西岸良平
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| 西岸 良平 | |
|---|---|
| 生誕 | 1947年7月30日(62歳) |
| 国籍 | 日本 |
| 活動期間 | 1972年 - |
| ジャンル | 青年漫画 |
| 代表作 | 『三丁目の夕日(夕焼けの詩)』 『鎌倉ものがたり』 |
| 受賞 | 第27回小学館漫画賞青年一般部門 (『三丁目の夕日(夕焼けの詩)』) 第38回日本漫画家協会賞大賞 (『鎌倉ものがたり』) |
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西岸 良平(さいがん りょうへい、1947年7月30日 - )は、日本の漫画家。東京都世田谷区出身。妻は絵本作家の木村泰子(きむら やすこ)。代表作は『三丁目の夕日(夕焼けの詩)』、『鎌倉ものがたり』など。
時折「絵が貧乏くさい」「あざといほどにノスタルジック」と言われ、それがファンを選んでいるといわれたが、三丁目の夕日の映画化以降、再び幅広く読まれることになった。[要出典]
目次 |
[編集] 経歴
- 立教高等学校(現・立教新座高等学校)、立教大学経済学部卒。高校・大学は細野晴臣と同級生で、この時漫画家を目指していた細野は西岸の才能に感服して漫画家を諦め音楽家を志したと言われている。[要出典]在学中は立教大学漫画研究会に属していた。
- 1972年、『夢野平四郎の青春』で第8回ビッグコミック賞(現小学館新人コミック大賞一般部門)佳作一席に入選。デビュー作となる。1974年からビッグコミックオリジナルで連載を始めた『三丁目の夕日』がヒット作となり、1981年には同作で第27回小学館漫画賞青年一般部門を受賞。1990年には毎日放送系でアニメ化もされた。また、1998年には「わたしの愛唱歌シリーズ第4集郵便切手」として50円郵便切手「めだかの学校」の図案も手がけた。これは郵政省として初の漫画家による切手図案として知られる。
[編集] 人物
- 裏方に徹しようという思いがあるのか、マスコミへの露出はかなり少ないようである。
- 鉄道ファンとしても知られ、『三丁目の夕日』では湘南電車(80系電車)や都電や交通博物館を、『鎌倉ものがたり』では江ノ島電鉄や横須賀線の電車を、積極的に作品へ登場させたりもしている。
[編集] 作風
- 深い人間観察と郷愁表現を持ち味とする。『三丁目の夕日』シリーズはこうしたカラーを存分に発揮し、商業的にも成功した代表作。
- 初期の作品では、いわゆる“懐かしモノ”的な色あいは薄い。かわって、人生の一部を切り取ってみせ、独特の読後感を残すものや、遠い記憶と空想の境目をまさぐられるような不思議物語を展開するものに良作が多い。当初から「人生語り」と「不思議譚」に長けていた。やや不条理風な味わいのものもある。
- 昭和30年代ブームの火付け役の一人である[要出典]が、必ずしも当時を美化し復古を訴えるわけではなく、当時の生活の貧しさや不便さ、社会の不自由さを客観的に描き、それを題材にすることも多い。
- SF・ミステリー短編でも良作を生み出している。その一部はフジテレビ系のオムニバスドラマ番組『世にも奇妙な物語』内でドラマ化された。
- 絵柄の最大の特色は、独自のスタイルを追求しつづけた結果としての、徹底的な様式化。“書き割り風の街並み”に“破線の同心円をまとった夕日”は、西岸作品には欠かせない舞台装置である。 人物の顔の表現にも独特の様式をもつ。それでいて数十種類におよぶキャラクターを難なく描きわけている点は特筆に価すると思われる。
- いわゆるスター・システムを導入しており、別々の作品で容姿や設定が同じキャラクターが出てくることもある。
[編集] 作品リスト
[編集] 連載作品
[編集] 短編集
[編集] 映像化作品リスト
- 「呪いの紙人形」「赤い雲」「タイム・スクーター」 ※ 実写化(フジテレビ「世にも奇妙な物語」)
- アニメ「三丁目の夕日」(毎日放送)
- 見て聴く『三丁目の夕日』(小学館)
- 『ALWAYS 三丁目の夕日』、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』 ※実写化
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月21日 (水) 19:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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