豊能町

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豊能町
とよのちょう
日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
豊能郡
団体コード 27321-0
面積 34.37km²
総人口 22,362
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 651人/km²
隣接自治体 茨木市箕面市能勢町亀岡市川西市
町の木
町の花 たんぽぽ
町の鳥 ウグイス
豊能町役場
所在地 〒563-0292 大阪府
豊能郡豊能町余野414番地の1
電話番号 072-739-0001(代表)
外部リンク 大阪府豊能町

豊能町位置図(大阪府)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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豊能町(とよのちょう)は、大阪府の北部に位置する、豊能郡である。

目次

[編集] 地理

豊能町は大阪府北端の北摂地域を構成する自治体の一つであり、京都府兵庫県の接点に位置する。また北摂山地の中にあり、標高が高いことから隣接する能勢町とともに「大阪の軽井沢」、あるいは寒冷であることを強調して「大阪の北海道」「大阪のシベリア」などと称される。該当する地域(東南部一帯)の標高は400m~600m程度に位置しており、大阪府中心部より概して3°C程度は気温が低い。また北摂山地に含まれることから冬季はバスが運休するほどの降雪に見舞われ、温度は氷点下を下回ることもある。一方、西地区一帯では標高200~300mであり、東地区に比べて降雪量が少ない。町域のほとんどが旧令制国摂津国であり旧能勢郡であるが、高山地区は茨木市から編入された地域であり、旧三島郡清溪村である。また、牧・寺田両地区は亀岡市から編入された地域であり、旧京都府南桑田郡西別院村である。牧・寺田両地区は旧丹波国でもある。

町域は妙見山山塊(妙見山~光明山~天台山)を隔て西地区と東地区に二分される。元は西地区は吉川村、東地区は東能勢村として独自に発展してきた。妙見山は標高660mにも上るため、西地区と東地区は未だに町内だけで移動できる道路がなく、以前は最短ルートを通っても初谷川の渓谷沿いを登って清滝から野間峠に下りるか、吉川峠から天台山を経て川尻へ抜ける等の山道ルートのみであった。川西市黒川、能勢町野間中~野間峠を経る国道477号府道4号605号ルートであれば、県境を越える道のりとなる。このように、能勢町兵庫県川西市の2つの他の市町を通過しないと行き来ができなかったが、2007年5月30日に開通した止々呂美東西線の開通により、箕面市を通過することになるものの山道の峠越えは解消され、大阪府域のみで通行することが可能となった。なお、西地区の西端(旧吉川大字保谷周辺)は一庫ダムの一部に属する。

西地区は鉄道で市街地に出ることができ、道路も市街地までの山道区間は比較的短い。東地区は鉄道がなく、道路も比較的長距離の山道走行をしないと市街地に出ることができない。

また東地区南東部の高山地域は「隠れキリシタンの里」としても有名。高山右近の生誕地でもあり、東地区の隣接地域である茨木市千提寺地区には隠れキリシタンの資料館・茨木市立キリシタン遺物史料館がある。また、高山地域の一部は北摂霊園の敷地内となっており、また将来開通する新名神高速道路についてはこの高山地域南部を掠る程度で通過する。

東地区は、箕面市止々呂美や茨木市見山(忍頂寺・車作など)・亀岡市別院町などと広い範囲で繋がりが深い。 西地区は川西市との繋がりが大きく、川西地区の開発・発展の恩恵も多大に受けている。また吉川地区と能勢町は国道477号を通して繋がっている。

  • 川:余野川、初谷川、箕面川 ほか
  • 山:妙見山、高代寺山、戸知山 ほか

[編集] 人口

豊能町と全国の年齢別人口分布 豊能町の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 豊能町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 12,471人
1985年 16,297人
1990年 23,676人
1995年 26,617人
2000年 25,722人
2005年 23,928人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 文化・生活圏

