近鉄名古屋線

近鉄名古屋線の最新ニュースをまとめて検索!

近鉄名古屋線
海蔵川を渡る名阪特急アーバンライナーnext
海蔵川を渡る名阪特急アーバンライナーnext
路線総延長 78.8 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V (直流)
最高速度 120 km/h

名古屋線(なごやせん)は、三重県松阪市伊勢中川駅から愛知県名古屋市中村区近鉄名古屋駅までを結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線

名古屋と大阪・伊勢を結ぶ多くの特急列車がこの線を通り、大阪線山田線に直通する。また、名古屋近郊の通勤通学路線でもある。なお、正式な起点は伊勢中川駅だが、列車運行上は近鉄名古屋駅から伊勢中川駅へ向かう列車が下り、逆方向が上りとなっている。

名古屋線ではスルッとKANSAIカードは利用できないが、2007年4月1日PiTaPaおよびICOCAの利用が可能となった(自動改札機の整備状況は後述)。

目次

[編集] 概要

津新町 - 伊勢中川間を除くほぼ全区間がJR線(関西線紀勢線)及び第三セクター伊勢鉄道線と並行している。津 - 松阪(山田線)間も久居や伊勢中川へ迂回しているため、並行はしていないものの、JR紀勢線と競合している。

全線複線の近鉄名古屋線に対し、JR線と伊勢鉄道線は一部複線区間もあるもののほとんどが単線で列車本数も少なかったが、JR東海となってから快速「みえ」を運転開始し巻き返しを図っており、名古屋 - 桑名間と津 - 松阪間では特急「南紀」の自由席特急料金の値下げも行われた。これに対し近鉄もL/Cカーの導入を進め、急行を中心にそれを運用するようになった。

2007年4月1日PiTaPa導入に伴い、近鉄名古屋 - 塩浜間においては自動改札機設置などの整備が進んでいる。また塩浜 - 伊勢中川間も主要駅を除き簡易改札機を設置して対応している。なお、名古屋線を始め愛知・三重の伊賀地方以東(名古屋輸送統括部管内)ではまだ自動改札機の設置駅が少ない(2006年12月現在、名古屋線の駅で自動改札があるのは近鉄名古屋 - 塩浜間の全24駅に白子・江戸橋・津・津新町・久居・伊勢中川を加えた計30駅。名古屋輸送統括部管内に拡げると、山田線の松阪・伊勢市・宇治山田の3駅を加えて合計33駅となる)。

2009年3月20日に阪神西大阪線を西九条駅から大阪難波駅へと延伸する形で阪神なんば線が開業し、この線をはじめ近鉄大阪線難波線・阪神なんば線・本線神戸高速鉄道東西線山陽電気鉄道本線・同網干線を介して山陽網干駅まで私鉄だけでの標準軌の線路が繋がり、広範囲に及ぶマルチネットワークが完成した。

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):78.8km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:44駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:120km/h(特急)、110km/h(一般車両)

全線、名古屋輸送統括部(旧名古屋営業局)の管轄である。

[編集] JRなどとの競合

  • JRが特定運賃を採用している名古屋 - 桑名・四日市間だけでなく、幹線運賃を採用している津 - 松阪間でも、近鉄の方が運賃が高い。
  • 名古屋発の四日市方面下り終電は、JRの方が遅いものの、列車本数では圧倒的に近鉄優勢である。

全体として対JRに関しては、名鉄名古屋本線東海道本線のような熾烈な競争とは言い難い。特定運賃を採用している名古屋 - 四日市間では、JRは本数や両数が少ないため夕方通勤時の混雑が激化しており、近鉄四日市駅の立地が四日市駅より良いこともあって、まだ近鉄が優位である。なお、四日市以南では近鉄の優位性がさらに増す。これは快速「みえ」が伊勢鉄道経由となるためにJRに加えて伊勢鉄道の運賃が必要になるためである。

ただし、2007年10月に近鉄養老線養老鉄道に移管されたことでこれまで近鉄を利用していた乗り換え客が運賃の安いJRに移る動きもある。以前より近鉄側も名古屋・桑名間の往復割引運賃を設定しているものの、それでもJRの片道運賃よりは高い。さらには、2009年3月14日改正でJR側が日中の亀山駅発着列車を快速に格上げし[1]、名古屋 - 四日市間における快速の本数が事実上倍増となったため、近鉄側も何らかの対応を迫られる可能性がある。

なお、桑名や四日市の西側にある大規模団地から名古屋や栄まで高速バスが出ているため、そちらのバスとの競合も多少ある。

[編集] 運行形態

昼間時間帯で名古屋駅を毎時おおむね特急4本(うち名阪特急は2本。基本的に0分が難波行ノンストップ・10分が賢島行・30分が難波行・50分が鳥羽行)、急行・普通各3本、準急2本の運転。夕ラッシュ時は急行以下各4本、特急はノンストップを含め5本。急行は夕ラッシュ時以外は近鉄蟹江・四日市・白子で普通に連絡。夕ラッシュ時は近鉄蟹江で富吉行普通(一部列車のみ)、近鉄弥富で準急、四日市と白子で普通に連絡する。朝の名古屋方面は各種別が増発され、特に急行が白子始発、四日市始発などもあり多く設定されている。

以下に特急以外の種別の詳細を記す。なお、特急は近鉄特急の項を参照のこと。

[編集] 急行

終日運転されており、近鉄蟹江以南では事実上唯一の料金不要優等種別である。

近鉄名古屋 - 伊勢中川・松阪・宇治山田間の運転が基本。昼間時は伊勢中川・松阪・宇治山田の各折り返しが毎時1本ずつ、合計で毎時3本設定される。朝と夜には一部鳥羽駅まで運転され、夕方の下り列車は伊勢中川行き2本、松阪行き1本、鳥羽または五十鈴川行き1本、合計毎時4本設定される。夜間の下り列車は、津新町・伊勢中川行き(最終は近鉄四日市行き)各1本が30分間隔で設定される。一部の津新町行きは江戸橋で伊勢中川行き普通に連絡する。朝は津新町・白子・近鉄四日市始発の列車もある。また、早朝には大阪線名張始発の近鉄名古屋行(特急とは異なり伊勢中川で方向転換)が1本のみある。伊勢中川駅で方向転換を行うため、この列車にはL/Cカーもしくはロングシート車が必ず充当される(いずれも名古屋線所属編成)。

