読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧

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読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧(よみうりジャイアンツれきだいよばんだしゃいちらん)は日本のプロ野球球団である読売ジャイアンツ(以下特記を除き「巨人」と称す)が4番打者を独自の基準で選別して一覧化しているものである。

野球の打順について日本では4番にチーム最強の打者を置くことが多く見られ、同球団については、球団の歴史として関連データが整理・公表されている。

巨人はこの歴代4番打者には独自基準を設けており、公式試合の打順で4番打者となった選手が全て含まれているわけではなく、以下の2ケースを除外して掲載されている。

  1. 試合の途中から4番に入ったケース
  2. 先発に名前を連ねただけの偵察メンバーのケース(この場合次に4番に入る選手を先発扱いとする)

この歴代4番打者という概念は現在スポーツ報道でも多く見られる(例:スポーツニッポン2007年6月10日付紙面)。

なお、この「歴代4番打者」という表現を球団や報道機関などが積極的かつ公式に使用しているのは読売ジャイアンツだけであり、他の11球団では「歴代4番打者」という概念が公式に表された形での存在の形跡は見られない[1]

目次

[編集] 歴史

[編集] 黎明期

球団創設時の中心選手だった第3代4番の中島治康は、1938年秋に打率.361、本塁打10、打点38の成績で史上初の三冠王に輝いた。

[編集] 「神様」時代

戦前から戦後にかけて、「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治が巨人の第7代4番として1658試合(歴代最多)で4番を務め、数々の打撃タイトルを獲得した。

一方で兵役で川上がいなかった1943年から1946年途中には本来投手の名前も見られる。これは戦争の影響による選手不足が主な原因であり、例えばヴィクトル・スタルヒン近藤貞雄が4番に入った1944年には前年在職35名中休職16名の状況からさらに3名の退団者と10名の入営者を出し、解散した球団から譲り受けた選手と新人選手で何とかメンバーを組んでいる状態だった[2]

川上の引退した1958年には、与那嶺要の名前が見られるが、与那嶺が全盛期を過ぎかけたこの年のみに4番を務めたということからは、下記「ON時代」への過渡期にあったチーム事情が浮かび上がる。

[編集] 王・長嶋(ON)時代(V9時代)

巨人のV9時代には第28代王貞治と第25代長嶋茂雄が3番、4番に座り、「ON砲」と呼ばれた。2人はそれぞれ1000試合以上で4番を任された。

そのV9時代の初期の頃には、試合数こそ少ないが、吉田勝豊田中久寿男高倉照幸森永勝也ら移籍選手の名前が連なる。当時の打線補強の形跡が垣間見られる(参考[3])。

その後、1971年から1973年の3シーズンは新たに4番打者がなく、打線の中軸の固定化が見られる。長嶋引退後は、日本ハムファイターズからトレード移籍してきた第39代張本勲が王と3、4番を組んでいた時期もある(OH砲)。

[編集] 若大将時代

ON引退後、1980年代から1990年代初頭にかけては、「若大将」と呼ばれた第48代原辰徳が中心の時代になる。原は4番打者としては1066試合に出場した。原を支えるように、45代中畑清と50代ウォーレン・クロマティが同じ時期にそれぞれ200試合近く4番を務めた。原は1995年の引退セレモニーで「巨人軍には独特の何人も侵すことのできない聖域がある」と「巨人で4番を打つこと」を独特の表現で言い表している。

[編集] FA制度導入以降

1993年シーズン終了後からプロ野球ではフリーエージェント(FA)制度が導入され、同制度を活用した選手獲得に積極的な方針をとった巨人では4番の流れも大きく変わることとなった。元々張本を筆頭に他球団からトレードで4番に据えられるだけの大物選手を獲得する事は珍しくなかったが、それにFA制度の獲得も加わり、さらには他球団で活躍していた外国人選手の契約期間が満了して自由契約となると彼らも積極的に獲得するようになった。

