見附市
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見附市(みつけし)は、新潟県中央部にある市である。新潟県内の市では面積が最も小さい。
目次 |
[編集] 地理
新潟県のほぼ中心部に位置し、新潟県土の重心があり、東京都都心から約300km、新潟市中心部から約50kmのところにある。刈谷田川が市の中心を南北に分けるように流れ、さらに下流では長岡市(中之島地区)との境界線の役割を果たし、市の外で信濃川に合流している。また、川の北側に見附・今町と二つの市街地が発展している複眼都市である。
冬は雪が降るため、積雪地域によく見られる雁木(がんぎ)やアーケードが整備されている。今町地区の商店街には雁木が、見附地区の商店街も以前は雁木であったが現在ではアーケードが整備されている。また、道路には幅広い地域で消雪パイプが設置され散水消雪を行うが、消雪パイプのない道路や駐車場では除雪車が出動し、歩道では除雪機によって雪がかき分けられる。
[編集] 地形
市の東部は丘陵地帯、西部は平野部をなしている。市内には山といえるほど高い所はなく、最高でも海抜300mほどの所しかない。また、市の北部では田園地帯が形成され、市の面積の5割近くを田畑が占めている。
[編集] 気候
年間の平均気温は約13°Cであり、降水量は2,000mmを超える。日本における気候区分では日本海式気候であり、春から夏にかけてフェーン現象により5月でも30°Cを超すことがある一方で、冬は曇天や雪が降ることが多いため、日照時間がとても短く最高気温が5°C以下の日がほとんどである。また、雪が降り以前は2m以上積もることもあったが、近年の平均積雪量は1m前後であり、2007年には最大で40cmほどしか積もらなかったことなど、1mを大きく下回ることもある。
[編集] 隣接している自治体
見附市は県内の市の中で一番面積が小さく、また隣接していた市町村が合併してしまったため、現在では2つの自治体しか隣接していない。
[編集] 歴史
[編集] 戦前
[編集] 戦後
- 1948年6月1日 : 新潟県立加茂農林高等学校定時制見附分校が開校。
- 1953年10月10日 : 古志郡北谷村を編入する。
- 1954年3月31日 : 南蒲原郡新潟村・葛巻村、古志郡上北谷村の一部を編入し南蒲原郡見附町が市制施行により見附市となる。
- 1955年11月1日 : 長岡市の一部である下新町、漆山町を編入する。
- 1956年9月30日 : 南蒲原郡今町を編入する。
- 1958年3月 : 中央公民館が完成する。
- 1958年12月 : 見附駅舎が完成する。
- 1961年3月 : 今町公民館が完成する。
- 1963年1月 : 38豪雪により、災害救助法を適用する。
- 1963年3月 : 新潟県立見附高等学校が開校される。
- 1963年8月 : 見附市消防署庁舎が完成する。
- 1964年6月 : 新潟地震により市内でも被災する。
- 1964年7月 : 集中豪雨により、刈谷田川が破堤し、災害救助法を適用する。
- 1967年8月 : 集中豪雨により、刈谷田川が破堤する。
- 1968年5月12日 : 新町で73棟が全半焼する火事が発生する(新町大火)。
- 1968年12月 : 市内初の消雪パイプが新町1丁目に敷設される。
- 1969年6月 : 観音山に観光道路が開通する。
- 1969年7月 : 第1回見附まつりが開催される。
- 1971年3月1日 : 椿沢町の一部を長岡市へ、長岡市桂町の一部を見附市へ境界変更する。
- 1971年4月 : 65歳以上の寝たきり老人医療費無料制度が開始される。
- 1971年6月 : 総合体育館が完成する。
- 1971年7月 : 市立図書館が開館する。
- 1971年8月 : 水道山公園が完成する。
- 1973年1月 : 70歳以上の老人医療費無料制度が開始される。
- 1973年4月 : 越後交通栃尾線が上見附駅 - 栃尾駅間を廃線にする。
- 1973年9月 : ブラジル・マイリンケ市と姉妹都市を提携する。
- 1975年3月 : 越後交通栃尾線が上見附駅 - 長岡駅間を廃線にする。