西地区  吉川・ときわ台・東ときわ台・光風台・新光風台

旧吉川村の区域であり、昭和初期までは吉川(上之町、中之町、下之町の各集落)および保之谷集落から構成されていたが、高度成長期以降、住宅地が造成された。能勢電鉄によってときわ台・東ときわ台、日本機械土木(その後奈良建設→京阪神興発に社名変更、現在は特別清算)によって光風台・新光風台が開かれた。なお、妙見口駅周辺の吉川は市街化調整区域に設定され宅地化されなかった為、旧村地区の性質を保っている。
文化・生活圏は能勢電鉄が走っているため主に川西(兵庫県依存型)となる。そのため、同じ大阪府内である池田豊中大阪市内能勢へ行くときは一旦兵庫県内(川西市域)を通るルートが一般的であるが、府内主要地へは2007年5月に開通した止々呂美東西線及び箕面有料道路(箕面グリーンロード)の開通により、所要時間や距離は大幅に短縮されたが、箕面有料道路の高額な通行料金もあり、このルートを気軽に利用できるとは言い難い。また水と緑の健康都市(箕面森町)の街開きに伴い止々呂美東西線が開通された事により、長年の懸案であった町内東西両地区の分断は、一旦箕面市域を経由する必要があるとはいえ大きく緩和される事となった。

東地区  余野・野間口・牧・切畑・寺田・川尻・木代・希望ヶ丘

町役場がある余野を中心に発展してきた地域。東地区の北部に位置する牧・寺田地区は亀岡市から編入された。希望ヶ丘地区は大和団地(当時)によって作られた住宅地。中心地である余野からは東西南北への道路網が存在しており、文化・生活圏は主に池田亀岡茨木千里中央と幅広い。そのため最寄駅も能勢町同様、町外の各駅になっている。また、箕面市止々呂美中学からの職場体験を受け入るなど周辺の山間地域との交流も盛んである。過去には、京都府亀岡市別院地区から公立城山高校(廃校)(余野)への通学を認めていたり、箕面市止々呂美地区から余野の豊能町立双葉保育所への通園も認められていた。
(希望ヶ丘の詳細は北大阪ネオポリスを参照)

東南地区  高山

北摂山地の中にある中山間部の地区。元は三島郡清溪村に属する地区であったが、清溪村の茨木市編入を契機に高山地区のみ茨木市から東能勢村(現・豊能町)に編入する事となった。道路での町内他地区への移動は箕面市や茨木市域を一旦経由しなければならない。棚田や野菜畑といった農業が主要な地区であるが、人口減少によって高山小学校が廃校になるなど地区の過疎高齢化が進んでいる。

[編集] 歴史

[編集] 年表

詳しくはこちらのページを参照のこと。

  • 1889年 (明治22年)市制町村制の公布に伴い、能勢郡東能勢村、吉川村誕生
    東能勢村は旧余野・川尻・木代・切畑・野間口村を合併し、旧村名は大字となった。吉川村は旧村単独で新村となった。(町村合併標準により一町村300~500戸を標準としたことによる)
  • 1896年 (明治29年)能勢郡豊嶋郡が合併、豊能郡となる
  • 1923年 (大正12年)能勢電気軌道(現・能勢電鉄一の鳥居駅~妙見駅(現・妙見口駅)間延伸
  • 1955年 (昭和30年)茨木市高山地区を東能勢村へ編入
  • 1956年 (昭和31年)吉川村と東能勢村が合併、新・東能勢村の誕生 当時の人口約4000人
  • 1958年 (昭和33年)京都府亀岡市・牧、寺田地区を新・東能勢村へ編入
  • 1968年 (昭和43年)能勢電気軌道ときわ台駅開業 ときわ台駅前住宅入居開始
  • 1974年 (昭和49年)能勢電気軌道光風台駅開業
  • 1975年 (昭和50年)光風台住宅入居開始
  • 1977年 (昭和52年)町制により、豊能町誕生
    人口8000人を超え、大阪府の「町としての要件に関する条例」の人口要件に達したことによる
  • 1981年 (昭和56年)東ときわ台竣工
  • 1984年 (昭和59年)希望ヶ丘竣工
  • 1988年 (昭和63年)新光風台竣工
  • 1993年 (平成5年)ユーベルホール竣工
  • 1996年 (平成8年)スポーツセンターシートス竣工
  • 2007年 (平成19年)町制30周年 止々呂美東西線の開通により、東西地区の移動距離が大幅に短縮される

