越後平野

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越後平野の稲作風景

越後平野(えちごへいや)は、新潟県中部から北部にかけて広がる平野である。面積は約2000km²で、東京都の面積に近い。新潟平野(にいがたへいや)や、蒲原平野(かんばらへいや)とも呼ばれ、本州日本海側の最大の平野である。

日本海に面し、信濃川阿賀野川の流域に広がる。中央部では弥彦山と新津丘陵にはさまれている。弥彦山は新潟平野のどこからでも見通すことができ、ここではランドマーク的な存在となっている。また、近代まではが多く存在したが、干拓によって大部分が消滅した。現存する潟としては鳥屋野潟福島潟佐潟などが有名で、毎年渡り鳥が飛来するなど豊かな生態系が保たれている。一方海岸には新潟砂丘と呼ばれる砂丘が発達している。かつて越後平野はこの砂丘に囲まれた入り江であった。

目次

[編集] 気候

冬の越後平野。遠くに弥彦山を望む。

日本海側気候に属する。冬季は降が多く、山間部に近いところでは数十センチの積雪となるが、海岸に近づくにつれて積雪量は小さくなり、新潟市などの海岸部では雪はほとんど積もらない。冬の間は常に曇っていることが多く、晴天になることは少ない。逆に夏季は降水量が少なく晴天が多い。フェーン現象が特徴的である。

[編集] 経済

大部分が水田単作地帯でコシヒカリ)の収穫が多く、日本有数の穀倉地帯となっている。微高地では、ナシスイカチューリップなどの栽培が盛んである。南部ではかつて石油天然ガスを多く産出していた。特に新津油田では産油量日本一を誇っていたが、資源が枯渇し、現在はほとんどが廃業している。

[編集] 越後平野と治水

越後平野はかつて水はけの悪い土地であった。水田は泥沼のような湿田で、農作業のためには腰まで泥に浸からなければならなかった。そしてしばしば発生する河川の氾濫の度に大きな被害を出し、農民の生活は非常に貧しかった。しかし、1922年に完成した大河津分水路や数々の排水路、排水機場など大規模な治水工事の成果により、近年では大きな水害はめったに発生しなくなり、水田は乾田化して米の収穫量が飛躍的に増加した。米作に適した今日の越後平野は決して自然の恵みだけによるものではなく、人間の手によって作り出された部分が非常に大きいのである。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年6月30日 (火) 03:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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