西城秀樹
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| 西城 秀樹 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 木本 龍雄 |
| 出生 | 1955年4月13日(54歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 学歴 | 明治大学付属中野高等学校 卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1972年~ |
| 事務所 | 株式会社アースコーポレーション |
| 公式サイト | 西城秀樹オフィシャルサイト |
西城 秀樹(さいじょう ひでき、本名:木本 龍雄(きもと たつお)、1955年4月13日 - )は広島県広島市出身の歌手・俳優である。
目次 |
[編集] プロフィール
広島駅近くの東蟹屋町(現東区東蟹屋町)に生まれる。血液型はAB型。父親の影響で幼少期から洋楽に馴染み、ジャズスクールに通ってドラムを勉強した。5年生の時に兄とエレキバンドを結成。山陽高等学校時代、ジャズ喫茶出演時にスカウトされ、家族の反対を押し切り一人で上京。山陽高校から明大中野高等学校定時制へ転校。歌、芝居、踊りのレッスンを続け、芸能事務所(芸映)に所属。
1972年3月25日、ビクター音楽産業よりシングル『恋する季節』で「ワイルドな17歳」のキャッチフレーズと共にデビュー。片仮名の「ヒデキ」の愛称で人気となる。『チャンスは一度』以降、歌謡界にアクション旋風を巻き起こす。
1973年、『情熱の嵐』が初のベストテン入りとなり、一躍トップアイドルの仲間入りを果たす(郷ひろみ、野口五郎と共に「新御三家」と呼ばれる。のちに沢田研二の最大のライバルともなる)。続く『ちぎれた愛』、『愛の十字架』が連続してオリコンのヒットチャートの第1位に輝く。絶唱型と言われる力強い歌唱法により、その歌唱力も評価され、第15回日本レコード大賞で初の歌唱賞を受賞。
1974年、『薔薇の鎖』のマイクスタンド・アクションが人気を呼び、『激しい恋』の“♪やめろと言われても”の歌詞が流行語にもなり、オリコンの年間第8位にランクされる。続く『傷だらけのローラ』も大ヒットし、第16回日本レコード大賞で史上初となる歌唱賞を2年連続受賞。また第25回NHK紅白歌合戦にトップバッターとして初出場。ホームドラマ『寺内貫太郎一家』にレギュラー出演、映画『愛と誠』に主演。
1976年の『君よ抱かれて熱くなれ』から1977年の『ボタンを外せ』までは、作詞:阿久悠、作曲:三木たかしのコンビによるヒット作品が続く。1976年の『ジャガー』、1978年の『炎』により東京音楽祭の世界大会に出場。
1979年、『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』が大ヒット。“Y.M.C.A.”の4文字を全身で表現したパフォーマンスが日本全国を巻き込む一大ブームとなる。『ザ・ベストテン』で2週に渡り最高得点である9999点、番組史上唯一の満点を獲得。続く青春讃歌・第2弾として発売された『ホップ・ステップ・ジャンプ』、バラード曲の『勇気があれば』もヒットし、その年の第10回日本歌謡大賞、第8回FNS歌謡祭グランプリなど各音楽賞を総なめにする(ただし、第21回日本レコード大賞はジュディ・オングの『魅せられて』)。
ロック系のポピュラー音楽を中心にしたコンサート活動も精力的に行い、1974年から1983年までの10年間、毎年恒例となっていた真夏の大阪球場コンサートも、「親衛隊」と称される熱狂的なファンで常時超満員となった。屋外音楽イベントとしては画期的なもので、ゴンドラの使用など派手な演出も話題となった。また1975年秋には、日本人のソロ歌手として史上初となる日本武道館でのリサイタルを公演した。1978年からは後楽園球場でも恒例のコンサートを開催している。
1981年、『リトルガール』でシングル30曲ベストテン入り(オリコン史上初)。また同年、香港で初のコンサートを開催。以来、シンガポール、中国本土、韓国、台湾などアジア各国でコンサートを行う。ジャッキー・チェンと共に“東洋の2大スーパースター”と言われて人気を博す。
さらに1982年の『南十字星』のヒットにより、総シングルレコード売上枚数が1000万枚を突破する。また1975年の「ブロマイド」年間総売上実績でトップに立ち、以降1976年、1978年、1979年も男性歌手部門で第1位となり、歴代の通算第1位獲得月数で新記録を樹立している。
NHK紅白歌合戦は1974年から1984年の『抱きしめてジルバ』まで11年連続出場、日本レコード大賞では1976年の『若き獅子たち』により3度目の歌唱賞を受賞、金賞は1978年の『ブルースカイブルー』から1983年の『ギャランドゥ』まで6年連続受賞する。『ザ・ベストテン』には番組の放送が開始した1978年の『ブーツをぬいで朝食を』から1986年の『腕の中へ』まで22曲(154週)登場した。
1983年、スタッフと共に芸映を円満退社し独立、有限会社(現・株式会社)「アースコーポレーション」を設立する。その第1弾のシングルとして『ギャランドゥ』を発売する。それ以降、グラハム・ボネットの『Night Games』、ワム!の『Careless Whisper』、バリー・マニロウの『In Search of Love』、『It's All Behind Us Now』をカヴァーする等、本格的なロック系、バラード系の曲が発売シングルの主流になっている。1990年代になると若きロック・ミュージシャン達が挙って西城のコンサートを観賞に訪れ、“ロック・アーティストの憧れのスターNo.1”と言われる様になる。
1991年、アニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマ『走れ正直者』、1999年に『∀ガンダム』の主題歌『ターンAターン』、さらに2002年には『ベイベーばあちゃん』の主題歌『Everybody Dance』を唄った。
2000年、『最後の愛』を最後にビクター~RCA~BMG系から、ポリドールレーベルへ移籍し『Bailamos』をリリースする。以降ユニバーサルJ、NAYUTAWAVEとユニバーサル傘下の各レーベルから楽曲をリリース。
2001年、第12回日本ジュエリーベストドレッサー賞を男性部門で受賞。
