貴船神社

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貴船神社
所在地 京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
位置 北緯35度07分18.2秒
東経135度45分46.2秒
主祭神 高龗神
社格 式内社(名神大)・二十二社・旧官幣中社・別表神社
創建 不明
本殿の様式 三間社流造檜皮葺
例祭 6月1日
  

貴船神社(きふねじんじゃ)は、京都府京都市左京区に鎮座する神社である。式内社名神大)、二十二社の一社で、旧社格官幣中社日本全国に約450社ある貴船神社の総本社である。

目次

[編集] 概要

水神である高龗神(たかおかみのかみ)を祀り、古代の祈雨八十五座の一座とされるなど、古くから祈雨の神として信仰された。古来より、晴れを願うときには白馬が、雨を願うときには黒馬が奉納されたが、実際の馬に代わって木の板に描いた馬が奉納されたこともあり、このことから絵馬が発祥したとも言われる。

また、縁結びの神としての信仰もあり、小説や漫画の陰陽師による人気もあり、若いカップルや女性で賑わっている。その一方で縁切りの神、呪咀神としても信仰されており、丑の刻参りでも有名である。ただし「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」に貴船明神が貴船山に降臨したとの由緒から、丑の刻に参拝して願いを掛けることは心願成就の方法であり、呪咀が本来の意味では無い。平安時代には丑の刻であるかどうかは不明だが貴船神社に夜に参拝することが行われていた。時代の変遷と共に本来の意味が変質したものと思われる。[1]

付近は京都でも有名な紅葉の名所のひとつである。

[編集] 歴史

創建の年代は不詳であるが、社伝では反正天皇の時代の創建としている。社伝によれば、神武天皇の母である玉依姫命が、黄色い船に乗って淀川鴨川・貴船川を遡って当地に上陸し、水神を祭ったのに始まると伝えている。社名の由来は「黄船」によるものとし、奥宮境内にある「御船型石」が、玉依姫命が乗ってきた船が小石に覆われたものと伝える。「気の産まれる根源」が転じて「気生根」になったともいう。

白鳳6年(666年?)に、最も古い社殿造替えの記録がある。日本後紀に、延暦15年(796年)、東寺の造営の任に当たっていた藤原伊勢人の夢に貴船神社の神が現れ、鞍馬寺を建立するよう託宣したと記されている。

延喜式神名帳には「山城国愛宕郡 貴布禰神社」として記載され、名神大社に列している。後に二十二社の一社とされ、保延6年(1140年)に最高位の正一位神階を授けられている。

永承元年(1046年)7月、出水により社殿が流出し、天喜3年(1055年)、現在の本宮の地に社殿を再建・遷座して、元の鎮座地は奥宮とした。当社は長らく賀茂別雷神社(上賀茂神社)の摂社とされてきたが、これは天喜3年の社殿再建が契起となっているとする説がある。近世以降、それを不服として訴えが続けられ、明治以降になってようやく独立の神社となった。江戸時代までは賀茂別雷神社の祭神である賀茂別雷命も祭神としていた。

[編集] 社殿

社殿は本宮・結社(中宮)・奥宮の3箇所に分かれて建っている。

[編集] 本宮

本宮は高龗神を祭神とする。本殿・拝殿は2007年に改築されたばかりである。社務所等は本宮境内にある。

[編集] 奥宮

奥宮は本宮の上流側700メートルの場所にあり、以前はここが本宮であった。闇龗神(くらおかみのかみ)を祭神とするが、高龗神と同じ神であるとされている。

[編集] 結社

結社(ゆいのやしろ)は、本宮と奥宮の中間、本宮から上流側300メートルの場所にある。その立地から中宮(なかみや)とも呼ばれている。

磐長姫命を祭神とし、縁結びの神として信仰される。磐長姫命が縁結びの神とされることになった理由として次のような伝承がある。天孫瓊瓊杵尊が磐長姫命の妹の木花開耶姫と結婚しようとしたとき、姉妹の父の大山祇命は、磐長姫命も共に奉った。しかし、瓊瓊杵尊は木花開耶姫とだけ結婚したので、磐長姫命はそれを恥じ、「縁結びの神として良縁を授けん」と言って当地に鎮まったという。

