豊平川

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豊平川
豊平川 2004年11月5日撮影
定山渓を流れる豊平川
水系 一級水系 石狩川
種別 一級河川
延長 72.5 km
水源の標高 1,235 m
平均流量 -- /s
流域面積 902 km²
水源 小漁岳(札幌市)
河口(合流先) 石狩川札幌市/江別市
流域 北海道石狩支庁

豊平川(とよひらがわ)は、北海道札幌市を流れる石狩川水系石狩川支流の一級河川である。札幌市の中心は、この川が形成した扇状地の上にある。市街を貫流する豊平川は、利水、治水両面で札幌にとって最も重要な川である。

目次

[編集] 流路

北海道札幌市と千歳市の境界にある小漁山と、千歳市にあるフレ岳との間の沢に源を発して北に流れる。途中豊平峡ダムでせき止められ、定山湖を作る。定山渓で白井川を合わせ東に向きを変え、硬石山の麓で北に方向を転じる。そこから平地に入り、豊平川扇状地(または札幌扇状地)を形成する。札幌市の市街地を北東に流れ、札幌市東区江別市の境界で石狩川に合流する。

[編集] 歴史

豊平川は、山岳地帯を抜けて平野に至るや、広大な扇状地を形成する。アイヌ人はその扇状地の様子をサッ・ポロ・ペツ(乾いた大きな川)と呼び、これが札幌の語源となった。江戸時代まで、札幌中心部付近で北に折れて現在の伏籠川の川筋をたどり、篠路で石狩川に注いでいたが、江戸時代後期、寛政年間の洪水で流路を東に転じ、現在の札幌東高等学校付近にあった泉を水源として月寒川厚別川と合流する川の流路に流れ込んだ。

これ以後、豊平川の水は西から東に向かって流れ、月寒川や厚別川、野津幌川を合わせた後、現在の江別市対雁で石狩川に合流し、さらに東から西に流れるという複雑な経路をとるようになった。1941年にあらたな河道が開削され、豊平川の流路は現在のように途中で北に転じるようになった。寛政年間から1941年までの河道は旧豊平川、世田豊平川として残っている。

なお、「とよひら」の語源はアイヌ語の「トゥイェ・ピラ」(崩れた崖)に由来する。 また、伏籠川の「フシコ」とは、アイヌ語で「古い」という意味である。寛政年間まで豊平川の旧河道だった歴史を示しているのである。

[編集] 利水

上流にある豊平峡ダム、支流・小樽内川にある定山渓ダムをはじめとして、豊平川水系は札幌市の水道水の98%をまかなっており、「札幌の水がめ」の役割を果たしている。豊平川の水は、定山渓発電所、豊平峡発電所、砥山発電所、藻岩発電所で水力発電に利用されており、支流にある定山渓ダムには小樽内発電所がある。

市街部の河岸敷は豊平川緑地として整備され、水遊び場や各種運動場が随所に設けられている。さらには花火大会の会場になるなど、札幌市民に大変親しまれている。

[編集] 生物

豊平川は江戸時代にの漁場であった。明治時代には、資源保護のため禁漁とされた。最初の稚魚の放流は、1879年(明治12年)で、前年に獲られた親の卵から孵化した稚魚が流された。本格的な鮭増殖事業は1937年から1953年までなされた。排水による水質悪化のために、事業は中止され、豊平川に上る鮭はいなくなった。

その後、1970年代に水質が回復し出し、1974年よりカムバックサーモンという市民運動が始まった。1979年に稚魚が放流され、1981年には帰ってきた鮭が見られた。この成功をうけて1984年札幌市豊平川さけ科学館が作られ、放流事業を引き継いだ。1985年からは自然産卵も確認されている。2005年の回帰推定数は約2300で、最高時1995年の6600からは減っている。

春の雨で増水。幌平橋から (2004年5月)
夏の豊平峡(豊平川上流)。豊平峡ダム天端から(2003年8月)
秋の豊平川中流。砥山栄橋から(2004年11月)
雪で覆われる冬。ミュンヘン大橋から (2004年2月)

[編集] 支流

[編集] 橋梁

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年8月5日 (水) 15:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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