西東京バス
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒192-0046 東京都八王子市明神町3丁目1番7号 |
| 設立 | 1928年10月30日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 乗合バス事業,貸切バス事業,特定バス事業他 |
| 資本金 | 1億5,000万円 |
| 従業員数 | 580名 |
| 外部リンク | http://www.nisitokyobus.co.jp/ |
西東京バス株式会社(にしとうきょうバス 英称:Nishi Tokyo Bus Co.,Ltd. )は、東京都八王子市・福生市・あきる野市を中心とした、多摩西部と山梨県の一部で路線バスを運営する中堅の路線バス事業者である。
京王グループであるが、元々は青梅電気鉄道(現在のJR青梅線)のバス部門であった。なお、1999年から2008年まで、一部路線(主に青梅地区及び八王子西部地区の陣馬街道・高尾街道系統、新宿駅・京王八王子駅発着の夜行高速バス)は子会社の多摩バスへの移管が行われていた。他に八王子市上川町で霊園の販売も行っている。また、当社主催のバスツアー「西東京旅の会」(京王グループ共通ポイントサービスのポイント付加対象)も実施していたが、2006年6月に終了している。
目次 |
[編集] 沿革
西東京バスは、1963年に高尾自動車、奥多摩振興、五王自動車が合併して発足した会社である。ここでは、前身の3社の歴史も含めて記述する。
[編集] 高尾自動車
1916年、八王子駅前で旅館業・ハイヤー業を営んでいた豊泉信太郎率いる高尾自動車が八王子駅~高尾山下でバスの運行を開始した。これは1913年に京王電気軌道(現・京王電鉄)が東京府で初めて(鉄道開通まで一時的に)バスを運行してからわずか3年後のことであり、継続的運行ではこれが東京府初となる。この路線は1923年に運行開始した八王子市街自動車(現・京王電鉄バス八王子営業所)の路線と競合することとなり、翌1924年に八王子駅~恩方村(現・八王子市)川原宿間の新路線(恩方線)を開設、1932年までに上案下(陣馬高原下)まで延伸し、高尾自動車の主力路線となった。
1940年にハイヤー事業を八王子交通事業(株)へ譲渡してバス専業となった高尾自動車は、1945年の戦災で本社社屋は焼失したものの、車両への被害は殆どなかったためいち早く運行再開し、1948年11月に八王子駅~加住村(現・八王子市)戸吹間(戸吹線)、1953年11月に中野循環線、1954年11月に西八循環線を次々と開設していった。
1955年に京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の傘下に入ると、以後5年もの間に八王子駅~四谷~宮の前間(城山線)、台町~富士森公園間(富士森線)、八王子駅~小田野~美山町間(美山線)と、相次いで新路線を開業させている。
観光バス事業も、1957年に八王子観光(株)を吸収合併し、事業区域も相模原市及び津久井郡(現在は郡下の町村は全て相模原市に編入されている)にまで拡張していった。
[編集] 奥多摩振興
奥多摩振興は、青梅電気鉄道が同社沿線の開発を主な目的として、1928年に設立した会社である(1946年に青梅電気鉄道からバス事業を譲渡されるまでの歴史はここでは割愛する)。
青梅・奥多摩地区における最初のバス路線は、1922年に奥多摩自動車により運行開始された二俣尾(当時の青梅鉄道の終着駅)~鳩の巣間である。1930年に青梅電気鉄道はその奥多摩自動車を買収、同年8月には氷川まで延伸した。他に「砂川乗合」の西砂川~国分寺駅間、拝島駅~東秋留駅間の路線も編入した。
1944年4月、青梅電気鉄道の鉄道部門は国有化(現・JR青梅線)され、バス部門は引き続き青梅電気鉄道により運行されていたが、1946年4月に、青梅電気鉄道の全てのバス事業を子会社の奥多摩振興へ譲渡した。また、戦後の経営難から、1947年に拝島駅~砂川~国分寺駅間、松島公園~福生間、拝島駅~小荷田間他1路線を立川バスへ譲渡した。これは後に奥多摩振興が青梅線福生以東への路線拡大が阻まれる結果となった。
1944年に青梅線が氷川駅(現・奥多摩駅)まで全通すると、1949年に氷川~川野~丹波山間、1952年に川野~小菅間及び沢倉~東日原間が開通している。小河内ダムの建設で脚光を浴びつつある奥多摩地区に独占的な路線を持つ奥多摩振興を巡り、立川バスを傘下に収め更なる事業区域拡大をめざす小田急電鉄、ダム建設当事者である東京都、そして京王帝都電鉄の3者による買収合戦が繰り広げられたが、結局1956年に京王帝都電鉄の傘下に入っている。
1961年には東京都交通局と共同で、新宿駅西口~奥多摩湖間の急行バスの運行を開始している。
[編集] 五王自動車
1920年、石川自動車は、これまで川口村(現・八王子市)今熊~八王子(平岡町)間で運行していた乗合馬車に代えて、五日市~八王子間でトラック改造の乗合自動車の運行を開始した。1924年には八王子駅まで延伸し、商号も五王自動車商会(1947年に法人化し、五王自動車へ再変更)に改めた。1925年、五日市鉄道(現・JR五日市線)が開業すると、五日市の中心部に営業所を構え、五日市から福生町、戸倉村(現・あきる野市)西戸倉(後に十里木まで延伸)、青梅へと路線を拡充していった。
