谷村有美
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| 谷村有美 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 谷村有美 |
| 出生 | 1965年10月17日(44歳) |
| 血液型 | O型 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | シンガーソングライター、作詞家、作曲家 |
| 担当楽器 | ボーカル・ピアノ・キーボード |
| 活動期間 | 1987年 - 1998年 2000年 - |
| レーベル | CBSソニー→Sony Records(1987年 - 1998年) zetima(2000年 -) |
| 事務所 | ハートランド(1987年 - 1999年) アップフロントエージェンシー(2000年 -) |
| 公式サイト | playlog.jp/yumi-tanimura/blog/ |
谷村 有美(たにむら ゆみ、本名:原田有美(はらだ ゆみ、旧姓:谷村)、1965年10月17日 - )は、日本のミュージシャン・シンガーソングライター。鹿児島県生まれ、東京都育ち。血液型はO型。星座はてんびん座。所属事務所は「ハートランド」→「アップフロントエージェンシーグループ」。
レコード会社はCBSソニー→Sony Recordsに所属後、2000年にアップフロントワークスの「zetima」に移籍しているが、zetimaでは2002年以降シングル・アルバムのリリースはない。2007年以降はSony Music系のレーベルでCBSソニー→Sony Records時代の楽曲によるベストアルバムを発表していて、最近の新曲はベストアルバムへ収録される形でのリリースとなっている。
ライブビデオがDVDシリーズ化されソニー・ミュージックエンタテインメントからリリースされている。
目次 |
[編集] 人物
慶應義塾大学在学中の1986年にCBSソニー主催のオーディションで優勝。1987年11月21日、自らが作詞・作曲したシングル『Not For Sale』とアルバム『Believe In』の同時リリースでデビュー。お嬢様風味ながらも親しみやすいルックスと、「クリスタルボイス」と形容される歌声が特徴だが、デビュー前は自分の声にコンプレックスを持っていた。自ら作詞・作曲も手がけるシンガーソングライターながら、2歳からクラシック音楽教育を受けたり、アマチュア時代にフュージョン系のバンドのキーボードを担当していたこともあり、ステージではピアノやキーボードの速弾きも披露する。卓越したピアノの技術は定評がある。
音楽活動以外では、レコードデビュー前からテレビの司会もこなし、特にラジオのDJでの飾らない快活なおしゃべりが特徴。また、雑誌にエッセイを連載したり出版するなど多方面に活躍してきた。
1998年末より約2年間歌手活動休業の後、2000年10月から活動を再開する。ただし休業中も、臍帯血バンク支援のチャリティーとして1999年・2000年と「パシフィックへブンクラブバンド」を結成(KAN・スターダストレビュー・森高千里等、主にアップフロントグループ所属のアーティストが参加した)、アリーナツアーに出演。1999年には阪神・淡路大震災で倒壊してしまった神戸国際会館の復興を祝して(震災直後の大阪公演で手作りの募金箱で募金をよびかけ、以後も番組を通じて支援を続けていた)ジョー・サンプルと共演するなど、一部の活動については継続しており、完全に表舞台から姿を消すことはなかった。
2002年4月に原田泳幸(当時・アップルコンピューター株式会社代表取締役(米国本社副社長兼務)現・日本マクドナルド代表取締役会長兼社長兼CEO)と結婚。毎年12月には恒例になりつつあるクリスマスコンサートを開催。2004年からは芝居とライブを融合した「シアトリカルコンサート」という独自の公演を始めている。2007年より弾語りメインの「おでかけツアー」開始2008年現在、子育てを優先しながら活動している。
現在もラジオ・FM番組の司会を務め、そのパーソナリティと癒しトークは健在である。
難病と闘う子どもたちをとその家族を支援するドナルドハウスチャリティーズ財団の支援活動や、動物との触合いで人間本来の治癒力を高めるヒューマンアニマルボンド、そして、前述の臍帯血バンク支援、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の啓蒙と撲滅を掲げるアクト・アゲインスト・エイズなどの社会貢献にも務めている。