- 1975年11月 : 国道8号見附バイパスが開通される。
- 1978年11月 : 見附警察署新庁舎が完成する。
- 1980年7月 : 市役所新庁舎が完成する。
- 1980年10月 : 中央公民館が市役所跡地に移転する。
- 1982年3月 : 消防署新庁舎が完成する。新潟県立加茂農林高等学校定時制見附分校が閉校。
- 1982年12月 : 新潟公民館が完成する。
- 1985年3月 : 上越新幹線が全線開通する。
- 1985年10月 : 関越自動車道が全線開通する。
- 1987年4月 : 大平森林公園で開園式典が挙行される。
- 1987年11月 : 市立図書館の新館が開館する。
- 1988年2月17日 : 田之尻町の一部を南蒲原郡栄町へ、栄町の一部を見附市へ境界変更する。
- 1991年12月 : ジュンコ・コシノ見附コレクションが開催される。
- 1992年7月 : 市立成人病センター病院がオープンする。
- 1994年3月2日 : 三林町の一部を栄町へ、栄町の一部を見附市へ境界変更する。
- 1996年9月11日 : 釈迦塚町の一部を栄町へ、栄町の一部を見附市へ境界変更する。
- 1997年4月 : 北谷公民館の新館が開館する。
- 1997年6月 : ポケットパーク「新潟の重心地」が完成する。コシノジュンコとまちづくりアドバイザー契約を結ぶ。
- 2000年3月18日 : 小栗山町の一部を栄町へ、栄町の一部を見附市へ境界変更する。
- 2000年10月 : 今町・中之島大凧合戦350周年を記念し、全国凧揚げ大会が開催される。
- 2001年5月 : 新潟県中部産業団地に企業進出第1号。
- 2001年11月 : 見附小学校が「全国花いっぱいコンクール」で内閣総理大臣賞を受賞する。
- 2003年11月 : 見附産品PRイベント「第1回見附のとっておき百選」を東京・新潟館「ネスパス」で開催する。
- 2004年3月20日 : 小栗山町の一部を栄町へ、栄町の一部を見附市へ境界変更する。
- 2004年7月13日 : 集中豪雨により市内を流れる刈谷田川が6ヶ所で決壊し、災害救助法を適用する。軽傷者は6名、家屋は半壊1棟、一部損壊2棟、床上浸水880棟、床下浸水1,153棟の被害を受ける。(平成16年7月新潟・福島豪雨)
- 2004年10月23日 : 中越地震が発生し、市内では震度5強を観測する。各地で道路が陥没し、電気・ガス・水道などのライフラインも寸断され、この年2度目の災害救助法を適用する。人的被害は死者1名、重傷者49名、軽傷者465名に上り、家屋被害は全壊52棟、大規模半壊18棟、半壊515棟、一部損壊9,332棟に上る。
- 2004年12月4日 : 椿沢町の一部を長岡市へ、長岡市の一部を見附市へ境界変更する。
- 2005年3月14日 : 耳取町、名木野町、漆山町の一部を長岡市へ、長岡市の一部を見附市へ境界変更する。
- 2005年7月2日 : 中越地震により2004年11月に予定されていた市制50周年記念式典が延期され、この日に行われた。
- 2007年7月16日 : 中越沖地震が発生し、市内では震度5弱を観測する。人的被害は軽傷者14人に上り、家屋被害は一部損壊531棟に上る。
[編集] 人口
| 見附市と全国の年齢別人口分布 | 見附市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 見附市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
[編集] 歴代市長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 齋藤為次郎 | 1954年11月7日 | 1958年11月6日 |
| 2-3 | 目黒忠平 | 1958年11月7日 | 1966年11月6日 |
| 4-6 | 内山文雄 | 1966年11月7日 | 1978年11月6日 |
| 7 | 関利栄 | 1978年11月7日 | 1982年11月6日 |
| 8-10 | 内山文雄 | 1982年11月7日 | 1994年11月6日 |