[編集] 合併による新・東能勢村の成立の経緯

大阪府は町村合併促進法(1953年(昭和28年)に制定)」に基づき、旧能勢郡に属する奥能勢6村(東能勢、吉川、田尻、歌垣、東郷、西能勢)を1村とする方針を定めた。当初より段階的な統合を検討しており、その第一段階として東能勢、吉川村の合併が考えられていた。1955年には両村会議長が府に対して、両村を結ぶ道路を作るか、野間峠に新トンネルの建設を陳情している。しかし期限切れの直前となる9月11日の会合で、新村の仮庁舎をどこに設置するかで紛糾し、6村合併は頓挫。自村への設置に拘り紛糾の元となった東郷村長は引責辞職を表明し、合併から離脱した。

残る5村は、13日に協議会を開き東能勢・吉川村、西能勢・歌垣・田尻村がそれぞれ新・東能勢村、能勢村(後の能勢町)として合併することで合意、期限切れ当日の9月30日に施行された。その後も能勢町、及び箕面市と合併構想を検討していたが、いずれも進展なく終わっている。

合併による新・東能勢村の成立以前にも1895年(明治28年)には(東西連絡で県境越えとなる部分である)兵庫県川西市黒川地区についても、吉川村との合併話が持ち上がったが、見送られた。

平成の大合併」では、飛地となる池田市との合併をも検討されたが不調に終わった。池田市との合併協議前は、箕面市止々呂美地区と東地区の親交が深かったため、箕面市との合併も提案されていたが、この提案も取り消されている。

[編集] 行政

町役場本庁
町役場吉川支所

[編集] 町長

  • 日下纓子(2000年10月13日就任、2期)
大阪府の市町村で唯一の女性首長である。
  • 副町長は現在不在
次期町長に池田勇夫が当選

[編集] 町役場・支所

  • 豊能町役場 豊能町余野414番地の1
  • 豊能町吉川支所 豊能町東ときわ台1-2-3

[編集] 町役場内組織

各課の業務内容については組織・各課の一覧もあわせて参照のこと。

[編集] 教育機関

[編集] 議会

[編集] 豊能町議会

定数:18名

役職 氏名 所属
議長 西岡義克 自由民主党・豊能クラブ
副議長 中村宏幸 日本共産党
監査委員   欠員        -
事務局長 大西俊秀 議会事務局

[編集] 国会

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

鉄道路線が敷かれているのは西地区のみであり、東地区からの利用者は非常に少ない。

[編集] 道路

2003年4月現在、国道2本、主要地方道1本、一般府道4本、町道544本が走っている。また町内のガソリンスタンド2008年4月現在すべて撤退しており、給油の際は近隣市町に行く必要がある。

国道

府道

2007年5月30日に開通した箕面グリーンロード止々呂美東西線や、2008年度中に開通予定の都市計画道路止々呂美吉川線により、東地区~西地区連絡および両地区から大阪都心部等への交通利便性の向上が期待されている。

町道

  • 一級町道
    • 牧野間口線、牧寺田切畑線、吉川中央線、木代高山線、大丸線
  • 二級町道
    • 余野山手線、浅田切畑線、吉川川尻線、余野川尻線、平野線、平野戸知山線、猿阪保ノ谷線、ムラグチフナオカ線、フケカイザカ線、希望ヶ丘中央線など。