私生活では、2001年6月30日、会社員であった現夫人と結婚。2002年6月3日、長女誕生。2003年9月1日、長男誕生。
2003年、85枚目のシングルとなる新曲『粗大ゴミじゃねぇ』発表直後の韓国での公演中、脳梗塞で倒れた。一時は言語障害から歌手引退かとも報じられたが、闘病の末にリハビリから復帰し、活動を再開。ライブなどではバラード中心の選曲で歌声を抑え気味にしている。
2005年、パチスロメーカー「オリンピア」から、タイアップ・パチスロ『ヒデキに夢中!!』がリリースされ、年末にはベストアルバム『西城秀樹 スーパーベスト』が発売された。
2006年9月より「東京スポーツ」で『西城秀樹歌手生活35周年 奇跡の復活 ヒデキカンゲキ!』が連載され、9月27日には、3年ぶりの新曲『めぐり逢い』/『Same old story』が両A面で発売された。
2007年3月22日、香港の「IFPI Top Sales Music Award」に、約35年間の東アジアの音楽業界の成長に大きな影響を与えた日本人歌手として招待された。また9月24日には、日中国交正常化35周年と中韓国交開始30年の節目として中国・南通市スポーツ・スタジアムで開催された「第9回アジア国際芸術祭」に出演し、『傷だらけのローラ』と『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』を披露。この模様は10月13日、中国全土に放映された。
[編集] 人物
デビュー当時のエピソード
- デビュー直前のまだ高校生の頃、学校に遅刻しそうになって教室に滑り込んだ時、うっかり本名ではなく「西城です」と名乗ってしまった。それに対し先生曰く「そんな名前のやつはいない」[要出典]。
- デビュー当初は日劇ウエスタンカーニバルで競演した伊丹幸雄・田頭信幸と共に「新人三羽烏」と呼ばれた。ごく短期間ではあるが新御三家に伊丹幸雄を加えた四人で「四天王」と呼ばれたこともある[要出典]。
- デビュー当時、先輩の歌手として兄のように慕っていたのは布施明であったという[1]。
- 若い頃は喧嘩っぱやく、和田アキ子と取っ組み合い(寸前)の喧嘩をしたことがあると和田の著書に記述されている[2]。最近は笑い話として、この話をお互いラジオや雑誌のインタビューで話している[3]。
バーモントカレーのCM出演
- 1973年から12年間、ハウス食品の『バーモントカレー』のCMに出演し“ヒデキ、感激!!”、“ヒデキ、ご機嫌!!”、“ヒデキ、満足!!”など数々のキャッチコピーがお茶の間の人気を呼び、国民的アイドルとして大人から子供まで幅広い世代の支持を得る。“ヒデキ、感激!!”というフレーズは、いまだにスポーツ紙で西城の記事が掲載される際に時折見出しとして登場する。
スポーツマン
- 元来、スポーツマンで、水泳、走高跳などを得意とし、全国ネットでテレビ中継された芸能人による水泳大会や運動会、『8時だョ!全員集合』の体操コーナーなどで活躍。1983年頃より趣味としてスキューバダイビング(指導員資格所有)、ゴルフなども楽しんでいる。
後進タレントの発掘
- 芸映在籍中は看板スターとして活動すると共に、無名の新人アイドルだった相本久美子の芸映への移籍を推薦したほか、自らの名前を冠した新人コンテスト『ヒデキの妹・大募集』で河合奈保子と石川秀美の1980年代を象徴する女性アイドルの発掘に成功するなど、プロダクション・マネジメントの面でも大きな貢献を果たした。
- 金子賢の父親と西城は友人同士であり共にゴルフに行った際に知り合い、それが金子のデビューのきっかけになったと言う。
ライターのアクションの波紋
- 『ブーツをぬいで朝食を』のライターを使ったアクションが話題になったが、1978年に子供がこれを真似て火災事故を起こし社会問題になった。それが原因で、この後リリースした『あなたと愛のために』での鏡を使ったアクションが途中で打ち切りになってしまった。飛び火した形で、沢田研二の『サムライ』でのナイフを使ったアクションにも批判が集まった。
ラーメン好き
夜のヒットスタジオの顔
- フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』への初出演は1972年12月4日(第214回)。3枚目のシングル『チャンスは一度』での出演であった。1974年以降、ヒットスタジオとの関係が薄い芸映所属ながら人気・実力を評価されて準レギュラー格としてほぼ1月に1~2回のハイペースで出演を重ね、五木ひろし・森進一に次いで歴代3位の188回にわたり同番組に登場。「ミスター夜ヒット」の代表格の一人として様々なエピソード、見せ場を提供した。
- 現役の大学のアメリカンフットボール選手とチアリーダーたちをバックに従え、右往左往するカメラマン用のクレーンに乗り、派手なアクション付で『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』を歌った。
- 1984年11月19日放送では、ワム!の『Careless Whisper』のカバーで、『抱きしめてジルバ』と競作となった、郷ひろみの『ケアレス・ウィスパー』と対決した。郷を支援するフジテレビの番組スタッフからシングル発売時の宣伝企画として「同一曲のカバーでの対決」を持ちかけられた際、西城は「全く同じセット、同じ演出で唄う」という条件で了承し、この前代未聞ともいえる企画が実現した。
- 1985年12月4日放送では『腕の中へ』を作者のバリー・マニロウとジョイント。
- 当時発売中であった『ミスティー・ブルー』が、番組スポンサーとライバル関係にある会社のCMソングだったために、1985年7月10日放送では、アルバム収録曲の中の1曲にすぎなかった『BEAT STREET』を披露した。
- 新曲の初披露がヒットスタジオであるというケースも多く、特に『ギャランドゥ』に関しては、発売の1ヶ月以上も前だった。
- 「歌謡ドラマ」があった時代にはこのコーナーにも多数出演。1988年11月23日、ヒットスタジオ最終出演の際にも、当日の放送が番組20周年記念番組として放送されていたことから、「歌謡ドラマ」が一夜限りで復活。経験者の立場から出演を渋っていた若手歌手に、「これ(歌謡ドラマ)をやらなきゃヒットスタジオに参加しているとはいえない」などと、色々なアドバイスをしてこのコーナーへの出演を促した[要出典]。
影響
- 岡島秀樹投手(現レッドソックス)の名も、岡島の母親が西城のファンで、西城に因んで命名したと言われる。