趣味は陶芸。アロマテラピー。フラワーエッセンス。(花の持つエネルギーを水に転写したもの)
モータースポーツの競技者ライセンスであるB級ライセンス(国際レース以外の国内全てのJAF公認ラリー競技会及びスピード行事に出場することができる資格)の資格を持つ。
[編集] 来歴
- 鹿児島県に生まれる。
- 2歳でピアノに触れ、音楽教育を受ける。
- 4歳 クラシックバレエを習う。
- 小学校4年のときにビートルズのコピーバンドに参加。
- 13歳のとき、単身で渡米する。カルチャーショックを受ける。
- 高校時代にロックやフュージョン系のバンドにキーボードとして参加。作曲を始める。
- 1986年 CBSソニー主催のオーディション、第二回「ティーンズ・ポップ・コンテスト」で優勝。
- 1987年
- 1988年
- 10月7日 新宿日清パワーステーションで初ライブを行う。
- 1991年 テレビ朝日系列の深夜音楽番組『ビデオジャム』の司会を務める。
- 1992年
- 3月1日 谷村がソニー系列の音源からセレクトしたオムニバスアルバム『BIRTH~谷村有美・セレクション』が発売される。
- 1993年
- 12月1日毎年国際エイズデーに行われるエイズ啓発のためのコンサート『Act Against AIDS』(大阪城ホール)に出演。佐藤竹善とのデュエットで「The Greatest Love of All」を、ソロで『Not For Sale』を歌う。なおこの日の担当ラジオ番組FUNKY STUDIO 802 MUSIC GUMBOによせられたHIV感染者からの手紙をもとに『恋に落ちた』を作った。一年後の同コンサートにおいて披露された。
- 1995年
- 翌1996年にかけ、ライブツアー「圧倒的に片想いツアー」を行う。
- 1996年
- 1997年
- 1998年
- 1999年
7月 大阪城ホール横浜アリーナ名古屋レインボーホールで行われた臍帯血バンク支援チャリティー「Pacific Heaven Club Band『Pacific Heaven 1999』」に参加。スターダスト・レビュー、KAN、Something Else、相田翔子、森高千里らと共演。
- 2000年
- 7月臍帯血バンク支援チャリティー 大阪城ホール横浜アリーナ名古屋レインボーホールで行われたで行われた「Pacific Heaven Club Band『Pacific Heaven 2000』」に参加。スターダスト・レビュー、KAN、Something Else、相田翔子、田村直美らと共演。
- 10月12日 アップフロントワークスのプロダクション主体レーベルのゼティマに移籍し、復帰第1弾シングル『A・RA・WA』をリリース(作詞・作曲はシャ乱Qのまこととたいせい、編曲は加藤道明)。
- 2001年
- 2002年
- 4月 原田泳幸日本マクドナルド株式会社代表取締役会長兼社長兼CEO(当時はアップルコンピュータ日本代表取締役社長)と結婚。
- 2004年
- 2005年
- 2006年
- デスティニーズチャイルドの「世界子どもの日」公式ソング『STAND UP FOR LOVE』を邦訳。邦題は『立ち上がろう、愛のために』。チャリティーコンサートなどで披露。
- 12月18日 東京の「かつしかシンフォニーヒルズ」のモーツァルトホールにて「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.4」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う。
- 2007年
- 9月7日 - 11月17日 デビュー20周年記念企画として、弾き語りツアー「おでかけツアー2007 笑顔~もっとお側に~」を行う(6年振りの全国コンサートツアー)。
- 12月8・9日 - 東京・めぐろパーシモンホールにて、デビュー20周年スペシャル企画第3弾「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.5」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う。
- 2008年
[編集] エピソード
- ラジオDJ人気投票で5年連続第1位(歴代第1位は中島みゆき、渡辺美里、等5年連続首位は異例)
- FM802の人気FM番組、『FUNKY STUDIO 802 MUSIC GUMBO』のDJを担当し異例の9年8ヶ月にわたって強い支持を受け続けた。 また、この番組の最終回において休養を初めて発表するなど、本人曰く思い入れの強い番組であった。