1960年代になると、立川~五日市間の路線を共同で運行していた立川バス(小田急グループ)が合併を持ち出してきたが、1961年、既に南側の八王子の高尾自動車・北側の奥多摩の奥多摩振興を傘下に収めていた京王帝都電鉄の資本に入った。
[編集] 合併、西東京バス発足
京王帝都電鉄の傘下となった高尾自動車・奥多摩振興・五王自動車の3社は、バス運行の合理化を目的とした合併準備のため、1963年4月に京王線東八王子駅(現・京王八王子駅)隣の合同本社に移り、同年10月1日、奥多摩振興が他の2社を吸収合併し、ここに西東京バスが発足した。社章は円の中にNishi Tokyoの頭文字NTを図案化したもので、Tはスピード感と鳥の羽をイメージしたものとなっており、現在に至るまで、一般路線車(五日市営業所の瀬音の湯線専用車両を含み、コミュニティバスや多摩バスへ譲渡された車両を除く)全車両の前面に掲げられている。
発足とともに、八王子・五日市・青梅の各営業所及び氷川支所が設置され、翌1964年に八王子営業所が現在のNTB八王子ビル(本社)の場所へ、1967年に青梅営業所が現在地へ移転しており、路線も京王八王子駅~サマーランド線、河辺・羽村循環線や 氷川~塩山間急行バス(山梨交通と共同運行、1972年廃止)などが新設された。
路線バスのみならず、観光バス事業の強化も進めていた西東京バスは、1965年3月、八王子市元本郷町に観光営業所を開設、各営業所に分散していた観光バスを本営業所に集約した。
1970年代以降、八王子のベッドタウン化や大学等の教育機関の進出によって路線数が急増、既存の営業所では対応しきれなくなったため、1971年に楢原営業所が、1992年に恩方営業所(これにより八王子営業所が廃止)が新設されている。1994年、八王子営業所跡地に地上4階建てのテナントビル「NTB八王子ビル」を建設し、同ビルの3階に本社を移転、他のフロアは他社への賃貸を行っている。
[編集] 多摩バスへの分離・再統合
1999年、全額出資により多摩バスが分社され、同年10月より不採算路線の運行の移管及び委託が開始された。これにより、青梅営業所は1999年から2000年にかけて、恩方営業所は2000年から2005年にかけて、高速・貸切バス事業が2003年に移管されていった。
2008年9月1日、利便性の向上と事業運営の効率化を図るため、多摩バスとバス事業統合(事業譲渡された多摩バスは会社としては残存し、今後、土地と建物の賃貸・管理などの事業に専念する)、および同日始発より多摩バスが運行する全路線を引き継いで運行が開始された(2008年8月5日、同社公式ホームページ上で発表[1])。これにより、多摩バスに所属していた一般路線車両は、青基調の塗色はそのままに、社名とロゴマークが西東京バスのものに変更され、当面、この旧多摩バス塗色と旧来の西東京バス塗色の2種類の塗色の一般路線車が存在することとなる。
[編集] 年表
- 1916年 - 高尾自動車が八王子駅~高尾山下でバスの運行を開始
- 1920年 - 石川自動車(後の五王自動車)が五日市~八王子間で乗合自動車の運行を開始
- 1922年 - 奥多摩自動車が二俣尾~鳩の巣間でバスの運行を開始
- 1928年10月30日 - 青梅鉄道(翌年、青梅電気鉄道に改称)の関連会社として奥多摩振興を設立
- 1930年4月1日 - 青梅電気鉄道が奥多摩自動車を買収
- 1946年4月1日 - 奥多摩振興が青梅電気鉄道のバス事業を譲受
- 1956年2月29日 - 奥多摩振興が京王帝都電鉄の傘下に入る
- 1963年10月1日 - 奥多摩振興が高尾自動車・五王自動車を吸収合併、西東京バスが発足。八王子・五日市・青梅の各営業所及び氷川支所を設置
- 1971年5月31日 - 楢原営業所を設置
- 1972年10月21日 - 上川霊園開設
- 1982年9月26日 - ボンネットバスの運行を開始
- 1990年3月22日 - 高速バスの運行を開始(八王子~京都間「京都号」)
- 1992年4月6日 - 恩方営業所を設置
- 1999年4月1日 - 多摩バスを設立・同年10月1日より運行を開始
- 2008年9月1日 - 多摩バスを再統合
[編集] 運行路線
[編集] 八王子エリア
[編集] 八王子市北西部・国道16号・滝山街道方面
西東京バスは、「学園都市」と言われる八王子市内に24ある高等教育機関のうち、同市北西部にある4つの大学(杏林大学、東京純心女子学園東京純心女子大学(西東京バスでは、「純心女子学園」という停留所名となっている。)、創価大学、工学院大学)とJR八王子駅北口・京王八王子駅を結ぶ路線を運行している。JR八王子駅北口では平日・土曜の通学時間帯(朝8時前~10時頃)はバス待ちで数百~千人程度の集中混雑が日常的に発生するため、10:29発まで上記の4大学方面の急行・直行バスのうち、3大学(杏林大学・創価大学・工学院大学)方面行きバス乗り場が、バスロータリー内のバス停(工学院大学は6番、杏林大学・創価大学は12番乗り場)から八王子ツインタワー前の臨時バス停(工学院大学は15番乗り場、杏林大学・創価大学は14番乗り場)に移動、純心女子学園は12番乗り場をそのまま使用し、各大学行バスが運行(混雑状況によっては臨時増発)されている。但し、休校日はこの扱いをしない。