伊勢中川以遠発着の列車は伊勢中川で大阪線の名張・大阪方面行きの急行(時間帯によっては快速急行・区間快速急行)または賢島駅鳥羽駅発着の乙特急に接続をとる。また伊勢中川始終着の列車は大阪線からの急行列車と相互接続を図る。中には、名古屋方面から伊勢中川行きとして着いた急行が、そのまま大阪方面行きとなる列車もある。

昼間は乙特急と交互に走る。2002年までは下り列車の名古屋発車時刻は特急のすぐ後に続行していたので、伊勢中川方面には名古屋線内で乙特急に抜かされることは基本的になかったが、現状では後発の特急との時間差が縮まったことで、下りは伊勢若松駅または塩浜駅で、上りは江戸橋駅か塩浜駅で待避することとなった。特急と発車時間の均一化がされた反面、白子以遠への到達時分は延びた。 なおほかに急行が特急を待避する駅の例はラッシュ時に近鉄四日市・白子・近鉄弥富桑名などがある。

甲特急は昼間は上り下り共に江戸橋駅で名阪甲特急を待避する。休日の増発列車やラッシュ時は近鉄弥富駅や近鉄四日市駅で待避することもある。また平日下りは近鉄弥富駅で、休日は下りが近鉄弥富駅、上りが桑名駅で名伊甲特急を待避する。

通常6両(名古屋寄り2+伊勢寄り4)編成で走るが、早朝と深夜の一部列車は4両になる。付属する2両編成は必ずロングシートで1810系(名古屋線運用のみ)や1230系9000系などが充当される。対して、4両部分は一部の列車を除き、5200系5800系2610系・2800系(2610系と2800系はL/Cカー仕様のもの)などのクロスシート車が充当され(ただしごく一部例外もある)、ロングシート4連車は1200系1211F・1212Fや2800系2817Fが充当される(稀に2000系2013Fも1000系2430系など、他の3両編成車と組んだ6両で運用に入る)。近鉄四日市 - 近鉄名古屋間の列車、鈴鹿線直通にする近鉄四日市 - 平田町間を列車以外の全列車(3両+3両なども含め)にトイレが付いている。

通常は、名古屋線所属車両で運転されるが、一部の列車は大阪線所属の車両(1400系1508F・2610系ロングシート車・稀に5200系)で運転されている。また、ダイヤ乱れの場合には大阪線所属の5800系やトイレの無い車両(1620系など)が時々運用に入ることがある。名古屋線所属の急行車両が1編成でも検査などで不足した場合は、大阪線所属の編成(1400系1508F・2610系・5200系)のどれか1編成が終日名古屋線の急行に入る。


[編集] 準急

昼間時は近鉄名古屋 - 富吉間、昼間時以外は近鉄名古屋 - 近鉄四日市間で運転されている。近鉄名古屋 - 近鉄蟹江間はノンストップで運転するが、近鉄蟹江 - 富吉・近鉄四日市間は各駅に停車するという停車駅になっている。なお、近鉄四日市発着列車の大半は近鉄四日市にて近鉄四日市 - 伊勢中川間の普通列車に種別変更して運転を継続する。準急が急行に待避されずに逃げ切れる限界地点が近鉄四日市である(即ち近鉄四日市までに必ず抜かされる)。ただし、一部の名古屋発の電車は四日市まで後の急行より先着する。

かつてはほぼ終日、現在の昼間時以外のような運転系統、即ち近鉄蟹江もしくは富吉で普通から準急へ、近鉄弥富で準急から急行へという2段階の連絡方法であったが、これは近鉄蟹江駅の急行停車化に伴いラッシュ時のみとなった。名古屋市内の普通停車駅から四日市方面へは近鉄蟹江で急行に乗り換え可能になったことで、利用客の少ない時間帯は距離に応じて3種別にする必要もないため、準急は減った。昼間時の毎時2本の富吉行は、本質は急行・普通の折り返し運用で、大抵は富吉車庫への出入庫を兼ねている。なお、昼間時の運用としては途中他の列車との連絡は一切なく、独立したものである。そのため利用はほとんど近鉄蟹江・富吉への客のみに限られる。

通常2・3・4・5・6両(4・5・6両は一部の列車のみ)ラッシュ時は5両や4両で運転され、近鉄四日市で普通になる際に、後ろ編成を切り離す。ただし、富吉行の一部の列車は急行の編成を使用して6両で走るが、この場合は近鉄名古屋駅を3番線から発車する。また土曜・休日ダイヤ近鉄四日市7時44分発の近鉄名古屋行準急は急行の編成を単独で使う運用になっており、必ずトイレが付いている(突発的な運用変更を除く)。

なお、過去には鳥羽線鳥羽まで直通運転された時代があった。そのため行き先表示を変える際に「準急 鳥羽」や「準急 五十鈴川」、「準急 宇治山田」、「準急 伊勢中川」、「準急 津新町」や「準急 白子」、「準急 平田町」や「準急 湯の山温泉」「準急 塩浜」といったものが現れる車両もある。当時の準急は近鉄蟹江 - 近鉄四日市間は佐古木・霞ヶ浦・川原町の3駅を通過し、近鉄四日市以南は現在の急行と同じ停車駅であった。1983年ダイヤ改正で現在の停車駅に改められている。

2009年3月20日改正時点では、平日で上りは近鉄四日市発が23本と富吉発が26本、下りは近鉄四日市行24本と富吉行26本が、休日で上りは近鉄四日市発が17本と富吉発が34本、下りは近鉄四日市行が21本と富吉行が26本運転されている。

[編集] 普通

近鉄名古屋 - 白塚・伊勢中川間の運転に加え、昼間時から夕方にかけて白塚 - 志摩線賢島間直通の普通列車がある。この白塚 - 志摩線直通の普通列車はワンマン運転を行っている。昼間時は近鉄名古屋 - 白塚間・白塚 - 志摩線直通の系統が毎時2本、近鉄名古屋 - 伊勢中川間の系統が毎時1本運転され、全区間で毎時3本の運転が確保される。

