辻静雄

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辻 静雄(つじ しずお、1933年2月13日 - 1993年3月2日)は、現・辻調グループ校の創設者であり、フランス料理研究家。

東京本郷の和菓子屋を営む家に生まれるが、本人は料理の道に進もうとは思わなかったという。

1957年早稲田大学仏文科を卒業。その後大阪読売新聞社記者を経て、1960年に辻調理師学校を設立。

フランス料理に関する知識を深めるために渡仏。そのときに出会ったポール・ボキューズとは終生、親しい仲となる。この時、ボキューズに言われた、「一流の料理人とは舌の記憶の確かさである」という言葉に大きな影響を受けた。以降、渡欧を重ねることによって料理研究家として幅広い見識を持つことになった。

1993年(平成5年)、死去、享年60。

死後、学校は長男の辻芳樹が継ぐことになる。

目次

[編集] 略歴

  • 1933年(昭和8年)2月13日、東京・本郷に辻篤四郎の長男として生まれる。
  • 1957年(昭和32年)早稲田大学文学部仏文科卒業。大阪読売新聞社に入社し、社会部記者となる。
  • 1960年(昭和35年)大阪読売新聞社を退職後、大阪阿倍野に辻調理師学校を開校。
  • 1963年(昭和38年)フランス料理研究の手引きを受けるためアメリカに渡り、研究者であるサミュエル・チェンバレイン(マサチューセッツ工科大学教授)とM.F.K.フィッシャー(カリフォルニア大学教授)の知遇を得る。その足でフランスに渡り、当時最高評価を得ていたレストラン「ピラミッド」を訪れる。女主人であるポワン夫人の示唆を受け、アレクサンドル・デュメーヌ、アンドレ・ピック、レーモン・オリヴェなどの大シェフたちと親交を結ぶ。
  • 1964年(昭和39年)はじめての著書となる『フランス料理 理論と実際』(光生館)を刊行、
  • 1969年(昭和44年)『舌の世界史』(毎日新聞社のち新潮文庫)刊行。この年より、辻調グループ校教授陣の海外研修を開始。フランス・イタリアをはじめとするヨーロッパ諸国、アメリカ、香港などへ派遣。
  • 1972年(昭和47年)新進気鋭のポール・ボキューズとジャン=ポール・ラコンブを迎え公開技術講座を開講。海外からの料理長招聘の第一回目となる。
  • 1974年(昭和49年)フランス政府より「M.O.F.(Meilleurs Ouvriers de France)」の名誉賞を外国人として初めて授与される。
  • 1975年(昭和50年)『フランス料理を築いた人びと』(鎌倉書房、2004年に中公文庫)刊行。TBS系列のテレビ番組「料理天国」の放送が開始。1992年の放映終了まで、辻調グループ校の教授陣が協力・出演。この番組の監修にあたる。
  • 1977年(昭和52年)『フランス料理研究』(大修館書店)刊行。イギリスのワイン研究家ヒュー・ジョンソンと交友を深め、後年、『ワールドアトラス・オブ・ワイン(The World Atlas of Wine)』(ネスコ/文藝春秋1991年)などの彼の著作の翻訳監修をつとめる。
  • 1980年(昭和55年)フランス・リヨン近郊にフランス校(シャトー・ド・レクレール)を開校。
  • 1981年(昭和56年)フランス政府より「教育功労章(Palmes académiques)」のシュヴァリエ章を授与される。『料理人の休日』(鎌倉書房)刊行。
  • 1983年(昭和58年)大阪・高麗橋の料亭「吉兆」の創業者である湯木貞一との対談『吉兆 料理花伝』(新潮社)刊行。
  • 1984年(昭和59年)辻製菓技術学校(現・辻製菓専門学校)開校。
  • 1988年(昭和63年)辻調理技術研究所開校。NHK教育テレビ「対論 時代を読む・食卓の快楽」で開高健と対談。
  • 1989年(平成元年)フランス政府より「農事功労章(Mérite agricole)」のオフィシエ章を授与される。大阪にエコール・キュリネール大阪あべの(現・エコール 辻 大阪)開校。岩波市民セミナーでの連続講演をまとめた『ブリア‐サヴァラン「美味礼賛」を読む』(岩波書店)刊行。
  • 1991年(平成3年)東京にエコール・キュリネール国立(現・エコール 辻 東京)を開校。フランスの食味評論家アンリ・ゴーとの共同監修による『現代フランス料理宝典(全12巻)』(学習研究社)の刊行が始まる(1993年完結)。
  • 1993年(平成5年)3月2日逝去。享年60。辻静雄の設立した、大阪、東京、フランス・リヨンにある辻調グループ校は全7校、卒業生は10万人に及ぶ。辻芳樹(長男)が辻調グループ校の校長として就任。アレクサンドル・デュマ著『デュマの大料理事典』(共同翻訳)(岩波書店)刊行。
  • 1994年(平成6年)遺稿集『料理に「究極」なし』(文藝春秋)を刊行、1997年に文春文庫で再刊。
  • 1995年(平成7年)『辻静雄著作集』(新潮社)刊行。
  • 2004年(平成16年)『辻静雄コレクション』(ちくま文庫全3巻)刊行。
  • 2009年(平成21年) 『フランス料理の学び方 特質と歴史』 中公文庫で刊行。

