中華民国行政院
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行政院(ぎょうせいいん、Xíngzhèng Yuàn、英称:Executive Yuan)は、中華民国(台湾)の行政府であり、「国家の最高行政機関」(中華民国憲法53条)である。いわゆる内閣に相当する。行政院長は首相に相当し、中華民国総統が直接任命する。現在の行政院長は、呉敦義(第23代)。
目次 |
[編集] 構成
行政院の最高意思会議である行政院会議(いわゆる閣議)は、正副院長、正副秘書長、8部2会の長(大臣)、5~7名の政務委員(無任所大臣に相当)によって構成される。その他の行政組織の長は内閣閣員として出席できるが議決権は無い。直轄市の長である台北市長、高雄市長も出席できるが、議決権は無い。
現在の行政組織は、8部・2会・2局・1処・3署・21委員会の合計39組織が設置されている。このうち部と会が日本の「省」に、部長が「大臣」に相当する。委員会は「庁」に、主任委員は「長官」に相当する。
- 部(カッコ内は類似した機能をもつ日本の省庁名)
- 会
- 局
- 処
- 署
- 委員会
- 独立機関
- その他の組織
[編集] 行政改革
現在、行政機構の簡素化を目的とした行政改革を進められており、2011年から現行の39組織から29組織に再編される予定。再編後は、13部(内政、外交、国防、財政、教育、法務、経済、交通・建設、衛生福利、文化、労働、農業、環境資源)と9委員会(僑務、国軍退除役官兵輔導、国家科学、国家発展、大陸、原住民族、客家、金融監督管理、海洋)、2総処(主計、人事行政)、3会(中央選挙、公平交易、国家通信伝播)、中央銀行、故宮博物院が置かれるという[1]。
[編集] 歴史
1928年、国民革命軍が北伐を完成し、張学良が南京政府支持を表明した後の10月3日に「中華民国国民政府組織法」が制定され、10月8日に初代行政院長として譚延闓が指名された。当時は、内政、外交、軍政、財政、農鉱、工商、教育、交通、鉄道、衛生の10部を有していた。
1947年、中華民国憲法が公布されると、「中華民国における最高行政機関」と位置づけられ、同年3月31日公布の「行政院組織法」により組織整備が進められた。憲法起草者の1人である中国民主社会党の張君勱によって内閣制に近い概念が採用され、行政院院長は総統の指名後、立法院の同意をもって任命され、総統令の副署権があるなど、いわゆる内閣総理大臣に近似していた。しかし、国共内戦を経て戒厳令体制が敷かれ、憲法臨時条款により「総統大権」が認められたことにより、憲法が定める「内閣制」は形骸化した。
民主化が進んだ李登輝総統時代になると、憲法改正で総統令に対する院長の副署権と立法院による同意がなくなったため大統領制に近づき、総統の輔弼機関として位置づけが強まった。
歴代院長は行政院長を参照。
[編集] 建物
日本統治時代、台湾総督府営繕課長井手薫が設計し、台湾の漢人系企業である「協志商会」により1940年に竣工した建物で、当時は台北市役所として使われた。国民政府が接収した後は台湾省政府庁舎として使われ、1957年より行政院として使用されている。なお 、行政院は、国民政府が遷台した1949年当初は、総統府とともに「介寿館」(現在の総統府)に置かれていた。
施工当時の日本は日中戦争などにより物資が欠乏し始めていたため、華美な装飾を省いて造られたが、結果として日本統治時代末期のモダニズム建築を代表する建築物の一つとなった。国家古蹟(国定史跡)に指定されている。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月30日 (金) 12:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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