角川大映撮影所
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| 種類 | 事業場 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒182-0025 東京都調布市多摩川6-1-1 角川映画株式会社スタジオ事業本部[1] |
| 電話番号 | 0424-82-2520 (営業部)[1] |
| 設立 | 2002年[1] 1933年 日本映画多摩川撮影所として開所[1] |
| 業種 | サービス業 |
| 主要株主 | 角川映画 |
角川大映撮影所(かどかわだいえいさつえいじょ)は、東京都調布市に存在する日本の映画スタジオである。映連加盟のメジャー映画会社である角川映画の一事業所である。同名称は正式名称であるが、事業所の組織的名称は、角川映画株式会社スタジオ事業本部(かどかわえいがかぶしきがいしゃスタジオじぎょうほんぶ)である[1]。
「角川大映撮影所」となってからは10年に満たないが、撮影所自体は、1933年(昭和8年)に同地に開所した日本映画多摩川撮影所以来、70年以上の歴史をもつ[1]。
目次 |
[編集] 名称の変遷
- 1933年 日本映画多摩川撮影所
- 1934年 日活多摩川撮影所
- 1942年 大日本映画東京第二撮影所
- 1945年 大映東京撮影所
- 1977年 大映映画撮影所
- 1983年 大映スタジオ
- 2002年 角川大映撮影所
[編集] 略歴・概要
1932年(昭和7年)、京都の東活映画社が東京に撮影所を新設すべく、本多嘉一郎を派遣し、現在の角川大映撮影所を含む敷地を取得したが、同社は倒産、解体された。翌1933年(昭和8年)、同社を母体に日本映画株式会社が設立され、同敷地に日本映画多摩川撮影所として開所した。当時の地番は東京府北多摩郡調布町大字布田小島分であった。
1934年(昭和9年)、日本映画が倒産し、日本活動写真株式会社(現在の日活)が同撮影所を買収、同撮影所は日活多摩川撮影所となった。
1942年(昭和17年)1月、日活の製作部門が、戦時統制により大都映画および新興キネマと合併して大日本映画株式会社(のちの大映)が設立された。京都に2か所、東京に3か所撮影所があったことから、同撮影所は大映東京第二撮影所となった。新興キネマの東京撮影所(現在の東映東京撮影所)、大都映画の巣鴨撮影所は閉鎖された。
1945年(昭和20年)、第二次世界大戦の終結後に社名を「大映株式会社」に改め、同撮影所は大映東京撮影所となった。
1974年(昭和49年)、同社が倒産を経て徳間書店の傘下となる。同撮影所は「大映映画株式会社」の事業所となる。東京都等に対して敷地を大幅に売却し、1976年(昭和51年)には旧敷地内に東京都立調布南高等学校が開校した。1977年(昭和52年) 同撮影所が「株式会社大映映画撮影所」として分社化、大映映画撮影所となる。1983年(昭和58年) 同撮影所の社名を「株式会社大映スタジオ」に変更、大映スタジオとなる。1994年(平成6年) 株式会社大映スタジオが大映株式会社に吸収され、同撮影所は大映の一事業所「大映株式会社スタジオ事業本部」となる。
2002年(平成14年)、大映が角川グループに営業譲渡、「角川大映映画株式会社」が設立される。2004年(平成16年) 同撮影所の名称を正式に角川大映撮影所に変更した。
[編集] 註
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月6日 (火) 08:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【角川大映撮影所】変更履歴