これ以降、数試合に限った一時的な起用にとどまらない4番打者が一気に増加したのである。しかしながら1993年以降歴代4番打者として1000試合以上出場した選手や巨人以外の球団に所属したことのないまま引退した選手は出ておらず、結果的にその方針が打線の安定に繋がっていなかったのではないかという疑問点が歴代4番打者の変遷からも窺える。

[編集] 落合時代

端緒となったのは、1994年に球団史上初のFA入団選手となった落合博満である。中日ドラゴンズからFA移籍してきた彼は、1994年から1996年までの3年間、第60代の4番打者として331試合で4番を務め、チームを引っ張った。落合が在籍した3年間で2度のリーグ制覇を果たした。

[編集] 松井・清原・高橋(MKT)時代

落合退団後、1997年から2004年までは62代松井秀喜、64代清原和博、66代高橋由伸の3人が主に4番打者を務めることとなった。1995年に初めて4番に座った第62代4番の松井は、清原加入の1997年は主に3番に回る。その後ドミンゴ・マルティネスや高橋由伸らが4番を打ったこともあったが、あくまで松井の打順は3番であった。各種報道等によれば長嶋監督の「次に松井を4番に据える時は、松井一本で行くとき」という方針によるものであり、大きく育てたい思いからであった。その後、2000年開幕戦で4番に座り、以後一度も外れることなく2002年までの3年間全試合4番としてフルイニング出場を果たし、2度の日本一に貢献した。2002年オフに松井がFA権を行使してニューヨーク・ヤンキースに移籍してからは高橋らが4番に置かれたが、4番固定には至らなかった。

またこの時期は同時に4番が乱立した時代でもある。そのメンバーにはトレードによって近鉄から石井浩郎福岡ダイエーから小久保裕紀、FA制度を利用してヤクルトから広澤克実西武から清原和博、他球団で活躍した外国人選手としてヤクルトからロベルト・ペタジーニ、西武から(西武自由契約後、メキシカンリーグを経てシーズン中に)ドミンゴ・マルティネスと、他球団に所属経験のある選手が多くみられた。彼らは巨人の歴代4番打者として名を連ることとなったが、ほとんどが4番打者として固定されるまでには至らず、結局は松井が全試合4番としてフルイニング出場した3年間以外での優勝は1996年のみにとどまっている。

[編集] 2004年以降

松井の移籍以降、4番打者の固定ができなかった巨人だが2004年シーズン後半から2005年にかけては、第69代小久保裕紀が4番に座り、ようやく一定の安定をみることとなった。2006年は、千葉ロッテから自由契約で移籍した第70代李承燁が4番に据えられ、各1試合ずつ第71代二岡智宏・小久保裕紀・高橋由伸が入っただけでほぼ固定された。

2007年前半も李承燁が座ったが、李の怪我による不振に伴ってシーズン中盤には第72代として阿部慎之助が、後半戦になってからは第73代として小笠原道大が4番を務め、シーズン最終盤では李が4番に戻った。

2007年7月29日の広島カープ戦は巨人に在籍している現役の歴代4番経験者全員が本塁打を放ち(66代高橋由伸ソロ本塁打、70代李承燁ソロ本塁打、71代二岡智宏ソロ本塁打、72代阿部慎之助ソロ本塁打、2ラン本塁打、73代小笠原道大3ラン本塁打)、その得点のみで9-0で勝利するという非常に珍しい試合となった。なおこの試合の4番は第73代の小笠原道大だった。

2007年に4番出場した66代高橋由伸、70代李承燁、72代阿部慎之助、73代小笠原道大はいずれも4番出場した試合では打率3割を割っており、高橋由伸、李承燁、小笠原道大の3人は4番時の打率成績は他の打順での成績を合算したものよりいずれも低かった。