| 11-12 | 大塩満雄 | 1994年11月7日 | 2002年11月6日 |
| 13-14 | 久住時男 | 2002年11月7日 | 現職 |
[編集] 行政機構
2005年度における市の職員数は286人であり、人口千人あたりの職員数は6.53人と県内の市では人口あたり最少の職員数となっており(消防公営企業を除く)、今後もこれを維持することを掲げている。[1]
[編集] 財政
2007年度の当初予算額は328億円であり、前年度の当初予算額と比べて106.6%となっている。また、市債残高は2006年度末時点で288億円となり、2002年度より5年連続で280億円を下回っていないが、2006年度の市債依存度は8.1%で、2004年度のそれより4.1%減っている。[2]そのほか、自主財源比率は、2004年度が38.9%であったが、2006年度では47.8%と当初の目標を大きく上回っている。これは、景気回復に伴って市民税による税収が増えたためと考えられる。
2006年度の実質公債費比率が14.2%、2005年度決算の経常収支比率が84.1%であり、県内の他市と比べると上位に位置し良好な水準を維持している。 [1]
[編集] 市町村合併
- 長岡地域8市町村で構成する任意合併協議会に参加していたが、平成15年11月に実施した市民アンケートで合併に反対する意見が6割以上を占めたため、のちの法定合併協議会には参加せずに当面は合併しないものとした。
[編集] 経済
古くから繊維・ニットが盛んであるが、近年ではプラスチック製品、金属製品、一般機械器具製造業の製造品出荷額が増加し、製造業の主力となっている。これは、新潟県中部産業団地(見附テクノ・ガーデンシティ)が市の西部に位置し、補助金や助成金、固定資産税の一定期間の免除などの優遇措置を取り、製造業や運輸業、卸売・小売業などの誘致を行った結果、企業の進出に成功しているためである。
[編集] 商業
ここ数年で小売業が市内に進出してきている。また、既存店舗もリニューアルオープンするなど近年は都市化が進んでいる。ただ、市内にゼネラルマーチャンダイズストアや百貨店はなく、そのような所へ行くときは、長岡市や新潟市まで行く場合が多い。
見附地区には新町・本町商店街があるが、シャッター通りではないものの、以前に比べれば集客力は落ちている。この商店街では、ここでしか手に入れることができない市の特産品や日用品などを販売する小売店があるほか、医院や銀行なども点在しているため、利便性には長けている。また、市内各地に県内を中心に展開するスーパーマーケットがあり、葛巻地区にはショッピングセンターがある。
今町地区は、交通量の多い国道8号が通っているため、それを活かした店舗が並んでいる。主に、娯楽施設やスーパーマーケット、ホームセンター、大規模なスーパーセンター、飲食店などがあり見附地区に比べ都市化が進んでいる。そのほか、日用品等の販売をしている今町商店街もある。
[編集] 製造業
2006年12月31日における市内の従業者4人以上の製造業の状況は、事業所数169、従業者数4,802人、製造品出荷額等804億2,218万円であった。これを2005年のそれと比較すると、事業所数は9(5.1%)減少したが、従業者は101人(2.1%)の増加、そして、製造品出荷額等は12億9,485万円(1.6%)の増加となり、製造品出荷額は2002年を底に4年連続で増加している。これは、一般機械器具製造業やプラスチック製品製造業、金属製品製造業などが大きく出荷額を伸ばしているためである。また、製造品出荷額の業種と比率は以下のとおりである。[3]
- プラスチック製品172億円(21.4%)
- 一般機械器具138億円(17.1%)
- 金属製品128億円(15.9%)
- 衣服・その他の繊維製品88億円(10.9%)
- 繊維工業製品84億円(10.4%)