以前は、境内の細長い草の葉を結び合わせて縁結びを願っていたが、現在は植物保護のため本宮で授与される「結び文」に願文を書いて指定場所に結ぶことになっている。境内には、「磐長姫命の御料船」として平成8年に奉納された船形の自然石「天の磐船」が置かれている。また、後述の和泉式部の歌碑がある。

[編集] 末社

貴船神社内には多くの末社がある。

  • 末社
    • 白髭社 猿田彦命
    • 牛一社 木花開耶姫命
    • 川尾社 罔象女命
    • 鈴鹿社 大比古命
    • 祖霊社 氏子の祖霊
  • 奥宮内末社
    • 吸葛社 味耜高彦根命
    • 日吉社 大山咋神
    • 鈴市社 五十鈴姫命
  • 境外摂社末社
    • 楫取社 宇賀魂命
    • 梅宮社 木花開耶姫命
    • 白石社 下照姫命
    • 私市社 大國主命
    • 林田社 少名彦命

[編集] 文芸

当社は古くから文芸にも多く登場している。

[編集] 和泉式部

和泉式部が貴船神社に参詣したときの歌が後拾遺和歌集に収録されている。「男(夫の藤原保昌)に忘れられている頃、貴船神社に参拝し、御手洗川に蛍が飛んでいるのを見て詠んだ歌」として「物おもへば沢の蛍も我が身より あくがれいづる魂(たま)かとぞみる」(恋しさに悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂ではないかと見える)という歌である。それに対して貴船明神が返したと伝えられる歌「奥山にたぎりておつる滝つ瀬の たまちる許(ばかり)物な思ひそ」(奥山にたぎり落ちる滝の水玉が飛び散るように、(魂が飛び散ってしまうほど)思い悩んではいけない)も後拾遺和歌集に収録されている。

後の時代に書かれた『沙石集』には、このときの参詣の様子が詳しく書かれている。和泉式部は巫女に縁結びの祭を行わせたが、その一環として巫女は、和泉式部の着物の裾をめくって陰部を露出させる作法をすることを迫った。和泉式部はそれを拒否したが、その様子を夫の保昌が神社の陰から見ており、その態度に感じ入ってその後は夫婦円満になったという。

[編集] 謡曲「鉄輪」

室町時代謡曲の題名。「かなわ」と訓む。あらすじは後妻を娶った男を先妻が恨み、貴船神社に詣でたところ「赤い布を裁ち切り身にまとい、 顔には朱を塗り、頭には鉄輪を乗せ、ろうそくを灯せば鬼となる」とお告げを受ける。男は悪夢に悩み安倍晴明の元を訪れ鬼となった先妻と対決して鬼は消え失せる、というもの。この謡曲は京都市内にある「鉄輪の井」にまつわる伝説を元になっているという説と、『平家物語』「剣之巻」及び『太平記』内の「宇治の橋姫」の物語が元になっているという説がある。

[編集] 日本各地の貴船神社

当社から勧請を受けた貴船神社(貴舟神社、貴布禰神社、貴布祢神社、木船神社、木舟神社など)が日本各地に約450社あり、また祭神を同じくし「おかみ」を社名とする神社(龗神社、高龗神社、闇龗神社、意賀美神社など)は2,000社を超える(「貴船神社 (曖昧さ回避)」参照)。

[編集] 交通

[編集] 備考

源義経弁慶の時代を堪能できる観光地として、鞍馬寺とあわせて周遊するコースをとる旅行者も多い。鞍馬寺西門(貴船口)は貴船川に面しているが、 鞍馬寺の主要な諸堂までの参道は山道となっている。なお、同寺からは鞍馬駅から鞍馬寺経由で貴船に向かうコースの方が主流[要出典]である。

[編集] 脚注

  1. ^ 神社だより12号 - 貴船神社(1993年12月1日付)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月3日 (火) 16:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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