認証官

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認証官(にんしょうかん)とは、日本国においては、官職への任免(任命と免官)をするにあたって天皇による認証が必要とされている官吏のことである。形式的とはいえ宮中で天皇から直接認証されるためその地位は重要なものとされる。日本国憲法第7条第5号において「天皇による官吏の任免の認証」が国事行為の一つとして定められており、具体的にどの官職が認証官にあたるのかについては憲法または個別の法律(例:内閣法、宮内庁法など)において規定される。

日本国憲法の施行に伴い廃止された公式令(こうしきれい、明治40年勅令第6号)の規定の例にならい、任命の認証をする書面を「官記」と、免官の認証をする書面を「辞令書」と呼ぶ。

目次

[編集] 概要

認証のための儀式は「認証官任命式」といい、認証を要する官吏を任命する必要が生じる都度、原則として皇居「正殿 松の間」にて執り行われる(皇居以外では、昭和時代に於いては昭和天皇が静養先の那須御用邸で計31日、葉山御用邸で計12日、須崎御用邸で計2日、認証官任命式を執り行った例がある。また、平成改元以後では2009年11月18日京都大宮御所に於いて今上陛下が人事院人事官江利川毅の認証官任命式を執り行った)。

同式では天皇(または摂政もしくは国事行為臨時代行)の面前で、任命権者(内閣総理大臣等)から御璽の押された官記が伝達され、天皇から認証官一人一人に対し「重任ご苦労に思います」との言葉がかけられる(勅語を賜る)。このとき認証を受ける者は直答(「はい」等の返答)をしないで黙礼するのが慣例である。

なお、認証官任命式が執りおこなわれるのは任命の場合のみであり、免官の場合は宮中への参内はせず、後刻内閣官房から辞令書を受領するだけとなる。

認証官の「任免」(任命と免官)をするのはあくまで憲法や各根拠法に規定された任命権者(内閣など)であり、天皇はその「任免の認証」をするだけである。

一方、内閣総理大臣と最高裁判所長官の2つの職だけは、任命に先立つ「指名」は前者は国会、後者は内閣からなされるものの、「内閣総理大臣に任命する」または「最高裁判所長官に任命する」旨の任命行為は天皇がおこなう(当然認証の意味も含む)形となっている。このため、この2つの職についての宮中の儀式は「認証官任命式」でなく「親任式」と呼ばれており、内閣総理大臣と最高裁判所長官は認証官には含まれない。(なお、衆議院においては、官報における国会事項欄では「親任式」でなく「内閣総理大臣任命式」又は「内閣総理大臣の任命式」という表記を使用している。)

なお、大日本帝国憲法下では親任式で任命される官吏の区分呼称は「親任官」とされたが、現憲法下では式の呼称としては「親任」の文字が残ったものの官職の区分としての「親任官」はもちいられないため、内閣総理大臣と最高裁判所長官を一括して「○○官」で表す区分呼称は存在しない[1]

親任官の呼称は日本国憲法が施行された1947年(昭和22年)5月3日以降は原則使用されなくなった。大蔵省、外務省、農林省では(周知徹底が不十分であったため)国内出張旅費支給に関する省令や訓令の条文中に「親任官」表記を含む規定が残されたが、いずれも同年7月7日に「認証官以上の職に在る者」という表現に改められたため、現憲法下の官吏に対する「親任官」表記の使用は同年7月6日限りで正式に消滅したものと認められる。ただし、直接的な行政権の行使でない場面においてはその後も宮内府・宮内庁が新年祝賀の告示文中などに「親任官」の表記を用いるという例もあったが、1951年(昭和26年)6月16日付け官報の皇室事項欄掲載の「皇太后大喪儀」(貞明皇后の葬儀)の式次第に関する報告を最後に使用されなくなった。なお、旧憲法下において親任官であった者への恩給など、過去の官吏に言及する場合については、当然のことながら今なお立法・行政・司法の公的な場で「親任官」の表現は使用され得る。

