西川貴教

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西川貴教
基本情報
出生名 西川貴教
別名 ター坊
出生 1970年9月19日(39歳)
血液型 A型
学歴 滋賀県立野洲高等学校中退
出身地 日本, 滋賀県野洲市
ジャンル J-POP
職業 ミュージシャン
歌手
作詞家
俳優
声優
担当楽器 ボーカル
ギタリスト
活動期間 1989年 -
レーベル エピックレコードジャパン
事務所 ディーゼルコーポレーション
パーフィットプロダクション
共同作業者 浅倉大介
abingdon boys school
公式サイト T.M.Revolution サイト
  

西川 貴教(にしかわ たかのり、本名同じ、1970年9月19日 - )は、日本のミュージシャン歌手作詞家俳優声優滋賀県彦根市生まれ、滋賀県野洲郡野洲町(現在の野洲市)出身。血液型A型。身長161cm、体重は46kg。愛称は「ター坊(名前の「たかのり」から)」・「歩くいちごちゃん(自称)」・「アニキ(主に男性ファンから)」・「殿下」・「西川ちゃん」「タカさん(中学時代のあだ名)」など。

単独での所属事務所はディーゼルコーポレーション、自らが代表取締役を務める。ただし、abingdon boys schoolにおいてのマネージメントは、 パーフィットプロダクションが執り行っている。

目次

[編集] 略歴

  • 1989年:バンドLuis-Mary結成(パート:ボーカル。「灰猫=haine」と名乗る)
  • 1991年:1月にLuis-Maryのインディーズデビュー、7月にはメジャーデビューを果たす。その後、解散までに3枚のシングルと3枚のアルバムをリリース。
  • 1993年:灰猫の脱退を期にLuis-Mary解散。以後2年弱の間は表舞台から遠ざかる。
  • 1995年浅倉大介ソロシングル「BLACK OR WHITE?」にヴォーカルとして参加。デビューに先駆けてライブ活動を行う。12月には公式ファンクラブturboが設立される。
  • 1996年:5月にソロプロジェクトであるT.M.Revolutionとしての活動を開始。
  • 1997年:『西川貴教のオールナイトニッポン』のラジオパーソナリティを担当(1月6日~)。以後2005年まで、8年9ヶ月に渡って放送を続けた。12月、T.M.Revolutionとして紅白歌合戦に初出場(以後、1998年、2005年にも)。
  • 1999年:3月、ラジオでT.M.Revolutionの封印を発表し、それ以後は当時のプロデューサー浅倉大介とのユニットthe end of genesis T.M.R.evolution turbo type D(T.M.R-e)として活動。4月2日パフィー吉村由美と結婚。
  • 2000年:T.M.R-eからT.M.Revolutionに再度名称を改め、活動再開。
  • 2001年:自らデザイン・企画を務めるファッションブランドDEFROCKを立ち上げる。
  • 2002年:2月、T.M.Revolutionのセルフプロデュースを開始。7月1日、吉村由美と離婚。
  • 2004年:主にDEFROCKの商品を取り扱うブランドショップBABEL FISHを代官山にオープンさせる。
  • 2005年ロックバンドabingdon boys schoolを結成し、本名の名義でボーカルとして参加。ネイルクィーンのメンズ部門受賞。
  • 2006年:1月2日に、1夜限りで西川貴教のオールナイトニッポンが復活。7月末にDEFROCK・BABEL FISH事業を凍結。12月6日にはabingdon boys schoolとしてメジャーデビュー、同バンドの公式ファンクラブA.B.S.F.C.が設立される。
  • 2007年:主演をつとめるミュージカル「ハウ・トゥー・サクシード」が4月21日より東京、大阪、名古屋にて公演された。同年11月に異例の年内再演が決定した。9月には3年振りとなる、ファンクラブ会員限定恒例イベント「turbo Surf'07」をハワイにて開催した。
  • 2008年:1月、滋賀プラスワン(滋賀県広報誌)1月号(vol.103)において、嘉田由紀子滋賀県知事との対談が掲載される。「滋賀に元気の風を吹かせよう」というタイトルの対談で、郷土である滋賀県について熱く語っている。[1]5月、映画『コラソン de メロン』に出演(井上和香とのダブル初主演)。10月24日滋賀県初となる「滋賀ふるさと観光大使」に任命された。
  • 2009年:9月19日、20日の2日間、故郷の滋賀県で県内初となる大型野外音楽フェスティバル「イナズマロックフェス 2009」(滋賀県草津市)を開催。上記の「滋賀ふるさと観光大使」に就任した際に、「音楽を通じて地元にお返しがしたい」と話しており、その夢が実現する形となった。自身も19日にはabingdon boys schoolとして、20日にはT.M.Revolutionとして出演した。
  • 2009年:11月3日よりabingdon boys schoolとしてヨーロッパツアーを開始。『吐血必至』と言われるほどの過酷なスケジュールの中で、ロシアフィンランドスウェーデンドイツフランスイギリスを回ることが決定している。中でもドイツ入りは一週間のうちに4回という過密日程となっている。

