西鉄1000形電車 (軌道・共通)

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西鉄1000形電車(にしてつ1000がたでんしゃ)とは、1953年西日本鉄道(西鉄)北九州線1954年に西鉄福岡市内線に登場した2・3車体連接構造の路面電車である。同様の構造を備える北九州線1000形、福岡市内線1001形、1101形、1201形、1301形をまとめて記述する。

目次

[編集] 北九州線1000形

小倉駅前にて1976-08撮影

600形についで1953年に登場した。1001AB - 1064ABまで2車体連接車として合計64編成が製造され、初期の1001AB - 1020ABが半綱製、それ以降は全金属製に改良された。また、製鉄所の工員輸送にともなうラッシュの激化に備え、1045ABおよび1052AB - 1057ABは客用扉を持たない中間車体(1045C・1052C - 1057C)が挿入されて3車体連接車となっている。

福岡市内線と異なり勾配区間が多く、カルダン駆動化による出力低下が無視できなかったため、定格出力45kWと路面電車用としては比較的高出力の主電動機を4基装架し、駆動方式は吊り掛け式で統一されていた。

製造会社は多岐にわたり[1]、製造も1953年から1967年まで14年もの長期に渡った。外観上、車体の変化は少ないが、台車については軸梁式やシュリーレン式など、当時メーカー各社が開発していた最新鋭モデルが導入されていた。

北九州線用1000形は50年弱に渡り営業運転に供されたが、64編成全てが揃っていた期間はわずか10年程度に過ぎない。その後は輸送量調整などにより、1970年代後半から筑豊電気鉄道に移籍する車両が発生し、残った車両も2000年の北九州線の全廃に合わせて全車除籍された。

筑豊電気鉄道に移籍した車両も3000形への改造や廃車が進み、最後まで残った2103ABが2006年6月、超低床電池駆動路面電車(SWIMO)開発計画の試験車両として川崎重工業に譲渡され、形式消滅となった。

[編集] 2車体連接車

1000形の標準タイプ。1953年に川崎車両にて半鋼製車体で製造された1001AB - 1010AB以来、改良点は軸受のローラーベアリング化や室内灯の蛍光灯化、1021AB以降の全金属車体への変更、1031AB以降でのアルミサッシの採用など多岐にわたる。

台車は川崎車輌製が軸梁式のOK-9・12A - F、近畿車輛製がシュリーレン式のKD-14・14A、帝国車輌製が軸箱梁式のTB-21、日本車輌製がシンプルな軸バネ式のNS-15・15A、日立製がウィングバネ式のKL-13・13A、と各社がそれぞれ工夫を凝らした新型を送り込んでおり、当時最新の軸箱支持機構の展覧会的状況を呈していた。

主電動機は日立製作所製と九州車両製が日立HS313Erb、それ以外が東洋電機製造TDK-534Aを装架しており、いずれも端子電圧600V時定格出力45kWでその出力特性はほぼ同一である。また、制御器は日立製のみMMC-LB5B(主幹制御器はMA-BD-213A)、それ以外は東洋電機製造ES-536-B(主幹制御器はES-58-A)でいずれも電動カム軸式であるが、前者は力行3ノッチ、制動3ノッチ、後者は力行3ノッチ、制動5ノッチと仕様に微妙な差異があった。

空気ブレーキとしてはSME/STE非常弁付き直通空気ブレーキを装備していた。

1967年に製造された1062AB - 1064ABの最終グループは前面中央窓が中桟の入った2枚窓から1枚窓へ改良され、前面方向幕が大型化されて大きく前面スタイルが変化した。このグループは1980年筑豊電気鉄道2000形(3車体連接車)の2006ACB・2007ACBに改造されたものの、これらはその特徴的な変更点をほぼ保ったまま現存しており、他の福岡市内線1001形からの改造車に比べて独特の雰囲気を放っている。

1968年から翌年にかけて2両連接車のツーマン化(運転士1人・車掌2人の乗務から運転士・車掌各1人乗務への変更)が実施され、編成中央寄りのドアが乗車専用となった。