また、見附結城、見附小倉、ニットなど繊維工業が伝統的な地場産業であり、近年製造品出荷額は減少しているものの、1990年にはデザイナーであるコシノジュンコと業務契約を結び、商品開発の指導を受け作成した商品がパリコレクション・東京コレクションに発表され好評を得た。その1年後にはジュンコ・コシノ見附コレクションが開催されたほか、現在では毎年4月下旬と11月中旬の年2回ニットまつりが開催され、市内の各地で4万着を超えるニットなどの衣服が販売されている。日頃は生産地であり、主目的には販売は行っていないことから、大部分はこの時に買わなければ手に入れることができないものであるため、市内外から多くの人々が来場し、見附市の一大イベントとなっている。2008年は4月19日(土)と4月20日(日)に開催され、初日は午前9時~午後4時まで、二日目は午前9時~午後3時まで各地において販売される。
[編集] 市内の主な企業
- 株式会社アルゴ-新潟県内に広く進出しているレンタルビデオ店「ビデオワン」を運営する会社。
- ユニオンツール
- 諸長商店
- 富源商事(新潟支店)
- プロデュース(見附工場)
- ユー・エス・エス
- サンアロー
- パルタック(新潟支店・RDC新潟)
- トッキ
- マルイ
- セキノ興産
- BIGRENTAL
- I・ひよこ
- えびすや
- 大虎運輸
- 三共運輸
- 東日本液体物流
- 大信物流輸送
- 飛鳥運輸
- 大崎自動車
- 飛鳥フーズ
- アクティオ
- 商船三井ロジスティクス
- ジャパンソルト
- コイデエンジニアリング
- 立川養鶏
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 地域
[編集] 健康
見附市では2007年1月1日時点で65歳以上の老齢人口が10,000人を超え、高齢化率が24%以上となっており[4] 、以前から高齢化が進んでいるため、2002年より(株)つくばウェルネスリサーチと共同で、有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせたプログラムを開発し、寝たきり予防やメタボリックシンドローム対策の一環として健康運動教室を開くなど、見附市を日本一元気なまちにすることを掲げた「いきいき健康づくり事業」を推進し、市民とくに中高齢者の生活習慣の改善を積極的に行っている。このことは、平成19年版高齢社会白書においても取り上げられている。
また、2007年4月よりメタボリックシンドローム対策のためメタボレンジャーとして市民の男性5人をモニターに、内臓脂肪を解消するために食生活や運動などの生活習慣を改善させ、半年に亘り経過を報告し、5人全員が成果を上げることができた。
1992年に見附市立成人病センター病院が開設され、その後、敷地内に介護老人福祉・保健施設や保健福祉センターを配置し、「医療の里」として地域における医療、保健、福祉のネットワーク化を図っている。また、各地に養護老人ホームや老人デイサービスセンターが配置されているほか、今後も施設を増やすなど福祉の充実に取り組んでいる。
[編集] 生活
- ネーブルみつけ
2004年、市民交流の場としてネーブルみつけができる。ネーブルとは、へそを意味し見附市が新潟県の重心にあることから名づけられた。建物は撤退したスーパーを整備し直し、喫茶コーナーや健康づくりセンター、子育て支援センター、そして市内にある各店の特産品を販売しているみらい市場などがある。また、建物内にまちの駅がある。施設内では、さまざまなイベントが行われていることや施設自体は22時近くまで利用できること、コミュニティバスの停留所も近いことから、多くの人々が訪れている。そのほか、災害時において、救援物資を一時的に預かったりボランティアの受付窓口が臨時開設されるなど市民活動の拠点として、さまざまな役割を果たしている。
- 子育て応援カード
市内に住所のある18歳未満の子を2人以上養育する保護者(2人目の子を妊娠している方も含む)を対象に、市内にある協賛企業の各店舗で、商品の割引、景品・ポイントの贈呈などのサービスを受けられる「子育て応援カード」を交付しており、2007年2月8日現在で110店舗が協賛している。また、コミュニティバスやみつけエクスプレス、一部の保育園で行っている一時保育など市が行っている事業の一部でも利用料が安くなり、一時保育については半額まで割り引かれる。一方で、協賛店舗は、事業者の名称やサービスの内容をホームページと冊子を使い、対象者に知らせられるので宣伝効果があり、市と協賛事業と市民にそれぞれメリットがある。このカードについては、平日は保健福祉センターで、土・日曜日はネーブルみつけ子育て支援センターで、申請をすることができる。