次節「認証官の一覧」での説明にあるとおり、定員が複数である認証官(国務大臣、検事長、特命全権大使、特命全権公使、高等裁判所長官)は個別の所属官署(補職内容)を特定しない「大枠の」官名としての認証のみが天皇の国事行為とされている。したがって、たとえば、新聞辞令などで事実上総務大臣を命ぜられることがほぼ確定している新閣僚であっても天皇は「国務大臣に任命する」部分のみの認証をしているのであり、高松高等検察庁検事長の後任になることが分かり切っている新検事長であっても天皇は「検事長に任命する」部分だけを認証している。

このため、認証官任命式後に当該閣僚・官僚等をどの省庁・官署に配属(補職)するかは任命権者の自由であり、たとえば、総務大臣を務める国務大臣を外務大臣に閣内異動させる場合や、広島高等裁判所長官を務める高等裁判所長官たる裁判官を大阪高等裁判所長官に配置換する場合のように、官記上の官名に変動がない横滑り人事異動の場合は天皇による新たな認証はおこなわれない。ただし、副大臣については府省を特定した官名での官記であるため、内閣改造等で財務副大臣を務める政治家が内閣府副大臣になるような場合は(世間一般の認識では横滑りと受け取られがちであるが)、その都度新たに認証を受けることが必要となる。

中央省庁再編前の政務次官は認証官ではなかったが、同再編後の副大臣は認証官に格上げされており、国家行政に参画する政治家の地位は高まったとされる。これに対し各府省庁の官僚の最高位である事務次官は認証官とされていない。自衛隊統合幕僚長や陸海空の幕僚長などを認証官にすべきとの議論もある。

[編集] 新内閣発足時の親任式と認証官任命式の間隔

日本国憲法下において新たに内閣総理大臣が指名された場合、多くの例ではいわゆる組閣作業を済ませてから親任式、次いで認証官任命式を執り行うが、この場合は両式の間におおむね1時間程度の準備時間が生ずる。

憲法第71条の規定により、前内閣(職務執行内閣)の全閣僚は親任式における新総理任命の時点でその地位を喪失するため、認証官任命式での新国務大臣の任命・認証までの約1時間は厳密には総理以外の国務大臣が不在状態となる[2]が、宮中に留まっている(総理が事務的作業を控える)ため、総理が自らに対して(空位となっている)各省大臣の臨時代理や委員長・長官・特命担当大臣の事務取扱の発令はしないのが慣例である。

ただし、組閣作業未了で親任式だけをまず執り行った場合(つまり一旦宮中を出て官邸で組閣作業後に宮中に戻って認証官任命式を執り行う場合)は、その間の措置として総理が自らに各省大臣の臨時代理と委員長・長官・特命担当大臣の事務取扱の発令をすることで行政権の空白を生まないようにすることとなっている。そのような臨代・事取の一斉発令の事例としては期間の長いものでは片山内閣(親任式1947年5月24日、認証官任命式同年6月1日)が、短いものでは羽田内閣(親任式1994年4月28日午前8時55分、認証官任命式同日午後6時15分)などがある(一人内閣参照)。