1970年代後半以降、筑豊電気鉄道に23編成46両[2]が譲渡されたが、2000形3両連接車へ改造されたもの以外は上記の通り廃車済みである。北九州線に残存していた編成も廃車が相次ぎ、2000年に最後の2編成が廃車となり、筑豊電気鉄道線からも完全に消滅した。

[編集] 3車体連接車

単純な増発によるラッシュ対策が限界に達した[3]北九州線で朝夕のラッシュ時の積み残し対策に充てるべく、7編成分の中間車体が1962年から1964年にかけて製造され、既存の2車体連接車に組み込まれた。この中間車体は側面に窓が4枚あるのみで客用扉は設置されず、純粋に収容力の増強を目的として設計されており、後に譲渡先の筑豊電鉄や広島電鉄で改造により製作された3車体連接車とは様相を異にしていた。

当初は北九州線1000形1054AB(日本車輌製)と福岡市内線1201形1202AB(日立製作所製)、つまり当時の両線に在籍する最新の2車体連接車をそれぞれ3車体連接車化する計画であった。だが、福岡市内での運行認可が所轄警察署より下りなかったため、本来1202Cとなるべき車体も北九州線に振り向けられて1045Cとなり、それぞれの製造担当メーカーの最新編成となる1054AB・1045ABに組み込まれた。のちに1055AB - 1057AB(日本車輌製)、1052AB・1053AB[4]の各編成が改造され、1045ACB・1052ACB - 1057ACBの7編成が出揃って特に朝のラッシュ対策に絶大な威力を発揮したが、1985年の北九州線の第1次路線縮小時に他社に譲渡されることなく全て廃車となった。

[編集] 福岡市内線1001・1101・1201・1301形

北九州線に遅れること8ヶ月、1954年から福岡市内線にも輸送力増強および老朽車両の取替えのため2車体連接車が導入された。北九州線向けとは異なり、製造会社や製造年によって1001・1101・1201・1301の各形式に区分された。以下に特徴を示す。

1001形(1001AB - 1015AB)
1954年・1957年川崎車両、37.3kW×4、中空軸平行カルダン
1101形(1101AB - 1105AB)
1954年汽車製造、37.3kW×4、中空軸平行カルダン式
1201形(1201AB - 1209AB)
1962年汽車製造・日立製作所、37.3kW×4、吊り掛け式
1301形(1301AB - 1306AB)
1964年汽車製造・日立製作所、45kW×4、吊り掛け式

1968年、ボギー車のワンマン化と同時期に北九州線と同様のツーマン化改造が実施されたが、1975年の福岡市内線一次廃止時に全車が廃車となった。

[編集] 北九州線用と福岡市内線用の外観上の差違

製造時期による変化以外に、運転席の前面窓が福岡市内線用が大きな1枚窓で運転手は中央で運転、北九州線用が中桟の入った左右分割窓で左に偏って運転する様になっているという仕様上の相違がある。

また、福岡市内線1101形は、製造を担当した汽車製造によってモデファイされており、屋根のカーブがきつく角張った独特の形状の車体で、側窓の寸法が他車に比べて大きくなっており、異彩を放っていた。

北九州線1055ABは新製時1年ほど福岡市内線に所属し、また1064ABは当初福岡市内線1307ABとして落成した後、北九州線に転籍し改番された。逆に福岡市内線1011AB - 1015AB(後に一部熊本に移籍)は一時2011AB - 2015ABとして北九州線に在籍していた。このことから、北九州線用は福岡市内線でも問題なく使用可能であることと、福岡市内線1301形と北九州線1000形の後期製造グループの仕様に差がなかったこと、それに福岡市内線向けの37kWカルダンモーター搭載グループでも北九州線で一応は運用可能であったことが判る。