- パロディ・キャラクタとして、「HOSHIGAMI~沈みゆく蒼き大地~」には、ゲーム中の隠しダンジョン「バグティスの塔」である条件を満たすと「ヒデキ」と呼ばれる西城秀樹をパロった敵が登場する。またゲーム中のアイテムにヒデキブーメラン、ヒデキスーツ、ヒデキの魂と呼ばれるアイテムがあり、全部そろえて装備し力を解放すると特別な効果が発生する。
[編集] シングル
- 恋する季節(1972年3月25日 作詞:麻生たかし 作曲:筒美京平 編曲:高田弘)/愛がほしいのに
- 恋の約束(1972年7月25日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:葵まさひこ)/若いふたりの海
- チャンスは一度(1972年11月25日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:馬飼野康二)/君を忘れない
- 青春に賭けよう(1973年2月25日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:馬飼野康二)/新しい朝
- 情熱の嵐(1973年5月25日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:馬飼野康二)/夏の日の出来事
- ちぎれた愛(1973年9月5日 作詞:安井かずみ 作曲・編曲:馬飼野康二)/孤独のふたり
- 愛の十字架(1973年12月5日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:馬飼野康二)/色づいた果実
- 薔薇の鎖(1974年2月25日 作詞:斉藤優子・たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:馬飼野康二)/子猫とネズミ
- 激しい恋(1974年5月25日 作詞:安井かずみ 作曲・編曲:馬飼野康二)/悪夢
- 傷だらけのローラ(1974年8月25日 作詞:さいとう大三 作曲・編曲:馬飼野康二)/淋しがりやの君
- 涙と友情(1974年11月25日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:あかのたちお)/罪つくりな話
- この愛のときめき(1975年2月25日 作詞:安井かずみ 作曲・編曲:あかのたちお)/土曜の夜
- 恋の暴走(1975年5月25日 作詞:安井かずみ 作曲・編曲:馬飼野康二)/青春の晩歌
- 至上の愛(1975年8月25日 作詞:安井かずみ 作曲・編曲:馬飼野康二)/ふたりの世界
- 白い教会(1975年10月25日 作詞:たかたかし 作曲:鈴木邦彦 編曲:あかのたちお)/カモン・ベイビー
- 君よ抱かれて熱くなれ(1976年2月25日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:三木たかし)/ふたりだけの夜
- ジャガー(1976年6月5日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:三木たかし)/今は唇に歌があるだけの
- 若き獅子たち(1976年9月5日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:三木たかし)/我が青春のフィナーレ
- ラストシーン(1976年12月20日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:三木たかし)/愛する
- ブーメランストリート(1977年3月15日 作詞:阿久悠 作曲:三木たかし 編曲:萩田光雄)/はげしい雨の中へ
- セクシーロックンローラー(1977年6月5日 作詞:阿久悠 作曲:三木たかし 編曲:萩田光雄)/指輪のあと
- ボタンを外せ(1977年9月5日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:三木たかし)/悪魔のように愛したい
- ブーツをぬいで朝食を(1978年1月1日 作詞:阿久悠 作曲:大野克夫 編曲:萩田光雄)/青年
- あなたと愛のために(1978年3月5日 作詞:東海林良 作曲:大野克夫 編曲:水谷公生)/忘れかけた愛をもう一度
- 炎(1978年5月25日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:馬飼野康二)/陽のあたる部屋
- ブルースカイブルー(1978年8月25日 作詞:阿久悠 作曲・編曲:馬飼野康二)/アイムチャンピオン
- 遙かなる恋人へ(1978年11月25日 作詞:竜真知子 作曲・編曲:馬飼野康二)/明日に向かって走れ
- YOUNG MAN (Y.M.C.A.)(1979年2月21日 作詞・作曲:J.MORALI-V.WILLIS-H.BELOLO 編曲:大谷和夫 訳詞:あまがいりゅうじ)/HIDEKI DISCO SPECIAL
- ホップ・ステップ・ジャンプ(1979年5月21日 作詞:山崎光 作曲:水谷公生 編曲:水谷公生・佐藤準)/愛よいつまでも
- 勇気があれば(1979年9月5日 作詞:山川啓介 作曲:筒美京平 編曲:萩田光雄)/IF(イフ)
- 悲しき友情(1980年1月5日 作詞:山川啓介 作曲:筒美京平 編曲:水谷公生)/TAKE IT EASY
- 愛の園 (AI NO SONO)(1980年3月21日 作詞・作曲:STEVIE WONDER 追詞:山川啓介 編曲:坂本龍一)/オンリー・ラヴィング・ユー
- 俺たちの時代(1980年6月5日 原作詞:熊野昌人 補作詞:たかたかし 作曲:水谷公生 編曲:佐藤準)/ムーンライト・ダンシング
- エンドレス・サマー(1980年7月21日 作詞:岡田冨美子 作曲:水谷公生 編曲:船山基紀)/涙のスローモーション
- サンタマリアの祈り(1980年10月5日 作詞:なかにし礼 作曲:川口真 編曲:服部克久)/永遠にマイラブ
- 眠れぬ夜 (1980年12月16日 作詞・作曲:小田和正 編曲:船山基紀)/難破船
- リトルガール(1981年3月21日 作詞:竜真知子 作曲・編曲:水谷公生)/POP'N ROLL SPRING
- セクシーガール(1981年6月21日 作詞・作曲:横浜銀蝿 編曲:若草恵)/サマーナイトレディー