[編集] 教育
- 高等学校
- 中学校
- 見附市立見附中学校
- 見附市立南中学校
- 見附市立西中学校
- 見附市立今町中学校
- 小学校
- 見附小学校
- 見附第二小学校
- 名木野小学校
- 田井小学校
- 葛巻小学校
- 新潟小学校
- 上北谷小学校
- 今町小学校
- 特別支援学校
- 見附養護学校
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
[編集] 新幹線
市域は上越新幹線の沿線だが、市内に駅はない。長岡駅が最寄となる。
[編集] 在来線
市域は東日本旅客鉄道(JR東日本)信越本線の沿線となっており、市内には1つの駅がある。
過去には越後交通が運営する越後交通栃尾線があったが、現在では廃線となっている。 廃線跡地の一部は、コンクリートなどで舗装されサイクリングロードとして使われている。
[編集] 路線バス
越後交通グループ1社のみによって運営されている。地域によってはグループ会社の越後柏崎観光バスに委譲された路線がある。
見附市が、見附市街と今町をつなぐ事による市街地活性化や市民生活の利便性向上、排気ガスによる大気汚染の軽減を目的にコミュニティバスの導入を検討し、2003年と2004年に二度の実証実験を経て、2004年10月1日より本格的に運行を開始させた。越後柏崎観光バス株式会社が、市の依頼により運営している。上見附車庫前~今町5丁目を運賃100円(小学生50円、未満は無料)で1日5往復している。2006年の乗車人員は約48,000人であり、年々乗車人員は増加している。
2007年6月より、国土交通省のパークアンドライド実証運行の補助金を受け、みつけエクスプレスの運行が開始された。下りの上越新幹線が長岡駅に到着したのち、10分後に長岡駅を出発し見附市まで最短20分で営業運行されている。また、上りの上越新幹線の長岡駅到着にも合わせて約30分前に長岡駅に到着するように営業運行されている。このように、首都圏~見附間の移動時間がより短縮され、また、利便性も高くなっている。運賃は、距離に関係なく片道1回につき500円であり、回数券も販売されており、この回数券は長岡駅東口の越後交通案内所でも買うことができる。2007年11月からは、運行時間を拡大したほか、停留所を追加したため、新潟県中部産業団地と市役所、ふぁみりあ前、中央公民館前、上見附車庫前の5ヶ所で乗降する事ができるようになった。これらの停留所(上見附車庫前を除く)では、パークアンドライドの実証運行であるため、それぞれ駐車場が整備されている。
〔越後交通〕 ・ (急行)栃尾~見附~長岡駅線 ・ 上見附~浦瀬~長岡駅東口線(新町経由・中央病院経由) ・ 栃尾~上見附~中之島線 ・ 東三条駅~今町~長岡駅線 ・ みつけエクスプレス(上見附~長岡駅東口)
〔越後柏崎観光バス〕 ・ 上見附~下塩線 ・ 上見附~刈谷田橋線(平成21年3月31日限りで廃止) ・ 見附市コミュニティバス(上見附~今町5丁目)
[編集] 道路
[編集] 高速道路
- 市域に北陸自動車道が通っているがインターチェンジはない(ただし、近接する長岡市の旧中之島町に北陸自動車道中之島見附インターチェンジがある)。
[編集] 一般国道
- 市内を走る一般国道
[編集] 主要地方道
[編集] 一般県道
- 新潟県道108号見附停車場線
- 新潟県道126号長岡見附線
- 新潟県道138号栃尾田井線
- 新潟県道165号見附分水線
- 新潟県道210号遅場見附線
- 新潟県道213号下田見附線
- 新潟県道242号七軒町見附線
- 新潟県道442号杉沢上樫出線
- 新潟県道498号長岡中之島見附線
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