[編集] 認証官の一覧

[編集] 行政

国務大臣内閣総理大臣を除く)
官記・辞令書では国務全般への関与権限を有する「国務大臣に任命する」ことのみの認証を受ける。担当職務(例:「総務大臣を命ずる」、「内閣府特命担当大臣を命ずる」など)の補職は内閣総理大臣からの辞令により別途なされる。任命権者は内閣総理大臣である(日本国憲法第68条第1項)。認証の根拠規定は日本国憲法第7条第5号。
内閣官房副長官
中央省庁再編(2001年1月6日)以降、新たに認証官となったもので、それより前の内閣官房副長官は一級官吏であり、天皇による認証は受けなかった。
慣例により、定員3人のうち2人は現職国会議員衆議院参議院1人ずつ)から、1人は官僚出身者から任命され、俗に前者を「政務担当」、後者を「事務担当」と呼ぶが、事実上のものであって認証対象事項でないため、この担当区分は官記・辞令書には記載されない。任命権者は内閣である(従前の例による)。認証の根拠規定は内閣法第4条第2項・国会審議の活性化及び政治主導の政策決定システムの確立に関する法律第11条。
検査官
会計検査院を構成する職であるが、官記・辞令書では「会計検査院」を冠さず単に「検査官に任命する」と記載される。定員3人中1人の「会計検査院長を命ずる」との辞令は内閣から別途なされる。任命権者は内閣である(会計検査院法第4条第1項)。認証の根拠規定は会計検査院法第4条第4項。
人事官
人事院を構成する職であるが、官記・辞令書では「人事院」を冠さず単に「人事官に任命する」と記載される。定員3人中1人の「人事院総裁を命ずる」との辞令は内閣から別途なされる。任命権者は内閣である(国家公務員法第5条第1項)。認証の根拠規定は国家公務員法第5条第2項。
副大臣
官記・辞令書では「内閣府」または「省名から省の字を除いたもの」を冠した記載がなされる(例:「内閣府副大臣に任命する」、「総務副大臣に任命する」)。内閣に置かれ国務全般への関与権限を有する国務大臣と異なり、副大臣は各府省に置かれ権限の範囲も当該府省に限定されるため、全般権限を有するかのような誤解を生む「国務副大臣」や単に「副大臣」とする表記は官記・辞令書ではもちいられない。なお、「国務副大臣」は法的に存在しない誤った呼称であるため他の立法・行政・司法でももちいられないが、各府省庁の副大臣の総称として単に「副大臣」と表記することは官記・辞令書以外の公的場面では広くおこなわれる。
同一府省に複数の副大臣が置かれる場合は大臣から各副大臣へ府省内の事務の分担範囲が職務指示書により指示されるが、この担当区分(例:金融担当)は認証対象事項でないため官記・辞令書には記載されない。
任命権者は内閣である(国会審議の活性化及び政治主導の政策決定システムの確立に関する法律第8条第6項・内閣府設置法第13条第4項・国家行政組織法第16条第5項)。認証の根拠規定もこれらに同じ。
宮内庁長官
宮内庁は内閣府に置かれる機関(再編前は総理府の外局)であるが、官記・辞令書では「内閣府」(総理府)は冠さず、単に「宮内庁長官に任命する」と記載される。任命権者は内閣である(従前の例による)。認証の根拠規定は宮内庁法第8条第2項。
侍従長
宮内庁(改称前は宮内府)に置かれる職であるが、官記・辞令書では「内閣府」(総理府)も「宮内庁」(宮内府)も冠さず単に「侍従長に任命する」と記載される。任命権者は内閣である(従前の例による)。認証の根拠規定は宮内庁法第10条第2項。
公正取引委員会委員長
公正取引委員会は内閣府(移管前は総務省、再編前は総理府)の外局であるが、官記・辞令書では「公正取引委員会委員長に任命する」と発令され、「内閣府」(総務省、総理府)は冠されない。また、略称の「公正取引委員長」ももちいられない。なお、組織発足直後、初代委員長が任命された1947年7月14日から同月30日までは認証官でなく、当該部分の法改正が施行された同月31日から認証官となっている。任命権者は内閣総理大臣である(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第29条第2項)。認証の根拠規定は同法第29条第3項。
検事総長
法務省特別の機関である検察庁の一つ最高検察庁の長であるが、官記・辞令書では「法務省」も「検察庁」も「最高検察庁」も冠さず単に「検事総長に任命する」と記載される。「検察官」の表記は用いられない。任命権者は内閣である(検察庁法第15条第1項)。認証の根拠規定は検察庁法第15条第1項。
次長検事
最高検察庁に置かれるが、官記・辞令書では検事総長と同様、単に「次長検事に任命する」と記載される。任命権者・認証の根拠規定は検事総長に同じ。
検事長
高等検察庁の長であるが、官記・辞令書では検事総長らと同様、単に「検事長に任命する」と記載される。赴任庁を特定する「○○高等検察庁検事長に補する」への補職は法務大臣からの辞令により別途なされる。任命権者・認証の根拠規定は検事総長に同じ。
特命全権大使
官記・辞令書では任国(にんこく。赴任先)の国名等を冠さず単に「特命全権大使に任命する」と記載される。任国等を特定する「○○国駐箚を命ずる」(ちゅうさつ)等の辞令は外務大臣から別途なされる。任命権者は内閣である(外務公務員法第8条第1項)。認証の根拠規定は外務公務員法第8条第1項。
特命全権公使
特命全権大使の例に同じ。