- センチメンタルガール(1981年9月5日 作詞:あまがいりゅうじ 作曲:鈴木キサブロー 編曲:若草恵)/ムーンライト・パーティー
- ジプシー(1981年12月20日 作詞:森雪之丞 作曲:鈴木キサブロー 編曲:船山基紀)/アゲイン
- 南十字星(1982年3月25日 作詞:竜真知子 作曲:水谷公生 編曲:佐藤準)/ハートエイク
- 聖・少女(1982年6月21日 作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎 編曲:瀬尾一三)/夕陽よ、俺を照らせ
- 漂流者たち(1982年9月30日 作詞・作曲:石坂まさを 編曲:瀬尾一三)/シャーリーン
- ギャランドゥ(1983年2月1日 作詞・作曲:もんたよしのり 編曲:大谷和夫)/ロマンス-禁じられた遊び-
- ナイトゲーム(1983年6月1日 作詞・作曲:E.HAMILTON 編曲:前田憲男 訳詞:山本伊織)/陽炎物語
- 哀しみのStill(1983年9月15日 作詞:森田由美 作曲・編曲:後藤次利)/ジャンクション
- Do You Know(1984年1月25日 作詞:湯川れい子 作曲:小田啓義 編曲:大谷和夫)/Winter Blue
- 背中からI Love You(1984年7月5日 作詞:売野雅勇 作曲・編曲:後藤次利)/パシフィック
- 抱きしめてジルバ - Careless Whisper - (1984年10月15日 作詞・作曲:G. MICHAEL-A.RIDGELE 訳詞:森田由美 編曲:丸山恵市)/ジェラシー
- 一万光年の愛(1985年2月5日 作詞:大津あきら 作曲・編曲:井上大輔)/ターゲット
- ミスティー・ブルー(1985年5月9日 作詞:森田由美 作曲:岡本朗 編曲:萩田光雄)/STEPPIN' AWAY-夏の逃避行-
- BEAT STREET(1985年9月5日 作詞:吉田美奈子 作曲・編曲:角松敏生)/リアルタイム
- 腕の中へ- In Search of Love -(1985年11月21日 作詞:A.RICH 作曲:B.MANILOW-H.RICE 編曲:船山基紀 日本語詞:吉田美奈子)/愛の翼- It's All Behind Us Now -
- 追憶の瞳 - Lola - (1986年4月10日 作詞:大津あきら 作曲:関口敏行 編曲:船山基紀)/City Dream From Tokyo
- Rain of Dream 夢の罪(1986年9月5日 作詞:松本一起 作曲:沢村拓二 編曲:難波弘之)/ROOM NUMBER 3021
- 約束の旅 - 帰港 - (1986年12月5日 作詞:森田由美 作曲・編曲:後藤次利)/うたかたのリッツ
- New York Girl(1987年5月21日 作詞・作曲:H.HEWETT-G.DUKE 編曲:G.DUKE 訳詞:秋元康)/New York Girl(English Version)
- 心で聞いたバラード(1987年11月21日 作詞:上杉伸之助 作曲:濱田金吾 編曲:大谷和夫)/ロンリーダンサー
- Blue Sky(1988年4月1日 作詞:なかにし礼 作曲:井上大輔 編曲:村松邦男)/海辺の家
- 夏の誘惑(1988年7月6日 作詞:なかにし礼 作曲:井上大輔 編曲:船山基紀)/夢のように
- ONE - 愛する人のために -(1988年8月31日 作詞:長岡美和 補作詞:山川啓介 作曲・編曲:松下誠)/Sail Again
- 33才(1988年11月1日 作詞・作曲:J. IGLESIAS 編曲:萩田光雄 訳詞:なかにし礼)/Try Today
- リバーサイドで逢いましょう(1989年7月21日 作詞:小林和子 作曲:濱田金吾 編曲:船山基紀)/パール・ネックレス
- SHAKE MY DAY(1990年7月21日 作詞・作曲:S. POTAWERS-F. ZAFEST-D. SION 編曲:鷺巣詩郎 訳詞:松本一起)/MONALIZA
- Rock Your Fire(1991年3月25日 作詞:サエキけんぞう 作曲・編曲:織田哲郎)/蒼い月の悪戯
- 走れ正直者(1991年4月21日 作詞:さくらももこ 作曲・編曲:織田哲郎)/HIDEKI Greatest Hits Mega-Mix
- もいちど(1991年11月21日 作詞:沢ちひろ 作曲:栗林誠一郎 編曲:池田大介)/危ない橋を渡れ
- ブーメランストレート(1992年11月21日 作詞:阿久悠/T'S PARTY 作曲:三木たかし/多々納好夫 編曲:池田大介)/Hideki Ballad Memories
- いくつもの星が流れ(1993年11月21日 作詞・作曲:文田博資 編曲:芳野藤丸)/LOVE SONGを永遠に
- SAYYEA',JAN-GO(1994年2月23日 作詞:坂田和子 作曲:井上大輔 編曲:杉山卓夫)/女神が微笑む時
- 黄昏よ、そばにいて(1995年1月21日 作詞:荒木とよひさ 作曲:浜圭介 編曲:今泉敏郎)/みんなBluesを唄ってた
- 愛が止まらない(1995年6月7日 作詞・作曲:STOCK-AITKEN-WATERMAN 日本語詞:及川眠子 編曲:芳野藤丸)/センチメンタル・モーテル
- 心の扉(1995年11月22日 作詞:荒木とよひさ 作曲:浜圭介 編曲:芳野藤丸)/あれから君は
- round'n'round(1996年6月5日 作詞・作曲:白石紗澄李 編曲:白石紗澄李/鈴木雅也)/LOVE MEANS
- パラサイト・ラヴ(1996年12月18日 作詞:サンプラザ中野 作曲:白石紗澄李 編曲:白石紗澄李/鈴木雅也)/CHINA ROSE
- moment(1997年8月6日 作詞:松井五郎 作曲・編曲:YOSHIKI)
- 2Rから始めよう(1998年5月21日 作詞・作曲:松任谷由実 編曲:川口講一・松任谷正隆)/リフレインが叫んでる
- 最後の愛(1999年4月13日 作詞:安部純 作曲:平義隆 編曲:武藤星児)/Light~灯
- ターンAターン(1999年5月26日 作詞:井荻麟 作曲:小林亜星 編曲:矢田部正)/月下美人
- Bailamos - Tonight we dance - (1999年11月17日 作詞・作曲:PAUL BARRY/MARK TAYLOR 日本語詞:根津洋子 編曲:門倉聡)/恋をしようよ
- Love Torture(2000年4月26日 作詞:m.c.A・T 作曲/編曲:AKIO TOGASHI)/TEQUILA
