勝ち組

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勝ち組(かちぐみ)とは、

  1. 第二次世界大戦後、情報の不足により日本が勝ったと信じていた人々のこと。#過去の用例参照。
  2. 経済的に成功し社会的地位・信用を勝ち得ている企業個人のこと。#現在の概念参照。

双方とも対義語として負け組という言葉が使われる。

目次

[編集] 過去の用例

ハワイ及び南米(主にブラジル)の日系人社会において、太平洋戦争終結後、情報の不足により日本がアメリカ合衆国に勝ったと信じていた人々の集団のことを勝ち組と呼んだ。その逆で、日本が負けたと思っていた人たちは負け組と呼ばれた。

ハワイでは、終戦から10年経過した後も勝ち組は存在したと言われている。その後、正しい情報の流入によって日本の敗戦の現実を知り、自然消滅した。

ブラジルでは、第二次世界大戦後の直後では日本人移民30万人のうち9割が日本敗戦のニュースをデマと信じる勝ち組であり、7年後の1952年になっても勝ち組は存在したという。 高度成長期末の1973年に日本に帰国した勝ち組の家族3組が「ほら見ろ、日本はこんなに豊かになっている、やっぱり日本は勝ったんだ」といった趣旨の発言をした話が残されている[1]

1946年には、勝ち組と負け組の間で争いが起こり、大規模な抗争事件にまで発展し、死者も出た。(→日系ブラジル人臣道連盟)。ペルーでも同様に日系ペルー人の間で両者に抗争が起きた。

勝ち組が発生した原因は、日本が短波で日本国外向けに放送していたラジオトウキョウが当時のブラジル移民の情報源になっており、その報じる戦争報道が大本営発表による日本が有利な戦況をそのまま信じたこと、そして戦後になって連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が放送を中止させたためにブラジル移民への情報の遮断が起こり、ブラジル移民社会で日本の情報が不足したことが指摘されている。

[編集] 参考文献

  • 太田恒夫『日本は負けていない』文藝春秋、1995年

[編集] 出典

  1. ^ 高木俊朗 『狂信 ブラジル日本移民の騒乱』ファラオ企画、1991年。あとがき。

[編集] 現在の概念

現在では一般に、多額の資産や巨大な名声を手に入れた経営者実業家など富裕層、あるいはそのような企業や何らかの活動グループ、即ち成功者を人生の勝者と見做し、この呼称で呼ぶ様になった。逆に、低賃金であったり社会的な地位と信用が低い貧困層、エリートコースから外れた労働者などが人生の敗者と見做され負け組と呼ばれる。これらの新用法に対しては、「かつての用法とかけ離れた意味である」「そもそも誰が人生『勝ち』『負け』という基準を決めるのか」などの批判がある。なお、上昇志向の無い人々やニートを指して待ち組という言葉も生まれたが、これが正しい用法なのかどうかについては異論も存在する。

[編集] 社会への影響

「勝ち組」「負け組」という概念が生まれた要因のひとつとして、日本国内における、いわゆる一億総中流社会の崩壊による収入消費の二極化の発生、そしてその固定と世襲化があると言われる。そしてこの事は企業マーケティング戦略にも大きな影響を及ぼした。企業は勝ち組向けのビジネスや富裕層市場を拡充させ、トヨタ自動車レクサスを始めとする高級品や六本木ヒルズシオサイト東京ミッドタウン等が生まれた。一方、負け組向けのビジネスとしては、インターネットカフェ短期賃貸マンションなどがあげられる。これらの新しいマーケティング戦略の中には成功を収め、多額の利益をもたらした例も数多い。

その一方で、「勝ち組」「負け組」という概念が差別に結びつくという事態も発生している。例えば現在、職業において「勝ち組の仕事の代表格は○○」「○○は負け組の仕事」等といったような偏見が生まれており、「勝ち組」「負け組」という言葉が半ば職業差別として機能している一面がある(「職業に貴賎なし」は建前と化しつつある)。また、職業に限らず、容姿服装学歴趣味、さらには血液型、出身地等、つまり「個人による何らかの違い」が存在する多くの要素において、同様の差別や偏見が発生しているか、あるいは今後発生する可能性がある。これについてはテレビや雑誌等のマスメディアがこのような差別、偏見を助長するような表現を行っている事が一因として指摘されている。同様の指摘は新書等の書籍においても当てはまると言われる。

[編集] 関連項目

勝ち組・負け組の実態
勝ち組・負け組を生む要因とされるもの
一般的な勝ち組像
勝ち組・負け組の二極化とは対を為すもの

最終更新 2009年11月27日 (金) 13:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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