[編集] 司法

最高裁判所判事
任命権者は内閣である(裁判所法第39条第2項)。認証の根拠規定は裁判所法第39条第3項。
高等裁判所長官
高等裁判所の長であるが、官記・辞令書では勤務する裁判所名を冠さず単に「高等裁判所長官に任命する」と記載される。勤務する高等裁判所を特定する「○○高等裁判所長官に補する」との補職辞令は最高裁判所から別途なされる。任命権者は内閣である(裁判所法第40条第1項)。認証の根拠規定は裁判所法第40条第2項。

[編集] 辞令の書式

  • 次の例は内閣が任命する人事官の例であり、内閣総理大臣が任命する国務大臣のように任命権者が異なる場合は記載内容が若干変わる。
  • 辞令は縦書きで、発令年月日は和暦、数字は漢数字での記載となる。漢数字には壱・拾などの大字は用いられず、また、十の位は簡略化せずに記載される(例:「一七年」でなく「十七年」、「二一日」でなく「二十一日」)。
  • 認証の助言と承認の書式
○○を人事官に任命するについて
右謹んで裁可を仰ぎます。
昭和○年○月○日
内閣総理大臣 ○○ 印

裁可を表すため、この書面に天皇はみずから「可」の文字の印章を押印する。

  • 任命の辞令(官記)(※「任命する」の後に「。」は付されない)
氏名
人事官に任命する
昭和○年○月○日
    内閣 印
御名御璽
  • 免官の辞令(辞令書)(※「免ずる」の後に「。」は付されない。罷免の場合は、「願に依り」を冠さず単に「本官を免ずる」と記載される。)
人事官 氏名
願に依り本官を免ずる
昭和○年○月○日
     内閣
御璽

参考までに内閣総理大臣を任命するときは

  • 任命の辞令(官記)(※「任命する」の後に「。」は付されない)
氏名(新内閣総理大臣の氏名)
内閣総理大臣に任命する
御名御璽
昭和○年○月○日
内閣総理大臣 ○○(前内閣総理大臣の自署)

[編集] 過去に存在した認証官

制度上認証官となった始期の早い順(同日の場合は建制順)に記載し、認証官として存在した期間の日付を太字で表示する。この場合、その職そのものが純粋に認証官であった期間のみを太字の対象とする(その職に就く者が他の兼職等により当該他職者として認証を受けるというような事例は太字の対象としない)。

[編集] 戦災復興院総裁(後に建設院に移行)

戦災復興院」も参照

  • 1945年11月5日 - 1946年3月30日:内閣総理大臣の管理下に設置された機関で、戦災復興院官制(昭和20年勅令第621号)第2条第2項により総裁の職は国務大臣をもって充てることとされた。
  • 1946年3月30日 - 1947年5月2日:戦災復興院官制の一部改正により国務大臣からの補職対象でなくなり、専任の職として天皇から直接任命される親任官とされた。
  • 1947年5月3日 - 1947年12月31日:日本国憲法とともに施行された行政官庁法第13条の規定により、同日以降認証官とされたが、前年3月30日に親任された阿部美樹志が引き続き同院の廃止まで在任したため、実際に任命・認証が行われる機会はなかった。

[編集] 宮内府長官(後の宮内庁長官に相当)

宮内府」も参照

  • 1947年5月3日 - 1949年5月31日:日本国憲法の施行に伴い発足した宮内府の長官であり、国務大臣の補職対象でなかったため、「宮内府長官に任命する」との官記により任命・認証された。宮内庁への組織改編に伴い宮内庁長官に改称。