- 時のきざはし(2000年10月17日 作詞・作曲:Я・K 編曲:大島ミチル)/今 キミに
- Jasmine(2001年5月23日 作詞:Michiko Yoshida 作曲:Я・K 編曲:Tetsuo Ishikawa)/Love of My Life/君の前に-Night Jasmine
- Everybody Dance(2002年6月26日 作詞:有森聡美 作曲・編曲:長谷川智樹)/Madness Love
- 粗大ゴミじゃねぇ(2003年7月23日 作詞・作曲:つんく 編曲:高橋諭一)/嵐を呼ぶ男/銀座の恋の物語
- めぐり逢い(2006年9月27日 日本語詞:有森聡美 作曲:Andre Gagnon 編曲:塩入俊哉)/Same old story - 男の生き様 -/最後の愛
[編集] アルバム
- ワイルドな17歳/西城秀樹 (1972年11月5日)
- 青春に賭けよう/西城秀樹 (1973年3月25日)
- 西城秀樹オン・ステージ (1973年6月15日) - 大阪・毎日ホールでのコンサートのライブ盤 -
- エキサイティング秀樹 - ちぎれた愛/情熱の嵐 (1973年10月5日)
- 西城秀樹オリジナル・ゴールデン・ヒット曲集 (1973年10月25日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹ベスト・24デラックス (1973年11月25日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹リサイタル/ヒデキ・愛・絶叫! (1974年2月10日) - 東京・郵便貯金ホールでの第1回コンサートのライブ盤 -
- 秀樹!エキサイティング・ポップス (1974年4月25日)
- 西城秀樹ゴールド30 (1974年6月25日) - ベスト盤 -
- 傷だらけのローラ/西城秀樹 (1974年9月15日)
- 西城秀樹ロックの世界 (1974年10月10日)
- 西城秀樹ゴールデン・ヒット・デラックス (1974年11月25日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹リサイタル/新しい愛への出発 (1975年2月5日) - 東京・郵便貯金ホールでの第2回コンサートのライブ盤 -
- エキサイティング秀樹 Vol.5 - 恋の暴走/この愛のときめき (1975年6月25日)
- ヒデキ・オン・ツアー (1975年9月25日) - 初の全国縦断コンサートのライブ盤 -
- 西城秀樹ビッグ・ヒット20 (1975年10月25日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹ゴールデン・ヒット・デラックス16 (1975年11月25日) - ベスト盤 -
- MEMORY - 西城秀樹20歳の日記 (1976年1月25日) - 後半は、日本武道館での第1回コンサートのライブ収録 -
- 愛と情熱の青春/西城秀樹 (1976年6月25日)
- ヒデキ・ロック・オン・ステージ (1976年8月25日)
- 西城秀樹 第1 - 7集(全7枚) (1976年9月25日) - 復刻盤 -
- 西城秀樹ゴールデン・ヒット・デラックス16 (1976年11月5日) - ベスト盤 -
- 若き獅子たち/西城秀樹 (1976年11月25日)
- HIDEKI LIVE'76 (1977年1月25日) - 日本武道館での第2回コンサートのライブ盤 -
- 5年の歩み/西城秀樹 (1977年4月25日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹スペシャル (1977年11月5日) - ベスト盤 -
- ロックンロール・ミュージック/ヒデキ (1977年11月25日)
- わが青春の北壁/西城秀樹 (1977年12月20日) - 日生劇場での初のミュージカルのライブ盤 -
- ブーツをぬいで朝食を/西城秀樹 (1978年2月25日)
- ベリー・ベスト・シリーズ/西城秀樹 (1978年4月25日) - ベスト盤 -
- バレンタインコンサート・スペシャル/西城秀樹 愛を歌う (1978年6月25日) - 日比谷公会堂でのコンサートのライブ盤 -
- BIG GAME'78 HIDEKI (1978年9月25日) - 後楽園球場での第1回コンサートのライブ盤 -
- スター・マイ・セレクション・シリーズ/西城秀樹 (1978年12月5日) - ベスト盤 -
- ファースト・フライト/西城秀樹 (1978年12月20日)
- 永遠の愛7章/西城秀樹 (1979年2月25日) - 日本武道館での第5回コンサートのライブ盤 -
- YOUNG MAN/HIDEKI FLYING UP (1979年4月5日)
- Feeling Free/西城秀樹 (1979年7月21日)
- BIG GAME'79 HIDEKI (1979年10月9日) - 後楽園球場での第2回コンサートのライブ盤 -
- SONGS/西城秀樹 (1980年2月16日)
- 限りない明日を見つめて/西城秀樹 (1980年6月5日) - 日生劇場でのコンサートのライブ盤 -
- BIG SUNSHINE/西城秀樹 (1980年8月21日)
- BIG GAME'80 HIDEKI (1980年9月5日) - 後楽園球場での第3回コンサートのライブ盤 -
- ベスト・ヒット/西城秀樹 (1980年12月1日) - ベスト盤 -
- スーパー・ツイン/西城秀樹 (1980年12月6日) - ベスト盤 -
- HIDEKI SONG BOOK (1981年3月5日)
- HIDEKI PRESENTS 30 SONGS from Best Hit Chart (1981年4月13日) - シングル30曲ベストテン入り記念のベスト盤 -
- ポップンガール・ヒデキ (1981年7月5日)
- BIG GAME'81 HIDEKI (1981年10月5日) - 後楽園球場での第4回コンサートのライブ盤 -
- 西城秀樹ベスト28 (1981年11月1日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹ベスト・ヒット集 (1981年12月1日) - ベスト盤 -
- CRYSTAL LOVE/西城秀樹 (1982年7月21日)
