西戎

西戎の最新ニュースをまとめて検索!

四夷の名称(东=東)

西戎(せいじゅう)あるいは(じゅう)は、四夷の一つ。古代中国の西方にいた遊牧民族を蔑んで呼ぶ言葉である。

中国は西方にいた民族を中華思想により蔑み、一律に戎と呼んでいた。ただし、西方と言っても現在の中国の領土の西方ではなく、代には現在の陝西省から青海省の付近に居た。周の十二代王幽王は暴政を布いたので諸侯の恨みを買い、諸侯の一人公の誘いを受けた犬戎(けんじゅう)は紀元前770年に周の首都鎬京を陥落させて西周時代に終わりを告げさせた。これ以降は春秋時代に入る。

周が追われた地にが封ぜられる事になるが、秦は元々戎の一派であるという説もある。秦の穆公は度々戎を討って覇者となった。その後も何度か秦と衝突し、最後には秦に吸収されたと見られる。一部は分散して匈奴に入った可能性も考えられる。民族や種族としては諸説あり、チベット系ともテュルク系ともいわれるが、特定はできない。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月1日 (日) 13:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【西戎】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!