以前は、上記4大学方面の急行・準急(2008年3月末で廃止)バスは、各停と同じく国道16号等を通行していたが、渋滞が激しく、急行料金はないものの、各停と所要時間はさほど変わらなかった。 ひよどり山トンネルが完成し、急行・準急のみこのトンネルを通行するようになった。ひよどり山トンネルが無料開放になった現在では、JR八王子駅北口発着(一部京王八王子駅発着)でノンストップの「直通(2008年4月1日に、以前からノンストップであった一部「急行」を名称変更した路線と同日に「直通」として新設された路線がある)」と、途中幾つかの停留所を停車する「急行」の他、杏林大学、純心女子学園方面の各停バスもメインルートとしてトンネルを利用することとなった。メインルートが国道16号経由から距離の短いひよどり山トンネル経由となったため、一部区間では2008年4月のダイヤ改正と同時に運賃も変更(値下げ)されている。また、2009年4月には、新滝山街道の第一工区開通に伴い、一部路線が創価大学を周回するようになった。
[編集] 八王子市北東部・秋川街道方面
京王・JR八王子駅より、ケンウッド(実際に「ケンウッド前」という停留所が存在する)やオリンパスなどといった国内一流製造業が拠点を構える北八王子工業団地(石川工業団地)方面や、北隣のあきる野市にある東京サマーランド、秋川駅、武蔵五日市駅、上川霊園方面のバスを運行している。
京王八王子駅~川口町(秋川街道)方面の路線は、京王・JR八王子駅より20分以上乗車時間のある郊外路線でありながら、日中は上下共10分間隔、朝ラッシュ時は上り便が2~4分間隔、帰宅ラッシュ時は下り便が6分間隔程度でバスが走っている。しかし、それでも朝夕はおろか、日中でも立客が珍しくない程の混雑ぶりであることは、郊外部の公共交通機関がバスに限られてしまうという八王子市の交通・道路事情を表しているといえる。また、いずれも始発バス停ではほとんどの発車時刻においてパターン化されており、平日朝の上り便には「専用レーン内急行(甲州街道内のバス停は通過)」といった種別があり、また平日の深夜バスは下り便1時過ぎ、上り便も0時半すぎまで運行されている。さらにこの深夜バスは土・日曜日・休日でも下り便に限り運行されている。
一方、秋川街道は、道路容量があまり大きくないこともあり、主として楢原町以南にてラッシュ時や休日などに渋滞の影響を受けやすい面も見られる。最近では、中野上町交差点等の改良や工学院大学発着の直行バスの経路変更により、以前に比べて渋滞が緩和している。
八王子市の委託により、コミュニティバス「はちバス」を運行している。詳細ははちバスの項目を参照のこと。
[編集] 八王子市西部・陣馬街道方面
八王子市西部地区(高尾・陣馬地区)は2000年より100%子会社の多摩バス(恩方営業所)への移管及び委託が始められ、2005年までに完全に同社に移管された。しかし、2008年9月1日をもって、業務の効率化を理由に再び、西東京バスに移管された。 また、ボンネットバスを用い、春と秋の日曜・祝日には陣馬高原下行き(2007年春は「夕焼小焼」バス停止まり)のバス「夕やけ小やけ号」を2007年5月まで運行していたが、こちらは従来通り西東京バスの運行で、2006年9月1日の当時の多摩バスによる八王子市西部地区路線再編成以降もJR・京王八王子駅発着であった。
この路線再編成では、陣馬高原下行きなど一部のJR・京王八王子駅発の路線を高尾駅発へ変更したり、西八王子駅発の路線を新設するなど、八王子駅からの分散化が進められた。西八王子駅からは、路線再編成時には陣馬街道を経由して繊維団地へ、翌2007年にはつつじヶ丘トンネル開通に伴い、中央道八王子バス停下を経由してグリーンタウン高尾へ、さらに2009年には同じく中央道八王子バス停下を経由してホーメストタウンへ行く路線が新設された。また、宝生寺団地(八王子駅発のみ)・ホーメストタウンの住宅地周回運行も開始させている。
[編集] 八王子エリアのバスの便利さ
ここ10年間で大幅に変更された点は、運行ダイヤのパターン化と深夜バスの増強である。
2008年12月現在、運行回数の多い路線のほとんどが、特に日中のダイヤがパターン化されている。また、深夜バスは以前からも一部路線で展開されていたが、当時は平日・土曜日の23時台後半まで運行され、日曜・祝日は運行されていなかった。現在では平日が深夜1時頃まで、土曜・日曜・祝日も23時台後半まで(いずれも始発バス停の発車時刻を基準)運行されている路線が多くあり、それぞれの路線で利用者の多い事が伺える。
[編集] 青梅線・五日市線エリア
JR青梅線とJR五日市線は拝島駅で西北方と西方に分岐するが、まったく別の方角に行くのではなく、同じ西多摩地区に入り、両者間の距離もさほど離れていない。このため、鉄道を経由すると両線間の交通は大変大回りとなるが、この間を短絡する公共交通は、タクシーを除き、西東京バスが独占している。近年、首都圏中央連絡自動車道日の出インターの近くに大規模ショッピングセンターであるイオンモール日の出が開店し、付近のバス路線は増強されている。また両線間以外に、小作駅、河辺駅から北方にも路線を伸ばしている。
[編集] 五日市・奥多摩エリア