[編集] 人物像

父は公務員(滋賀県庁)[1]、母は歯科衛生士(歯科衛生士学校の講師も務める)。また、亡き祖父は警察官巡査部長だった[2]。3人兄妹の長男で妹が2人いる。甥っ子が5人おり「兄ちゃん」と呼ばれている(妹2人が彼のことを「兄ちゃん」と呼んでいるため、自然に甥っ子たちもそう呼ぶようになったと発言している)。

世間では野洲市出身で伝わっているが、元々は彦根市で生まれ、母方の祖父が派出所勤務で野洲に転勤することになったと同時に、家族全員で野洲に引っ越した。

小学校時代は剣道をしており、大会での優勝経験もある。中学高校時代はハンドボールをやっていた。中学3年の応援合戦で応援団長を務める。振り付けを自ら考案する。修学旅行の実行委員にもなる。

家庭環境は音楽と縁遠い環境であったが、小学校高学年にラジオで初めて洋楽に触れる。 中学時代の文化祭で洋楽のコピーバンドのヴォーカルとして初めてステージに立つ。その後、「歌」を自分の拠りどころにし、バンド、ライブ活動に明け暮れる。当時のバンド名は「エルフ」。高校時代はバンド活動が忙しく遅刻、早退するようになり、滋賀県立野洲高等学校を退学。これについては当人は「少し早く卒業させていただいた」とラジオなどでしばしば冗談めかして語っている。その後、大阪スクールオブミュージック専門学校総合音楽科に籍を置き、ここで知り合ったメンバーとLuis-Maryを結成。人気を得るに従って授業に出席出来なくなり、卒業はしていない。

ライブパフォーマンスには定評がある。近年のライブでは・安定したピッチ・力強い歌声・凄まじい声量・ハイトーンボイス、ビブラートと年々上がる歌唱力にプラスし、CD音源とは違う(もしくは+α)ライブならではのアレンジ(フェイク)・MCなどによりライブでのリピーター率は高く、Gacktなどプロのミュージシャンからの評価も高い。

また通常のボーカリストとしての面だけでなく、ギタリストとしての一面も見せている。ヘッドバンギングを行ったりホールやアリーナなどの公演で広くとられたステージ中を駆け回るなど、自らの体を使った大きなパフォーマンスをすることが多い。

プライベートや関西出身の友人との会話は、コテコテの関西弁を使用するが、テレビ等のメディアに出る際は、標準語になる(ただし共演者が関西出身で仲が深まった場合等は関西弁が炸裂する)。

自分のことを、「いちごちゃん」と表現するときがある。これは苺の酸味や甘味、表面の種によるつぶつぶ感を自分に例えており、時折テレビ出演時などに発言するが、あまり浸透しておらず、本人以外で使っているのはGacktだけである。

話術が上手く、特にツッコミのセンスの高さは本職の芸人を凌ぐ。頭の回転が速い。『恋のから騒ぎ』にゲストとして出演した際に、明石家さんまをして「彼は腕あんねん」「歌手辞めてこっち(バラエティー番組のこと)に来たらええがな」と言わしめたこともある。もちろんライブMCでもその手腕を惜しむことなく発揮している。芸人並のトークやボケ&ツッコミが出来るアーティストの一人である。かつては『HEY!HEY!HEY!』でダウンタウンとの共演から始まって、現在でもケンドーコバヤシ宮川大輔などのお笑いタレントとの共演回数も多く、それ故か過去にT.M.Revolutionとしてデビューする前は、NSCに在籍していたという噂までもが、都市伝説になったこともある。