ラッシュ時(準急が近鉄四日市に発着する時間帯)については全線通しで運転されるのは一部のみとなり、近鉄名古屋 - 富吉間、近鉄四日市 - 伊勢中川間の区間運転が主体となる。後者はほとんどが近鉄四日市で準急に系統変更して近鉄名古屋へと直通する。本数はごくわずかだが、近鉄名古屋 - 伊勢中川間を運行した列車が伊勢中川で山田線宇治山田行き普通列車に系統変更して引き続き運行する列車もある。その他、早朝と夜間の一部列車に桑名・塩浜・白子・津新町(昼間のごく一部にもある)を発着とする列車もある。また、同様の時間帯に白塚 - 津新町間、富吉・近鉄四日市 - 塩浜間を運行する列車もある。

通常2・3両で、ワンマン列車はすべて2両編成で運転される。ただし、朝に1本山田線宇治山田発白塚行普通があり、急行の編成を単独で使う運用で、トイレ付きの4両編成である。この列車には、2610系・2800系・1200系1211F・1212F・5800系が充当される。車両故障や事故などで運用が乱れた場合に5200系が運用に入ることもある。また、3両編成が不足した場合は、大阪線所属の2410系・2430系の3両編成が運用に入ることがある。

名古屋線の所属車両では順次ワンマン対応の改造工事を進めている。名古屋線所属のワンマン車両には、支線用ワンマン車両にはなかったドアカット機能があり、無人駅では1両目後乗り・前降りとして運転士が運賃精算を行う形となっている。白塚以南のワンマン列車はこのシステムを採用している。湯の山線・鈴鹿線ではドアカット操作を行わない。

[編集] 大晦日終夜運転

大晦日から元旦にかけての終夜運転は、ここ最近では近鉄名古屋 - 伊勢方面間に特急・急行を30 - 60分間隔(一部時間帯を除く)で運転されるほか、名古屋線の全区間にわたって普通(一部準急)を30 - 60分間隔で運転する形態となっている。なお、湯の山線・鈴鹿線ではここ最近は実施されていない。時刻については近鉄の公式ホームページでも紹介されている。

[編集] 臨時列車・臨時停車

名古屋線沿線でイベントや大学試験などが行われる場合は、臨時列車が運転されたり、臨時停車が実施されている。臨時急行の多くは定期急行同様6両編成で運転される。

  • 鈴鹿サーキットF1日本グランプリが開催された際は、近鉄名古屋駅 - 白子駅間の臨時急行が運転される。
  • 大学入試センター試験が行われる時期は、三重県内で試験を受ける受験生の便宜を図るため、試験開始時刻に合わせて桑名 - 江戸橋・津新町間の臨時急行が運転される。「急行|桑名」の方向幕がないため、簡易方向板が掲出される。時期によっては千代崎駅に停車するものがある。
  • 四日市競輪開催日には、最寄り駅の霞ヶ浦駅に定期急行の臨時停車が実施される場合が、2008年2月まであった。
  • 2006年以降、全米女子プロゴルフ協会公式戦「ミズノクラシック」が賢島カンツリー倶楽部で開催される際は、宇治山田駅 - 賢島駅間に臨時列車が運転されている。2008年まで名古屋線からは近鉄四日市駅 - 賢島駅間に臨時列車が設定され、種別上がない臨時で運転された。停車駅は鳥羽駅までは定期急行と同じ停車駅で、鳥羽駅以南は乙特急と同じ停車駅であった。2009年は名古屋線からの臨時列車は設定されていない。
  • 花火大会関係では、毎年8月に津市で行われる「サマーフェスタ イン ひさい(久居花火大会)」では、花火大会終了後に白子駅・白塚駅 - 伊勢中川駅間の臨時普通列車が運転されているほか、揖斐川河畔で開催された「桑名水郷花火大会」では、桑名駅 - 近鉄四日市駅間に臨時普通列車が運転された。
  • 2009年11月3日に伊勢神宮内宮宇治橋渡始式が執り行われた際は、利用者の便宜を図るため定期急行列車の延長運転が行われた。延長運転は渡始式とその後の一般参拝者渡始の時間帯に合わせて、日中の近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間の定期急行列車5本が五十鈴川駅発着に変更された。通常ダイヤでは宇治山田駅発着の急行を賢島駅方面発着のワンマン普通列車に伊勢市駅または宇治山田駅で接続させるダイヤとなっているが、この日は五十鈴川駅での連絡や、上り列車は宇治山田駅の4番ホームで同一ホームで乗り換えすることが可能であった。

[編集] 乗務員

  • 富吉駅、近鉄四日市駅、塩浜駅、白塚駅、津駅、伊勢中川駅で乗務員を交代することがある。
  • 以前は、駅進入時や駅発車時に警笛を吹鳴していたが、沿線住民の苦情[要出典]により2009年9月1日から行われなくなった。

[編集] 車両

特急車両については、近鉄特急の項を参照。

[編集] 現有車両

1201系・1240系・1259系・1440系・2444系の全車および1010系・2000系・9000系の一部は白塚以南および湯の山線鈴鹿線のワンマン対応で、白塚以南のワンマン列車には1201系・1240系・1259系・1440系・9000系が使用される。

なお、早朝・深夜の急行など一部列車には大阪線所属の車両(大阪線の項を参照)が使用されており、逆に大阪線の一部列車には名古屋線所属の車両が使用されているが、1000系・1010系・1810系は勾配抑速制動を装備していないために大阪線の東青山駅以西には入線しない。 大阪線所属の車両は、1400系1508F・2610系・2800系・5200系などが入線する。

特筆すべき点として、ここ最近では阪神電気鉄道との相互直通運転に備えて奈良・京都線系統へ優先的に新車を投入させている関係上、名古屋線所属の通勤車両では1998年(平成10年)に5800系の5812Fが新製投入されてからは新車が全く投入されておらず、他系統からの転属車両で賄われている。つまり、名古屋線所属の車両は他系統と比べていわゆる「生え抜き」の割合が低いのが特徴的である(大阪線所属の車両についても同様の事項が当てはまる)。

また、2008年12月24日には大阪線所属の5800系5811Fが早朝の一部の急行で使用された。

[編集] 団体用車両

標準軌線区の各線で運用されている。大阪線の項も参照。

  • 15200系「あおぞら2(2代目)」:2005年(平成17年)に特急車12200系から改造。2009年(平成21年)4月現在、15102F(4連)が名古屋線の所属(明星車庫の配属)となっている。
  • 18400系:元京都・橿原線用特急車。1997年(平成9年)に18409Fを「あおぞら2」の増結用に格下げ(18409F以外の編成はすべて廃車)。2009年(平成21年)4月現在、名古屋線の所属(明星車庫の配属)となっている。