- コンサートの最後はマイクを通さずに生の声で客に挨拶するのが恒例になっている。
- 1995年から1996年にかけて行われた全国コンサートではファンの“もっとお側に”という方針で客席に降りて、マイクを向けてファンとの交流を持った。最後の会場であった日本武道館は通常、演奏者が客席へ降りることは固く禁じられていたが、「谷村有美のファンなら信じられる」と特別許可が下りたことに谷村は大変感激した。
- 『恋に落ちた』という曲は、AAAのコンサートに出演後担当した『MUSIC GUMBO』の番組に寄せられた、HIVに感染した女性からの実話をもとに、強く感銘をうけたことからその日の晩に生まれた歌である。また、当日番組には他にもHIVの陽性反応という結果を受けた等、様々なエピソードも届いており、かつ、その投稿への前代未聞の多数の反響が寄せられ、歴史に残る感動的な番組となった。谷村本人も強く心を揺さぶられ、歌を紡ぐ強い動機となった。AAA初年度の12月1日は、谷村自身が「チャリティーコンサートに参加するということ、歌をうたうということにおいて、重要な意味をもつ経験となった」と後に語っている。
- シングル『エントランス』のカップリング曲の『名前のないうた』は大阪府の池田市で起きた小学生殺傷事件によって開催が自粛されていた「池田市カーニバル」というイベントを開催する際にゲストとして呼ばれたとき、そこへの移動中に書き上げ、まだコードもタイトルのない「名前のないうたです」と、歌った曲である。
- シングル『FACE UP』はスウィング・アウト・シスターのプロデューサーであるポール・オダフィが谷村の『愛は元気です』を聞いて関心を持ったことからプロデュースとミキシングを担当した。
- 原田泳幸との結婚は原田が主催するアマチュアバンド(腕前は全員プロ級)で知り合ったことがきっかけとされるが、その婚約発表の2月14日はバレンタインデーに合わせたと見られたが、本人含め関係者いわく「たまたま」とのこと。
- 原田泳幸のスケッチをもとに、グラフや表、図形も入ったすべて英語のパワーポイントの資料を約三十枚徹夜で作成した。それが現在の日本マクドナルドの戦略の大本になっている。[1]
- 2009年8月16日、日テレ系の『ザ・サンデーNEXT』に原田がコメンテーターとして出演した際、司会の徳光和夫から、「(谷村の)『がんばれ!ブロークンハート』という曲はご存知でしたか?」と質問されると、「知りませんでした。一瞬誰の歌かと思ってしまいました」と答えていた。
- 休養期間の2年間は、ストレス発散の意味もあり、運転免許取得のため石垣島に合宿教習に行ったり、数多くの海外旅行に行ったり、かなり活発に動き回っていたとのこと。そのため休養期間中に過労で3回倒れたという。ちなみにその合宿教習中の空き時間に、当初「30分だけの暇つぶし」のつもりで入ったカラオケボックスで結局一人で5時間半歌い続けてしまったことで、自らにとっての歌の存在価値を再確認し、歌手活動を再開するきっかけとなったと後に語っている。[2]
- 1998年末の活動休止の理由については、活動再開後に本人が雑誌のインタビューにて「デビューしてから十数年、走り続けて疲れがたまっていた」影響で「曲が書けなくなった」ためと語っている。具体的には1997年2月の武道館コンサートの後から「それまではどんなに忙しくても疲れるってことなかったのに、芯になるものがなくなったというか…音楽を楽しめなくなってしまって」「食欲もなくなって体重も減って…体調を崩してしまった」とのことで、「これ以上自分にウソつきながら音楽を作っていくことはできないと思って、休業宣言したんです」と当時の心境を明かしている[2]。「生活すべてから歌が生まれ、音楽が自然に生活の中にある」という本来の姿に戻り、活動再開を決め、現在も楽しみながら音楽に取り組んでいる。と、語っている。
[編集] 楽曲
[編集] シングル
- Not For Sale(TBS「ドーナツ6」テーマソング)/ためいき色のタペストリー (1987年11月21日)
- ガラスの午前4時(TBS「ドーナツ6」テーマソング)/生まれたての朝-Brand New Sunshine- (1988年6月21日)
- Boy Friend(KDD「001」CMソング)/朝は朝 嘘は嘘 (1988年10月21日)
- がんばれブロークンハート(JCB・三和カードCMソング)/Tonight (1989年4月7日)
- 明日の恋に投げKISS(TBS系ドラマ「ホテル物語・夏!」主題歌)/HALF MOON (1989年7月21日)
- 6月の雨/シンデレラの勇気(ムトウRaptyCMソング) (1990年4月21日)
