讃岐山脈

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讃岐山脈(さぬきさんみゃく)は、香川県徳島県の境界に位置する地塁山脈阿波国讃岐国を南北に隔てたことから徳島県では阿讃山脈(あさんさんみゃく)と呼ばれることが多い。

目次

[編集] 概要

高さ800mほどの山が連なり、東西方向に長く、南北方向には狭いため、急峻な山脈である。香川県側の斜面に比べて徳島県側の方が直下に吉野川が流れているため急である。主に和泉層群と呼ばれる地層からできている。アンモナイトなどの化石が観察できることから、古くはであったと考えられる。

徳島平野を挟んで、四国山地に対するが、讃岐山脈をも四国山地に含めることがある。

[編集] 主な山

讃岐山脈で最も高い竜王山

山を東側より記す。太字は県境に位置する山。山名(よみ、標高、座標)の順。

名所 標高 位置
大麻山 538m 北緯34度11分東経134度29分
鉢伏山 439.4m 北緯34度10分東経134度25分
龍王山 475m 北緯34度11分東経134度25分
ビク山 456.3m 北緯34度11分東経134度25分
大山 691.3m 北緯34度09分東経134度23分
鳴嶽 306m 北緯34度12分東経134度23分
虎丸山 417m 北緯34度12分東経134度18分
那智山 271m 北緯34度13分東経134度17分
本宮山 346m 北緯34度13分東経134度16分
城王山 652.4m 北緯34度08分東経134度16分
笠ヶ峰 559.7m 北緯34度13分東経134度15分
檀特山 630.6m 北緯34度12分東経134度14分
東女体山 673.6m 北緯34度11分東経134度13分
妙体山 785m 北緯34度08分東経134度12分
女体山 774m 北緯34度11分東経134度12分
矢筈山 789m 北緯34度11分東経134度11分
台ヶ丸山 694.6m 北緯34度07分東経134度10分
高仙山 627.1m 北緯34度11分東経134度09分
奥山 607.2m 北緯34度11分東経134度08分
大滝山 946m 北緯34度07分東経134度07分
八丁山 532.9m 北緯34度10分東経134度05分
竜王山 1059.9 北緯34度06分東経134度02分
前山 643.1m 北緯34度09分東経134度01分
三頭山 734.2m 北緯34度04分東経134度02分
大川山 1042.9m 北緯34度06分東経133度56分
若狭峰 786.8m 北緯34度04分東経133度47分
中蓮寺峰 755.9m 北緯34度04分東経133度46分
龍王山 794m 北緯34度01分東経133度45分
雲辺寺山 930m 北緯34度05分東経133度43分
菩提山 312.0m 北緯34度02分東経133度43分
高尾山 495.5m 北緯34度03分東経133度40分
金見山 590.0m 北緯34度01分東経133度38分
大谷山 507m 北緯34度02分東経133度37分

[編集] 大滝山

大滝山(おおたきさん)は標高946mの讃岐山脈で3番目に高い山。北緯34度07分東経134度07分に位置する。山頂に大滝寺や西照神社(にしてるじんじゃ)があり、登山者も多い。

山頂付近一帯は国有林で、ブナケヤキヤマザクラの生える天然林と、1903年ごろに植えられたヒノキ人工林がある。高山植物メジロホトトギスオオルリといった鳥類も多い。オオムラサキミドリヒョウモンなど昆虫も豊富である。

[編集] 竜王山

竜王山(りゅうおうざん)は、讃岐山脈で最も高い山で、標高1059.9m。香川県の最高峰でもある。北緯34度06分東経134度02分。2つの峰をもち東側の峰が讃岐竜王(東竜王)西側の峰が阿波竜王(西竜王)と呼ばれる。現在はふもとにある竜神を祭った神社がかつては山頂にはあったことから竜王山と呼ばれるようになったという。またの名を鷹山といい、これはこの山が高松藩主の鷹狩をした場所と伝えられているからである。

高松藩とのつながりは深く、中腹に藩主に献上するための雪を夏まで埋めていた雪穴(せっけつ)がある。

高松市美馬市からの登山道が整備されている。

[編集] 大川山

大川山(だいせんやま)標高1042.9mの山。北緯34度06分東経133度56分。竜王山についで高いやまである。大滝山から大川山にかけてが香川県立大川大滝自然公園に指定されている。

[編集] 雲辺寺山

雲辺寺山(うんぺんじさん)は標高930mの山。北緯34度05分東経133度43分。頂上に四国八十八箇所66番札所雲辺寺がある。

観音寺市大野原町内野々からロープウェイ(雲辺寺ロープウェイ)が整備されている。

[編集] 歴史

[編集] 借耕牛

借耕牛(かりこうし)とは、讃岐の小農家が農繁期に阿波の山間農家から借りていた農耕牛のことである。讃岐の農繁期が終わると、米などの穀類をお礼につけて返していた。そのため阿波では米取り牛と呼ばれた。水田が多い讃岐では耕作は欠かせないが、讃岐には草地が少なく牛の飼育は不適であった。一方、阿波の山間部(北西部の美馬郡三好郡と北東部の麻植郡など)には水田が少なく、米は貴重な食糧であった。讃岐の小農家の大半にとっては牛を飼わずに済み、阿波の山間農家にとっては少ない食糧を農繁期後の牛の労働で補えた。借耕牛は江戸初期には始まっており、江戸後期から昭和初期に盛んになり、農機具が普及し始めた昭和30年代まで続いた。牛の受け渡しの時期には峠の集合場付近が両方の農家で賑わい、飲食店も栄えた。 借耕牛で両国の交流が盛んになるにつれて、阿波から讃岐への嫁入りも増加した。

[編集] 明治以降の人とのかかわり

  • 明治時代になり廃藩置県が行われる中、1873年香川県(1次)が廃止され淡路、阿波と讃岐は名東県となる。しかし間にそびえる山々などの要因のため、結局その2年後に讃岐に香川県が再置された。
  • 昭和時代に山を貫く香川用水が完成し、長い間水不足で苦しんでいた讃岐平野の水事情が緩和された。

[編集] 交通

古くは11の峠が両国を結んだ。

[編集] 阿讃山脈

阿讃山脈(あさんさんみゃく)は、讃岐山脈の徳島県における呼称である。

阿波国讃岐国の境に続く山脈である事からこの名称で呼ばれており、讃岐山脈という名称よりもむしろこちらの名称の方が体を表しているといえる。徳島県では「讃岐山脈」がまるで香川県だけに山脈が位置しているかの様な名称である事から、あえて観光客向けのガイドなどでもマイナーな「阿讃山脈」の名称を使用している例が目立つ。徳島県民からしてみれば「こちら(徳島)側では“阿讃”と香川の名称も使用しているのに、あちら(香川)側では徳島を無視して“讃岐”と名乗るとはどういう事なのか」という思いが強いのであろう。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月22日 (日) 18:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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