[編集] 事業用車両

  • 電動貨車モト90形(モト94・96):軌間が異なる養老鉄道養老線(2007年9月30日までは近鉄養老線)の車両を要部検査・全般検査で塩浜検修車庫へ回送する際の牽引車として使用。
  • 24系:2006年に2410系2411Fを改造した電気検測車で、愛称は「はかるくん」。2009年4月現在、富吉車庫の配属となっている。

[編集] 過去の車両

  • 1000系:4両編成車
  • 1600系
  • 1800系
  • 2600系
  • 1480系・2470系
  • 20100系「あおぞら」:団体用車両
  • 18200系「あおぞら2(初代)」:団体用車両(元特急車)。18202F(4連)が名古屋線の所属(明星車庫の配属)となっていた。
  • 電動貨車モト75形(モト75・76):1991年廃車。
  • モワ50形(モワ51・52):1600系モ1650形を改造した救援用車両。2000年廃車。

[編集] 歴史

現在の近鉄名古屋線は、様々な会社が建設した路線をつなぎ合わせるような形で成立した。順に説明する。

[編集] 桑名 - 江戸橋間

桑名 - 江戸橋間は、伊勢鉄道(後の伊勢電気鉄道、伊勢電。現在の第三セクター鉄道伊勢鉄道とは無関係)によって建設された。

元々、同地域には国鉄関西本線参宮線(この時は現在紀勢本線となっている亀山 - 多気間も含んでいた)が、明治期に私設鉄道関西鉄道参宮鉄道によってそれぞれ敷設されていたが、両線は大阪方面からの輸送を主眼に置いた線形となっており、愛知県三重県北部の地域から三重県中南部に向かうには、亀山経由のやや遠回りでスイッチバックを要するルートで行かざるを得ない状態が続いていた。

(初代)伊勢鉄道はそれを短絡しようという目的から設立され、三重県の二大都市である四日市を結ぶ路線を1915年 - 1924年に順次開業させた(桑名 - 江戸橋 - 津(部田)間。なお両都市間には戦後、同じ理由で国鉄→伊勢鉄道(2代目、前述)伊勢線1973年に開業した)。軌間は国鉄との貨車直通を考慮し、1067mmの狭軌となった。また、軽便鉄道とされていて路線規格は低いものであり、沿線諸集落を縫うために、曲線を多用した線形が採用された。

この段階では地方のローカル私鉄であったが、1926年に社名を伊勢電気鉄道に改めて同年中に直流電化を完成させた頃から、「東海の飛将軍」と呼ばれた有力実業家の熊沢一衛が社長に就任したこともあって拡大策をとるようになり、北は名古屋への進出、南は伊勢神宮がある宇治山田への進出を目論むようになった。

当時、関西系の企業である大阪電気軌道(大軌、現在の近畿日本鉄道の直系母体)とその子会社の参宮急行電鉄(参急)が大阪から伊勢への進出を目論んでいたため、伊勢電では北への路線は1929年桑名駅までを開通させ、養老電気鉄道(現在の養老鉄道養老線)を買収した時点でそこから先の延伸を後回しとし、地元企業としての対抗心から参急が建設中の路線と並行する伊勢への路線を優先して建設することにし、参急線の全通5日後には部田 - 津新地 - 新松阪 - 大神宮前豊受大神宮、外宮前)間の路線を全通させ、桑名 - 大神宮前間に新製車のモハニ231形を用いた急行電車を走らせるようになった。

なお、新規に開業させた区間は多くが複線電化の高規格路線となっていたが、前述したように元々四日市 - 津間を結ぶだけであった路線を半ば強引に南北へ延伸させたため、四日市と津の両市内では市街地をクランク状に縫う形で線路を敷かざる得ず、急カーブ区間が生まれた。特に四日市駅のすぐ北には、三重鉄道四日市鉄道から譲り受けた路盤を用いて線路を敷いたことから、半径100mの南方向から西方向へほぼ直角に曲がる通称「善光寺カーブ」ができ、後々までスピードアップや車両大型化の阻害となった。

[編集] 江戸橋 - 中川間

江戸橋駅以南は、参宮急行電鉄(参急)が建設した。前述したように同社は現在の近鉄大阪線桜井駅以東と山田線を建設し、親会社である大阪電気軌道(大軌)の路線と接続して、大阪から片道2時間余りで行ける伊勢神宮への参拝ルートを作り上げていたが、それが実現する前の段階で既に名古屋方面への進出を計画し、桑名までの免許を取得した。

この免許収得に関しては、岩田橋 - 伊勢川口間で営業を行っていた軽便鉄道会社の中勢鉄道(1942年全廃)を傘下におき、同社の支線として中川 - 久居間の免許を申請し、その後免許を参急に譲渡させ、譲り受けた参急が区間延長申請するという方法がとられた。だが、国鉄の運営と私鉄の監督を当時行っていた鉄道省では、このまま行けば伊勢電線・国鉄線と合わせて三つ巴の競争になり、共倒れになることを危惧していた。そのため当初参急が申請した免許は名古屋までであったが、政策上桑名までとして交付された。

参急は伊勢進出後しばらく世界恐慌の影響もあって赤字に苦しんでいたため、とりあえず国鉄線や伊勢電線と連絡して桑名・四日市から大阪方面へ向かう客を運ぶことで増収につなげようとした。1930年 - 1932年に免許線の工事を行い、そして中川駅から国鉄津駅までを津(支)線として開業させ、津駅から徒歩5分程度の伊勢電津駅(部田駅を改称したもので、参急買収後再び部田駅に戻る)との連絡も図られた。

これにより津 - 伊勢間で参急と伊勢電の路線が競合することとなったが、伊勢電の方はまもなく伊勢進出に多額な資金を使ったことや、名古屋進出が達成できずに乗客が伸びなかったこと、熊沢が頭取を兼任していた融資元の四日市銀行が取付騒ぎにあって休業したため資金繰りが悪化したことなどから、経営に行き詰まり銀行管理会社に陥ってしまった。そのため参急が伊勢電を1936年に吸収合併し、旧伊勢電本線を参急伊勢線とした。