[編集] バス

[編集] 西地区

西地区では「駅~住宅地」形の近距離路線が主で次の通りである。いずれも住宅造成以降の開設であるため歴史は浅い。

  • 東ときわ台線69系統 妙見口駅~保育所前~畦野
  • 東ときわ台線71系統 妙見口駅→保育所前→東ときわ台二丁目→東ときわ台五丁目→小学校前→東ときわ台九丁目→東ときわ台七丁目→支所前→保育所前→妙見口駅
  • 新光風台線52系統 光風台駅→新光風台二丁目→シートス前→光風台自治会館前→新光風台四丁目→新光風台五丁目→光風台小学校前→光風台駅
新光風台線は基本的にノンステップバスで運行している(導入に当たって町から補助金が出ている)。

また歴史の古い路線としては妙見口駅から能勢町へと結ぶ路線がある。

  • 妙見口駅→住宅前→ケーブル前→黒川→能勢町倉垣方面(本滝口→地黄局前→奥の院→倉垣→奥山内→奥田橋→歌垣山登山口→倉垣→奥の院→地黄局前→本滝口)→黒川→ケーブル前→住宅前→妙見口駅
  • 妙見口駅~住宅前~ケーブル前~黒川~能勢町山内、宿野、今西方面(本滝口~地黄局前~奥の院~倉垣~歌垣山登山口~奥田橋~奥山内~逢坂峠~宿野~森上~今西)
  • 妙見口駅~住宅前ケーブル前
上記の短縮系統。日祝日の日中のみ運行、ただし冬季は正月を除き運休する。

<今後の予定> 西地区では、箕面グリーンロード開通に伴い、豊能町西地区~箕面森町千里中央の路線開設を検討している。(この件については大阪府から豊能町内では西地区のみにアンケートがあった)。このアンケートによれば、西地区から大阪キタ梅田)やミナミなんば)に出る方法として「直通バスへの乗換え意向」を示すのは約半数であり、決して多数意見とは言い難い。また「乗換え意向」を示す者のうち、所要時間及び料金が最も重要な項目として指摘されている。実際に直通バスが出来た場合、

  • (1)多くの地域を回る必要があり現行の能勢電利用に比べて所要時間が増加する。
  • (2)能勢電・阪急宝塚線経由で利用する方が安価で早い。
  • (3)能勢電との競合路線となった場合、能勢電車の乗客減少・減便は避けられず、梅田直通便の実現はほぼ不可能に近くなる(猪名川町川西市の大規模住宅輸送:日生中央~猪名川パークタウン清和台川西バスターミナル間がその例として挙げられる)。
というようなデメリットが大きい。また東地区から大阪京都などの都心部に出る方法として、競合路線が無い、北大阪ネオポリス千里中央の速達便新設に比べると実現の可能性はやや微妙である。また箕面森町のバス運行事業者が阪急バスに決定された2006年12月現在においては、まだ西地区~千里中央の路線に関する案は正式に決定されたものではない。

[編集] 東地区

隣の能勢町と同様、「(茨木・池田・千里中央など豊能町外に位置する)駅~町内、住宅地」という遠距離郊外型のローカル路線のみ。主に余野や希望ヶ丘を中心として、東西南北方向にバス路線網が通っている。すべて阪急バスが運行。