2008年は当初李承燁が4番を務め、後にヤクルトから移籍のアレックス・ラミレスに変更、現在に至っている。

[編集] 成績

歴代選手の4番での打撃成績は以下の通り(成績は、2008年シーズン終了時・太字は2009年シーズンのジャイアンツ在籍選手)。

選手 期間 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
1 永沢富士雄 1936夏 1 3 0 0 0 .000
2 伊藤健太郎 1936夏-1943 17 62 14 1 8 .226
3 中島治康 1936夏-1948 410 1648 467 34 266 .283
4 筒井修 1936秋 6 22 3 0 2 .136
5 前川八郎 1937秋 1 2 0 0 0 .000
6 水原茂 1937秋 4 15 2 1 2 .133
7 川上哲治 1939-1958 1658 6420 2034 162 1130 .317
8 青田昇 1943-1952 47 185 39 1 31 .211
9 木暮力三 1943 11 35 5 0 1 .143
10 中村政美 1943-1944 27 100 22 1 14 .220
11 ヴィクトル・スタルヒン 1944 1 5 1 0 0 .200
12 近藤貞雄 1944 2 8 2 0 1 .250
13 川畑博 1944 6 22 3 0 0 .136
14 黒沢俊夫 1946 37 136 38 0 18 .279
15 小松原博喜 1947 1 4 2 0 0 .500
16 平山菊二 1948 3 11 2 0 2 .182
17 宇野光雄 1951-1953 7 23 5 0 1 .217
18 南村侑広 1951-1952 17 74 20 0 12 .270
19 手塚明治 1953-1954 5 13 3 0 1 .231
20 宮本敏雄 1955-1961 21 71 14 1 5 .197
21 樋笠一夫 1955 4 13 3 0 2 .231
22 藤尾茂 1955-1961 13 47 10 2 7 .213
23 柏枝文治 1955 2 7 0 0 0 .000
24 与那嶺要 1958 35 118 34 6 19 .288
25 長嶋茂雄 1958-1974 1460 5396 1694 314 1075 .314
26 坂崎一彦 1959-1962 12 44 10 2 4 .227
27 国松彰 1960-1968 4 14 3 0 2 .214
28 王貞治 1962-1980 1231 3994 1258 392 1009 .315
29 池沢義行 1963 1 2 0 0 1 .000
30 森昌彦 1964-1965 6 23 6 0 7 .261
31 相羽欣厚 1965 4 15 6 1 3 .400
32 吉田勝豊 1965 1 4 1 0 0 .250
33 田中久寿男 1967 2 9 3 0 0 .333
34 高倉照幸 1967 3 11 2 0 2 .182
35 森永勝也 1967 1 3 0 0 0 .000
36 柴田勲 1969 1 3 1 1 2 .333
37 末次利光 1970-1975 15 59 11 3 6 .186
38 柳田俊郎 1974 1 1 1 0 0 1.00
39 張本勲 1976-1979 126 445 140 27 78 .315
40 淡口憲治 1976 1 1 0 0 0 .000
41 デーブ・ジョンソン 1976 4 13 2 1 2 .154
42 ジョン・シピン 1978-1979 52 192 61 12 38 .318
43 山本功児 1979-1980 7 29 11 2 6 .379
44 ロイ・ホワイト 1980-1982 77 274 73 11 43 .266
45 中畑清 1981-1988 219 850 242 44 147 .285
46 ゲーリー・トマソン 1981 26 96 23 3 11 .240
47 松原誠 1981 1 2 0 0 0 .000
48 原辰徳 1982-1995 1066 3940 1099 255 729 .279
49 レジー・スミス 1983-1984 30 98 26 12 27 .265
50 ウォーレン・クロマティ 1984-1990 174 658 219 32 121 .333
51 呂明賜 1988 2 6 1 0 0 .167
52 駒田徳広 1988-1992 34 133 50 7 14 .376
53 吉村禎章 1990-1998 32 114 30 3 21 .263
54 マイク・ブラウン 1990 1 4 1 0 0 .250
55 フィル・ブラッドリー 1991 3 12 0 0 0 .000
56 ロイド・モスビー 1992-1993 12 43 8 1 7 .186
57 ジェシー・バーフィールド 1993 22 74 15 4 8 .203
58 岡崎郁 1993 3 12 3 0 1 .250
59 大久保博元 1993 2 7 1 1 1 .143
60 落合博満 1994-1996 331 1149 335 48 199 .292
61 広澤克実 1995-1998 56 204 56 13 38 .275
62 松井秀喜 1995-2002 470 1660 535 138 349 .322
63 シェーン・マック 1996 18 71 20 4 13 .282
64 清原和博 1997-2005 297 1039 259 67 213 .249
65 石井浩郎 1997-1999 35 126 35 0 16 .278
66 高橋由伸 1999- 114 448 134 30 79 .299
67 ドミンゴ・マルティネス 1999 63 228 71 12 48 .311
68 ロベルト・ペタジーニ 2003-2004 76 253 81 24 60 .320
69 小久保裕紀 2004-2006 172 651 184 40 108 .283
70 李承燁 2006- 233 881 256 57 154 .291
71 二岡智宏 2006 1 3 0 0 0 .000
72 阿部慎之助 2007 21 79 22 7 21 .278
73 小笠原道大 2007 38 148 43 7 24 .291
74 アレックス・ラミレス 2008- 269 1054 345 73 221 .327
選手 期間 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率