その上で、合併直前に両社の共同出資で設立されていた関西急行電鉄(関急電)によって、伊勢電・参急いずれにとっても悲願であった名古屋進出に取り掛かることとなった。

[編集] 名古屋 - 桑名間

この区間は、前述した関西急行電鉄(関急電)によって建設することになった。

同区間を建設するには、木曽三川と総称される揖斐川長良川木曽川を超える必要があり、そのための橋脚建設の資金が必要であったが、伊勢電が計画した時は並行する関西本線の橋脚が架け替えられたため、それによって不要となった旧橋脚を購入して安上がりに敷設することにしていた(詳しくは関西急行電鉄を参照)。関急電もさほど資金的な余裕はなかったため、伊勢電の計画をそのまま引き継いだ(なおこの橋脚に関しては、戦後新たに架け替えられている)。

なお、建設は折りしも日中戦争さなかに行われたため、軍事上必要なの調達は難航したという。

また、名古屋のターミナル駅(関急名古屋駅→近鉄名古屋駅)は、伊勢電の計画では方向転換不要なようにループ状にすることになっていたが、関急電では一般的な3面3線の頭端式ホームにした(1967年に4面5線へ増築)。

これによって、1938年6月26日に現在名古屋線となる区間が完成した(それに先立つ6月20日に津線と伊勢線の接続を図るため津線の江戸橋 - 津間が延伸されている)。

[編集] 軌間統一への流れ

前述のような建設経緯から、名古屋 - 江戸橋間は狭軌(1067mm)、江戸橋 - 参急中川(現在の伊勢中川)間の津線は標準軌(1435mm)となり、名古屋 - 大阪間直通の利用客は参急中川駅でのスイッチバック(上本町 - 江戸橋間の直通列車は2往復のみで、多くの場合は乗り換え)と江戸橋駅での乗り換えを強いられた。そのため、名古屋延伸の半年後に江戸橋 - 参急中川間を狭軌化し、名阪間の移動に際しては参急中川(伊勢中川)での乗り換えとした。

なお、それまで参急自設の路線は津線、旧伊勢電が建設した区間は伊勢線とされてきたが、この改軌に伴って桑名 - 四日市 - 江戸橋 - 津 - 参急中川間が名古屋線と呼ばれるようになり、伊勢線は江戸橋 - 部田 - 新松阪 - 大神宮前間となって支線的な扱いになった。

1940年に関急電は参急に合併されて名古屋 - 桑名間が名古屋線に編入、さらに1941年には参急と大軌が合併して、現在の近鉄の原型となる関西急行鉄道(関急)が発足した。

1942年に伊勢線の新松阪 - 大神宮前間を山田線と重複するため廃止した後(残存区間である江戸橋 - 新松阪間も単線化し、資材は名古屋線単線区間(主に伊勢鉄道時代に敷設された区間)の複線化などに充当)は、名古屋 - 伊勢間直通の利用客も伊勢中川で乗り換えとなった。伊勢中川での乗り換えは最短時間となるよう配慮され、時刻表なども名古屋駅時点で「大阪行」「宇治山田行」と案内されるなど、現在の新八代駅「つばめ」・「リレーつばめ」の乗り継ぎを先取りしたようなものであった。

悲願であった名古屋線の標準軌への改軌は1960年春の実施に向けて1957年頃から準備工事が行なわれ、この一環として並行する関西本線の橋梁架け替えの際に不要となった橋脚を譲り受けたため、単線となり輸送力増強の障害となっていた揖斐・長良川橋梁木曽川橋梁についても、改軌に対応できる複線のトラス橋に架け替えられることとなった。後に名古屋線は1959年9月の伊勢湾台風によって線路水没・流失などの甚大な被害を受けることになるが、揖斐・長良川橋梁は台風襲来の7日前、木曽川橋梁については台風襲来の当日に完成を見たため、幸いにも深刻な被害を受けることは無かった。

これら不幸中の幸いも手伝って、改軌工事は当時の社長であった佐伯勇の英断により、台風による水害からの復旧を機に同年11月に前倒しして実施されることとなった。工事は名古屋線全線と神戸線を全体で9区画に分け、1日につき1区画ずつ(日によって2区画)昼間の6時間をバス代行し、千数百人に及ぶ作業員らによって午前からレールの移設を始め昼過ぎには完了、夕方には早くも改軌の済んだ線路上で定期列車の運行が行われた。同年11月27日には全ての区間での工事が完了し、その後線路の道床改良を経て、同年12月12日より名古屋 - 大阪上本町間と名古屋 - 宇治山田間の直通運転が開始された。また、前述のような事情で随所に存在した急カーブも改軌に先駆ける形で複線化を兼ねた線形改良がなされ、多くが解消されている。

