親衛隊髑髏部隊

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親衛隊髑髏部隊(しんえいたいどくろぶたい、SS-Totenkopfverbände (SS-TV))は、ナチス・ドイツ親衛隊(SS)の部隊。ナチス強制収容所の監督と警備を任されていた部隊として悪名高い。「寛容は弱さの印」をモットーとして強制収容所囚人に激しい迫害を加えた[1]

目次

[編集] 歴史

1933年1月30日に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が政権を取るとドイツに強制収容所が設置されるようになった。1933年にダッハウ強制収容所所長となったテオドール・アイケSS准将(当時)は収容所警備部隊を創設することを目的としてバイエルン州警察に「予備部隊」を創設させた。これが髑髏部隊の原型であった[2]

さらに1934年6月30日の長いナイフの夜事件で突撃隊(SA)が没落するとすべての強制収容所は正式に親衛隊の所管となり、1934年7月4日に親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーはテオドール・アイケをすべての強制収容所の監督を行う「強制収容所監視官」(Inspekteur der Konzentrationslager)に任じている[3]

アイケは収容所監視部隊の武装化をすすめ、この部隊は1936年3月29日に「髑髏部隊」(SS-Totenkopfverbände)の名称が与えられた(ただしこれ以前から「髑髏部隊」と通称はされていた)。この際にアイケの肩書は「強制収容所監視官及び髑髏部隊将監」(Inspekteur der Konzentrationslager und Generalinspekteur der SS-Totenkopfverbände)となった[4][5]。この時の髑髏部隊の隊員数は3500人ほど、六個大隊に分類され、六つの強制収容所管区に一大隊ずつ配された[6][5]。1937年4月には再編されて3つの連隊(「オーベルバイエルン」(ダッハウ)「ブランデンブルク」(ザクセンハウゼン)「チュリンギア」(ブーヘンヴァルト))で構成されることとなった。1938年にオーストリア併合があると4番目の連隊「オストマルク」も創設された。1937年には総計1万人の囚人を監視するために4800人の髑髏部隊員がいた[6][7]

第二次世界大戦が開戦した後の1939年11月から髑髏部隊司令官アイケは髑髏部隊員と警察部隊から抽出して第3SS装甲師団(俗称「髑髏師団」)を創設し、武装親衛隊の戦闘部隊として出征する。それ以降、アイケや第3SS装甲師団の兵士達は強制収容所の監督に直接には携わってはいない。しかし強制収容所監督に残った部隊員もおり、一般親衛隊予備役や突撃隊(SA)員、国防軍退役者などから欠員が補充されて引き続き強制収容所の維持にあたった。髑髏部隊を率いる強制収容所総監及び髑髏部隊将監(Inspekteur der Konzentrationslager und Generalinspekteur der SS-Totenkopfverbände)には1939年11月から1940年8月までリヒャルト・グリュックス、1940年8月から1942年3月16日にかけてアウグスト・ハイスマイヤーが就任した。その後、再びリヒャルト・グリュックスに戻った[8]

1942年3月16日以降、髑髏部隊はオズヴァルト・ポールの指揮する経済・行政本部(Wirtschafts-Verwaltungshauptamt(WVHA))D局の傘下に入った。そしてリヒャルト・グリュックスは、WVHAのD局局長という立場へ移行する。

戦争末期には髑髏部隊の数は3万人ほどであった[9]

[編集] 髑髏部隊員について

マウトハウゼン強制収容所親衛隊伍長。右の襟がSSのルーン文字ではなく髑髏が入っている。
マウトハウゼン強制収容所。所長フランツ・ツィライスSS中佐(中央)と部下の下士官二人。

髑髏部隊は強制収容所で囚人を監視し、あるいは絶滅収容所ユダヤ人ロマをガス室送りにしているだけであったが、部隊員は武装親衛隊員扱いで軍人に交付される給与支給帳(Soldbuch)と軍歴手帳(Wehrpaß)も所持していた。

前線に送られるのに比べて「安全な仕事」とみなされていたため志願者もかなりいた。しかし戦況の悪化とともに髑髏部隊員もしばしば戦地へ送られるようになり、髑髏部隊も人員が不足していることが多かった。ウクライナ義勇軍の兵士なども収容所監視部隊として動員されている。

襟章は他の親衛隊員とやや異なり親衛隊中佐以下の部隊員は右の襟章にSSのルーン文字ではなく、髑髏マークを入れた(親衛隊大佐以上は通常通り)。


[編集] 主な髑髏部隊員

[編集] 参考文献

  • ハインツ・ヘーネ(著)『SSの歴史 髑髏の結社』森亮一(訳)、フジ出版社、ISBN 978-4892260506
  • 芝健介(著)『武装SS ナチスもう一つの暴力装置』講談社選書メチエ、ISBN 978-4062580397
  • 阿部良男(著)『ヒトラー全記録』柏書房、ISBN 978-4760120581
  • 『欧州戦史シリーズVol.17 武装SS全史1』学研、ISBN 978-4056026429
  • オイゲン・コーゴン(著)『SS国家 ドイツ強制収容所のシステム』林功三(訳)、ミネルヴァ書房、ISBN 4-623-03320-1
  • Michael D. Miller(著)『Leaders of the SS & German Police, Volume I』(Bender Publishing)(英語)ISBN 9329700373

[編集] 出典

  1. ^ 『武装SS ナチスもう一つの暴力装置』34ページ
  2. ^ 『SS国家 ドイツ強制収容所のシステム』34ページ
  3. ^ 『ヒトラー全記録』278ページ
  4. ^ 『ヒトラー全記録』317ページ
  5. ^ 『SSの歴史 髑髏の結社』(フジ出版社)444ページ
  6. ^ 『武装SS ナチスもう一つの暴力装置』33ページ
  7. ^ 『SSの歴史 髑髏の結社』(フジ出版社)206ページ
  8. ^ 『Leaders of the SS & German Police, Volume I』415ページ
  9. ^ 『SS国家 ドイツ強制収容所のシステム』33ページ

最終更新 2009年11月25日 (水) 04:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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