赤岩駅
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| 赤岩駅 | |
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構内(2006年8月)
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| あかいわ - Akaiwa | |
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◄庭坂 (7.7km)
(6.6km) 板谷►
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| 所在地 | 福島県福島市大笹生字赤岩32 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■奥羽本線(山形線) |
| キロ程 | 14.6km(福島起点) |
| 電報略号 | アイ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
6人/日 -2000年- |
| 開業年月日 | 1910年(明治43年)10月13日 |
| 備考 | 無人駅 |
赤岩駅(あかいわえき)は、福島県福島市大笹生字赤岩にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)奥羽本線(山形線)の駅である。
目次 |
[編集] 駅構造
島式ホーム1面2線を持つ地上駅。無人駅である。ホームへは構内踏切を利用する。福島駅管理。
山形新幹線の開業前は赤岩、板谷、峠、大沢の4駅連続スイッチバックで有名であったが、新在直通運転のための改軌工事が施され、4駅ともスイッチバックが撤去され現在の形となった。
[編集] 駅周辺
かつては駅の直下を流れる松川に沿って赤岩、人道橋を渡った対岸にイラ窪(伊良窪)の集落が存在していた。しかしあまりにも山深い地であったことから、1980年代の半ばには相次いで無人となった。有人駅だった当時には、現在のプラットホーム北側にある植林地に、鉄道関係者用の住宅も見られた。しかしこれも駅の無人化と共に廃止され、取り壊された。
また以前には、隣接してスイッチバック時代の遺構がよく残っている事でも有名だった。しかし当駅周辺が板谷峠越えの急勾配地である事から、その対策として一部を壊し、電圧安定のための変電所が設置された。
現在では、駅の利用者以外の姿はこの地でほとんど見られず、鉄道関係の施設以外には、古い集落の跡だけが周辺唯一の人工物となっている。
[編集] 歴史
- 1899年(明治32年)5月15日 - 奥羽南線福島~米沢間開通と共に赤岩信号場設置。
- 1909年(明治42年)6月12日 - 信号場構内で煙害による列車脱線転覆事故発生(のちに米沢駅構内に慰霊碑建立)。
- 1910年(明治43年)8月11日 - 信号所より福島方向の7号トンネルが、大雨の影響で一部崩落する。
- 1910年(明治43年)8月19日 - トンネルの更に福島側へ東赤岩仮乗降場を設置。東赤岩(仮)~赤岩(信)間は徒歩連絡となる。
- 1910年(明治43年)10月13日 - 徒歩連絡の旅客のために駅へと格上げされ、赤岩駅開業。
- 1911年(明治44年)9月5日 - 崩落トンネルを迂回する新ルートが完成し復旧する。東赤岩仮乗降場が廃止。
- 1958年(昭和33年)3月 - 駅舎改築。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
- 1990年(平成2年)3月10日 - 山形新幹線の運行にあたり標準軌化工事を行う。スイッチバックを廃止し、現在の場所に移転。
[編集] その他の特徴
奥羽本線の福島~米沢間に存在する各駅は、峠駅を除いて旧米沢街道の宿場町に接する形で作られた。かつて街道に存在していた宿場町、李平(すももだいら)との連絡が可能な場所に当駅もまた設置されており、トンネル崩落と言うアクシデントによって駅となりながら、しかし修復後に再び信号所へと復さなかった理由の一つとして、当時には周辺集落の住民が日常的に利用していた可能性を指摘する事ができる。
その反面、米沢街道事体は難路としても知られていたため、奥羽本線の開通などの影響を受け早くから衰退を強める事となった。1977年発行の青木雄千代 著 『ふくしま各駅停車』には、「散歩コース、駅構内から松川を越えて旧米沢街道まで一時間」との記述も見えるなどしているが、李平の宿も大正時代には廃村となっており、当時は容易に往来できただろう駅と宿場町との連絡道も、現在ではルートを特定する事すら困難な有り様となっている。
このように近在する宿場町を失い、駅名の元となった赤岩や隣接するイラ窪集落などが全て無住となった現在。戦後に再開拓された大平地区(福島市)のみが、事実上、当駅の利用者を擁する唯一の集落となっている。しかしこの大平地区もまた限界集落に陥っていると看做される深刻な過疎状態にあり、その事実は当駅の将来に少なからぬ影響を与えるものと考えられる。
駅と大平地区との連絡は主に林道によって行われており、徒歩の場合は片道で30分ほどを要する。乗用車などでの通行も可能では有るが、急カーブ、幅員狭小、路面荒れの酷さなどのため慣れない場合はかなりの困難が伴う。また冬季には、車両の通行そのものが事実上不可能となる。他にも旧駅跡と大平集落を結ぶもの、或いは大平集落と旧赤岩集落を結ぶものなど幾つかの山道も存在してはいるものの、利用者がごく少ないため、植物の繁茂する夏季を中心にその通行は極めて困難となっている。
これらの理由のため、当駅は代表的な秘境駅の一つとして名を上げられる事も多い。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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