※なお、柴田は唯一ONがスタメンにも関わらず4番打者に抜擢されている(ON時代に4番を打った選手は柴田を除き皆ONが怪我や調整で出場しなかったためである)。

[編集] 各年度の歴代4番打者

各年度の開幕4番打者とシーズンを通してもっとも4番を務めた打者は次の通り。

守備・開幕4番 最多4番
1936年夏 一塁・永沢富士雄
1936年秋
- 1940年
右翼・中島治康
1941年
- 1942年
一塁・川上哲治
1943年 一塁・伊藤健太郎
1944年 三塁・中村政美
1946年 左翼・黒沢俊夫
1947年
- 1950年
一塁・川上哲治
1951年 三塁・宇野光雄
1952年
- 1958年
一塁・川上哲治
1959年
- 1961年
三塁・長嶋茂雄
1962年 一塁・王貞治
1963年
- 1974年
三塁・長嶋茂雄
1975年 右翼・末次利光
1976年
- 1980年
一塁・王貞治
1981年 中堅・ホワイト 中畑清
1982年 一塁・中畑清 中畑清
1983年 三塁・原辰徳 原辰徳
1984年 三塁・原辰徳 中畑清
1985年
- 1986年
三塁・原辰徳 原辰徳
1987年 中堅・クロマティ 原辰徳
1988年 三塁・原辰徳 原辰徳
1989年
- 1991年
左翼・原辰徳 原辰徳
1992年 一塁・原辰徳 原辰徳
1993年 三塁・原辰徳 原辰徳
1994年
- 1995年
一塁・落合博満 落合博満
1996年 右翼・松井秀喜 落合博満
1997年 一塁・清原和博 清原和博
1998年 中堅・松井秀喜 清原和博
1999年 一塁・清原和博 マルティネス
2000年
- 2002年
中堅・松井秀喜 松井秀喜
2003年 中堅・高橋由伸 ペタジーニ
2004年 右翼・高橋由伸 高橋由伸
2005年 一塁・清原和博 小久保裕紀
2006年
- 2007年
一塁・李承燁 李承燁
2008年 一塁・李承燁 ラミレス
2009年 左翼・ラミレス ラミレス

[編集] 参考文献

  『巨人軍5000勝の記憶読売新聞社ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296

 付属のDVD

    • 第71代の二岡まで記載(読売巨人軍広報部 『2007年 メディアガイド』 読売巨人軍広報部、2007年、P403)と同一
  • 越智正典 『ジャイアンツの歴史』 恒文社、1974年

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ ただし歴代4番打者一覧とは異なるが、巨人関連でのメンバーの資料は、阪神タイガースが発行した1988年発行の「阪神タイガース 昭和のあゆみ」において、阪神対巨人の1988年頃までの公式戦の主要試合の出場メンバーの一覧が記述されている。
  2. ^ 前掲『ジャイアンツの歴史』p.147、148
  3. ^ 上前淳一郎 巨人軍陰のベストナイン 角川文庫 ISBN 978-4-04-326902-0

[編集] 外部リンク

歴代4番打者&成績スポーツ報知より)

最終更新 2009年11月7日 (土) 09:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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