越美北線

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越美北線
越美北線の路線図
路線総延長 52.5 km
軌間 1067 mm
最大勾配 25 パーミル
越美北線で運行しているキハ120形気動車
第1足羽川橋梁(福井市)

越美北線(えつみほくせん)は、福井県福井市越前花堂駅から福井県大野市九頭竜湖駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)である。愛称は九頭竜線(くずりゅうせん)で、福井駅をはじめとする旅客案内上はこの愛称が用いられている。

目次

[編集] 概要

越美北線は福井駅岐阜県美濃太田駅の間を岐阜県郡上市白鳥町石徹白(旧福井県大野郡石徹白村)を経由して結ぶ鉄道(越美線)の一部として建設された。福井県側はJRの路線として残っているが、岐阜県側は長良川鉄道越美南線となった。両県を結ぶ計画は果たせず、現在は福井市と大野市間の都市間輸送や九頭竜湖方面への行楽路線となっている。鉄道の代わりに終点九頭竜湖駅から長良川鉄道の美濃白鳥駅との間にJR東海バスがバスを運行していたが(ただし石徹白は経由せず国道158号経由)、2002年に廃止された。

大野市へは1974年まで京福電気鉄道越前本線(現・えちぜん鉄道勝山永平寺線)も通じていたが、今は越美北線が唯一の鉄道路線となっている。

なお、国鉄時代は北陸本線福井 - 越前花堂間にある貨物駅の南福井駅を起点とし、南福井 - 越前花堂間は北陸本線との重複区間だった。これは越美北線の部分開業後に、越前花堂駅の北陸本線ホームができたことに由来していた。JR移行後は越前花堂駅が起点とされ重複区間は解消されたが、現在でも越美北線の越前花堂駅は北陸本線から分岐したところに位置している。

1960年に最初の区間が開業した際、既に同名となる駅が存在していたために福井県北部の旧国名「越前」を冠した駅が多い。

[編集] 路線データ

  • 管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):52.5km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:22駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式 越前花堂 - 越前大野間)、スタフ閉塞式(越前大野 - 九頭竜湖間)

全区間、JR西日本金沢支社福井地域鉄道部の管轄である(2008年5月までは六条-九頭竜湖間を越前大野鉄道部が管轄していたが、鉄道部統廃合により現在の体制となった)。

[編集] 運行形態

越前花堂駅を始発・終着とする列車は設定されておらず、全列車が福井駅まで乗り入れている。快速列車が設定された時期もあったが、現在は臨時列車を除き普通列車のみの運転であり、福井 - 越前大野間では2時間に1本程度が運行されている。越前大野 - 九頭竜湖間は運行本数が少なくなり、4時間ほど運行されない時間帯がある。ワンマン運転を実施している。

月に一度水曜日に昼間時間帯の列車が運休となる月もあり、代行バスも運行されない。

越美北線が分岐する越前花堂駅には大阪・名古屋・米原方面の特急列車等が停車しないため、これら越前花堂駅を通過する列車と同線の六条駅以遠との間を途中下車せずに福井駅で乗り継ぐ場合に限り、越前花堂 - 福井間の往復の運賃は不要とする特例がある。敦賀・武生方面の普通列車と同線六条駅以遠とを乗り換えるときは、双方の列車とも越前花堂駅に停車するのでこの特例は適用されない(分岐駅通過の特例参照)。

[編集] 歴史

越前花堂 - 勝原間では開業時に擬制キロを採用し割増運賃が適用されたが、翌年国鉄新線建設に対し補助金が出ることになったため擬制キロによる割増運賃は廃止された。

1972年に勝原 - 九頭竜湖間が延伸開業したが、当時の国鉄は路線をなるべく直線化して建設費を軽減したため、川沿いを走る線路から一変して、荒島トンネル(勝原 - 越前下山間)・下山トンネル(越前下山 - 九頭竜湖間)が直線的に山を貫いている。これは1975年に開業した三江線の浜原 - 口羽間でも同じ手法がとられている。