  • 池田線
    • 東能勢線136系統 牧~妙見口~切畑口~余野~川尻~高山口~中止々呂美~西山口~久安寺~吉田橋~木部~池田駅阪急宝塚線
    • 北大阪ネオポリス線26系統 希望ヶ丘四丁目~木代~余野~川尻~高山口~中止々呂美~西山口~久安寺~吉田橋~木部~阪急宝塚線池田駅(1日1往復)
    • 東能勢線137系統 妙見山~清滝口~妙見口~切畑口~余野(日曜祝日のみ4往復、正月のみ池田まで直通運転)
    • 城山高校通学便 切畑口~(直行)池田
・主として池田~豊能町を結ぶ路線であり歴史は古い。過去には北摂自動車(現在の阪急バス)と丹波交通(現在の京都交通)とが、池田~亀岡の直通便を要請したが実現しなかった。
・希望ヶ丘及び妙見山~池田が無いため利便性を向上させるべく、池田線と希望ヶ丘・千里中央線、池田線と妙見山線に関しては余野で接続するようなダイヤ形態を取っている。
  • 茨木線
    • 忍頂寺線138系統 余野~木代~福田~上音羽~千提寺口~忍頂寺
    • 忍頂寺線139系統 余野~切畑口~法性寺前~大円~銭原~長谷口~忍頂寺
    • 上記2路線とも、忍頂寺線81系統 忍頂寺~南条~上福井~中河原南口~春日~JR京都線茨木駅阪急京都線茨木市駅に連絡。
・開設から長らく阪急京都線茨木市駅JR茨木駅~中河原南口~泉原~忍頂寺~余野という直通運転を行っていたが、1997年12月末にこの系統を途中の忍頂寺で分断させた。この際に利便性を向上させるため、忍頂寺で接続するようなダイヤ形態と取っている。
  • 千里中央線
    • 北大阪ネオポリス線25系統 余野~木代~希望ヶ丘二丁目~上音羽~千提寺口~泉原~青松園前~白島~(急行)千里中央
    • 北大阪ネオポリス線28系統 余野~木代~希望ヶ丘二丁目~上音羽~千提寺口~泉原~粟生団地~青松園前~白島~(急行)千里中央
・北大阪ネオポリス造成後に開設。平日・土曜に関しては東地区で一番本数が多い(平日で26便)。1997年12月末に昼間閑散時間帯の便について箕面市粟生団地への乗り入れを始めた。またこれとほぼ同時期には北大阪ネオポリス住民が阪急バスに新鋭車両導入を要望・実現したが、契約の切れる2006年春に同車両は他の営業所(千里営業所→石橋営業所千里中央車庫)へと移された。
・希望ヶ丘住民の池田駅・茨木駅への輸送の利便性を確保するために、余野で池田線に、千提寺口で茨木線に乗り換えられるような設定を取っている。 (ただし茨木線接続については茨木線直通便廃止以降の余野~上音羽口間の減便対策としての役割も大きいが、阪急バス会社側ではこのダイヤは偶然の産物だとしている。)
下記のような乗換方法が東地区の住民の間では知られている。
・希望ヶ丘~余野<乗換>余野~池田駅
・希望ヶ丘~千提寺口または泉原<乗換>千提寺口または泉原~茨木駅
・日曜祝日のみ余野~妙見山の路線が池田~余野~牧の路線に連絡して運行
またその他は北大阪ネオポリスの項も参照のこと。
    • 北大阪ネオポリス線27系統 希望ヶ丘四丁目→木代→余野~川尻~高山勝尾寺~青松園前~白島~(急行)千里中央
・高山地区~東能勢中学校の通学輸送を目的として平成5年に新設。現在では城山高校の通学輸送便として一役を買っている。1日朝夕の1往復で、日祝日は運休。
    • 粟生団地線54系統 希望ヶ丘四丁目~木代~余野~高山~北摂霊園循環(霊園事務所前→霊園五区→霊園十区→霊園北口→霊園八区→霊園六区→霊園五区→霊園事務所前)~勝尾寺~奥~宮の前~粟生団地~小野原~新家~今宮~循環器病センター前~北千里駅(直行)千里中央
・平成12年に高山地区の利便性向上のため、回送路である北摂霊園~高山~余野~希望ヶ丘四丁目間での乗降扱いを開始した。
・正月三ヶ日は勝尾寺へ続く道路の渋滞(勝尾寺の駐車場の容量が小さいため、初詣参拝ではこのような現象が起きる)に伴い粟生団地~勝尾寺口(臨時停留所)~(天狗岩)~北摂霊園と迂回するため勝尾寺バス停及び北摂霊園~高山~余野~希望ヶ丘四丁目間は運休となる(参考リンク)。