- 青春3650/西城秀樹 (1982年11月21日) - デビュー10周年記念のベスト盤 -
- THE BEST 西城秀樹 (1982年12月16日) - ベスト盤 -
- HIDEKI RECITAL - 秋ドラマチック (1983年2月5日) - 日本武道館での第9回コンサートのライブ盤 -
- It's You/西城秀樹 (1983年7月21日)
- BIG GAME'83 HIDEKI FINAL IN STADIUM CONCERT (1983年9月15日) - 大阪球場での第10回ファイナルコンサートのライブ盤 -
- BEST 16 西城秀樹 (1983年12月1日) - ベスト盤 -
- GENTLE・A MAN/西城秀樹 (1984年3月5日)
- 背中からI Love You/西城秀樹 (1984年8月5日) - ベスト盤 -
- JUST RUN'84 HIDEKI (1984年9月15日) - 日本武道館での第11回コンサートのライブ盤 -
- Myself/西城秀樹 (1984年12月24日)
- '85 HIDEKI Special in Budokan - for 50 songs - (1985年3月15日) - 日本武道館での第12回(シングル50曲記念)コンサートのライブ盤 -
- TWILIGHT MADE …HIDEKI (1985年7月21日)
- HIDEKI SAIJO (1985年12月26日) - ベスト盤 -
- 腕の中へ- In Search of Love - (1986年2月21日)
- FROM TOKYO (1986年6月5日)
- BEST PACK/西城秀樹 (1986年11月15日) - ベスト盤 -
- Strangers in the Night (1986年11月21日)
- Caravan From Tokyo - HIDEKI SAIJO CONCERT TOUR '86 - (1987年2月15日)- 海外コンサートツアーのライブ盤(VHS) -
- PRIVATE LOVERS (1987年2月21日)
- BEST PACK/西城秀樹 (1987年12月25日) - ベスト盤 -
- 33才/西城秀樹 (1988年4月21日)
- HIDEKI CD BOX - Beloved 120 Songs - (1988年9月21日) - シングル60曲記念のベスト盤 -
- Golden Earrings (1989年7月21日)
- MAD DOG (1991年4月21日)
- HIDEKI SAIJO CONCERT TOUR '91 FRONTIER ROAD (1991年10月2日) - 東京・厚生年金会館での20周年記念コンサートのライブ盤(VHS) -
- ヒデキハウス (1991年12月16日)
- HIDEKI DANCE3 (1991年12月16日)
- History of Hideki Saijo vol.1,vol.2 (1993年9月22日) - ベスト盤 -
- HIDEKI SAIJO EXCITING AGE'72 - '79 (1994年12月16日) - 復刻盤 -
- HIDEKI SAIJO CONCERT 39 - Thank you - (1995年7月5日) - ライブ盤(VHS) -
- Rock To The Future(D・LIVE ORIGINAL COMPILATION)(1996年6月21日) - 赤坂BLITSでのロック・ミュージカルのライブ盤 -
- LIFE WORK (1996年7月24日) - リメイク盤 -
- HIDEKI SAIJO LIFE WORK 7 TREASURES (1997年1月22日) - ヒストリー・ビデオ(VHS) -
- 西城秀樹ROCKトリビュート KIDS’WANNA ROCK! (1997年7月24日) - 西城秀樹に憧れて育った若いロック・アーティスト達によるリメイク盤(トリビュート・アルバム) -
- 西城秀樹シングル・コレクション-77の軌跡 (1999年6月23日) - ベスト盤 -
- HIDEKI 70's (1999年12月16日) - ベスト盤 -
- HIDEKI 80's (1999年12月16日) - ベスト盤 -
- HIDEKI 90's (1999年12月16日) - ベスト盤 -
- HIDEKI B-side story (1999年12月16日) - シングルB面収録盤 -
- HIDEKI SUPER LIVE BOX (1999年12月16日) - 復刻ライブ盤(6枚組CD) -
- 西城秀樹オン・ステージ(1枚目に一部の楽曲が収録)
- 西城秀樹リサイタル/ヒデキ・愛・絶叫!(1枚目に一部の楽曲が収録)
- 西城秀樹リサイタル/新しい愛への出発(1枚目に一部の楽曲が収録)
- バレンタインコンサート・スペシャル/西城秀樹 愛を歌う(2枚目に一部の楽曲が収録)
- 永遠の愛7章/西城秀樹(2枚目に一部の楽曲が収録)
- BIG GAME'78 HIDEKI(3枚目に一部の楽曲が収録)
- BIG GAME'80 HIDEKI(3枚目に一部の楽曲が収録)
- BIG GAME'81 HIDEKI(3枚目に一部の楽曲が収録)
- 限りない明日を見つめて/西城秀樹(4枚目に収録)
- '85 HIDEKI Special in Budokan - for 50 songs -(5枚目、6枚目に収録)
- Bailamos 2000(2000年11月22日) - 東京・厚生年金会館でのコンサートのライブ盤(DVD) -
- Essential HIDEKI 30th Anniversary Best Collection (1972-1999) (2001年6月20日) - ベスト盤 -
- PLANETS - 30th Anniversary 12 Songs - (2001年6月27日) - リメイク盤 -
- THE STAGES OF LEGEND - 栄光の軌跡 - (2003年12月17日) - 復刻ライブ盤(DVD) -
- BIG GAME'83 HIDEKI FINAL IN STADIUM CONCERT
- '85 HIDEKI Special in Budokan - for 50 songs -
- Caravan From Tokyo - HIDEKI SAIJO CONCERT TOUR '86 -
- HIDEKI SAIJO CONCERT TOUR '91 FRONTIER ROAD
