諫早湾干拓事業

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宇宙から見た干拓工事中の諫早湾(2001年)
有明海側から撮影した潮受け堤防と水門
赤潮と見られる、諫早湾の海水変色現象。(2004年8月撮影)

諫早湾干拓事業(いさはやわんかんたくじぎょう)は、有明海内の諫早湾における干拓事業。諫早湾での干拓は古くから行われてきたが、本項目では主に1989年(平成元年)に着工した農林水産省による国営干拓事業について記述する。

目次

[編集] 事業概要

  • 工事開始 - 1989年
  • 計画面積
    • 造成面積: 約942ha(農用地等面積:約816ha)
    • 調整池面積:約2,600ha
  • 営農計画 - 露地野菜、施設野菜、施設花き、酪農、肉用牛
  • 事業費 - 2,533億円 

[編集] 干拓に伴う環境破壊と漁業被害

1989年より「国営諫早湾干拓事業」の工事が行われ、1997年4月14日潮受け堤防が閉じられた。それにより、かつては「宝の海」と言われた有明海に海底への泥の沈殿、水質汚染が生じて有明海全体が死の海と化し、二枚貝タイラギが死滅、奇形魚の増加、海苔の色落ちなど重大な漁業被害が発生したとして、自然保護団体のみならず、沿岸の各漁業協同組合の猛反対にあっている。しかし魚類の漁獲減少や水質汚濁には、海苔養殖業者が消毒目的に散布した酸や化学肥料による影響との主張もあり、海苔養殖業者と他の漁業者との紛争も発生している。なお、諫早湾沿岸におけるタイラギの漁獲不振は締め切り前から始まっており、1993年から休漁となっている。また、有明海は閉鎖的浅海であり、もともと河川から流れてくるリンや窒素によって栄養過剰になりやすい環境にあり、赤潮が発生しやすい。その原因は干拓事業よりも、有明海に注ぐ生活排水の影響が大きい。しかし、干潟の浄化作用が機能しなくなった損失は大きい。

2001年に武部勤農林水産大臣(当時)は、干拓事業の抜本的な見直しを表明したものの、所管大臣には、在任中にしかその権限がないため、武部の農相退任後、農水省は一転して推進の立場に逆戻りした。

さらに、2005年8月30日には、漁民らが公害等調整委員会に対して求めていた、有明海における漁業被害と干拓事業との因果関係についての原因裁定申請が棄却されたところであり、継続中の他の裁判への影響も懸念されている。

この干拓工事による漁業被害の事例は、文部科学省の外郭団体である科学技術振興機構(JST)のまとめた失敗知識データベース「失敗百選」において「ノリを始めとする漁獲高の減少など、水産業振興の大きな妨げにもなっている」として公共事業(建設事業)での失敗例として事例提供され、この結果に至ったシナリオ(経緯)として「組織、管理、企画、戦略不良、利害関係未調整で事業開始、誤判断、狭い視野、社会情勢に未対応、調査検討の不足、事前検討不足、環境影響調査不十分、計画・設計、計画不良、走り出したら止まらない公共事業、裁判所による工事差し止め命令、二次災害、環境破壊、赤潮発生、漁業被害、社会の被害、人の意識変化、公共事業不信」としている[1]

潮受け堤防の締め切りから約10年後の2007年11月20日に完工式が行われ、翌12月22日午後5時、潮受け堤防の上に全長8.5kmの諫早湾干拓堤防道路が開通した。2008年6月27日には干拓事業と漁業被害と関連を問う裁判で佐賀地裁は漁業被害との関連を一部認め水門5年間開放するよう命じる判決を言い渡した。公共事業に対しノーを突きつけたものだった。

[編集] 地元における干拓事業推進派の背景

一方、諫早湾南岸の諫早市小野地区及び同市森山町地区には強固な推進派住民が多い。この地域は島原半島首頚部の狭隘な地峡に当たり、江戸時代から昭和期にかけての干拓によって集水域面積に見合わないほどの広大な干拓地を擁するに至った地域である。

例えば旧森山町の林野面積646haに対して耕地面積941haであり、この耕地面積の84.2%が水田である。これは諫早湾北岸北高来郡高来町(現諫早市高来町)の林野面積3,231haに対する耕地面積が725haであり、そのうち水田面積が66.6%であることと比較すると、その水田面積と比べてこれを涵養する集水域の狭さが理解できる。

諫早湾沿岸6町の土地利用 諫早湾岸6町の土地利用を農林水産省統計部のサイト「わがマチ・わがムラ」のデータよりExcelによりグラフ化(2004年7月8日現在)
森山町の林野に対する水田比率の高さは突出している

このため、この地域では不足しがちな灌漑用水を干拓地水田のクリーク網に溜めることで確保してきた一方、水をしっかりくわえ込む構造のクリーク網を備えた水田は梅雨期にこの地方を頻繁に襲う集中豪雨によって容易に冠水し、田植え直後の稲が壊滅的打撃を受ける危険と隣り合わせの米作りを強いられてきた。こうした悪条件の克服は、といった一地方公共団体レベルの事業では手があまり、レベルの事業による給排水問題の解決が望まれてきた。

しかしこの問題は、干拓事業が計画されて以来、本来農耕地の拡大を主目的とする干拓事業の副産物(堤防外の水面低下と調整池の成立)で解決できるとして長期にわたって放置され、干拓事業の遂行がこの地域で水稲栽培を中心とする農業を継続するための唯一の選択肢であると喧伝された。こうして地域の農民及び自治体行政の声は干拓推進を希求する方向で固まっていき、乏しい灌漑用水を地域の中で公平に分配する必要から生じた共同体の決定事項に異論を唱えることを強く控える気風ともあいまって、異論がほとんど外に漏れる余地もない強固な干拓推進派地区が形成されてきたのである。

これが、国や県当局が事業の当初からこの干拓は地域の人命と財産を守る防災をも目的としており、本来の防災目的として干拓を遂行しているとする根拠であり、諫早市小野地区と森山町地区住民、特にその中の水稲農家は事業遂行の人質的な立場にあるとも言える。

一方、反対派の主張にも疑問が唱えられている。反対派は科学的根拠の薄い主張によって感情的に否定しているだけ、という指摘もある[要出典]。また、農業従事者と漁業従事者には違った影響があることから、双方の主張が対立している。さらに、地域住民の問題としてではなく、環境団体などから環境問題の象徴的存在として扱われているという側面もある[要出典]

干拓事業に賛成にせよ反対にせよ、いずれの主張にもその立場によって正当性があるため、容易に結論の出せない問題となっている。一方、生態系への影響という観点からはあまり顧みられていないという問題点もある[要出典]

[編集] 諫早湾干拓問題にふれている作品

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ http://shippai.jst.go.jp/fkd/Detail?fn=0&id=CD0000139& JST失敗知識データベース「国営諫早湾干拓事業による漁業被害」

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月20日 (金) 04:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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