祭事で有名なものとしては、今町・中之島大凧合戦と見附まつりがある。
[編集] 今町・中之島大凧合戦
大凧合戦は毎年6月の第一土曜日より3日間開催。刈谷田川の東岸の今町側と西岸の中之島側に分かれ、凧を揚げて綱を絡め、綱が切れた方の組が負けとなるもので、100枚もの美濃紙を張り合わせた長さ4mを超える六角凧200枚が、勢い猛に吹く風により、空高くまで掲げられ、大空を華麗に舞うありさまは多くの見物客を驚嘆させる。大凧合戦のはじまりは刈谷田川の堤防を踏み固めるために江戸時代の天明年間から始まったもので、350年もの歴史がある。
[編集] 見附まつり
見附まつりは毎年7月後半に開催され、市民の夏の風物詩となっている。商店街を通行止めにし、見附民謡や見附音頭の大民謡流し、樽ばやし、山車、花火大会などが催される。なお、樽ばやしは、県内の祭りで唯一行われている催しであるため、見附まつりの名物となっている。また、多くの露店が道に並び、例年たくさんの人々で賑わっている。
2007年の花火大会では、2005年より長岡大花火大会において打ち上げられている7.13水害・中越地震・豪雪の3つの自然災害からの復興を願う復興祈願花火「フェニックス」が、ゆずの「栄光の架橋」に合わせて3分間以上に亘って打ち上げられ、多くの人々を魅了させた。また、「見附夏コレクション」と題した全国有名花火師によるデザイン花火も打ち上げられた。主な花火師は、秋田県で行われる「第80回全国花火競技大会(平成18年)」で、内閣総理大臣賞(最高賞)を受賞した紅屋青木煙火店(長野県)、準優勝の北日本花火工業(秋田県)、菊屋小幡花火店(群馬県)などであり、優秀な成績を収めた花火師10人がデザインしたため、見附市でしか見られないものとなった。
[編集] 新潟県の重心点
見附市葛巻二丁目5番20号に、「新潟県の重心点」の石柱モニュメントが設置されている(北緯37度31分19秒,東経138度54分50秒,標高21.000メートル)。この値は新潟県の形状を切り抜いた際の重心として、国土地理院の数値地図を利用して算出されたものである。また、近くのガスタンクには、「ここは新潟県のどまんなか」と書かれている。
ハンディー型GPS端末やGPS携帯で新潟県の重心点の石柱モニュメントの×印で測定すると同じ座標か近い座標が確認することができる。
車を駐車するスペースが少ないが(2台)ある。
「新潟県のへそ」にちなみ、「へそラーメン」が名物であるが、これは、2002年に市内の飲食店が共同で企画したもので、市内の各店舗で食べることができる。市内の飲食店で「へそラーメン」を作っているのは9軒あるが、ラーメンにのっている具が店によって異なるため、ある店での味わいはそこの店でしか味わうことができないものとなっている。
[編集] 観光スポット
- 大平森林公園
市の北東に位置し、約53haの園内には4.3haの大平堤があり、キャンプ場やバーベキュー施設、魚釣りなどアウトドア向けのスポットとなっており、ゴールデンウィークや夏休みなどは多くの人々で賑わう。また、全長17mのすべり台やトリム施設、遊歩道があり、子供から中高年者まで幅広い年齢層が利用している。そのほか、4月の開園イベントでは見附太鼓やカヌーの試乗、焼肉食べ放題、ふれあい動物コーナーなどが開催される。なお、開園イベントの際にしかカヌーの試乗はできないため、この機会を失うとまた1年後になってしまう。
遊歩道は堤を1周できるほか、中部北陸自然歩道が通っており、コナラやアカマツなどの木々の中を歩いて森林浴を満喫しつつ、春は山菜取り、秋はキノコ狩りといった季節の変化を楽しみながら自然とふれあう事ができる。
公園内にログハウスがあり、お菓子や飲み物を販売しているほか、市の特産品も扱っている。また、自動販売機コーナーも設置されている。ログハウスの営業期間は、4月から11月中旬頃までである。
- 観音山・水道山公園
市の東南に位置し、海抜60mほどの小高い山の上にあり、東方には守門岳・粟ヶ岳が、西方には市街地が眺望できる。春には道に沿ってソメイヨシノや八重桜が、梅雨時には4000株ものアジサイが咲き誇り、訪れる人の心を和ませてくれる。
- 新田公園