[編集] 教育活動

研究者でもあった辻は、調理師学校を開校して後ヨーロッパに幾度も足を運んでいる。渡欧を重ねることで料理への理解と自らの料理研究を深めるとともに、多くの料理人と親交を結んだ。彼の研究成果は、著書である『フランス料理 理論と実践』(光生館、1964年)が調理師学校での教科書として用いられるなど理論教育にいかされ、シェフたちとの交友関係は、本物のフランス料理に触れる機会を与える手助けとなった。

調理師学校の特別授業として1972年から始めた公開技術講座では、ポール・ボキューズ(1972年)をはじめ、ジャン・トロワグロ(1974年)、ベルナール・ロワゾー(1983年)などの多くのシェフを招聘し、日本にいながらにして当代一流のフランス料理とその技術に触れる機会を与えた。また、海外から料理人を迎えるだけでなく、辻調理師専門学校職員を料理研修としてヨーロッパに多数送り出した。研修を通しての教授陣の知識・技術の向上と、現地からの新しい情報は、日本での料理教育の質を上げることにつながったといえる。

このように授業内容が充実し水準が高まるにつれて、入学者は増え、1980年にはフランスローヌ県にフランス校を開校、徹底的に現地で本場のフランス料理を学ばせる課程を設けた。フランス校で6箇月、残りの6箇月間はフランス国内のレストランで実地研修を行うというプログラムには、現地でその時代の料理に触れさせるという教育方針が貫かれている。

国内においては、専門分野に特化した課程を増やし、専門化・多様化する時代のニーズに即した人材を輩出し、開校以来10万名以上の卒業生を送り出している。

[編集] 著作・研究・啓蒙活動

辻が研究を始めた当初は、専門的な西洋料理研究書はまだ翻訳されておらず、辻は英仏文献を頼りにフランス料理を学んだ。本場の料理を知るために渡欧を重ね、そのたびに収集した文献の中には現在入手困難なものも多く含まれ、質・規模ともに世界でも有数のコレクションとなっている。

料理を歴史・文化の流れの中で捉えた辻の研究成果は、多数の出版物として広く一般に還元されており、1989年刊行の『エスコフィエ 偉大なる料理人の生涯』(同朋舎出版)をはじめとするフランス料理に関する著作は、権威ある研究書として認められている。その中でも、多くの図版を盛り込みながら19世紀フランス料理を体系的につづった『フランス料理研究』(大修館書店、1977)は彼の代表作であり、『現代思想』(1977年8月号)で木村尚三郎がその偉業を称えている。1989年に『ブリア‐サヴァラン美味礼讃」を読む』(岩波セミナーブックス32・岩波書店)を刊行。古典を読み易い訳文で引用している。

研究書執筆のほかに、アレクサンドル・デュマの『デュマの大料理事典』(岩波書店、1993)では林田遼右、坂東三郎と共に翻訳を、ヒュー・ジョンソンの『ポケット・ワイン・ブック』(鎌倉書房、1982)などでは翻訳・翻訳監修に携わっている。監修書には、フランス料理技術紹介の集大成である『現代フランス料理宝典』(学習研究社、1991~1993)や『世界料理材料事典(全三巻)』(講談社、1982)、『朝日百科 世界の食べもの(全十四巻)』(朝日新聞社、1984)などがある。

その他、エッセイやレストランガイド、開高健湯木貞一大岡信らとの食卓での対談をまとめた『プルーストと同じ食卓で 辻静雄からの招待状』(講談社、1986)などの対談本も出版されている。

以上のような著作活動以外では、TBS系列番組「料理天国」での番組監修のほか、NHK教育テレビ「対論 時代を読む・食卓の快楽」に出演し開高健と対談(1983年)するなど、マスメディアを通しての料理文化普及活動につとめている。その他、1978年に行われた朝日新聞社主催・朝日ゼミナール(1980年に朝日新聞社から『食事の文化』として刊行)など、講演活動も行っている。

主にフランス料理を対象とした研究活動を続けた辻だが、1970年代初め頃から日本料理研究にも取り組み始め、1980年に出版した『JAPANESE COOKING -A SIMPLE ART』(講談社インターナショナル)は現在でも日本料理研究の基本文献となっている。また、日本料理の師として親炙した、湯木貞一との共著で『吉兆料理花伝』(新潮社、1983)を出版。湯木とフランス一流シェフたちとの交流の機会を設け、日本に招いたシェフたちに「吉兆」をはじめとする日本の会席料理を紹介するなど、東西料理文化交流の橋渡し的役割も担った。

[編集] 関連図書

最終更新 2009年9月9日 (水) 01:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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