谷中 (台東区)

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谷中(やなか)は、東京都台東区の一地区。谷中一丁目から七丁目まで存在する。

谷中の住民の台所・谷中銀座商店街

郵便番号 110-0001

目次

[編集] 地理

東はJR山手線、北は道灌山通り、西は不忍通り、南は上野公園に囲まれた地域。

上野戦争で被災したものの、関東大震災第二次世界大戦では被害が少なく、昔ながらの町並み・建造物が残されている。

最寄駅はJR・京成線日暮里駅地下鉄千代田線千駄木駅・同根津駅

[編集] 歴史

旧・武蔵国豊島郡谷中村。

[編集] 地名の由来

名前の由来は、上野本郷の二つの台地の谷間に位置することから名付けられたといわれる。

[編集] 沿革

[編集] 名所・旧跡・名産

谷中霊園
澤の屋旅館
夕やけだんだん
  • 天王寺
    五重塔の再建のエピソードが後に幸田露伴の代表作『五重塔』となる。
  • 谷中霊園
    鏑木清方佐々木信綱渋沢栄一徳川慶喜ニコライ・カサートキン長谷川一夫鳩山一郎横山大観などの墓所がある。の名所でもある。
  • 谷中生姜
    江戸時代、谷中は農村であった。特に、生姜(葉しょうが)の生産地として有名であった。明治時代までは、少数ながら農地も残存していたが、もはやそれを偲ぶものすらない。現在は、名を残すのみとなっている。
  • 澤の屋旅館
    何の変哲もない日本式の旅館で、主に地方からの修学旅行の学生が多く宿泊していたが、少子化やホテルへの志向が強くなったことによる修学旅行やビジネス客の減少によって経営が苦しくなり(利用客ゼロの日が3日続いたこともあったらしい)、これを打開するため、1983年頃に顧客ターゲットを外国人に変更し、食事の提供も取りやめて低料金の宿泊施設(いわば日本版ベッド・アンド・ブレックファスト)に方針を変更して経営を立て直したことで有名となり、しばしばテレビなどのマスメディアで紹介される。施設自体はごく普通の繁華街にある、12室の和室と共同式浴場・トイレを持つ小規模の日本旅館であるが、旅行者用ホテルより宿泊費が安いことが外国のガイドブックに紹介されて外国人旅行者に広まったらしい。この結果、周辺に外国人向けの施設などがほとんどないにも関わらず、現在では事実上外国人宿(外国人の比率8割~9割程度)に変貌し、宿泊費を節減したい外国人の利用によって高い稼働率(92%程度と報じられる)を保っているといわれている。なお、経営者は、2003年に国土交通省から「観光カリスマ百選」に選定されている[1][2]
  • 夕やけだんだん
    JR日暮里駅から谷中ぎんざ商店街に続く道の途中にある短い石段が、この名称で呼ばれている。この石段の辺りには、いわゆる谷中猫(野良猫)が多数生息していて、昼間には観光客にエサを求めたり、ひなたぼっこをする姿が多数見受けられる。
  • 朝倉彫塑館

[編集] その他

  • 早口言葉「なかなか鳴かない谷中のかなかな」に関しても有名。
  • 俳優中尾彬が住んでいたことでも有名であり、「彬」という料亭を自宅の近くで営んでいる。
  • 1974年から1975年にかけてTBS系列で放送された人気ドラマ「寺内貫太郎一家」は舞台は谷中にある石材店という設定である。
  • 2時間ドラマ『捜し屋・諸星光介が走る!』にて語られているように、温厚な人柄の人が多く住んでいることでも有名である。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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最終更新 2009年8月31日 (月) 14:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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