『なんでか?フラメンコ』のギター漫談家・堺すすむと顔が似ていると話題になり、「T.M.Revolution 堺すすむの隠し子 」と書かれた見出しが東京スポーツの一面を飾った。堺は余勢を駆ってTBSの『うたばん』など若者向け歌番組にも出演し、西川と同じ様な半裸の衣装で大型扇風機の前に立ち『WHITE BREATH』を熱唱したのみならず、寄席の出囃子にも一時『WHITE BREATH』を用いた。西川も答礼として「♪な~んでか?」を披露している。

機動戦士ガンダムSEED』『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』ではT.M.Revolutionとして主題歌・挿入歌を歌い、さらに声優としての出演まで果たした。本編のみならずドラマCDやゲームにも出演し、アニメ雑誌のインタビューにも応じるなど、作品に対する熱意が窺える。尚『SEED DESTINY』で演じたハイネ・ヴェステンフルスの名前の由来は、ドイツ語で「西(=ヴェステン)、川(=フルス)」の意であり、「ハイネ」は西川がLuis-Mary時代に名乗っていた灰猫(はいね)から取られている。そして、ハイネの機体(グフイグナイテッド)は、西川の好きな色であるオレンジ色の機体で、名前の「イグナイテッド」は、機動戦士ガンダムSEED DESTINYの第1期目のオープニングテーマ曲『ignited -イグナイテッド-』に由来している。 また、『SEED』で演じたミゲル・アイマンが『SEED MSV』で搭乗する専用ジンもオレンジ色に塗装されており、ま たHG1/144キット「ジン(ミゲル・アイマン専用機)」には、「DEFROCK」のシールが封入されている。

小学生の時から、絵を描くのが得意である。そのため、中学の卒業文集でもイラストを担当した。将来は、美術の先生になることも視野に入れていた。

愛車はカールソンCLK CM60RSとポルシェ・カイエンTURBOの2台。所有しているカールソンの方は責任者であるロルフ・ハルトゲのホビーカーであり、世界でたった1台しかないというプレミアム・スーパースポーツカー。他人には絶対に運転させないという。

2007年9月初旬頃、家族にメスのティーカップ・プードルを迎えた。名前は「ウィさん」(本人がファンへの紹介時、「さん」付けで呼んでいる)。ウィさんの誕生日は6月29日。本人は、「姫」と西川貴教 オフィシャルファンクラブ「turbo」サイトのtakanoriダイヤリーにて写真付きで延べていた。

[編集] 交友関係

本人いわく、「プライベートはかなりのインドア派で、芸能界での交友は少ない方だ」と公言している。

長年の音楽活動に関連して、福山雅治INORAN河村隆一真矢BUCK-TICKJ清春中島卓偉相川七瀬倖田來未ONE OK ROCK森内貴寛SOPHIA松岡充L'Arc〜en〜CieltetsuHOME MADE 家族MICROUVERworld及川光博KinKi KidsポルノグラフィティHIGH and MIGHTY COLORなどとの深い交友がある。この中にはLuis-Mary時代からの知人も多く、tetsuとはバンドを組む以前から交友があり、一時バンド結成の話もあった(tetsuの項を参照)。ラルクのボーカルが西川になっていた可能性もあった。

またシナリオライターで、現在は監督もつとめる北川悦吏子とは、2000年にTBS系で放映されたドラマ『ビューティフルライフ』で起用されて出演したのを切っ掛けに、2004年にフジテレビで放送されたノンフィクション番組『T.M.Revolution 西川貴教の真実』のナレーターを北川が担当しており、またデビュー10周年を記念して、2006年に西川本人の編集により特別刊行された『月刊カドカワ』に登場したこともある。

後輩ミュージシャンの175RSHOGOJackson vibeグローバー義和RAG FAIR土屋礼央とラジオ番組がきっかけでユニット「しぐれに」を結成。

同じくオールナイトニッポンでは福山雅治加藤晴彦と交友があり、「オールナイト3兄弟」と呼ばれていた(西川は次男)。福山雅治の母親は長崎でのT.M.R.のコンサートを見に行ったことがある。

清春とは長年交友があり、西川貴教のオールナイトニッポンにはよくゲストで出演していた。また、共にミュージシャンとして心底尊敬しあえる仲であり、ライブ、音楽番組などで共演したこともある。2005年4月29日放送の「笑っていいとも!」内のテレフォンショッキングでは、「僕が唯一、あの、心を開ける友達なんですけど」と西川の事を紹介している。 また同番組内で、ライブ中の西川を「僕から見ても全然凄い」、「歌凄い。声でかいし」と絶賛している。

