警備隊 (府県警察部)

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警備隊(けいびたい)とは、1944年昭和19年)から1946年昭和21年)まで存在した戦前の府県警察部管轄の警備部隊である。全国に先立って創設された警視庁特別警備隊も、広い意味でこの一種である。

現在の機動隊に相当する部隊である。

目次

[編集] 概要

太平洋戦争勃発後の空襲等の非常事態時における治安維持を図る目的で、昭和19年4月12日勅令第243号により主要な府県に設置することとされた。警視庁と大阪府については警備部、その他の府県では警察部に属するものとされた。

警備隊は「本部」「大隊」「中隊」「小隊」「分隊」に組織され、このうち大隊及び中隊については地方の状況により設置しないことができることとされた。また、警備上の必要に応じ隊を分駐させることができること、担当区域を警視庁・府県の長官が定めることができることとされていた。

警備隊には車両、救助・復旧用資機材等を備えるものとされ[1][2]、空襲等の被災時における警備、被災地域での救助活動、道路等の応急復旧等の緊急活動に従事した。

終戦後も、陸海軍廃止の状況下で治安確保を図る観点から、内務省では警備隊の大幅な増強を行いたい考えであったが、軍事的組織の温存・復活を警戒するGHQはこれを容れず、逆に1946年1月16日付指令「警備隊の廃止」を発し、全国の警察警備隊の廃止を命じた。これを受けた昭和21年2月6日内務省訓令第14号により、警備隊は一斉に廃止された。

[編集] 設置が義務付けられた各警察

全国13の主要府県に設置が義務付けられた。

[編集] 設置・編成の例

  • 警視庁警備隊
戦前の1933年昭和8年)に設置された特別警備隊を改編し、本部(警視庁内)及び六個大隊体制で発足。各大隊は四個中隊(中央大隊のみ五個中隊)、中隊は二個小隊、小隊は四個分隊編成とされた。人員は隊長以下2,550名であった。
特別警備隊当時は本部・部隊とも警視庁本庁内に設置されていたが、警備隊へ拡充後は当初より方面別に担当区域を区分した分駐体制を採り、大隊の名称もそれに応じたもの(中央・南部・西南部・西部・北部・東部)としていた。
東京大空襲以降、警備体制の再編を図ることとなり、1945年昭和20年)5月以降担当区域を七方面とし、部隊編成としては三多摩大隊と特設大隊の二個大隊を追加した八個大隊体制に移行して終戦を迎えた。
空襲時の警備・救助活動等に従事したほか、終戦直後に発生した愛宕山尊攘同志会会員立てこもり事件に際しては、中央大隊が警備・鎮圧に出動している。
  • 福岡県警備隊
勅令第243号に基づき新設され、本部及び三個大隊体制で発足。各大隊は二個中隊、中隊は二個小隊、小隊は三個分隊編成とされた。人員は隊長以下482名であった。
工業地帯や重要港湾施設の集中する北九州地区での活動を主任務とし、分駐体制は採らず、本部・部隊とも小倉市到津に設置されていた。大隊の名称は番号制(第一~第三)であった。
  • 長崎県警備隊
勅令第243号に基づき新設され、本部及び一個中隊体制で発足。中隊は二個小隊、小隊は三個分隊編成とされた。人員は隊長以下74名であった。
当初は分駐体制を採らず、隊は長崎市に設置されていた。
1945年(昭和20年)6月以降、第二小隊を佐世保市に分駐させ、長崎県警備隊佐世保分駐隊と称した。

[編集] 脚注

  1. ^ 警備隊規則(内務省訓令第16号)
    第7条 警備隊ニハ車両、救急資材、工作又ハ救出器具、照明通信機器、防具其ノ他警備ノ実施ニ必要ナル資材ヲ整備スルモノトス
  2. ^ 各県警察史等によれば、車両・資機材の整備の例は次のとおりである。
    • 警視庁警備隊
    各地区大隊に無線自動車(中型バスに無線機を装備したもの)を配置(『警視庁史 昭和中編(上)』333頁)
    • 福岡県警備隊
    隊員輸送用車両は一個中隊毎に1台で計6台、スコップ、つるはし、ロープ、担架など(『福岡県警察史 昭和前編』314頁)
    • 長崎県警備隊
    貨物自動車2台、サイドカー1台、自動自転車を配備(『長崎県警察史 下巻』572頁)

[編集] 参考文献

  • 『警視庁史 昭和前編』(警視庁史編さん委員会編 1962年)
  • 『福岡県警察史 昭和前編』(福岡県警察史編さん委員会編 1980年)
  • 『長崎県警察史 下巻』(長崎県警察史編集委員会編 1979年)

[編集] 関連項目

最終更新 2009年8月22日 (土) 10:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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