武蔵五日市駅より秋川渓谷方面、奥多摩駅より奥多摩湖、日原鍾乳洞方面、御岳駅からケーブル下などへ運行しており、沿線住民の生活の足となっていると共に、休日は観光客で賑わう。奥多摩駅発着路線には多摩源流で知られる山梨県の小菅村・丹波山村へ行く路線もある。また、ハイキング客など大きな荷物を持っての利用客が多いため、一定基準以上の大きさの手荷物には乗車される本人の運賃とは別に手荷物料金を支払う必要がある。さらに、運行区間のうち閑散部などでは自由乗降制度を設けているが、行楽シーズンなどの時季では自由乗降を行っていないので、注意が必要である。
[編集] 高速バス路線
西東京バスは1990年3月22日に八王子~京都間の「きょうと号」で高速バス路線に参入、その後、京王八王子高速バスターミナルから仙台(ニューエポック号)・大阪(トレンディ号)・金沢への路線を相次いで運行開始した。1996年には京王帝都電鉄(当時)より新宿高速バスターミナル~大阪(ツインクル号)、高松(ハローブリッジ号)、松山(オレンジライナー号)の3つの夜行路線を譲受している。なお、2003年10月1日から2008年8月31日まで、高速バス路線の運行は子会社の多摩バスへ移管されていた。
使用車両については、#高速路線車を参照。< >は共同運行会社。
[編集] 夜行
[編集] 金沢線
- 渋谷・八王子⇔金沢・加賀温泉駅:渋谷マークシティ - 京王・JR八王子駅 - 金沢駅 - 小松駅 - 加賀温泉駅 <北陸鉄道>
- 1992年8月3日 - 運行開始。当初は昼行便もあった。
- 2003年10月1日 - 東京側の運行会社が西東京バスから多摩バスに移管。
- 2007年7月6日 - 八王子~金沢線を路線延長の上、経路変更を実施。
- 2008年9月1日 - 多摩バスから西東京バスに復帰。
- 東京都渋谷区と石川県加賀市を、首都高速4号新宿線・中央自動車道・首都圏中央連絡自動車道・関越自動車道・上信越自動車道・北陸自動車道経由で結ぶ夜行高速路線バスである。渋谷は、渋谷マークシティ5階に停車。西東京バスとしては3路線目の高速バスで、北陸鉄道にとっても関東方面への3路線目の高速バス路線である。西東京バスの高速バスではこの路線に限り路線愛称を採用しておらず、多摩バスへの運行移管を経て西東京バスに戻った今日においても愛称はない。このため路線についてPRされにくいのが実情である。
[編集] 大阪線
- ツィンクル号:新宿高速バスターミナル - 京王・JR八王子駅 - JR茨木駅- 阪急茨木市駅 - 大阪駅前(地下鉄東梅田) - なんばOCAT - あべの橋駅 <近鉄バス>
- 1989年12月6日 - 新宿~大阪線「ツィンクル号」運行開始。京王帝都電鉄(現・京王電鉄バス)・近鉄バスの共同運行。当初は新宿高速バスターミナルとあべの橋・上本町のみの停車。
- 1990年11月9日 - 八王子~大阪線「トレンディ号」運行開始。西東京バスと近鉄バスの共同運行。当初は新宿高速バスターミナルとあべの橋・上本町のみの停車。
- 1996年10月1日 - 「ツィンクル号」の東京側の運行会社を京王帝都電鉄から西東京バスへ移管。
- 2001年3月30日 - 下り便をUSJまで延長。
- 2002年2月1日 - なんばOCATビル乗り入れ開始。
- 2003年9月1日 - 東梅田に新規停車。上本町は廃止。
- 2003年10月1日 - 東京側の運行会社を西東京バスから多摩バスへ移管。
- 2006年12月1日 - 「トレンディ号」を「ツィンクル号」に統合の上、八王子・茨木経由に変更。USJ乗り入れ廃止。
- 2008年7月10日 - 到着時刻見直しのダイヤ改正を実施。
- 2008年9月1日 - 多摩バスから西東京バスに復帰。
- 新宿(東京都)とあべの橋(大阪市)を、首都高速4号新宿線・中央自動車道・名神高速道路経由で結ぶ路線である。2008年4月24日までは、格安便の「カジュアルツインクル号」も近鉄バスと共同運行を行っていた(現在は近鉄バス単独運行)。
- 「ツィンクル号」は2名乗務、「カジュアル・ツィンクル号」はツィンクル号の乗務員と交代でのワンマン運行となる。どちらも出発時はカジュアルを先行して出発させ、途中まで進んだところで仮眠休憩を取る。その間にツィンクル号が到着し、乗務員を入れ替えて目的地に向かう。車両面は近鉄はダブルデッカーを利用するために、京王側(西東京バス)より座席の数が多く、1Fの座席を指定できるのは近鉄運行便の時に限られる。
[編集] 高松線
- ハローブリッジ号:京王・JR八王子駅 - 新宿高速バスターミナル - 横浜駅西口 - 高松駅 - 坂出インターバスターミナル - 丸亀駅 <四国高速バス>
- 1989年10月14日 - 新宿高速バスターミナル - 坂出駅経由高松駅間を京王帝都電鉄と四国高速バスの共同運行で運行開始。
- 1996年10月 - 東京側の運行会社が京王帝都電鉄から西東京バスへ移管。
- 2001年12月20日 - 神戸淡路鳴門自動車道経由にルート変更、大内(高速大内)、丸亀駅停留所を新設、 丸亀バスセンター発着となる。
- 2003年10月1日 - 東京側の運行会社が西東京バスから多摩バスへ移管。
- 2007年3月1日 - 中央道日野停留所停車開始。
- 2007年12月22日 - 中央道三鷹、中央道深大寺、中央道府中、中央道八王子停留所停車開始。
