25日 解散 立憲同志会
20 大岡育造 1917年(大正6年)6月21日 1920年(大正9年)2月26日 解散 立憲政友会
21 奥繁三郎 1920年(大正9年)6月29日 1923年(大正12年)2月16日 辞職 立憲政友会
22 粕谷義三 1923年(大正12年)2月17日 1924年(大正13年)1月31日 解散 立憲政友会
23 粕谷義三 1924年(大正13年)6月26日 1927年(昭和2年)3月25日 辞職 立憲政友会→無所属
24 森田茂 1927年(昭和2年)3月26日 1928年(昭和3年)1月21日 解散 憲政会
25 元田肇 1928年(昭和3年)4月20日 1929年(昭和4年)3月14日 辞職 元立憲政友会
26 川原茂輔 1929年(昭和4年)3月15日 1929年(昭和4年)5月19日 死去 元立憲政友会
27 堀切善兵衛 1929年(昭和4年)12月23日 1930年(昭和5年)1月21日 解散 元立憲政友会
28 藤沢幾之輔 1930年(昭和5年)4月21日 1931年(昭和6年)4月13日 辞職 立憲民政党
29 中村啓次郎 1931年(昭和6年)12月23日 1932年(昭和7年)1月21日 解散 元立憲民政党
30 秋田清 1932年(昭和7年)3月18日 1934年(昭和9年)12月13日 辞職 立憲政友会
31 浜田国松 1934年(昭和9年)12月24日 1936年(昭和11年)1月21日 解散 立憲政友会
32 冨田幸次郎 1936年(昭和11年)5月1日 1937年(昭和12年)3月31日 解散 元立憲民政党
33 小山松寿 1937年(昭和12年)7月23日 1941年(昭和16年)12月22日 辞職 元立憲民政党→衆議院議員倶楽部→翼賛議員同盟
34 田子一民 1941年(昭和16年)12月24日 1942年(昭和17年)5月25日 任期満了 翼賛議員同盟→翼賛政治会
35 岡田忠彦 1942年(昭和17年)5月25日 1945年(昭和20年)4月9日 辞職 翼賛政治会
36 島田俊雄 1945年(昭和20年)6月8日 1945年(昭和20年)12月18日 解散 大日本政治会日本進歩党
37 樋貝詮三 1946年(昭和21年)5月22日 1946年(昭和21年)8月23日 辞職 日本自由党
38 山崎猛 1946年(昭和21年)8月23日 1947年(昭和22年)3月31日 解散 日本自由党→無所属