なお、バス路線の今後については、阪急バス豊能営業所の項目を参照のこと。

[編集] 豊能町巡回バス(豊能町内線)

1994年に豊能町が阪急バス(貸切担当)に委託していたが、その後、阪急バス豊能営業所(阪急田園バス豊能支社)の一般路線として新たに出発した。

  • 東西巡回バス:バス車庫~希望ヶ丘~余野~牧~野間峠~吉川~東ときわ台~ときわ台~光風台~新光風台(町営プール施設;シートス
  • 東地区巡回バス:永寿荘を中心として、余野・牧・寺田・切畑・希望ヶ丘・木代・川尻・高山方面を循環する。
  • 西地区巡回バス:光風台駅を中心として、新光風台・光風台・ときわ台・東ときわ台・吉川方面を循環する。

<バス路線の行方> 箕面森町の住区内を通る吉川止々呂美線(俗にいう豊能町東西連絡道)の開通で、東西巡回バスの経路を同線に通すという計画があるが、それが実現されると野間口地区を走る巡回バスはなくなることになる。

[編集] 経済

[編集] 産業

  • 東地区では林業、農業や食品加工が主で、役場など地元の公共機関などで働く人もいる。東地区には道路沿いに資材置き場や産廃処分場の立地も見られる。ベットタウンである西地区や希望ヶ丘の人の多くは町外に働きに行く。希望ヶ丘では彩都の開発や箕面グリーンロード開通による大阪都心部への交通利便の向上から主に20~30代のいわゆる働き盛り世代が増えてきている。
  • 西地区はベッドタウンが多く町外への勤労者が多いが、ベッドタウン以外の地域は東地区と同様に林業、農業などが主要産業である。妙見口駅周辺では僅かに観光産業も見られる。
  • 高山地区は農業と林業が主要産業であるが、北摂霊園が立地している関係で複数の石材業者の立地が見られる。

[編集] 特産品

豊能町観光協会のサイトも参考のこと。

下記はいずれも東地区で製造

  • かあちゃん漬け
  • 能勢
  • 御影石
  • きぬひかり
  • 納豆
  • ヤーコン(町では特産物として認定している)
  • 池田(切畑地区の他、能勢町下田尻、川西市国崎・黒川、箕面市下止々呂美でも生産。市場を池田市に置くためこの名がつく)

[編集] 商業施設

  • 東地区には、希望ヶ丘の小規模の酒店・千里山生活協同組合が、市街地である余野のコンビニエンスストア(コミュニティストア)とスーパー、ほかにも各集落に0~1軒の小規模商店が点在があるが、最低限の物しか売っていないため、亀岡や池田、茨木、箕面などに買い物に出る住民も少なくないが、箕面森町完成により止々呂美東西線を経由してときわ台地区の商店に向かうという選択肢も増えている。
  • 一方、西地区には東ときわ台の阪急オアシスコンビニエンスストアローソン)、光風台のデイリーカナートイズミヤ、新光風台の大阪北生協があるほか、各所に小規模店舗がある。

[編集] ケーブルテレビ

  • 光風台・新光風台において、京阪神ケーブルビジョンが難視聴対策のCATVを行っている(地上波・BSの再送信のみ、多チャンネル放送・CATVインターネットなし)。
  • また、全域においてeo光テレビのサービスが行われている(一部除く)。
  • なお、豊能町周辺までエリアになっているJ:COM北摂関西)などの多チャンネルCATV・ケーブルインターネットサービスなどのサービスは豊能町には未だに進出されていない。また、箕面森町の難視聴対策ケーブルテレビ事業者がeo光テレビに決まったことで、豊能町へのJ:COMの進出は絶望視されている。
  • 東地区では、希望ヶ丘地区が住民共同でケーブルテレビを敷くという計画もあるが、未だに実現されていない。また、豊能町・能勢町域において(eoを除いて)普通のケーブルテレビを見られるのは西地区の一部だけである。これは川西・猪名川の近くという恩恵が大きいが、先述の光風台・新光風台エリアの難視聴対策CATVにおける多チャンネル放送やケーブルインターネットサービスがないので今後のサービスの充実強化が望まれる所である。
  • また豊能町・能勢町域においては、サンテレビが見られない、KBS京都が見られるという地域もある。なお、日本放送協会NHK大阪在阪広域局テレビ大阪は全域で見られる。また一部地域では地上デジタル放送ワンセグが見られる場合がある。
  • 西地区では、豊能吉川中継局を介してアナログ放送の電波での直接受信が可能である(テレビ大阪21ch・NHK教育25ch・NHK総合27ch)。また、西地区の一部地域では川西猪名川中継局を介しての直接受信も可能である。