[編集] 年表

  • 1960年昭和35年)12月15日 - 南福井 - 越前花堂 - 勝原間 (43.1km) が開業。南福井 - 越前大野間で貨物営業を開始。
    • 越前花堂駅、六条駅、越前東郷駅、一乗谷駅、市波駅、小和清水駅、美山駅、越前薬師駅、越前大宮駅、計石駅、牛ヶ原駅、越前大野駅、越前富田駅、下唯野駅、柿ヶ島駅、勝原駅開業。
  • 1964年(昭和39年)5月20日 - 足羽駅、越前高田駅、越前田野駅開業。
  • 1965年(昭和40年)10月15日 - 越前大野 - 勝原間で貨物営業を開始。
  • 1968年(昭和43年)3月25日 - 北大野駅開業。
    • 10月1日 - 越前富田 - 勝原間の貨物営業が廃止。
  • 1972年(昭和47年)12月15日 - 勝原 - 九頭竜湖間 (10.2km) が延伸開業し全通。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 越前大野 - 越前富田間の貨物営業が廃止。
  • 1980年(昭和55年)10月 - 臨時快速列車「おくえつ号」の運行開始。
  • 1982年(昭和57年)11月15日 - 南福井 - 越前大野間の貨物営業が廃止され、全線の貨物営業が廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が継承。起点を越前花堂に変更 (-0.8km)。
  • 1990年平成2年)6月1日 - ワンマン運転開始。
  • 1992年(平成4年)9月1日 - 快速列車を新設。
  • 1995年(平成7年)9月12日 - 「九頭竜線」の愛称使用開始。
  • 1997年(平成9年)1月 - 「おくえつ号」廃止。
  • 2001年(平成13年)3月3日 - 快速列車廃止。
  • 2004年(平成16年)7月18日 - 集中豪雨により橋梁が流失し全線が不通となる。
    • 7月20日 - 越前大野 - 九頭竜湖間で運行再開。
    • 9月11日 - 越前花堂 - 一乗谷間、美山 - 越前大野間運行再開。
  • 2007年(平成19年)6月30日 - 一乗谷 - 美山間運行再開により3年ぶり全面開通。

[編集] 2004年の水害及びその状況

復旧工事中の橋梁(一乗谷 - 越前高田間)、手前が一乗谷駅方面(2006年7月撮影)
モニュメント「福井豪雨の記憶」
代行バス 越前東郷駅にて
完成した第4橋梁(越前高田 - 市波間)
2007年4月から復旧時まで運用されたキハ28-2119(山陰本線浜坂駅

2004年7月18日の福井豪雨で、九頭竜川水系足羽川に架かる7つのうち5つの橋梁(第1・3・4・5・7足羽川橋梁)が流失し、越前花堂 - 越前大野間が不通となった。全線の復旧には数年を要し、新線建設と同程度の費用がかかるとされ、路線存続が危ぶまれた。

[編集] 復旧工事

福井県とJR西日本は、復旧に向けて2005年6月27日に工事協定を正式締結した。総工費は40億円にものぼり、橋梁復旧にはそのうち34億円を占めた。10億円は国、20億円は県、JR西日本は10億円をそれぞれ負担した。

2005年10月17日に復旧工事に着手し、2006年9月頃に橋脚が完成、2007年1月には橋桁の設置が完了した。2007年3月6日、JR西日本金沢支社は同年6月30日に一乗谷 - 美山間の運転を再開すると発表した。同年6月24日から25日にかけて線路切替工事を行って、営業運転の合間に試運転が行われ、同年6月30日 豪雨災害発生以来3年ぶりに全線復旧した。

橋脚は従来4 - 5本あったものを最低で1本に減らすなどして、橋桁への負担を減らしている。架け替えた橋のうち、第1・4・5・7橋梁はトラス橋になった。流失しなかった第2・6橋梁は色が塗り替えられている。

水害から丸一年となる2005年7月18日には、当時の美山町獺ケ口(現:福井市獺ケ口町)地係の「ごっつぉさん亭」入口に、崩壊した第7足羽川橋梁の橋脚と橋桁を基に作られたモニュメント「福井豪雨の記憶」が完成、除幕された。また福井県立歴史博物館では、メモリアル展示「水害の記憶」として、被災したレールが被災した自動車と共に展示された。

[編集] 代行バス

不通区間のうち橋梁流失のあった区間を除く越前花堂 - 一乗谷間、美山 - 越前大野間は2004年9月11日に運行再開された。代行バスは一乗谷駅にバスの乗り入れができないため、越前東郷 - 美山間(11.8km)で運行されていた。

代行バスについては、不通となった当初は京福バスで運行されていたが、不通期間が長期化することや京福バスとしても要員の都合もあり、2005年6月13日からJR西日本による代行輸送に切り替えられ、子会社である西日本JRバスへ委託された。