- パレード・パレード(ポッカ「バーボン・ストリート」CMソング)/ バーボン・ストリート(1990年9月21日)
- 友達/BLUEじゃいられない(Saturday Night Party Mix) (1990年11月21日)
- 幸せ探して(テレビ朝日「ビデオあなたが主役」エンディングテーマ)/どうでもいいの (1991年4月25日)
- 21世紀の恋人(テレビ朝日系アニメーション「21エモン」エンディングテーマ)/OH MY GOD!! (1991年6月21日)
- 永遠のはじまり(テレビ朝日「いいな世界WA!」エンディングテーマ)/サンタをむかえに行く夜 (1991年11月1日)
- ときめきをBelieve(TBS「日立 世界・ふしぎ発見!」エンディングテーマ)&アニメ映画「アルスラーン戦記2」エンディングテーマ /ひとつぶの涙(Single Version) (1992年6月1日)
- いちばん大好きだった(TBS「ブロードキャスター」エンディングテーマ)/恋しているから (1992年11月21日)
- 最後のKISS(テレビ東京「いい旅夢気分」エンディングテーマ)/SECOND LOVE-二番手の恋- (1993年6月21日)
- SOMEBODY LOVES YOU(TBS「あなたにオンタイム」エンディングテーマ)/一緒に暮らそう (1993年11月21日)
- しあわせの涙(テレビ東京「徳光のTVコロンブス」エンディングテーマ)/元気だしてよ(毎日放送・TBS系アニメーション「3丁目のタマ うちのタマ知りませんか?」オープニングテーマ) (1994年5月21日)
- 今夜あなたにフラレたい(SONY「Mini-Disc」CMソング)/彼女のフィアンセ (1994年7月21日)
- あしたの私に会いたくて/あなたに愛を (1994年11月2日)
- 信じるものに救われる(フジテレビ系「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」エンディングテーマ)/恋に落ちた (1995年2月22日)
- MOON/雪の朝 (1995年7月21日)
- しあわせのかたち(日本テレビ「メレンゲの気持ち」エンディングテーマ)/圧倒的に片想い (1996年5月2日)
- せめてものI LOVE YOU(フジテレビ系「平成教育委員会」エンディングテーマ)/Stay With Me (1997年4月21日)
- FACE UP(TBS系「噂の!東京マガジン」エンディングテーマ)/KILLER BOLLOW (1997年8月21日)
- 虹のふもとで(TBS系ドラマ30「ゴースト・ママ」主題歌)/Instrumental Part II (1998年8月5日)
- A・RA・WA(エルセーヌCMソング)/mobile girl (2000年10月12日)
- ベストセラー/真実の花 (2001年2月21日)
- エントランス/名前のないうた (2001年12月5日)
[編集] その他の曲
- ※「アルスラーン戦記2 オリジナル・サウンドトラック」に収録・同一タイトルシングルの別詞(作詞:坂田和子)・別アレンジ版
[編集] アルバム
- 愛は元気です。
- White Songs(生産限定企画ミニアルバム)
- Docile
- 愛する人へ〜A MON COEUR〜
- 幸福の場所
- 圧倒的に片想い
- Daybreak
[編集] ベストアルバム
- with
- with II
- with III (1998年12月12日)
- この愛の始まりも 恋の終わりも (1998年5月20日)
- タニムラベスト(2008年12月17日リリース予定→発売延期)
- CBSソニー→Sony Records時代にリリースされた楽曲の中から、ファン投票で選ばれた楽曲を収録したベストアルバム
- ソニー・ミュージックダイレクト
[編集] 映像作品
- ビデオクリップ集
- MY PRISM (DVD:SRBL-1207 2003年12月17日 ソニーレコード / VHS:CSVM-212 1990年12月21日)
- Two Hearts ~with the complete video clips~ (DVD:SRBL-1208 2003年12月17日 ソニーレコード / VHS:SRVM-5629 1998年5月20日)
- ライブビデオ
- Feel Mie 1988-1991 (DVD:MHBL-1013 2004年11月17日 GLビジュアル / VHS:SRVM-280 1991年9月21日)