[編集] 臨時人事委員長(後の人事院総裁たる人事官に相当)

  • 1947年11月1日 - 1948年12月7日:人事委員会(人事院)発足までの過渡期的な準備組織として内閣総理大臣の所轄下に「臨時人事委員会」が設置され、委員長と委員2人(計3人)は認証官とされた。後継の正規の機関として人事院が設置されるにともない廃止された。現在の官職呼称の慣行では行政委員会の委員長・委員の正式呼称は「○○委員会委員長」・「○○委員会委員」であり「○○委員長」・「○○委員」は略称とされるが、臨時人事委員会の委員長・委員の官記では「委員会」を含まない「臨時人事委員長」・「臨時人事委員」が正式な官名としてもちいられた。

後身の人事院では総裁も総裁以外の人事官も官記では単に「人事官」として認証され、人事院総裁を指定する辞令は後から内閣限りの手続(天皇の認証なし)でなされるため、認証官としての観点からはまとめて「人事官」に区分されるが、臨時人事委員会ではそのような「委員として認証しその後に委員長の辞令を出す」方式でなく「最初から委員長と委員を分けて認証する」方式がとられたため、この節でも分けて記載する。

臨時人事委員会設置の根拠となる国家公務員法附則第2条の規定のうち、第3項には同委員会は「人事院の設置に至るまで職権を行う」とあるため、1948年12月3日の人事院設置により組織としては消滅したものと認識される。が、一方で第5項において、委員長は人事官が任命されるまでの間は「人事官の地位に在るものとみな」され、人事官が任命されたときに退職するものと規定されているため、本項では実際に人事官が任命された12月7日まで委員長の職にあったものとした(ノート:人事院参照)。臨時人事委員についても同様である。

[編集] 臨時人事委員(定数2人。後の人事官(人事院総裁たる人事官を除く)に相当)

  • 1947年11月1日 - 1948年12月7日:臨時人事委員長の例に同じ。

[編集] 建設院総裁(後の建設大臣に相当)

建設院」も参照

  • 1948年1月1日 - 1948年7月9日:建設院設置法の規定では「国務大臣をもって充てることができる」となっており、国務大臣以外の者から任命する余地があったため、同じ法律レベルにおける保障的な措置として行政官庁法第13条で「建設院の長」を認証官とする旨が規定されたが、一段下の政令レベル(建設院設置法施行令)で「総裁は国務大臣をもって充てる」と限定された(辞令では「建設院総裁に任命する」でなく「建設院総裁を命ずる」とされた)ため、実際には国務大臣以外の者が「建設院の長(総裁)」となることはなく、建設院総裁職単独の認証をおこなう機会はなかった。

[編集] 警察予備隊本部長官(後に保安庁に移行)

警察予備隊」も参照

  • 1950年8月10日 - 1952年7月31日:国務大臣の補職対象でなかったため、「警察予備隊本部長官に任命する」との官記により任命・認証された。保安庁の設置に伴い本部長官の職は廃止された。

[編集] 内閣官房長官

内閣官房長官」も参照

旧憲法下の内閣書記官長にかわって置かれたポスト。内閣官房の長官ではなく、内閣法に「内閣官房に内閣官房長官一人を置く」(第13条第1項)とあるように、「内閣官房長官」という一連の名称が官名であり職名である。