また、2005年NHKBShiBS2で放送された『列島縦断 鉄道乗りつくしの旅〜JR20000km全線走破〜』春編では、関口知宏が2005年4月30日のゴールである九頭竜湖駅を目指して列車代行バスに乗車し、番組で豪雨災害のことが簡単に紹介された。

[編集] 運用している車両について

通常、越美北線はキハ120形5両で運用されているが、豪雨当日は福井発始発列車のみ運転されたため、大野側(越前大野鉄道部)には車両が3両(201・202・205)が残ったものの、福井側(福井地域鉄道部)には2両(203・204)しか残らなかった。

そのため、鳥取鉄道部から急遽廃車前提で後藤総合車両所に留置中であったキハ58形2両(1042・1047)とキハ28形1両(2466)が福井側の応援に入り、平日朝の通勤時間帯において運用された(夜の時間帯でも運行はしている)。

2005年4月からはワンマン改造されている高岡鉄道部のキハ58-1114とキハ28-2360(高岡の前は小浜鉄道部の配置)に変更した。これは加古川線電化で高岡鉄道部に気動車が転属したことによる玉突きの転属である。塗装はエンジ色のままで変更はない。先頭車の方向幕には「福井⇔一乗谷」と書かれた紙を貼った。

さらに、2007年4月からは、リバイバル能登路に使用した金沢総合車両所のキハ28-2119とキハ58-596(いずれもワンマン非改造)に変更した。3か月程度の運用であることから、先頭の方向幕は「普通」のみを掲出し、サボには「急行 EXPRESS」「能登路 NOTOJI」のシールが貼られたままであった。この車両は、試運転開始の同年6月25日から運用を外れ、同年6月30日と7月1日に運転された越美北線全線復旧記念臨時列車「おくえつ号」に運用後返却され、松任で鳥取車共に留置されている。

2006年5月19日全般検査(全検)と便所設置工事を実施するために福井側で運用されているキハ120-203をトレーラーで越前大野駅に搬入した。翌20日、大野側で運用されていたキハ120-205を搬出して金沢総合車両所に回送した。クレーンで搬入出をする様子は滅多にないことであり、地元の新聞やテレビでも大きく取り上げられた。

順次トレーラーでの搬入出を行い、2006年末には福井側にキハ120-201と203、大野側にキハ120-202、204、205(すべて検査・便所施工済)という構成になった。


[編集] 駅一覧

  • 便宜上、越前花堂側の全列車が直通する福井駅からの区間を記載する。なお、北陸本線内の貨物駅は省略。
  • 全駅福井県に所在。
  • 全列車普通列車(全駅に停車)。
  • 列車交換 … ∥:複線、Y:ここから下は単線(駅構内列車交換不可)、◇:交換可、|:交換不可
路線名 駅名 駅間営業キロ 越前花堂
からの
営業キロ
接続路線 列車交換 所在地
福井駅 - 2.6 西日本旅客鉄道北陸本線小松方面)
えちぜん鉄道勝山永平寺線三国芦原線*
福井鉄道福武線福井駅前駅
福井市
越前花堂駅 2.6 0.0 西日本旅客鉄道:北陸本線(敦賀方面)
越美北線
六条駅 2.3 2.3  
足羽駅 1.4 3.7  
越前東郷駅 2.0 5.7  
一乗谷駅 2.6 8.3  
越前高田駅 3.1 11.4  
市波駅 1.2 12.6  
小和清水駅 2.0 14.6  
美山駅 2.9 17.5  
越前薬師駅 2.0 19.5  
越前大宮駅 2.7 22.2  
計石駅 2.2 24.4  
牛ヶ原駅 3.2 27.6   大野市
北大野駅 1.8 29.4  
越前大野駅 2.0 31.4  
越前田野駅 2.9 34.3  
越前富田駅 1.4 35.7  
下唯野駅 3.1 38.8  
柿ヶ島駅 1.0 39.8  
勝原駅 2.5 42.3  
越前下山駅 6.5 48.8  
九頭竜湖駅 3.7 52.5  
  • ※:福井駅 - 越前花堂駅間は北陸本線
  • *:えちぜん鉄道三国芦原線の正式な起点は福井口駅だが、全列車が福井駅発着。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月26日 (月) 17:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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