- HIDEKI SAIJO CONCERT 39 - Thank you -
- HIDEKI SAIJO LIFE WORK 7 TREASURES
- 特典映像スペシャルDISC
- 背中からI Love You、パシフィック、一万光年の愛、ミスティー・ブルー、SHAKE MY DAY、Rock Your Fire、ブーメランストリート、パラサイト・ラブ、2Rから始めよう
- GOLDEN☆BEST 西城秀樹 (2004年12月22日) - ベスト盤 -
- 西城秀樹 スーパーベスト (2005年12月11日) - ベスト盤 -
- Future Songbook 1999-2007 (2007年6月20日) - ベスト盤 (未発表曲含む)-
- The 35th Anniversary Memorial Box HIDEKI Complete Singles 1972-1999 (2007年12月19日) - デビュー35周年記念のベスト盤(CD9枚+DVD付)※特典DVDには1977年11月20日にNHKで放送の『ビッグショー・若さを誇らしく思う時に』が収録 -
[編集] 出演
[編集] レギュラー番組
- ヒデキとこず恵の楽しいデート(文化放送/1973年 - 1978年)斎藤こず恵
- 寺内貫太郎一家(TBS/1974年)
- 寺内貫太郎一家2(TBS/1975年)
- あこがれ共同隊(TBS/1975年)
- 花吹雪はしご一家(TBS/1975年)
- ロック イン ヒデキ(フジテレビ/1978年)
- 女の子なんかこわくない(文化放送/1978年年)
- HIDEKIとHIROMIのサンデーワイワイ広場(文化放送/1979年)
- 日曜劇場「翔べイカロスの翼」(TBS/1979年10月7日)石井ふく子:プロデューサー
- 日曜劇場「遠くはなれて子守唄」(TBS/1980年9月29日)
- モーニングサラダ(日本テレビ/1981年)とんねるず
- ホーム・スイート・ホーム(日本テレビ/1982年)
- 明石貫平35才(日本テレビ/1983年)
- ラズベリークラブ(文化放送/1984年 - 1986年)
- 青春のリターンマッチ(TBSラジオ/1986年)
- 恋に恋して恋きぶん(TBS/1987年)
- CAT'S EYE(日本テレビ/1988年)
- 妻たちの鹿鳴館(TBS/1988年10月8日)
- さよなら李香蘭(フジテレビ/1989年)沢口靖子
- 日曜劇場「話してよ、いつものように」(TBS/1990年7月1日)長山藍子、前田吟、野村真美
- 三姉妹(TBS/1990年)若尾文子、大原麗子、浅野ゆう子、竹脇無我、林与一、橋爪淳、佐々木一哲
- 毎日が新鮮!西城秀樹です。(TBSラジオ/1991年)
- 徳川無頼帳(テレビ東京/1992年)千葉真一
- 系列(NHK/1993年)三浦友和
- TVクルーズ となりのパパイヤ(フジテレビ/1994年)辰巳琢郎
- 青春のポップス(NHK/1998年 - 2002年)
- 日高晤郎の語り芸・江戸人情噺「紺屋高尾」(札幌テレビ/2004年12月28日)
- つばさ(NHK/2009年)斎藤浩徳 役
- 趣味の園芸 やさいの時間(NHK教育テレビジョン/2009年)
[編集] 映画
- ひとつぶの涙(1973年)
- としごろ(1973年)
- しあわせの一番星(1974年)
- 愛と誠(1974年)- 主演映画 -
- あヽ決戦航空隊(1974年)
- ブロウアップ ヒデキ(1975年)- ドキュメンタリー映画 -
- 初の全国縦断コンサートの模様がライブ映像で記録。
- おれの行く道(1975年)- 主演映画 -
- 傷だらけの勲章(1986年)- 主演映画 -
- 天使行動(1987年)- 主演(香港)映画 -
- ムーン・リー、シンシア・ラスター、ジョン・チャン
- ザ・ヒットマン 血はバラの匂い(1991年)- 主演映画(※東映Vシネマ) -
- 現代仁侠伝(1997年)
[編集] ミュージカル
- わが青春の北壁(劇団四季/1977年/日生劇場)
- デュエット(東宝/1984年・1986年/日生劇場)
- 坂本龍馬(1989年・1991年/新神戸オリエンタル劇場・日本青年館)
- ラヴ(コメディ/1993年・1996年/東京・大阪・名古屋・札幌)
- ROCK TO THE FUTURE(Panasonic D・LIVE/1996年・1997年/赤坂BLITS)
- 新・演歌の花道(2002年/新宿コマ劇場・梅田コマ劇場)
- 伝説のステージ FOREVER'70s-青春-(2003年/中日劇場・新宿コマ劇場・梅田コマ劇場)
[編集] 舞台
[編集] CM
[編集] CMソング
- ミスティー・ブルー (コーセー化粧品「夏女・ソニア」/1985年)
- 愛の翼 (Wing/1985年)
- Blue Sky (アサヒビール/1988年)
- Try Today (原ヘルス工業「バブルスター」/1988年)
- もいちど (ハウス食品「うまいっしょ」/1991年)
- 愛が止まらない (ノエビア化粧品/1995年)
- バンジョーとカズーイの大冒険(任天堂/1998年)
[編集] 主なゲスト出演番組
- NHK紅白歌合戦・出場曲(回/年)
- 傷だらけのローラ(第25回/1974年)
- 白い教会(第26回/1975年)
- 若き獅子たち(第27回/1976年)
- ボタンを外せ(第28回/1977年)
- ブルースカイブルー(第29回/1978年)
- YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第30回/1979年)
- サンタマリアの祈り(第31回/1980年)
- ジプシー(第32回/1981年)
- 聖・少女(第33回/1982年)
- ギャランドゥ(第34回/1983年)
- 抱きしめてジルバ(第35回/1984年)
- YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第45回/1994年)
- YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第46回/1995年)
- moment(第48回/1997年)
- 傷だらけのローラ(第49回/1998年)
- Bailamos(第50回/1999年)
- ブルースカイブルー(第51回/2000年)