- 2008年9月1日 - 多摩バスから西東京バスに復帰。
- 2008年12月1日 - さぬきエクスプレス横浜号廃止[2]に伴い、始発が京王八王子駅となり、横浜駅西口への乗り入れを開始する(中央道八王子停留所は廃止)。高速三木停留所停車開始。
- 2009年4月1日 - 丸亀バスセンター駐車場閉鎖にともない、丸亀駅着に変更となる。
- 東京都八王子市と香川県高松市・丸亀市を中央自動車道・首都高速道路・東名高速道路・名神高速道路・中国自動車道・神戸淡路鳴門自動車道・高松自動車道・高松坂出有料道路などを経由して結ぶ夜行高速バスである。多客期に続行便を運行する際、西東京バス車両で女性専用車として運行される場合がある。また、お盆、年末年始等の最ピーク期には更なる増便が実施されることがあり、専用車両ではない一般観光バス車両(4列シート・概ね3号車以降、ほとんどの車両は化粧室なし)によって運行される場合があり、多いときには5台前後で運行し、台数が多いため、一度にバスターミナルへ入線できず到着号車順に乗車することになる。
[編集] 松山線
- オレンジライナー号:新宿高速バスターミナル - 道後温泉 - 松山市駅 - 八幡浜 <伊予鉄道>
- 1990年5月2日 - 新宿~松山市線を運行開始。当初東京側の運行会社は京王帝都電鉄。
- 1996年頃 - 新宿線の東京側の運行会社を京王帝都電鉄から西東京バスへ移管。
- 1997年2月27日 - 松山自動車道松山IC経由に変更。
- 2003年10月1日 - 東京側の運行会社を西東京バスから多摩バスへ移管。
- 2007年3月1日 - 中央道日野停留所停車開始。
- 2007年8月1日 - 松山側を松山室町営業所まで延伸。
- 2007年12月22日 - 中央道三鷹、中央道深大寺、中央道府中、中央道八王子停留所停車開始。
- 2008年9月1日 - 松山側を八幡浜まで延伸、また多摩バスの全路線バス事業撤退に伴い、東京側の運行会社を西東京バスに移管・復帰。
- 松山(愛媛県)と新宿(東京都)を、首都高速4号新宿線・中央自動車道・名神高速道路・中国自動車道・松山自動車道などを経由して結ぶ路線である。なお、伊予鉄道側の呼称は大阪~八幡浜線と共通の「オレンジライナーえひめ号」である。ハローブリッジ号、オレンジライナーえひめ号は中央道上の高速バス停、中央道三鷹~中央道八王子の各バス停に停車する。(高松・松山行きは乗車専用、新宿行きは降車専用)
[編集] 昼行
[編集] 羽田空港線
- 開始当初から3社の共同運行(但し、京王バス南の当時の社名は南大沢京王バス)。6便のうち、早朝3便の空港行き及び夜間3便の八王子方面行きは高尾駅北口発着。JR・京王八王子駅に加え、多摩都市モノレール甲州街道駅の最寄である中央道日野バス停(中央高速バスや四国線の乗降場所が逆になるので注意)も停車。
[編集] 成田空港線
- 八王子⇔成田空港 <東京空港交通>
- 2008年3月17日 - 多摩バスが参入し、東京空港交通との共同運行となる。
- 以前は、東京空港交通の単独運行かつ、京王八王子高速バスターミナル(現在は閉店)のみ客扱いを行っていたが、増便を伴うダイヤ改正により2008年3月17日より多摩バスが参入し、JR八王子駅北口にも停車するようになった。
[編集] 深夜急行路線(2009年12月1日より運行開始)
[編集] かつて運行していた高速バス
[編集] 仙台線
- ニューエポック号:八王子 - 仙台 <宮城交通>
[編集] 八王子 - 大阪線
- トレンディ号:京王八王子高速バスターミナル - なんばOCAT - USJ <近鉄バス>
- 1990年11月9日 - 八王子~大阪線「トレンディ号」運行開始。西東京バスと近鉄バスの共同運行。
- 2006年11月30日 - この日発限りで愛称廃止・ツィンクル号へ統合。
[編集] 京都線
[編集] 新宿 - 大阪線(格安便)
- カジュアルツィンクル号(新宿 - 大阪)<近鉄バス>
ツアーバスなどに対抗すべくツィンクル号に加える形で運行を開始した格安便。4列シート車でトイレのみ装備の車両で運行。共同運行を続けていたが、2階建て車を使用する近鉄バスに対し収益面で不利であったことから運行をとりやめた。基本的な運行体制は、ワンマン運行のカジュアル便が先行して出発、途中で乗務員が仮眠を取り、その間にツィンクル号が追いついて乗務員を入れ替えて目的地に向かう2車3人制を取っていた。現在、西東京バスがツィンクル号を担当する便と組み合わせる近鉄バスのカジュアル便は2人乗務体制としている。
[編集] 本社および営業所
現在の西東京バスの本社は、東京都八王子市明神町の、中央本線と京王線との立体交差の付近にあるNTB八王子ビル内に入居している。営業所は多摩西部に4か所所在し、それぞれの周辺地域の路線を担当している。このうち、青梅営業所は1999年から2008年まで、恩方営業所は2000年から2008年まで多摩バスに移管されていた。
- 本社 - 東京都八王子市明神町
- 楢原営業所(営業所記号:A) - 東京都八王子市楢原町
- 中野学園車庫 - 東京都八王子市戸吹町
- 五日市営業所(営業所記号:C) - 東京都あきる野市舘谷台
- 青梅営業所(営業所記号:B) - 東京都青梅市末広
- 恩方営業所(営業所記号:D) - 東京都八王子市下恩方
