角塚古墳
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| 角塚古墳 | |
|---|---|
| 位置 | 北緯39度8分29秒 東経141度5分38秒 |
| 所在地 | 岩手県奥州市胆沢区南都田 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 | 全長46m |
| 築造年代 | 5世紀後半〜6世紀初 |
| 出土品 | 円筒・人物・馬埴輪 |
| 史跡指定 | 国史跡(1985年3月22日指定) |
角塚古墳(つのづかこふん)とは、岩手県奥州市胆沢区にある日本列島北端に位置する前方後円墳。1985年(昭和60年)3月22日、国の史跡に指定された。
目次 |
[編集] 概要
北上川中流域、北上盆地のやや南寄りに位置し、西から合流する支流胆沢川の形成した胆沢扇状地に所在する。昭和10年代より地元研究者が埴輪の出土に注目しており、昭和20年代には広く紹介されて、日本列島北端に位置する本格的な前方後円墳として注目されていた。
1970年代になってほ場整備事業が計画され、それを受けて胆沢町教育委員会が1974年(昭和49年)と1975年(昭和50年)の2か年にわたって発掘調査をおこない、その全貌を明らかにした。
5世紀末から6世紀初に築造されたと見られ、昭和49年の調査では埴輪と葺石を確認した。全長44-45メートル、後円部の径約30メートル、高さ約4.5メートル程度であり、周壕をともなう中規模な古墳である。前方部は南を向き、後円部にくらべて前方部が低く短くなっているのが特徴となっている。
前方部の規模は、欠損部分の推定も考慮して前端の幅がおよそ20メートル、くびれ部分の幅が約13メートル、高さ約1.5メートルと復原され、また、後円部は2段に築成されている。周濠は後円部周辺が幅約10メートル、前方部で約3メートルと狭くなり、全体としては馬蹄状をなす。葺石、埴輪のほか、前方部からは各種の形象埴輪の出土が確認されている。形象埴輪には、馬形を含む動物、人物、家形埴輪などがある。後世の植栽と考えられるが、後円部には大きな一本杉が植えられており、その形状はまるで鍵と鍵穴のようである。
本古墳は、造営にあたっての計画性が認められ、本格的な築造がなされたものである。岩手県域にあっては、この古墳を除外すると他はすべて末期古墳であり、本古墳以南の地域においても約70キロメートル南の宮城県北部の大崎地方まで前方後円墳等の存在が認められないだけに、その際だった立地が注目されている。
東方2キロメートルには国の史跡胆沢城跡が所在しており、両者の歴史的な関連の可能性を指摘する声もある。
[編集] 小夜姫伝説
伝説では、高山掃部長者(たかやまかもんちょうじゃ)の妻が大蛇に変身し、農民を苦しめていたところを小夜姫(さよひめ)がお経の力で退治し、その大蛇の角を埋めたのがこの古墳だと言われている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年3月7日 (土) 16:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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