[編集] 副議長

衆議院副議長
氏名 就任日 退任日 退任事由 所属会派
1 津田真道 1890年(明治23年)11月26日 1891年(明治24年)12月25日 解散
2 曾禰荒助 1892年(明治25年)5月3日 1893年(明治26年)8月31日 議員辞職
3 楠本正隆 1893年(明治26年)11月26日 1893年(明治26年)12月15日 議長就任
4 安部井磐根 1893年(明治26年)12月18日 1893年(明治26年)12月30日 解散
5 片岡健吉 1894年(明治27年)5月12日 1894年(明治27年)6月2日 解散
6 島田三郎 1894年(明治27年)10月15日 1897年(明治30年)12月25日 解散
7 元田肇 1898年(明治31年)5月18日 1898年(明治31年)6月10日 解散
8 元田肇 1898年(明治31年)11月9日 1902年(明治35年)12月7日 任期満了
9 元田肇 1902年(明治35年)12月7日 1902年(明治35年)12月28日 解散
10 杉田定一 1903年(明治36年)5月9日 1903年(明治36年)12月11日 解散
11 箕浦勝人 1904年(明治37年)3月18日 1908年(明治41年)12月23日 任期満了
12 肥塚龍 1908年(明治41年)12月23日 1912年(大正元年)8月21日 解散 立憲国民党
13 関直彦 1912年(大正元年)8月21日 1914年(大正3年)12月25日 解散 立憲国民党
14 花井卓蔵 1915年(大正4年)5月17日 1915年(大正4年)12月26日 辞職 中正会
15 早速整爾 1915年(大正4年)12月26日 1917年(大正6年)1月25日 解散 中正会→憲政会
16 浜田国松 1917年(大正6年)6月21日 1920年(大正9年)2月26日 解散 立憲国民党
17 粕谷義三 1920年(大正9年)6月29日 1923年(大正12年)2月17日 議長就任 立憲政友会
18 松田源治 1923年(大正12年)2月17日 1924年(大正13年)1月31日 解散 立憲政友会
19 小泉又次郎 1924年(大正13年)6月26日 1927年(昭和2年)3月25日 辞職 憲政会→無所属
20 松浦五兵衛 1927年(昭和2年)3月26日 1928年(昭和3年)1月21日 解散 政友本党
21 清瀬一郎 1928年(昭和3年)4月20日 1930年(昭和5年)1月21日 解散 新正倶楽部
22 小山松寿 1930年(昭和5年)4月21日 1931年(昭和6年)12月22日 辞職 立憲民政党
23 増田義一 1931年(昭和6年)12月23日 1932年(昭和7年)1月21日 解散 無所属
24 植原悦二郎 1932年(昭和7年)3月18日 1936年(昭和11年)1月21日 解散 立憲政友会
25 岡田忠彦 1936年(昭和11年)5月1日 1937年(昭和12年)3月21日 解散 元立憲政友会
26 金光庸夫 1937年(昭和12年)7月23日 1939年(昭和14年)8月31日 辞職 元立憲政友会
27 田子一民 1939年(昭和14年)12月23日 1941年(昭和16年)12月22日 辞職 元立憲政友会(中島派)→衆議院議員倶楽部→翼賛議員同盟
28 内ヶ崎作三郎 1941年(昭和16年)12月24日 1942年(昭和17年)5月25日 任期満了 翼賛議員同盟
29 内ヶ崎作三郎 1942年(昭和17年)5月25日 1945年(昭和20年)6月7日 辞職 翼賛政治会
30 勝田永吉 1945年(昭和20年)6月8日 1945年(昭和20年)12月18日 解散 大日本政治会日本進歩党
31 木村小左衛門 1946年(昭和21年)5月22日 1947年(昭和22年)2月15日 辞職 日本進歩党→無所属
32 井上知治 1947年(昭和22年)2月21日 1947年(昭和22年)3月31日 解散 日本進歩党

[編集] 仮議長

衆議院仮議長
氏名 就任日 退任日 選出理由 選出方法
森田茂 1927年(昭和2年)3月25日 議長・副議長事故(欠席)につき
また議長副議長の辞職勅許につき議長副議長候補者の選挙等のため
投票により選出(355票中236票)
山崎猛 1946年(昭和21年)8月22日 1946年(昭和21年)8月23日 副議長事故(欠席)につき決議案(議長不信任の件)審議の間
また議長辞職勅許につき議長候補者の選挙等のため
投票により選出(414票中229票)

※1927年3月25日の仮議長選挙については全院委員長不在のため出席年長議員加藤政之助が議長席に着き議長の職務を行った。
※1946年8月22日の仮議長選挙については全院委員長大久保留次郎が議長席に着き議長の職務を行った。

[編集] 国会(日本国憲法)