[編集] かつて存在した営業所
- 八王子営業所 - 東京都八王子市明神町。1992年、恩方営業所開設により廃止。跡地には、本社が入居するNTB八王子ビルが建設された。
- 日野営業所(観光バスセンター) - 東京都日野市旭が丘。2003年観光バス事業の多摩バスへの移管とともに廃止、同社恩方営業所へ統合。
- 京王八王子高速バスターミナル - 東京都八王子市明神町。2007年、多摩バスが運行する夜行高速バス事業縮小により廃止。高速バス発券業務は八王子駅北口案内所へ移管。八王子発着のリムジンバスは本社向かい側にある明神車庫で停泊。
[編集] 営業所記号の移り変わり
- (営業所記号:A)八王子営業所 → 楢原営業所
- (営業所記号:B)青梅営業所 → 五日市営業所氷川車庫 → 青梅営業所
- (営業所記号:C)五日市営業所
- (営業所記号:D)楢原営業所 → 恩方営業所 → 多摩バス恩方営業所 → 恩方営業所
- (営業所記号:E)五日市営業所氷川車庫
[編集] 車両
2007年7月現在、合計340両(乗合295両、特定24両、貸切21両)の車両を保有している。[3]
[編集] 一般路線車
一般路線車は、いすゞ・日野・日産ディーゼルの3社の車両を導入している。1995年までは主に八王子地区はいすゞ、五日市・青梅地区は日野を導入していたが、同年に京王帝都電鉄(現・京王電鉄バス)が導入したものと同形式の中型長尺の低床ワンステップバスのU-JP211NTNを導入、その影響で以後しばらく日産ディーゼル車のみの導入となったが、最近は再びいすゞ・日野も導入する様になった。 カラーリングは、前身の3社が京王帝都電鉄の傘下となった頃より、同社が戦後~昭和40年代まで使用していたもの[4]から下部の白い線を取り除いたものが使用されている。また、ノンステップバスなどの低床車の導入に非常に積極的であり、国土交通省の発表するノンステップバス導入率が高い事業者ベスト30によると、総台数の80%以上がノンステップバスであり、全国第3位にランクインしている(2009年3月31日現在)[5]ほか、1970年代にはいすゞ・BUの低床版であるBU06を導入している。
- かつては五日市営業所に在籍していた[6]が、現在、三菱ふそう製一般路線車は在籍していない。
- 大型路線車はエルガノンステップtype-A(KL-LV280L1改/PJ-LV234L1/PKG-LV234L2、いすゞバス製造→ジェイ・バス)が楢原・青梅・恩方の各営業所に、中型路線車はエルガミオ(PA-LR234J1、ジェイ・バス)が楢原営業所に配置されている。キュービック(U-LV324L)は2008年に全廃したが、楢原営業所には富士重工業7E架装車、恩方営業所にはアイ・ケイ・コーチ製純正ボディが主に配置されていた。なお、2007年5月に運行を終了したボンネットバス(BXD50)については#夕やけ小やけ号を参照のこと。
- 大型路線車はブルーリボンII(KL-KV280L1改/PKG-KV234L2、いすゞバス製造→ジェイ・バス)が楢原・青梅の各営業所に、中型長尺路線車はレインボーHR10.5m(KL-HR1JNEE/PK-HR7JPAE、日野車体工業→ジェイ・バス)が五日市・青梅・恩方の各営業所に、中型路線車レインボーHR9m(PB-HR7JHAE、ジェイ・バス)が楢原営業所に、レインボーRJ(U-RJ3HJAA)が氷川車庫に配置されている。なお、かつては五日市・青梅を中心に富士5E/7Eを架装した日野車が多く在籍していた。また、コミュニティバス(はちバス、るのバス、ひのでユートピア号)用の車両は全て日野車で揃えられている。
- 前述の通り、JPワンステップ(U-JP211NTN/KC-JP250NTN、富士重工8E)が1995年より導入された。U-車は、京王帝都が逆T字窓なのに対し、西東京バスはサッシ窓仕様で納入された。2008年現在、U-車は氷川車庫にのみ在籍する。以降、2000年のJPノンステップ(KL-JP252NAN改、西工96MC)まで増備され各営業所に配置されたが、朝夕の学生の輸送量が多いことから、以降、より定員の多いUAノンステップ(KL-UA452KAN改、富士重工新7E及び西工96MC)に切り替えられ、さらに2006年より尿素SCRシステムを搭載したスペースランナーRAノンステップ(ADG-RA273KAN、西工96MC)が導入された。他に中型車RMノンステップ(KC-RM211GAN改、西工・日デオリジナル)、小型車RNワンステップ(KC-RN210CSN、富士重工8E)、フルノンステップ車・UA-Fタイプ(KC-UA460KAM、富士重工7E)が在籍する。RMは五日市・氷川の閑散路線に用いられていたが、八王子市内で小型車で運行されている路線の輸送量拡大のため、2005年~2006年にかけて、そのほとんどが楢原へ転じている。
[編集] 高速路線車
夜行便は日野・セレガR GD(KL-RU1FSEA、日野車体)及び三菱ふそう・エアロクィーンI(KC-MS822P、三菱自動車バス製造)(何れも独立3列シート・便所付のスーパーハイデッカー)が用いられるが、多客期は観光用4列シート・化粧室無し車両(セレガR FD)が用いられることがある。 昼行便は、羽田空港線は日野・セレガR FS(KL-RU4FSEA、日野車体)、成田空港線は日野・ニューセレガHD(PKG-RU1ESAA、ジェイ・バス)が用いられる。 カラーリングは、他の京王グループのバス事業者の貸切色と共通である。
