西川京子
西川京子の最新ニュースをまとめて検索!
| 生年月日 | 1945年10月2日(64歳) |
|---|---|
| 出生地 | |
| 出身校 | 早稲田大学教育学部 |
| 学位・資格 | 教育学士 |
| 所属委員会 |
衆議院議員運営委員会理事 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 福岡10区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 所属党派 | 自民党(志帥会) |
| 会館部屋番号 | 衆議院第一議員会館 640号 |
| ウェブサイト | 西川京子公式ウェブサイト |
西川 京子(にしかわ きょうこ)は、日本の政治家。自由民主党所属の前衆議院議員(通算3期)。
第3次小泉改造内閣で厚生労働大臣政務官、安倍改造内閣・福田康夫内閣で厚生労働副大臣を務めた。志帥会所属。夫は熊本県葦北郡津奈木町長の西川裕。愛称はミカン箱オバサン。
目次 |
[編集] 略歴
- 東京都青梅市生まれ。都立武蔵高校を経て早稲田大学教育学部卒。
- 銀行員だった夫・西川裕と結婚し熊本へ移る。
- 2000年の第42回衆議院議員総選挙に自民党より比例九州ブロックから出馬し初当選。夫の手伝いをしていたところ、その人柄と才能を見込まれ出馬を打診されたことによる。2003年再選。
- 2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では郵政民営化法案に反対票を投じた自見庄三郎元郵政大臣の対立候補として自民党公認で福岡10区から出馬し当選を果たす。
- 「ミカン箱オバサン」の由来は、この選挙で自らはいわゆる“落下傘候補”であったことから、地元の自民党県連の幹部から「みかん箱に乗って頑張って」と冷たく突き放されたことによる。しかし、西川氏は北九州市小倉に骨をうずめる覚悟で選挙に臨んだ。そして、実際に各地でみかん箱に乗って演説を行い、また人柄のよさも受け入れられ、市民の支持を得た。「ミカン箱オバサン」は本人も売りにしており、当選後もこのスタイルを貫いた。
- 2006年自由民主党総裁選挙、2007年自由民主党総裁選挙、2008年自由民主党総裁選挙とも、同じ福岡県(福岡8区)選出の麻生太郎の推薦人となり、支援した。
- 2008年11月18日国籍法改正案を議題とした本会議では、法務委員会での審議が不十分として赤池誠章、牧原秀樹らと共に採決前に退席した[1]。
- 2009年4月3日 FreeJapanTVに出演した動画が、ニコニコ動画の政治カテゴリにおいて、マイリスト数、コメント数、再生数ともにランキングトップを記録した。[2]
- 2009年7月21日 衆議院解散により失職。直前に行われた自民党の両院議員懇談会においては、麻生太郎を支持。
- 2009年8月30日 この日投票の第45回衆議院議員総選挙に公明党の推薦も受け[3]立候補したが、風が吹いた民主党・城井崇の勢いに押され、比例代表でも惜敗率が9割に届かず、落選した。ただし、前回の選挙よりも獲得票は1割程度増加。なお、旧九州厚生年金会館がウエルシテイとして新たに存続できたのは西川氏の尽力による。
[編集] 関係団体
[編集] 出演番組
[編集] 脚注
- ^ 国籍法改正案が衆院で可決、自民一部議員が採決前に退席 読売新聞 2008年11月23日閲覧
- ^ ニコニコ動画の政治カテゴリでランキングトップを記録した動画
- ^ 比例貢献が基準?公明が自民92候補を推薦(2009年7月30日20時25分 読売新聞)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年10月26日 (月) 02:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【西川京子】変更履歴


