誕生寺 (鴨川市)
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| 誕生寺 | |
|---|---|
![]() 祖師堂 |
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| 所在地 | 千葉県鴨川市小湊183 |
| 位置 | 北緯35度7分2.76秒 東経140度11分54.07秒 |
| 山号 | 小湊山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 寺格 | 大本山(霊蹟寺院) |
| 本尊 | 十界本尊 |
| 創建年 | 1276年(建治2年) |
| 開基 | 日家 |
| 別称 | 小湊誕生寺 |
| 札所等 | 日蓮聖人霊跡 |
| 文化財 | 仁王門(県文化財) |
誕生寺(たんじょうじ)は、千葉県鴨川市小湊にある、日蓮宗の大本山。山号は小湊山。日蓮の誕生を記念して出身地に建立された。
目次 |
[編集] 起源と歴史
1276年(建治2年)10月、日蓮の弟子の日家が日蓮の生家跡に、高光山日蓮誕生寺として建立。しかし、その後、1498年(明応7年)、1703年(元禄16年)の2度の大地震、大津波に遭い、現在地に移転された。
その後、26代日孝が水戸光圀の外護を得て七堂伽藍を再興し、小湊山誕生寺と改称したが、1758年(宝暦8年)に、仁王門を残して焼失し、1842年(天保13年)に49代目闡が現存する祖師堂を再建した。 近代に入り、大正天皇の病気平癒の廟所が建立された。その後、昭和から平成にかけて、50万人講を発願して諸堂を復興、平成4年5月に落慶法要が行われた。
江戸時代の不受不施派(悲田宗)禁政のため幕命により天台宗に改宗するところだったが身延山が日蓮誕生地の由緒で貰いうけ一本山に格下げ(悲田宗張本寺の谷中感応寺、碑文谷法華寺は天台宗に改宗された。現谷中天王寺、碑文谷円融寺)。昭和21年大本山に復帰。
現住は84世石川日命貫首(本山水戸久昌寺より晋山)。潮師法縁。
[編集] 伽藍
山内には幼少期の日蓮像、祖師堂など日蓮に関わる施設が目立つ。
- 仁王門
- 本堂
- 平成3年10月建立。間口7.8間、奥行き8.8間の単層入母屋造り本瓦葺。水戸光圀の寄進による十界本尊木像(大仏師左京康裕作)がある。天井に仏教植物の天井画(石川響筆)82枚。日家、日保像等が安置される。
- 祖師堂
- 本師殿宝塔
- 昭和63年5月完成。総高26メートル、塔体印度砂岩切石貼。釈尊像(西村房蔵作)を安置。
- 宝物殿
- 客殿
- 昭和8年建造。総桧造りで宮家の接待所として造られ、貴賓殿と称した。
このほか、誕生堂、鐘楼堂、大田堂、竜王堂などがある。
[編集] 文化財(建造物以外)
- 大壁画 散華霊鷲山(石川響作)
- 富木殿女房御返事 (日蓮真蹟)
- 薬王丸画像
- 誕生寺古図
[編集] 生身の日蓮像と願満の鯛
平成3年、祖師堂の日蓮像を修理するため解体したところ、胎内から4代日静筆の古文書と薬草が発見された。古文書には「生身の祖師」の名と宗祖誕生の時と所が記されていた。日蓮が母を蘇生させた伝説から、当山の日蓮像は「蘇生願満の祖師」と呼ばれる。
この願満の祖師のお使いとして鯛が使われており、山内では鯛のお守り「願満の鯛」が売られている。また、日蓮宗信徒に限らず、周辺地域では鯛を食べる事を嫌う人が多い。なお、願満の鯛は近所にある清澄寺の五角の合格枡と共に有名な縁起物となっている。
正月になると初日の出を見ようと、誕生寺の前に人々が集まるが、実は誕生寺の前は山陰となり、初日の出はなかなか拝めない。誕生寺から海岸線に沿って岬の先へ歩いていく必要があるが、海岸線は照明が無いため、注意が必要である。一方、清澄寺は山の上方であり、関東では一番先に日の出が拝める場所とされている。
[編集] ギャラリー
[編集] 交通アクセス
[編集] その他
- 山門と仁王門の柱には戦時中に張られたと思われる「震洋特攻」と書かれた千社札が貼られている。
- 近隣には同じく日蓮宗大本山である千光山清澄寺、日蓮の両親を祀った妙日山妙蓮寺(妙日は父、妙蓮は母の法号)、日蓮誕生の際に集まった鯛が群生する鯛の浦(妙の浦)等がある。
[編集] 外部リンク
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月6日 (金) 16:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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