市の中央部に位置し小高い山の上にあるため、市街地を眺望することができる。桜のほかに、ツツジの名所としても知られている。また、瓢箪のような形をした池や灯篭、庭石などがあることから日本庭園のような風景が見ることができる。そのため、秋には紅葉スポットとしても人気がある。
- 中部産業団地公園(イングリッシュガーデン)
市の北部に位置する中部産業団地内に整備され、2007年6月1日より一部オープンし、徐々に開園面積を拡大していく予定である。ガーデン内を3つのエリアに分け、エリアごとに異なるテーマに合わせてデザインし、各エリアを結ぶことで、それぞれの機能をより活かしたものとし、全施設においてお年寄りや体の不自由な方にも利用しやすいバリアフリー設計となっているため、多くの人々が足を運べるように造られている。また、コミュニティバスやみつけエクスプレスの停留所ともなっているため気軽に足を運ぶことができる。
この規模のイングリッシュガーデンは、新潟県内では最大面積であり、県内ではここでしか見ることができないものもある。また、イングリッシュガーデンを日本に広めた第一人者である英国園芸研究家のケイ山田によってデザイン・監修されたが、それも県内ではここのガーデンしかない。
[編集] 歴史・文化
- 椿沢寺
所在地は椿沢町。越後33観音礼所巡礼地第16番礼所。戦国時代に上杉謙信もこの観世音を深く信仰し、祈願成就の御礼として寺領、仏画、陣銅羅等礼状を付けて寄進し、今尚寺宝として保存され本尊と共に一代一回のご開帳となっている。[5]
- 小栗山不動院
所在地は小栗山町。上記の巡礼地第17番礼所。七所山と呼ばれる裏山は経塚になっており銅製の仏像等重要文化財が多く発掘された。[6]毎年8月10日、17日に上演される「獅子舞」は市の指定文化財となっている。
- 見附市民族文化資料館
1980年6月に開館され、地域に住む人々が長い間営んできた仕事や暮らしの中で、生み出し積み重ねてきた知恵や工夫を紹介しており、基本テーマは、「はた・くらし・見附」に設定し、見附の古くからの地場産業である「はた」(織物)を中心に、米作りのために必要な農業生産用具、衣食住全般の様々な生活用具などの民俗資料や、市内の遺跡で発掘された考古資料を収集・展示するほか、市民向けに機織講座や陶芸入門教室も開催している。[7]
発祥の地は山吉町。三条長尾家の下で勢力を持った。三条城、次いで木場城を有した。長尾上杉氏とともに出羽国米沢藩(山形県米沢市)へ移る。
[編集] その他
- まちづくりの1つとして、「快適空間づくり事業」に取り組み、2005年に「ナチュラルガーデンクラブ」を立ち上げ、多くの人々が参加して市内の道路や公園等の公共用地に花苗の植栽や植樹を行っているほか、商店街にハンギングバスケットを使用するなど見附市の美化・緑化を積極的に推進している。そのため、市内の各地で花や緑を見ることができ、市役所前も花々が咲き誇っている。また、見附小学校が全国花いっぱいコンクールにおいて、厚生大臣賞や総務大臣奨励賞、2001年には内閣総理大臣賞を受賞しているほか、市内にある花*花ランドが、都市公園コンクールで国道交通都市・地域整備局長賞を受賞するなど「花のまち」として高い評価を得ている。
- 2006年より毎年12月から2月中旬までの間、市道十二ノ木線の市役所前通りと見附小学校前通りでそれぞれ500mと400mに亘って4万球の街路樹イルミネーションがまちなかをより煌びやかに彩り、光り輝くファンタジーな空間を演出している。
[編集] 出身有名人
- 浅野薫(フリーアナウンサー)
- 太田柾樹(イラストレーター)
- 北村一男(元新潟県知事)
- 佐々木志津子(元新潟総合テレビアナウンサー、政治家)
- 高井正憲(テレビ朝日アナウンサー)
- 富所正一(シンガーソングライター)
- 松永二三男(日本テレビアナウンサー)
- 藤田亮策(考古学者)
- 星野暁(陶芸家)
- 矢沢宰(『光る砂漠』の詩人)
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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