  • 1947年5月3日 - 1949年5月31日:この時期は認証官ではなく、国務大臣の補職対象でもなかったため、国務大臣である者が内閣官房長官となる場合は国務大臣としての任命・認証とは別に内閣総理大臣から「内閣官房長官に兼ねて任命する」との辞令を受けた(この場合、正規の肩書は「国務大臣兼内閣官房長官」のように「兼」の文字を入れ並列となる)。国務大臣以外の者が内閣官房長官となる場合は内閣総理大臣から「内閣官房長官に任命する」との辞令を受けた。
  • 1949年6月1日 - 1963年6月11日:引き続き認証官ではなかったが、国務大臣の補職とすることが可能となり、その場合は国務大臣としての任命・認証に加え内閣総理大臣から「内閣官房長官を命ずる」との辞令を受けた[3]。国務大臣以外の者が内閣官房長官となる場合は内閣総理大臣から「内閣官房長官に任命する」との辞令を受けた。
  • 1963年6月11日 - 1966年6月28日:国務大臣である者が内閣官房長官となる場合は国務大臣としての任命・認証のほか内閣総理大臣から「内閣官房長官を命ずる」との辞令を受け、国務大臣以外の者が内閣官房長官となる場合は「内閣官房長官に任命する」との官記により任命・認証を受けることとなった。前者の場合は内閣官房長官単体として重複して認証を受けることはないが、後者の場合は純粋に内閣官房長官として認証を受けるものであり、この時期は条件付きながら内閣官房長官自体が認証官となった。
  • 1966年6月28日 - 現在:内閣法の改正により、国務大臣をもって充てることとなった。任免時には国務大臣としての認証を受け、内閣官房長官としての認証は受けない。

[編集] 総理府総務長官

総理府」も参照

  • 総理府の事務増大を見越して、総理府本府のほか国務大臣を長とする外局以外の部局を所管するため総理府に置かれたポスト。総理府の総務長官ではなく、旧総理府設置法に「総理府に総理府総務長官を置く」(第19条第1項)とあったように、「総理府総務長官」という一連の名称が官名であり職名である。
  • 1957年8月1日 - 1963年6月11日:国務大臣から登用される場合は国務大臣としての認証を受けるが、国務大臣以外から登用される場合は認証を受けない。
  • 1963年6月11日 - 1965年5月18日:国務大臣から登用される場合は国務大臣としての認証を受け、国務大臣以外から登用される場合は「総理府総務長官」としての認証を受ける。
  • 1965年5月19日 - 1984年6月30日:総理府設置法の改正により、国務大臣をもって充てることとなったため、任免時には国務大臣としての認証を受け、総理府総務長官としての認証は受けなくなった。
  • 1984年7月1日:総務庁発足にともない、総理府本府は大臣官房のほか賞勲局のみの小規模組織となったため、総理府総務長官は廃止され、総理府本府は内閣官房長官が所掌することとなった。

[編集] 防衛庁副長官(定数1人。後の防衛副大臣に相当)

防衛庁」も参照

中央省庁再編に伴い唯一の大臣庁となった防衛庁に、他省における副大臣相当の職として置かれたポスト。

[編集] 脚注

  1. ^ 報道等では「親任式」と「認証官任命式」を併せて俗に「皇居での認証式」などと表現することがあり、また「親任官」の表現が使えないこともあって、内閣総理大臣と最高裁判所長官が認証官に含まれるとの不正確な認識を生む一因となっている。
  2. ^ 国務大臣の任命・認証については憲法第68条において内閣総理大臣が「任命する」と定められ、同第7条第5号において天皇が国事行為として「任免の認証」をおこなうものとされ、同じく認証官である内閣府副大臣の任免・認証についても内閣府設置法第14条第2項において「内閣総理大臣の申出により内閣が行い、天皇がこれを認証する」と規定されるなど、条文だけをみれば、認証官に対して「任命」と「認証」を二段階に行い得るとの解釈が可能であるが、これらの条文の趣旨は任命のみについての文書を辞令として先に発出することを許容してその任命「したこと」を後から天皇が認証するというものではなく、これから交付される任命用の官記に御璽を捺すことで認証の意をしめす、つまり、任命と認証が同時になるというものであるため、「親任式と認証官任命式の間の準備時間には未認証ながら任命だけされた国務大臣が存在している」との解釈をすることはできない。
  3. ^ この場合、正規の肩書は「国務大臣内閣官房長官」または単に「国務大臣」となり「兼」の文字を入れない。

最終更新 2009年11月18日 (水) 12:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【認証官】変更履歴

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