チョ民誼
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| 褚民誼 | |
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『写真週報』110号,1940年4月3日号,p.6
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| プロフィール | |
| 出生: | 1884年 |
| 死去: | 1946年8月23日 |
| 出身地: | |
| 職業: | 政治家・外交官・医者 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 褚民誼 |
| 簡体字: | 褚民谊 |
| 拼音: | Chǔ Mínyì |
| 和名表記: | ちょ みんぎ |
| 発音転記: | チュー ミンイー |
褚民誼(ちょ みんぎ)は中華民国の政治家、外交官、医者。国民党員として国民政府に参加し汪兆銘の腹心の1人であった。後に南京国民政府に参加し要職を歴任した。原名は明遺。字は重行。
目次 |
[編集] 事跡
[編集] 欧州での活動
士大夫の家柄に生まれる。父の褚吉田は、名医として評判があった。褚民誼は、最初は旧学を学んだが、後に英語や理数系の学問に親しんだ。光緒29年(1903年)、日本へ留学し、日本大学で政治経済学を学ぶ。この時、革命思想に傾倒し、光緒32年(1906年)、同郷の張静江とともにフランスへ向かう途中のシンガポールで、中国同盟会に加入した。フランスでは、呉稚暉・李石曾・蔡元培らとともに中国印書局を創設している。『新世紀月刊』『世界画報』などの刊行物を発行して、革命思想の宣伝に努めた。
宣統3年(1911年)11月、褚民誼は、辛亥革命により革命派が掌握した上海に戻る。この時、黄興の紹介により、汪兆銘・陳璧君夫婦と知り合った。褚民誼は、陳璧君の義妹である陳舜貞と結婚している。民国元年(1912年)4月、褚は、同盟会本部駐上海機関部の総務長に就任した。しかし、まもなく宋教仁が国民党に改組すると、これに失望してベルギーに留学する。ブリュッセル自由大学で学んだ。
その後、民国4年(1915年)に、袁世凱打倒活動のため一時帰国した。まもなく欧州に戻り、フランスで蔡元培・汪兆銘らと「華法教育会」を立ち上げ、中国人留学生の支援組織とした。なお、この頃の褚民誼は、無政府主義に傾倒している。民国9年(1920年)、呉稚暉・李石曾らとリヨン中法大学を創設した。褚自身は、同年にストラスブール大学で医学を学ぶ。民国13年(1924年)、医学博士号を取得した。
[編集] 国民党での活動
同年末に、褚民誼は帰国して、孫文率いる中国国民党で教育工作に従事する。広東大学教授、同代理校長、広東医学院院長を歴任した。民国15年(1926年)1月、国民党第2回全国代表大会で中央候補執行委員に選出され、まもなく執行委員に昇格した。以後、汪兆銘の腹心として党政活動に参加し、改組派と目された。この年の北伐では、総司令部軍医長として各省を回る。1928年(民国17年)、公衆衛生研究のため欧州に出張した。帰国後、国民衛生建設委員会委員長に任ぜられている。
民国21年(1932年)1月、蒋介石と和解した汪が行政院院長に就任すると、褚民誼は行政院秘書長に任命された。さらに民国23年(1934年)には、国民党新疆建設計画委員会主任委員も兼任している。しかし、民国24年(1935年)11月に、汪が銃撃・負傷により辞任すると、褚も辞任し、上海の中法国立工学院院長等に異動した。
[編集] 南京国民政府での活動
民国26年(1937年)に上海が日本軍により陥落したが、褚民誼は、中法国立工学院の事務に係り、そのまま上海に留まった。民国28年(1939年)5月、上海を秘密裏に訪問した汪兆銘の誘いに応じ、褚も、親日政府樹立に動くことになった。同年8月、汪が上海で国民党第6回全国代表大会を開催する。褚は、中央監察委員会常務委員、中央党部秘書長に選出された。
民国29年(1940年)3月、南京国民政府が成立すると、褚民誼は、行政院副院長兼外交部部長に任命された。以後、日本との外交折衝を主に担当する。同年12月に、駐日大使となった。民国30年(1941年)10月、外交部長に復帰している。その後も外交事務を引き受け、後に昭和天皇から勲一等旭日大綬章を授与されている。
南京国民政府では、特に汪兆銘・陳璧君に近い派閥である「公館派」の一員と目された。民国33年(1944年)11月に汪が死去すると、陳公博が代理主席となった。しかし、陳と褚は不仲で対立が激しく、周仏海の斡旋が必要なほどであったとされる。
民国34年(1945年)7月、広東省長兼保安司令、広州綏靖主任に任命された。同年8月に日本が敗北すると、褚民誼は、蒋介石に対して従順な姿勢をとった。しかし、結局10月に広州で蒋の命により逮捕されてしまう。
民国35年(1946年)4月、漢奸の罪により死刑を宣告され、同年8月23日、蘇州の監獄で処刑された。享年63。
[編集] 参考文献
- 黄美真・張雲「褚民誼」『民国人物伝 第9巻』 中国社会科学院近代史研究所、中華書局、1997年。ISBN 7-101-01504-2。
- 劉寿林ほか編 『民国職官年表』 中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。
- 『最新支那要人伝』 朝日新聞社、1941年。
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最終更新 2009年11月17日 (火) 14:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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