[編集] 貸切車・特定輸送車
明治大学付属中野八王子中学校・高等学校(明大中野八王子)の特定輸送車については、西東京バス楢原営業所#楢原営業所中野学園車庫 を参照のこと。 他に、学校送迎用として、三菱ふそう・エアロミディやいすゞ・ガーラミオなどが在籍するが、これらは自社発注ではなく、移籍車である場合が多い。
[編集] 社番
西東京バスにおける車両管理番号(社番)は、最初に営業所を示すアルファベット1文字(営業所記号:本社および営業所の節を参照。貸切車はK)、その後に3桁(小型車、2005年まで)、4桁(大・中型車、2005年まで)、5桁(2006年以降)の数字が続く。
| (2005年以前) | A | 1 | 161 | |
|---|---|---|---|---|
| (2006年以降)※ | A | 5 | 06 | 01 |
| 営業所 | メーカー | 年式 | 固有番号 |
※多摩バスから移管された車両や、2006年以降に他社から移籍してきた車両を含む。
- 数字部の桁数に関わらず、営業所記号のすぐ後の1桁の数字はメーカーを示す。
-
- 1:いすゞ自動車(但しBXD50夕やけ小やけ号にはB001が付与されている。)
- 2:日野自動車(但しブルーリボンII<KL-KV280L1改>はいすゞ車扱いで1となる)
- 3:三菱ふそうトラック・バス
- 5:日産ディーゼル工業(大型・小型車)
- 6:日産ディーゼル工業(中型車RM)
- 数字部の桁数が3桁または4桁の場合、メーカーを示す数字以降は固有番号である
- 日産ディーゼルの場合、固有番号は楢原営業所・氷川車庫所属車は700番台(2005年以降異動の中型車RMは900番台)、五日市営業所所属車は800番台、恩方営業所所属車は600番台となる。
- 2005年導入の日野中型車(レインボーHR9m)の固有番号は950番台となる。
- 数字部の桁数が5桁の場合、メーカーを示す数字の後の2桁の数字は導入年(西暦下2桁)を示し、その後の2桁は導入年毎の固有番号(中型車は51から付番、小型車は81から付番)であり、これは京王電鉄バスグループに似た付番法則となっている。
上記の附番法則より、A1161は楢原営業所所属(A)のいすゞ車(1)の161号車、A50601は楢原営業所所属(A)の日産ディーゼル車(5)で、2006年(06)に1番目(01)に導入された車両となる。
[編集] 夕やけ小やけ号
夕やけ小やけ号(ゆうやけこやけごう)は西東京バスがボンネットバスを用いて1982年から2007年までの毎年春(4~5月)・秋(10~11月)のハイキングシーズンに東京都八王子市の京王八王子駅から同市の陣馬高原下まで運行していたバス。夕やけ小やけ号としては2007年5月6日をもって運行終了したが、運行終了後も時折、イベント等でその姿を見せていた。なお、本節では、夕やけ小やけ号として運用されていた車両についても記述する。
[編集] 概要
1982年に西東京バスの創立20周年を記念し、長野県の伊那バスで日本アルプス登山口への山岳路線用として運行されていたボンネットバスのうちの1台を同社が購入、同年9月26日に京王八王子駅〜陣馬高原下間を春・秋の日曜・祝日に限定して運行が開始された。「夕やけ小やけ号」という愛称は、同号の運行経路である陣馬街道沿いに、八王子恩方地区の美しい夕焼けを題材にした童謡「夕焼小焼」の作詞者中村雨紅の生家や自筆の歌碑があることから付けられた。以来、25年間、陣馬高原へのハイキング客や、その姿を懐かしむ中高年や家族連れ等に利用されてきた。
2002年、自動車窒素酸化物・粒子状物質法(自動車NOx・PM法)が施行され、同号の運行地域である八王子市もその対象区域内に入り、使用の本拠を置くことができなくなったことにより、同市内の恩方営業所から対象区域外の奥多摩町にある氷川車庫に転属となった。なお、運行担当は引き続き楢原営業所が行った。2003年には八都県市ディーゼル排気ガス規制対策のためDPFが取り付けられた。
以降、運行日のみ、同車庫へバスを取りに行き、運行後に返却する作業を繰り返してきたが、ハンドルやブレーキの操作が現在のバスより重く労力が掛かり、また、老朽化や乗客の減少、補修部品の製造中止も要因となって、2007年5月の運行終了となった。
2003年には、国土交通省関東運輸局により「関東・乗合バス100選」に選出されている[7]。
夕やけ小やけ号として以外は、1998年に「あきがわ号」として、2007年11月10日〜23日の土休日に奥多摩駅〜奥多摩湖間で運転された[8]。また、毎年11月に青梅市で行われている「青梅宿アートフェスティバル」のシャトルバスなどのイベント輸送の他、ドラマやCMの撮影にも使用されることがあった。
運行終了後の車両は、なんらかの形で再活用が検討されていたが、2009年11月3日、夕やけ小やけ号として運行されていた車両が八王子市に寄贈され、同日より市が運営する夕やけ小やけふれあいの里内に展示されている。[9]
[編集] 運行区間
- 1982年~2006年
- 京王八王子駅 - 八王子駅北口 - 夕焼小焼 - 陣馬高原下