Gacktとは、お互いのライヴに行き来するようになった後に、2005年に西川が司会を務めたNHKの音楽番組POP JAMにゲストとしてGacktが登場し、ゲストトークの際に西川の関西ならではの温厚さによってさらに仲が深まり、不仲説を打ち破った。これにはGackt自身も、精神的な距離がこんなにも近づくとは思っていなかったのか、驚いていた。それ以来の仲である。2007年1月29日発売の雑誌「FOOL'S MATE」にて、Gacktに「日本で数少ないピッチのいいアーティスト・2回まわしのLIVEなのに声の安定感が凄い」と褒めちぎられている(Gacktがここまで他のアーティストを褒める事は少ない)。

UVERworldとは故郷が滋賀県という共通点もあり、ボーカルのTAKUYA∞は西川のライブにゲストとして出演したこともある。(UVERworldがLIVEをよく行っていたハックルベリーというライブハウスの店長が、西川の地元の元バンド仲間であり、西川のすぐ下の妹とTAKUYA∞が面識がある等、接点も多い。)

L'Arc〜en〜Cieltetsuとは、ラルク結成前の時に知人を介して、バンドを組む約束をしていた。しかし連絡が取れずにバンドを組む話は自然消滅してしまった。

2002年に離婚をしてからも、PUFFY吉村由美と仲は良い。ツアー中の吉村由美に、喉関係の病院を紹介したこともあった。

[編集] 活動

[編集] テレビドラマ・バラエティー番組

[編集] 舞台

  • リトルショップ・オブ・ホラーズ(1999年)
  • ハウ・トゥ・サクシード~努力しないで出世する方法(2007年)
  • ザ・ミュージックマン(2010年上演予定)

[編集] 映画

  • コラソン de メロン(2008年) 

[編集] テレビアニメ

[編集] ゲーム

[編集] ラジオ

[編集] ドラマCD

  • 機動戦士ガンダムSEED SUIT CD Vol.4 Miguel Ayman×Nicol Amarfi(2003年6月21日

[編集] CM

[編集] 連載

  • 荒れる国家統一倶楽部《その後タイトルの頭にが付き、現在は、が取れて尾にZが付いている》(CDでーた)
  • 西川貴教のとなりの芝生 (オリコン・エンタテイメント)

[編集] 書籍

  • T.M.Revolution名義の書籍
    • この声の向こうに 初めて語られる西川貴教の半生-魂の記憶 T.M.Revolution interview book,出版社名:シンコー・ミュージック,発行年月:1999年1月
  • 西川貴教名義の書籍
    • 疾走 (T.M.R.) (T.M.R‐e) T.M.Revolution~the end of genesis
    • T.M.R.evolution turbo type D ,角川書店,1999年7月
    • 西川貴教のとなりの芝生,オリコン・エンタテインメント,2004年3月
    • アンダーカバー T.M.Revolution the 10th debut anniversary book ,アスコム,2006年1月1日(T.M.Revolution名義での同タイトルのセルフカバーベストアルバムUNDER:COVERと同時発売)

[編集] リリース作品

各ユニットにおけるリリース作品についてはそれぞれの項を参照のこと。

[編集] シングル

  • 1995年5月25日「BLACK OR WHITE?」浅倉大介expd.西川貴教名義

[編集] アルバム

  • THE MODS TRIBUTE-SO WHAT!!-」内の「Just Say Fuck No」西川貴教名義(2001年4月11日)

[編集] DVD

※T.M.R.LIVE REVOLUTION '04 SEVENTH HEAVENのツアーグッズと同時に販売。

  • T.M.Revolution 西川貴教・立つ!! ボルネオ ‐世界のヘソを目指して‐(2005年12月10日)

※T.M.R.YEAR COUNT DOWN PARTY LIVE REVOLUTION REMIX IX のツアーグッズと同時に販売。

  • T.M.Revolution 西川貴教・立つ!! Vol.3 -激走!! 縦断Thailand-(2006年12月3日)

※T.M.R.YEAR COUNT DOWN PARTY LIVE REVOLUTION REMIX X のツアーグッズと同時に販売。

※いずれも絶盤。

[編集] 脚注

  1. ^ 1997.5.19「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」等で発言
  2. ^ 2007.3.21~23『ごきげんよう』にて西川の発言より
  3. ^ 当時T.M.Revolutionのプロデューサーだった浅倉大介に「会社の社歌を書いてもらう」という出品内容で、浅倉が曲を書き、西川本人が歌を吹き込むという企画で登場。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月9日 (月) 11:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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