(満)は議員任期満了による退任、(不)は不信任決議可決を受けての辞任、(辞)はその他の理由による辞任、(散)は衆議院解散による失職、(亡)は死亡

[編集] 議長

衆議院議長
氏名 就任日 退任日 旧所属政党
39 松岡駒吉 1947年5月21日 1948年12月23日(散) 日本社会党・右派
40 幣原喜重郎 1949年2月11日 1951年3月10日(亡) 民主自由党
41 林讓治 1951年3月13日 1952年8月1日(辞) 自由党
42 大野伴睦 1952年8月26日 1952年8月28日(散) 自由党
43 1952年10月24日 1953年3月14日(散) 自由党
44 堤康次郎 1953年5月18日 1954年12月10日(辞) 改進党
45 松永東 1954年12月11日 1955年1月24日(散) 日本民主党
46 益谷秀次 1955年3月18日 1958年4月25日(散) 自由民主党・池田派
47 星島二郎 1958年6月11日 1958年12月13日(辞) 自由民主党・岸派
48 加藤鐐五郎 1958年12月13日 1960年2月1日(辞) 自由民主党・石井派
49 清瀬一郎 1960年2月1日 1960年10月24日(散) 元自由民主党・三木派
50 1960年12月7日 1963年10月23日(散)
51 船田中 1963年12月7日 1965年12月20日(辞) 自由民主党・大野派
52 山口喜久一郎 1965年12月20日 1966年12月3日(辞) 自由民主党・旧河野派
53 綾部健太郎 1966年12月3日 1966年12月27日(散) 自由民主党・藤山派
54 石井光次郎 1967年2月15日 1969年7月16日(辞) 自由民主党・石井派
55 松田竹千代 1969年7月16日 1969年12月2日(散) 自由民主党・旧森派
56 船田中 1970年1月14日 1972年11月13日(散) 自由民主党・船田派
57 中村梅吉 1972年12月22日 1973年5月29日(辞) 自由民主党・中曽根派
58 前尾繁三郎 1973年5月29日 1976年12月9日(満) 元自由民主党・大平派
59 保利茂 1976年12月24日 1979年2月1日(辞) 元自由民主党・福田派
60 灘尾弘吉 1979年2月1日 1979年9月7日(散) 元自由民主党・無派閥
61 1979年10月30日 1980年5月19日(散) 元自由民主党・無派閥
62 福田一 1980年7月17日 1983年11月28日(散) 元自由民主党・旧船田派
63 福永健司 1983年12月26日 1985年1月24日(辞) 元自由民主党・鈴木派
64 坂田道太 1985年1月24日 1986年6月2日(散) 元自由民主党・無派閥
65 原健三郎 1986年7月22日 1989年6月2日(辞) 元自由民主党・中曽根派
66 田村元 1989年6月2日 1990年1月24日(散) 元自由民主党・竹下派
67 櫻内義雄 1990年2月27日 1993年6月18日(散) 元自由民主党・渡辺派
68 土井たか子 1993年8月6日 1996年9月27日(散) 元日本社会党
69 伊藤宗一郎 1996年11月7日 2000年6月2日(散) 元自由民主党・旧河本派
70 綿貫民輔 2000年7月4日 2003年10月10日(散) 元自由民主党・橋本派
71 河野洋平 2003年11月19日 2005年8月8日(散) 元自由民主党・河野グループ
72 2005年9月21日 2009年7月21日(散)
73 横路孝弘 2009年9月16日 現職 民主党・横路グループ

[編集] 副議長

衆議院副議長
氏名 就任日 退任日 旧所属政党
33 田中萬逸 1947年5月21日 1948年12月23日(散) 民主党
34 岩本信行 1949年2月11日 1952年8月28日(散) 民主自由党
35 1952年10月24日 1953年3月14日(散) 自由党
36 原彪 1953年5月18日 1954年12月15日(辞) 日本社会党・左派
37 高津正道 1954年12月15日 1955年1月24日(散) 日本社会党・左派
38 杉山元治郎 1955年3月18日 1958年4月25日(散) 日本社会党・右派
39 椎熊三郎 1958年6月11日 1958年12月13日(辞) 自由民主党
40 正木清 1958年12月13日 1960年1月30日(辞) 日本社会党
41 中村高一 1960年1月30日 1960年10月24日(散) 日本社会党
42 久保田鶴松 1960年12月7日 1961年6月8日(不) 日本社会党
43 原健三郎 1961年6月8日 1963年10月23日(散) 自由民主党
44 田中伊三次 1963年12月7日 1965年12月20日(辞) 自由民主党
45 園田直 1965年12月20日 1966年12月27日(散) 自由民主党
46 1967年2月15日 1967年11月25日(辞)
47 小平久雄 1967年12月4日 1969年7月16日(辞) 自由民主党
48 藤枝泉介 1969年7月16日 1969年12月2日(散) 自由民主党
49 荒船清十郎 1970年1月14日 1972年1月29日(辞) 自由民主党
50 長谷川四郎 1972年1月29日 1972年11月13日(散) 自由民主党
51 秋田大助 1972年12月22日 1976年12月9日(満) 自由民主党
52 三宅正一 1976年12月24日 1979年9月7日(散) 元日本社会党
53 岡田春夫 1979年10月30日 1980年5月19日(散) 元日本社会党
54 1980年7月17日 1983年11月28日(散)
55 勝間田清一 1983年12月26日 1986年6月2日(散) 元日本社会党
56 多賀谷真稔 1986年7月22日 1989年6月2日(辞) 元日本社会党
57 安井吉典 1989年6月2日 1990年1月24日(散) 元日本社会党
58 村山喜一 1990年2月27日 1993年6月18日(散) 元日本社会党
59 鯨岡兵輔 1993年8月6日 1996年9月27日(散) 元自由民主党
60 渡部恒三 1996年11月7日 2000年6月2日(散) 新進党
61 2000年7月4日 2003年10月10日(散) 無所属の会
62 中野寛成 2003年11月19日 2005年8月8日(散) 元民主党
63 横路孝弘 2005年9月21日 2009年7月21日(散) 元民主党
64 衛藤征士郎 2009年9月16日 現職 元自由民主党・町村派