- Jasmine(第52回/2001年)
- 日本レコード大賞・受賞曲/候補曲(回/賞/年)
- ザ・ベストテン・登場曲(回/週数/最高位)
- ブーツをぬいで朝食を(第1回~第9回/9週/第1位)
- あなたと愛のために(第11回~第18回/8週/第2位)
- 炎(第21回~第31回/11週/第4位)
- ブルースカイブルー(第34回~第47回/14週/第3位)
- 遙かなる恋人へ(第48回~第55回/8週/第5位)
- YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第59回~第72回/14週/第1位)
- ホップステップジャンプ(第72回~第82回/11週/第2位)
- 勇気があれば(第87回~第98回/12週/第1位)
- 悲しき友情(第103回~第111回/9週/第4位)
- 愛の園(第115回~第123回/9週/第3位)
- 俺たちの時代(第126回~第131回/6週/第3位)
- エンドレス・サマー(第133回~第135回/3週/第4位)
- サンタマリアの祈り(第144回~第147回/3週/第9位)
- 眠れぬ夜(第154回~第161回/8週/第3位)
- リトルガール(第166回~第172回/7週/第5位)
- セクシーガール(第181回~第183回/3週/第7位)
- ジプシー(第209回/1週/第10位)
- 南十字星(第218回~第224回/7週/第4位)
- 聖・少女(第231回~第235回/5週/第6位)
- ギャランドゥ(第263回~第265回/3週/第8位)
- 抱きしめてジルバ(第359回~第361回/3週/第9位)
- 腕の中へ(第410回/1週/第9位)
- 日本有線大賞
- 日本歌謡大賞
- 東京音楽祭
- FNS歌謡祭
- 日本テレビ音楽祭
- ロッテ 歌のアルバム
- 夜のヒットスタジオ
- NTV紅白歌のベストテン/ザ・トップテン
- ベスト30歌謡曲
- ビッグベストテン
- レッツゴー・ヤング
- 花のステージ
- NHK歌謡ホール/NHK歌謡コンサート
- ミュージックフェア
- サウンド・イン"S"
- トップスターショー・歌ある限り
- ビッグショー
- フェスタしずおか
- 新春かくし芸大会
- 8時だョ!全員集合
- ヤングおー!おー!
- TVジョッキー
- 象印スターものまね大合戦
- ヤンヤン歌うスタジオ
- 歌謡ドッキリ大放送
- カックラキン大放送!!
- スター誕生!
- クイズダービー
- クイズ・ドレミファドン!
- ぴったし カン・カン
- テレビ探偵団
- 笑っていいとも
- アッコにおまかせ!
- 速報!歌の大辞テン
- 歌謡チャリティーコンサート
- NHKのど自慢
- 今夜は最高!
- 徹子の部屋
- ライオンのごきげんよう
- スタジオパークからこんにちは
[編集] 出版
[編集] 著書
- 誰も知らなかった西城秀樹(ペップ出版/1975年)
- 君におくろう僕の愛を(ペップ出版/1976年)
- ふたりぼっちの日曜日・ヒデキとこず恵の楽しいデート(徳間書店/1976年)
- いま、光の中で(集英社/1979年)
- 熱き想いいつまでも(日本文芸社/1992年)
- バリスタイルの家 西城秀樹の快適アジアン生活のすすめ(イースト・プレス/2002年)
- あきらめない 脳梗塞からの挑戦(リベロ/2004年)
[編集] 写真集
- 西城秀樹 Young idol now『写真集』(勁文社/1974年)
- 西城秀樹写真集(さうんどぱわあ/1974年)
- 季刊ポッポ 75’WINTER 全特集・西城秀樹(新興楽譜出版/1975年)
- The Young Lion 西城秀樹『写真集』(レオ企画/1976年)
- HIDEKI(Wani Books/1980年)
- Hideki Saijo(株式会社シンコーミュージック/1981年)
- MY SELF PORTRAIT(近代映画社/1984年)
- BODY(Wani Books/1986年)
- H45・西城秀樹「独身最後の衝撃」写真集(主婦と生活社/2001年)
[編集] 関連人物
[編集] 西城秀樹の妹分として芸能界デビュー
[編集] 参考文献
[編集] 新聞
- 西城秀樹歌手生活35周年 奇跡の復活 ヒデキカンゲキ!(東京スポーツ/2006年9月)
- 先駆者としての業績は、前述の大阪球場、後楽園球場での野外コンサートはその草分けとして有名だが、ゴンドラや軽量スタンドマイク、ペンライト、白煙噴出などのステージパフォーマンスを最初に導入するなど多岐に渡る。さらに特筆すべき大きな業績としてアジア市場への進出がある。1981年の香港でのコンサートを皮切りにアジア各地で活動を続け絶大な人気を博した。当時は現在とは違い日本人のアジア市場への関心度は0であると言っても過言ではない時代で、日本のマスコミもTBS以外は賞賛する論調がほとんど無かったが、長年続ける事によって後進に道を切り開いたと言えるだろう。自身が無名時代から西城のファンだったジャッキー・チェンや故レスリー・チャンとの交流はよく知られる。
- 西城が軽量のマイクスタンドを導入する様になったきっかけは、ロッド・スチュワートがコンサートで(当時は重くて出来るはずがない)マイクスタンドをグルグル回すのに驚き、インターバル中、一緒に行ったかまやつひろしがマイクスタンドを触ってアルミと分かり、速攻で1本10万円のスタンドを10本注文した事から始まるという。その後すぐに軽量スタンドはブームとなり、翌年にはメーカーが作るようになったそうである。
- 上京して最初にビックリした事は、東京のタクシーのカラフルさで、広島には当時、白と黒色のタクシーしかなく「ふざけてんのか?」と思ったという。
[編集] 脚注
- ^ 2007年『徳光和夫の感動再会"逢いたい"』に西城が出演した回にてこのエピソードは紹介された。
- ^ 『和田アキ子だ 文句あっか!』 和田アキ子著、日本文芸社、1983年、19-22頁
- ^ 「週刊プレイボーイ」 集英社、2009年10月12日号、158頁
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月5日 (木) 06:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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