[編集] 他社への譲渡

熊本市交通局5014AB(旧福岡市内線1014AB)旧西鉄色に復元

福岡市内線・北九州線廃止時に多くが廃車されたが、以下の通り他社に譲渡された車両が存在する。

熊本市交通局
福岡市内線の1010AB・1011AB・1014AB・1015ABが譲渡され、旧車番の一部を継承して5000形5010AB・5011AB・5014AB・5015AB となった。
冷房化されているが、上段Hゴム支持の側窓に2枚折戸、それに丸い車体裾部、と各社局で今も現役で使用されている西鉄軌道線系連接車としては最も原形に近い車体を保っており、また主要機器もOK台車と平行カルダン駆動の組み合わせで残るのはこの4編成のみである。
詳しくは熊本市交通局5000形電車を参照。
筑豊電気鉄道
福岡市内線1013B・1205AB・1301AB - 1303AB・1304ABと、北九州線1043AB・1044AB・1062AB・1063AB・1064ABが譲渡され、2000形3車体連接車に改造された。また北九州線1021・1022・1031 - 1035・1046 - 1051・1058 - 1061・1036の各AB編成も原形のまま譲渡され、当初は西鉄時代の形式番号をそのまま名乗っていたが、のちに2000形2101 - 2118ABとなった。
詳しくは筑豊電気鉄道2000形電車を参照。
広島電鉄
福岡市内線1101AB・1102AB・1201AB - 1204AB・1206AB - 1209AB・1305AB・1306ABが譲渡された。当初1301形が元の番号のまま前照灯の屋根部移設と2灯化、集電装置の変更[5]、車体塗装の宮島線直通車塗装への変更を実施の上で2車体連接車として竣工したが、その後全編成とも車体更新と運転台横以外の全客用扉の引戸化などを実施の上で3車体連接車に改造され、形式も3000形に変更された。駆動系は高速性能が要求される宮島線での運用と保守を考慮して、全車62kWモーター4基搭載の吊り掛け駆動に統一され、空気ブレーキを電磁給排弁を付加して応答性を向上させた電磁SME/電磁STEに変更している。種車に旧1101形2編成が含まれ、これらは1編成と中間車体1両に再編されたため、この中間車体を組み込んだ編成はABとCで窓寸法が大きく異なる。
詳しくは広島電鉄3000形電車を参照。

なお、廃車になった車両の電装品は、他の各形式のものと同様に保守部品として各社に譲渡された。また、筑豊電気鉄道に譲渡された車両のうちの9編成は廃車後に機器類が流用され、3000形が作られている。

[編集] 保存車

みつみ老人福祉施設に保存されている1024AB

福岡市内線1001ABが福岡市東区香椎花園200形201とともに保存されたが、いずれも1985年ごろに解体され現存しない。

北九州線が全廃になるまで残っていた1024ABは2000年の廃車後に競売に出され、福岡市東区西戸崎にある「みつみ老人福祉施設」に保存されている。塗装は廃車時のエンジ色地にクリーム色帯の塗装である。

[編集] 脚注

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  1. ^ 川崎車輌近畿車輛帝国車輌日本車輌日立製作所・九州車両の各社が担当。
  2. ^ 編成を解かれ、3両連接車の中間車に改造されたものを含む。
  3. ^ 最盛期には続行運転による45秒間隔運行が実施されていた。
  4. ^ 九州車両製。但し組み込み先編成は日本車輌製。
  5. ^ 広島電鉄では軌道線でポイント切り替えや優先信号にトロリーコンタクターを使用しているため、進行方向に対して先頭となる車体の中央にパンタグラフが設置されている必要がある。このため、ABの両車体に菱形パンタグラフが搭載された。

[編集] 参考文献

  • 『ローカル私鉄車両20年 路面電車・中私鉄編』(JTBパブリッシング・寺田裕一) ISBN 4533047181
  • 『福岡・北九州市内電車が走った街今昔』(JTBパブリッシング・奈良崎博保) ISBN 4533042074
  • 『私鉄の車両3 広島電鉄』(保育社・飯島巌) ISBN 4586532033
  • 『復刻版 私鉄の車両9 西日本鉄道』(ネコパブリッシング・飯島巌) ISBN 4873662923
  • 『鉄道ピクトリアル』1999年4月臨時増刊号(通巻668号)特集:西日本鉄道(電気車研究会)



最終更新 2009年6月21日 (日) 05:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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