なお、伊勢線は水害復旧後も狭軌のままで、1961年1月に全線廃止されている。

[編集] 年表

  • 1915年(大正4年)9月10日 伊勢鉄道が白子 - 一身田町(現在の高田本山)間を狭軌で開業
  • 1916年(大正5年)1月9日 伊勢鉄道 千代崎 - 白子間が開業
  • 1917年(大正6年)1月1日 伊勢鉄道 一身田町 - 江戸橋 - 津市(後の部田)間が開業。千里駅開業
  • 1917年(大正6年)12月22日 伊勢鉄道 楠 - 千代崎間が開業
  • 1918年(大正7年)11月1日 伊勢鉄道 一身田町駅を高田本山駅に改称
  • 1919年(大正8年)10月25日 伊勢鉄道 海山道 - 楠間が開業
  • 1920年(大正9年)4月1日 伊勢鉄道 北楠駅開業
  • 1921年(大正10年)10月 伊勢鉄道 千里駅廃止
  • 1921年(大正10年)11月8日 高田本山 - 江戸橋間の三軒家駅廃止認可
  • 1922年(大正11年)3月1日 伊勢鉄道 新四日市 - 海山道間が開業
  • 1922年(大正11年)10月1日 伊勢鉄道 新四日市駅を四日市駅に、子安観音駅を鼓ヶ浦駅に改称
  • 1924年(大正13年)4月3日 伊勢鉄道 部田 - 津市(後の津新地)間が開業
  • 1926年(大正15年)9月12日 伊勢鉄道が伊勢電気鉄道に社名変更
  • 1926年(大正15年)12月16日 伊勢電気鉄道 千代崎 - 白子間の玉垣口駅、塩浜 - 楠間の北楠駅廃止認可
  • 1926年(昭和元年)12月26日 伊勢電気鉄道 四日市 - 津新地間が電化、電車運転開始。以後の開業区間は開業当初から電化路線
  • 1928年(昭和3年)10月21日 伊勢電気鉄道 楠 - 箕田間の長太駅廃止認可
  • 1929年(昭和4年)1月30日 伊勢電気鉄道 桑名 - 四日市間が開業(諏訪 - 四日市間を除き複線)
  • 1929年(昭和4年)7月5日 伊勢電気鉄道 (臨)霞ヶ浦駅開業
  • 1929年(昭和4年)10月28日 伊勢電気鉄道 羽津駅開業
  • 1930年(昭和5年) 伊勢電気鉄道 西桑名駅を益生駅に改称。
  • 1930年(昭和5年)5月18日 参宮急行電鉄津線 参急中川(現在の伊勢中川) - 久居間が開業
  • 1930年(昭和5年)12月25日 伊勢電気鉄道 桑名 - 江戸橋 - 大神宮前間が全通
  • 1931年(昭和6年) 伊勢電気鉄道 霞ヶ浦駅が常設駅となる。
  • 1931年(昭和6年)7月4日 参宮急行電鉄津線 久居 - 津新町間が開業
  • 1931年(昭和6年)8月19日 伊勢電気鉄道 塩浜 - 楠間複線化
  • 1932年(昭和7年)4月3日 参宮急行電鉄津線 津新町 - 津間が開業
  • 1934年(昭和9年)6月30日 北楠駅再開業
  • 1936年(昭和11年)9月15日 参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併。桑名 - 江戸橋 - 大神宮前間が伊勢線となる
  • 1937年(昭和12年)12月20日 白子 - 鼓ヶ浦間、上磯分岐(信号場、新設) - 伊勢上野間、豊津浦 - 逆川間を複線化
  • 1938年(昭和13年)4月13日 諏訪 - 四日市間及び楠 - 箕田間複線化
  • 1938年(昭和13年)6月20日 参宮急行電鉄津線 津 - 江戸橋間が開業。伊勢線に江戸橋駅で接続。
  • 1938年(昭和13年)6月26日 関西急行電鉄が関急名古屋(現在の近鉄名古屋) - 桑名間を開業。関西本線の旧橋梁を流用したことから、木曽川分岐(信号場)間 - 長島 - 播磨川分岐(信号場)間は単線、他は複線となる
  • 1938年(昭和13年)12月7日 参宮急行電鉄 江戸橋 - 参急中川間を標準軌から狭軌に改軌。桑名 - 江戸橋 - 参急中川間が名古屋線、江戸橋 - 新松阪 - 大神宮前間が伊勢線となる
  • 1940年(昭和15年)1月1日 参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併。関急名古屋 - 桑名間を名古屋線に編入。関急名古屋駅を参急名古屋駅に、関急八田駅を参急八田駅に、関急蟹江駅を参急蟹江駅に、関急弥富駅を参急弥富駅に、関急長島駅を参急長島駅に改称
  • 1941年(昭和16年)3月15日 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併、関西急行鉄道に改称。西富田駅を関急富田駅に、参急中川駅を伊勢中川駅に改称
  • 1941年(昭和16年)4月30日 参急名古屋駅を関急名古屋駅に、参急八田駅を関急八田駅に、参急蟹江駅を関急蟹江駅に、参急弥富駅を関急弥富駅に、参急長島駅を関急長島駅に改称
  • 1941年(昭和16年)8月18日 海山道 - 塩浜間複線化
  • 1941年(昭和16年)11月25日 伊勢若松 - 千代崎間複線化
  • 1943年(昭和18年)7月1日 長太ノ浦駅開業、千里駅再開業、千里 - 逆川間の豊津浦駅・伊勢上野駅を統合し豊津上野駅開業
  • 1943年(昭和18年)8月21日 箕田 - 伊勢若松間複線化
  • 1943年(昭和18年)10月22日 霞ヶ浦駅廃止。羽津駅移転
  • 1944年(昭和19年)3月13日 上磯分岐 - 鼓ヶ浦間複線化、上磯分岐信号場廃止
  • 1944年(昭和19年)5月8日 豊津上野 - 高田本山間の逆川駅廃止、同駅間に白塚駅開業
  • 1944年(昭和19年)6月1日 関西急行鉄道が南海鉄道と合併、近畿日本鉄道設立
    • 関急名古屋駅を近畿日本名古屋駅に、関急八田駅を近畿日本八田駅に、関急蟹江駅を近畿日本蟹江駅に、関急弥富駅を近畿日本弥富駅に、関急長島駅を近畿日本長島駅に、関急富田駅を近畿日本富田駅に改称
  • 1945年(昭和20年)6月1日 黄金駅、町屋駅、西町駅休止。
  • 1945年(昭和20年)7月24日 空襲により、揖斐・長良川橋梁が被爆し不通に。関西本線を代替線として用いるため、連絡線を設けた上で同線を一時的に電化
  • 1946年(昭和21年)5月1日 揖斐・長良川橋梁復旧
  • 1946年(昭和21年)6月17日 津新町 - 久居間に二重池信号場開設
  • 1946年(昭和21年)7月13日 富洲原(現・川越富洲原) - 伊勢朝日間の川越駅廃止。富洲原駅移転
  • 1947年(昭和22年)3月1日 休止していた黄金駅営業再開
  • 1947年(昭和22年)3月14日 休止していた川原町 - 諏訪間の西町駅廃止
  • 1947年(昭和22年)10月8日 大阪 - 名古屋間特急運転開始
  • 1948年(昭和23年)7月21日 播磨川分岐 - 揖斐川分岐(信号場、新設)間を複線化し、播磨川分岐信号場を廃止
  • 1948年(昭和23年)9月1日 近畿日本長島 - 桑名間の揖斐川駅休止
  • 1950年(昭和25年)6月5日 羽津駅を霞ヶ浦駅に改称