- 2007年4月~5月
- 京王八王子駅 - 八王子駅北口 - 夕焼小焼
[編集] 車両概要
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「青梅宿アートフェスティバル」のシャトルバスとして旧青梅街道を走行する元夕やけ小やけ号 |
[編集] バス以外の事業
バス以外の主な付帯事業として、霊園事業が挙げられる。他、不動産業を手がけている。また、過去には八王子市でボウリング場を運営していた時期があった。
[編集] 八王子上川霊園
八王子市上川町にある八王子上川霊園の販売代行を行っており、同園墓地の購入により京王グループ共通ポイントサービスのポイントが付加される。また、劇作家菊田一夫ら著名人の墓がある[11]。
- 概要(同園チラシより抜粋)
[編集] 西東京ボウル
1960年代後半になると、モータリゼーションの進展によりバス利用者の減少が見られ、バス以外の事業への進出等、事業の多角化を迫られていた。そこで、当時ブームを起こしていたボウリングに着目し、1973年、京王八王子駅前に西東京ビルを完成させ、60レーンのボウリング場「西東京ボウル」をオープンし、本社事務所も同ビル内に移転している。しかし、その後のレジャー多様化によりボウリング場の運営は行き詰まり、1992年3月に閉鎖した。現在、その跡地には京王電鉄が「京王八王子明神町ビル」を建設し、日本ヒューレット・パッカードに、屋上に設置された看板ごと賃貸している。
[編集] 脚注
- ^ 西東京バス株式会社 (2008-08-05). "西東京バス・多摩バス運行路線の全てを西東京バスに統一します". 2008年8月10日 閲覧。
- ^ 四国高速バス株式会社. "横浜・新宿・八王子線:ハローブリッジ (丸亀・高松⇔横浜・新宿・八王子)". 2008-11-24 閲覧。
- ^ 『BJハンドブックシリーズ R62 京王電鉄バス・西東京バス』 BJエディターズ/星雲社、2007年、pp.32-33。ISBN 978-4-434-10234-9。両数は西東京バスと多摩バスの合計。
- ^ 京王電鉄バス公式サイト内・バス図鑑(1960年~1965年) また、トミカリミテッドヴィンテージでも、同様のカラーリングの日野RB10が商品化されている。
- ^ 国土交通省 (2009-03-31). [[1]]. Press release 2009-10-12 閲覧。.
- ^ 『BJハンドブックシリーズ R62 京王電鉄バス・西東京バス』 BJエディターズ/星雲社、2007年、p.29。ISBN 978-4-434-10234-9。三菱ふそうエンブレム付きの車両の写真が掲載されている。
- ^ 関東・乗合バス100選 - インターネット・アーカイブ
- ^ 西東京バス 昔なつかしボンネットバス 期日限定で運行! - インターネット・アーカイブ
- ^ “[[2]]”. 東京新聞. (2009-11-03) 2009-11-04 閲覧。
- ^ 登録時の車両の所在は八王子市にある恩方営業所(2002年より奥多摩町の氷川車庫に転属)だが、ナンバープレートが本来の「八王子」ではなく「多摩」になっている理由として、車両が登録された当時(1982年)、まだ「八王子ナンバー」が設定されておらず、八王子市も「多摩ナンバー」の管轄だったためである。なお、氷川車庫がある奥多摩町は同じナンバーの管轄であるため変更されていない。八王子ナンバー設定以前の多摩ナンバー(現・八王子ナンバー管轄部分に所在の車両に限る)もこれに当てはまる。
- ^ 西東京バス株式会社 『西東京バス株式会社30年史』1993年、p.31。
[編集] 参考文献
- 『西東京バス株式会社30年史』 西東京バス株式会社、1993年10月20日
- 『バスジャパンニューハンドブックスNo.27 京王電鉄 京王バス 西東京バス』 BJエディターズ/星雲社、1999年4月1日、ISBN 4-7952-7783-4
- 東京新聞TOKYO Web 「都内唯一の現役ボンネットバス 思い出満載 GW最終便 八王子、来月6日まで」 2007年4月30日付
- asahi.com コミミ口コミ 「ボンネットバス「夕やけ小やけ号」、運行終了へ」 2007年5月2日付
- FNN-NEWS.COM 「東京・八王子市で25年間運行してきた都内唯一のボンネットバスがラストランを迎えます。」 2007年5月3日付
- ぽると出版 『バスラマ・インターナショナル』No.102「西東京バスのボンネットバス、定期運行を終了」 2007年6月25日、ISBN 978-4-89980-102-3
- 『BJハンドブックシリーズR62 京王電鉄バス・西東京バス』 BJエディターズ/星雲社、2007年9月1日、ISBN 978-4-434-10234-9 ※「バスジャパンニューハンドブックスNo.27」の改訂版
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月22日 (日) 14:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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