[編集] 仮議長

衆議院仮議長
氏名 就任日 退任日 選出理由 選出方法
庄司一郎 1950年1月23日 副議長不在(訪米)につき一日限り 議長に指名一任
1950年1月25日 1950年3月13日 副議長不在(訪米)の間を通じて 議長に指名一任
山口喜久一郎 1954年6月5日 副議長事故(欠席)につき議長堤康次郎不信任決議案審議の間 議長に指名一任
清瀬一郎 1958年12月13日 議長・副議長辞任につき新議長・副議長選出までの間 議長(席の事務総長)に指名一任
田中伊三次 1961年6月8日 副議長事故(欠席)につき議長清瀬一郎不信任決議案審議の間 議長に指名一任
原健三郎 1965年12月3日 議長事故(欠席)につき副議長田中伊三次不信任決議案審議の間 議長(席の副議長)に指名一任
福永健司 1965年12月20日 議長・副議長辞任につき新議長・副議長選出までの間 議長(席の事務総長)に指名一任
田中伊三次 1969年7月16日 議長・副議長辞任につき新議長・副議長選出までの間 議長(席の事務総長)に指名一任
久野忠治 1989年6月2日 議長・副議長辞任につき新議長・副議長選出までの間 議長(席の事務総長)に指名一任

[編集] その他

議題採決前の散会宣言

衆議院で議長が散会できる時は議場を整理し難い時、議事日程に記載した案件の議事を終った時、散会動議が提出されて賛成された時である。しかし、2002年12月10日綿貫民輔議長が決算採決という議題がまだ残っているにも関わらず散会宣言を行った。これは、議事進行原稿を一気に2枚にめくったことが理由とされる。議長は宣言後に議題が残っていたことに気づいて散会の無効を宣言したが、散会は有効とされた。結局、決算採決は12日に行われたが、その際に本会議冒頭で綿貫議長は10日の議事において不手際があったことを陳謝した。

後に、この事件は2004年6月5日、参議院本会議で議長席に着いた副議長による散会宣言の有効性に関して、議長による散会宣言の例として引用されることがある。これには、散会の取消しの手続が異なる、衆議院の前例は参議院の慣例に縛られない、などの反論がある。

議長選挙

自由民主党の結党以来、常に与党でありかつ比較第1党である自民党出身者が全会一致で議長に選出されてきたが、1993年の与野党逆転の際、連立与党第1党である日本社会党の土井たか子と比較第1党である自民党の奥野誠亮のどちらを議長とするかという調整がつかず、異例の競合投票によって土井が議長に選出された。この際日本共産党は自党議員に投票し、連立与党、自民党のどちらの主張にも与さない形となった。なお副議長は自民党から出され、これについては全会一致が踏襲された。

副議長選挙

副議長選挙は、第二会派から出すことが慣例となっているが、2000年7月の副議長選挙においては、与党側が渡部恒三(無所属の会)を、野党側が石井一(民主党)を推して対立選挙となった。このときの議長選挙において、野党側は綿貫民輔(自民党)に投票せずに、白票を投じている。

全国戦没者追悼式欠席

1963年以降、毎年8月15日に行われる全国戦没者追悼式には、衆参議長、首相、最高裁長官といった三権の長が出席する。しかし、2005年8月8日に、2009年7月21日にそれぞれ衆議院が解散となったため衆議院議長が空席となり、衆議院議長は追悼式を欠席した。

皇室会議

皇室典範第28条により、衆議院議長及び副議長は皇室会議の議員として指定されている。

[編集] 脚注

  1. ^ 日本国憲法第58条 "両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。"
  2. ^ 議院法第3条 "衆議院ノ議長副議長ハ其ノ院ニ於テ各々三名ノ候補者ヲ選挙セシメ其ノ中ヨリ之ヲ勅任スヘシ"

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月24日 (土) 11:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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