  • 1950年(昭和25年)8月4日 - 1952年(昭和27年)9月30日 名古屋鉄道との団体臨時列車相互直通運転実施
  • 1952年(昭和27年) 休止していた伊勢朝日 - 益生間の町屋駅この年までに廃止
  • 1952年(昭和27年)10月31日 鹿化川分岐(信号場、新設) - 海山道間0.1km短絡工事完成、同区間を複線化
  • 1953年(昭和28年)9月15日 津新町 - 久居間の二重池信号場廃止
  • 1955年(昭和30年)7月15日 白塚 - 高田本山 - 江戸橋間の経路変更・複線化。0.5km短縮。逆川分岐信号場廃止
  • 1956年(昭和31年)9月23日 川原町 - 諏訪 - 四日市(国鉄四日市駅の前) - 鹿化川分岐間を、川原町 - 近畿日本四日市 - 鹿川分岐間の新線に切り替え。1.1km短縮。鹿川分岐信号場廃止
  • 1959年(昭和34年)9月19日 揖斐・長良川橋梁架け替え。揖斐川分岐 - 長島間を複線化し、揖斐川分岐信号場を廃止
  • 1959年(昭和34年)9月26日 木曽川橋梁架け替え。長島 - 木曽川分岐間を複線化し、木曾川分岐信号場廃止。同日、伊勢湾台風により全線が被災し、不通に
  • 1959年(昭和34年)9月28日 近畿日本四日市 - 津新町間が復旧
  • 1959年(昭和34年)9月29日 近畿日本名古屋 - 近畿日本八田間が復旧
  • 1959年(昭和34年)9月30日 近畿日本八田 - 伏屋間、富洲原 - 近畿日本四日市間、津新町 - 伊勢中川間が復旧
  • 1959年(昭和34年)10月1日 桑名 - 富洲原間が復旧
  • 1959年(昭和34年)10月15日 伏屋 - 近畿日本蟹江間が復旧
  • 1959年(昭和34年)11月8日 近畿日本長島 - 桑名間が復旧
  • 1959年(昭和34年)11月19日 標準軌化工事開始
  • 1959年(昭和34年)11月20日 久居 - 伊勢中川間(始発から供用)、江戸橋 - 久居間(夕方から供用)を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月21日 近畿日本長島 - 桑名間、豊津上野 - 江戸橋間を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月22日 白子 - 豊津上野間を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月23日 塩浜 - 白子間を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月24日 近畿日本四日市 - 塩浜間を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月25日 富洲原 - 近畿日本四日市間を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月26日 桑名 - 富洲原間を標準軌に改軌
  • 1959年(昭和34年)11月27日 近畿日本名古屋 - 近畿日本蟹江間が標準軌に改軌されると同時に近畿日本蟹江 - 近畿日本長島間が開通、全線復旧・標準軌化が完成
  • 1959年(昭和34年)12月12日 名阪特急が直通運転開始
  • 1961年(昭和36年)3月29日 中川短絡線が開通。名古屋線・大阪線直通列車の伊勢中川駅でのスイッチバック運転解消
  • 1961年(昭和36年)8月8日 津 - 津新町間複線化
  • 1964年(昭和39年)3月10日 江戸橋 - 津間複線化
  • 1964年(昭和39年)12月10日 富吉駅開業
  • 1968年(昭和43年)3月1日 ATS使用開始
  • 1969年(昭和44年)5月15日 休止していた近畿日本長島 - 桑名間の揖斐川駅廃止
  • 1970年(昭和45年)3月1日 近畿日本名古屋駅を近鉄名古屋駅に、近畿日本八田駅を近鉄八田駅に、近畿日本蟹江駅を近鉄蟹江駅に、近畿日本弥富駅を近鉄弥富駅に、近畿日本長島駅を近鉄長島駅に、近畿日本富田駅を近鉄富田駅に、近畿日本四日市駅を近鉄四日市に改称
  • 1972年(昭和47年)7月16日 雲出川分岐 - 伊勢中川間複線化、全線複線化完成。雲出川分岐信号場廃止
  • 1973年(昭和48年)10月11日 近鉄四日市駅付近1.7km高架化
  • 1975年(昭和50年)7月20日 新正駅開業
  • 1984年(昭和59年)旧型車全廃により通勤車の最高速度を110km/hに向上
  • 1988年(昭和63年)3月18日 21000系(アーバンライナー)の営業運転開始(当初は名阪甲特急に限定運用)、特急の120km/h運転開始
  • 1988年(昭和63年) 3扉転換クロスシート車両5200系の営業運転開始
  • 1989年(平成元年)4月28日 南が丘駅開業
  • 1990年(平成2年)3月15日 名阪甲特急の全列車21000系化および一部列車を津駅(・大和八木駅)にも停車開始、21000系を名伊甲特急にも運用開始
  • 1992年(平成4年)3月19日 22000系 (ACE) の営業運転開始(当初は名阪乙特急に限定運用)
  • 1994年(平成6年)3月15日 23000系(伊勢志摩ライナー)の営業運転開始(当初は名伊甲特急(・阪伊甲特急)に限定運用)
  • 1996年(平成8年)2月 2610系2621Fを改造したL/Cカー試作編成の試験運用開始
  • 1996年(平成8年)3月15日 名伊特急(・阪伊特急・吉野特急)の運行体制見直し(一部列車の臨時列車格下げなど)が始まる
  • 1998年(平成10年) 新造L/Cカー(5800系)の営業運転開始(1997年から1998年にかけて2610系2626F・2627Fおよび2800系2811F・2813F・2815Fの各編成もL/Cカーに改造)
  • 1998年(平成10年)3月17日 23000系を名伊乙特急(・阪伊乙特急)にも運用開始、湯の山線直通特急の廃止(近鉄四日市 - 湯の山温泉間の単独運行に)
  • 2001年(平成13年)3月22日 23000系を名阪甲特急にも運用開始、これに伴って名伊特急運用では編成の向きがこれまでとは逆になる(「近鉄特急」の項も参照)
  • 2002年(平成14年)3月20日 急行の停車駅に近鉄蟹江駅を追加、これに伴って準急の本数を削減
  • 2004年(平成16年)3月18日 白塚 - 伊勢中川間の一部の普通列車でワンマン運転開始
  • 2005年(平成17年)5月21日 黄金 - 伏屋間高架化完成
  • 2007年(平成19年)4月1日 各駅でPiTaPaICOCAの取り扱い開始
  • 2008年(平成20年)6月14日 近鉄名古屋 - 近鉄八田間で車上速度パターン照査式ATS (ATS-SP) 使用開始
  • 2009年(平成21年)3月20日 富洲原駅を川越富洲原駅に改称[2][3]。23000系の名阪甲特急への定期運用が無くなる。