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

詳細は豊能町観光協会のサイトを参照のこと。

  • 能勢妙見山(寺域の一部が豊能町。寺務所は能勢町に所在)
  • 関西カートランド(木代 千里中央から希望ヶ丘四丁目停、茨木駅から阪急バス豊能営業所前停下車)
  • コスモスの里(野間口 池田駅から妙見口停下車)
  • 高山マリアの墓、高山礼所(高山 高山右近の項も参照)
  • 走落神社(木代)
  • 法性寺(切畑)
  • 朝川寺(木代)
  • 法輪寺(川尻)
  • 余野城址(余野)
  • 七宝山高代寺薬師院(吉川)
  • 長棚城(吉川城)址(吉川)
  • スポーツ施設 シートス(新光風台) 本施設は指定管理者制度が導入されている(指定管理者:東京ドームグループ)。
  • 文化ホール ユーベルホール(東ときわ台)
  • 桜谷軽便鉄道(吉川)
  • ハイキング(豊能町東地区の石仏群、初谷渓谷・妙見山)
  • 6月頃~ 余野川つり解禁(東能勢漁協組合) なお箕面市止々呂美でも鮎釣りが出来る

[編集] 隣接している自治体

[編集] 行政問題

[編集] 東西問題

東西問題とは、本町が妙見山塊を境に東西両地区が大きく分断されている問題である。東西両地区は道路では一度町域外に出なければ移動出来ないため、人口規模に関係なく両地区に主要な公共施設を設置する必要があるなど、非効率な二拠点行政を強いられる行政問題を宿命的に抱えている。

  • 歴史背景
東西両地区は元々は妙見山塊で隔絶された水系も交通圏も異なる東能勢村・吉川村として別個に存立していたものである。本町は戦後、全国的に町村の合併が推進された際、周辺町村の合併構想から取り残された両村が消去法的に合併した性格が強い。その為、新村は地理的に非常に無理のある変則的な構成となったのである。もともと中心部であった東地区には、その後の急激なベッドタウン化により実質的な中心部の座を得た西地区に対する感情的な対立もある[要出典]。東西問題の弊害は物理的にも感情的にも、合併から50年以上経過し箕面森町を経由する短絡路が完成した今日に至っても継続している。
  • 東西に並立する公共施設
西地区の町立図書館。
利用率が非常に高く、かつては全国一を誇ったこともある。
施設種別 東地区 西地区
町役場 ○本庁 吉川支所
消防署 東出張所 ○消防本部
図書館 中央公民館図書館 ○町立図書館
スポーツ施設 青少年総合スポーツセンター ○シートス
公民館 ○中央公民館 西公民館・吉川公民館