- feel mie special sound picnic (DVD:MHBL-1016 2005年2月23日 GLビジュアル / VHS:? 1993年5月21日)
- Feel Mie 1991-1992 (DVD:MHBL-1018 2005年5月18日 GLビジュアル / VHS:? 1993年12月1日)
- Feel Mie Special 1993 愛する人へ ~A MON COEUR~ (DVD:MHBL-1019 2005年8月24日 GLビジュアル / VHS:SRVM-430 1994年12月1日)
- Feel Mie 1993-1994 (DVD:MHBL1047 2005年12月7日 GLビジュアル / VHS:SRVM-486 1995年12月1日)
- Feel Mie Special 1996 圧倒的に片想い (DVD:MHBL-1066 2006年3月1日 GLビジュアル / VHS:? 1996年7月21日)
- Feel Mie Special 1996-1997 LIVE LIVE LIVE ~しあわせのかたち~ (DVD:MHBL-1069 2006年5月24日 GLビジュアル / VHS:SRVM-5573 1997年8月1日)
[編集] 書籍
- 谷村有美『愛は元気です。』ソニー・マガジンズ (1991年9月) ISBN:4789709809
- 谷村有美『愛は元気です。〈2〉』(ソニー・マガジンズ 1993年3月ISBN:4789707954)
- 谷村有美『しあわせの泣きぼくろ』(集英社 1992年11月ISBN:4087801713 ) (「週刊プレイボーイ」に連載されていたエッセイをまとめたもの)
- 北島 明『Obrigada -谷村有美写真集』(アップフロントブックス 1995年11月ISBN:4847024117)(全編ブラジル撮影によるフォトエッセイ)
- 大森克己『谷村有美でよかった。』(ソニーマガジンズ 1996年3月 ISBN;4789710858)(カメラマン大森克己が谷村有美の1年間のレコーディングやコンサートやプライベートの様子を収めた。)
[編集] 出演
[編集] テレビ番組
- ドーナツ6(TBS)
- ベストサウンド「ラテンフュージョン」:クロスオーバー&フュージョンの知識を評価され松岡直也の助手を務める。
- ホテル物語・夏!(TBS):歌手役で出演し歌っている。
- ビデオジャム(テレビ朝日)
[編集] ラジオ番組
- 谷村有美のキャッチ・ミー 寝そびれナイト (TBSラジオ)
- 森川美穂と谷村有美のはじけるナイト・ボーン(森川美穂)(TBSラジオ)
- ポップン・ルージュ(TBSラジオ)
- パジャマ気分で (TBSラジオ)
- コークSunday Morining 谷村有美私の甲子園(文化放送)
- 気ままにFeel Mie(FM横浜 1989年4月7日 - 1994年3月25日)
- FUNKY STUDIO 802 MUSIC GUMBO(FM802 1989年6月 - 1998年9月、最終回で音楽活動の一時休止を発表した)
- FMリクエストアワー(NHK-FM 1991年4月13日 - 1993年4月3日、森川美穂、鈴木祥子、井上昌己らと交代で務める。)
- ミュージックスクエア(NHK-FM 1993年4月6日 - 1995年3月28日)
- FM ROCK KIDS(FM北海道)
- チャレンジ・ザ・ドリーム(TFM)
- それなりに月曜日
- 谷村有美のそれなりに+ (Yumi Tanimura それなりに+公式サイト 、ミュージックバード、SPACE DiVAでも聴取可能)ミュージックバードPCMチューナーでは毎週月曜 23:00~24:00(一部のコミュニティFMでは 毎週月曜 21:00~22:00)
- HEART FULL cafe(Date fm)(2006年4月2日~2008年3月)
- 週間 谷村有美でございます(東北放送)(2008年10月11日- 2009年3月28日)
[編集] CM出演
- ポッカコーポレーション「バーボンストリート」(1990年、ポッカが輸入販売していた米国製アルコール系コーラのCMで踊る)
- ローランド「EMシリーズ」(1990年、シンセサイザーの雑誌広告)
- ソニー・ミュージックエンタテインメント「MD(ミニディスク)」(1994年)
[編集] 外部リンク
- 谷村有美BLOG digi-yumi(公式ブログ)
- Faith(公式ファンクラブ)
[編集] 脚注
最終更新 2009年11月12日 (木) 21:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【谷村有美】変更履歴