[編集] 将来の計画

[編集] 金山線乗り入れ計画

1992年(平成4年)運輸政策審議会答申第12号によると、戸田駅で名古屋市の金山線との相互直通運転を検討するとしている[4]。しかし、金山線自体に事業化の動きがないなど、実現の可能性は現時点では極めて低い。

[編集] 列車運行管理システム

2006(平成18)年度より名古屋線・湯の山線鈴鹿線山田線鳥羽線志摩線および大阪線青山トンネル以東の区間において列車運行管理システム導入のための工事が進められている。完成は2010(平成22)年度の予定。

[編集] 東海地震への対応

近鉄名古屋 - 川越富洲原間は東海地震に対する地震防災対策強化地域に関わっており、東海地震の警戒宣言が発令された場合、同区間では列車の運転が中止されることになっている。これに伴って、川越富洲原 - 伊勢中川・明星(山田線)間では特急列車の運転が取り止められ、一般列車でも本数の間引き・徐行運転の措置が行われることになっている。また、名阪甲特急の運転も取り止められるなど、大阪線などにも影響が広がることになる[5]

[編集] 駅一覧

●:停車、|:通過
普通列車は省略:各駅に停車
特急列車については特急列車記事を参照のこと
#印の駅は列車待避可能駅(#↑印の桑名駅は名古屋方面のみ、#↓印の益生駅は津方面のみ可能)。

(運行系統上の下り方向に記述)

駅名 駅間キロ 営業キロ 準急 急行 接続路線 所在地
近鉄名古屋駅 - 0.0 東海旅客鉄道東海道新幹線東海道本線中央本線関西本線名古屋駅
名古屋市営地下鉄東山線桜通線(名古屋駅)
名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線(あおなみ線)(名古屋駅)
名古屋鉄道名古屋本線名鉄名古屋駅
愛知県 名古屋市
中村区
米野駅 1.1 1.1  
黄金駅 1.0 2.1  
烏森駅 0.7 2.8  
近鉄八田駅# 1.0 3.8 東海旅客鉄道:関西本線(八田駅
名古屋市営地下鉄:東山線(八田駅)
伏屋駅 2.6 6.4   名古屋市
中川区
戸田駅 2.0 8.4  
近鉄蟹江駅# 1.3 9.7   海部郡蟹江町
富吉駅# 2.4 12.1  
佐古木駅 1.6 13.7   弥富市
近鉄弥富駅# 2.4 16.1 東海旅客鉄道:関西本線(弥富駅
名古屋鉄道:尾西線(弥富駅)
近鉄長島駅 3.4 19.5   三重県 桑名市
桑名駅#↑ 4.2 23.7 養老鉄道養老線
東海旅客鉄道:関西本線
三岐鉄道北勢線西桑名駅
益生駅#↓ 1.1 24.8  
伊勢朝日駅 2.6 27.4   三重郡朝日町
川越富洲原駅# 2.6 30.0   三重郡川越町
近鉄富田駅 1.6 31.6 三岐鉄道:三岐線 四日市市
霞ヶ浦駅 1.9 33.5  
阿倉川駅# 1.1 34.6  
川原町駅 1.1 35.7  
近鉄四日市駅# 1.2 36.9 近畿日本鉄道湯の山線内部線
新正駅 1.2 38.1    
海山道駅 1.5 39.6    
塩浜駅# 1.2 40.8    
北楠駅 1.8 42.6    
楠駅# 1.6 44.2    
長太ノ浦駅 1.4 45.6     鈴鹿市
箕田駅 1.4 47.0    
伊勢若松駅# 1.3 48.3   近畿日本鉄道:鈴鹿線(一部直通運転:下記参照)
千代崎駅 1.8 50.1    
白子駅# 2.8 52.9    
鼓ヶ浦駅 1.2 54.1    
磯山駅 1.9 56.0    
千里駅 1.9 57.9     津市
豊津上野駅# 1.9 59.8    
白塚駅# 1.9 61.7    
高田本山駅 2.4 64.1    
江戸橋駅# 1.2 65.3    
津駅 1.2 66.5   東海旅客鉄道:紀勢本線
伊勢鉄道伊勢線
津新町駅 2.3 68.8    
南が丘駅 2.7 71.5    
久居駅 2.5 74.0    
桃園駅 1.5 75.5    
伊勢中川駅# 3.3 78.8   近畿日本鉄道:大阪線山田線(一部直通運転:下記参照) 松阪市
直通運転区間 伊勢若松駅から
○急行…鈴鹿線平田町駅まで
伊勢中川駅から
○普通…志摩線賢島駅まで
○急行…鳥羽線鳥羽駅まで

[編集] 主要駅の乗降客数

2008年11月18日調査[1]

  • 近鉄名古屋 108,792人
  • 近鉄蟹江 12,829人
  • 近鉄弥富 12,124人
  • 桑名 21,441人
  • 近鉄富田 14,658人
  • 近鉄四日市 52,378人
  • 塩浜 6,330人
  • 伊勢若松 1,911人
  • 白子 13,569人
  • 江戸橋 7,850人
  • 津 27,202人
  • 津新町 12,049人
  • 久居 10,248人
  • 伊勢中川 7,323人

[編集] 脚注

[ヘルプ]

[編集] 参考文献

  • 「まるごと近鉄ぶらり沿線の旅」(著者・編者 徳田耕一、出版・発行 河出書房新社 2005年) ISBN 4309224393
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄1」(著者・編者 諸河久・杉谷広規、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 458650904X
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4586509058
  • 「近鉄時刻表」各号 (著者・編者 近畿日本鉄道、出版・発行 同左)
  • 「鉄道ピクトリアル'03年1月号増刊 特集:近畿日本鉄道」(著者・編者 電気車研究会 出版・発行 同左)
  • 今尾恵介「日本鉄道旅行地図帳 8号 関西1」新潮社、2008年、ISBN 978-4-10-790026-5
  • 「鉄道ファン」各号(交友社)
  • 「鉄道ダイヤ情報」各号(交通新聞社)

[編集] 関連項目


最終更新 2009年11月6日 (金) 00:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【近鉄名古屋線】変更履歴

ご利用上の注意