○は本庁扱い、またはより規模が大きなもの。

  • なお、文化ホール「ユーベルホール」や保健福祉総合施設「豊悠プラザ」などは西地区だけにある。

[編集] 町立東能勢中学校偽計入札妨害事件

本件は、東地区にある町立東能勢中学校の改築工事の受発注を巡り、同町助役:大西健一と同町議会議員兼監査委員:藤野裕次郎(本名:繁盛)並びに安藤建設の小西滋・在里政宣らが平成18年11月に逮捕され、同年12月に大西らに偽計入札妨害罪が確定した官製談合事件である。
この事件に関しては、事件発覚の一年半も前から怪文書等が数次に亘り流れ、日下纓子町長の関与や「ある地域の人間が逮捕者を陥れた」など様々な噂が立っているが、本件は公判請求がなされず略式起訴となった為、事件の全容と真相は未だ明らかになっていない。
同年12月、町議会では本事件とダイオキシン問題混迷等の責任を追及する形で、日下町長に対する辞職勧告決議案が13:4の賛成多数で可決されたが、日下町長は同勧告を拒否した。
これをみて議会は翌19年1月に、日下町長に対する不信任決議案を提出したが、先の辞職勧告決議案には賛成した一部議員が反対に廻ったため10:8となり、同決議案は成立しなかった(特別多数議決)。
なお同決議の際、日下町長は一身上の弁明として「6年間にわたって町政を混乱、低迷させたとのことでございますが、何をもって混乱、低迷させたのか、具体的なものはございません。」などと反論した為、一部の反撥を招く事となった。

[編集] ダイオキシン問題

[編集] 概要

1997年11月、豊能町と能勢町で共同運営するゴミ処理施設「豊能郡美化センター」(豊能郡能勢町内に所在した)内とその周辺で史上最高の濃度となるダイオキシン汚染が検出[1]された。

能勢町は汚染された周辺土壌(約9,000トン)を、豊能町は施設内の汚染物質(ドラム缶約4,300本に封入)の処理を分担することとなった。

当初、南殿利正町長(当時)は、豊能町木代地区にダイオキシン無害化処理施設の建設を予定していたが、木代に隣接する希望ヶ丘地区の自治会(会長:湯浅光雄=後、町議会議員)を中心に猛烈な反対運動が巻き起こり、デモ運動も起こった。これに対して、南殿町長は「関係のない新しい住宅地の人が先に騒いでいる」と発言し、計画の白紙撤回を求めている希望ヶ丘自治会を批判した。

その3ヶ月後に行われた町長選挙で、処理計画の白紙撤回を公約に掲げる日下纓子前町議会議員が、反対運動の追い風に乗り当選した。「白紙撤回」の意味には、能勢での現地保管・無害化処理を期待する人が多かったのだが、町長に就任した日下纓子は、早々と豊能町内で木代以外の場所での汚染物質の保管・処理の道を模索しはじめた。これには、選挙で日下新町長を支持した人を中心に「公約違反」との批判が噴出する結果となった。

2001年、日下町長が汚染物の保管計画の予定地に選定したのは、周りに民家がない西地区の初谷川源流域であるが、これにも激烈な反対運動があり、反対の署名は約5,700名に上り、川尻自治会、野間口自治会より反対の請願が提出され、議会はこれを可決。住民訴訟まで起こった(代表:藤田隆=後、町議会議員)。これにより、日下町長は初谷源流域での汚染物保管計画を撤回し、汚染物無害化処理施設の建設を別地に求めることとなった。

2003年になり、処理施設の予定地に選定されたのが、初谷川とは光明山を挟んで反対側に位置する川尻の共有林での計画であった。ところが、これも地元自治会に門前払いされ、早期に計画は挫折することとなった。

その次に日下町長が予定地に選んだのは余野であった。この建設予定地が教育施設に近く、子供たちの安全を脅かすなどとして地元でまたもや猛烈な反発が起こり、余野自治会会長が解任される騒ぎまであり、混迷は止まらない。

ここに至って、日下町長は豊能町内での汚染物の保管・無害化処理計画を諦め、能勢の現地での処理を模索する事となった。その後、旧美化センターのあった能勢町の山内地区との、現地処理の和解調停が成立し、事態は解決に向け動き始めたが、最終処理までの技術を持たないクボタを処理業者に指名してしまった為、さらに混迷は続くこととなる。

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最終更新 2009年11月9日 (月) 15:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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