通過儀礼

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通過儀礼(つうかぎれい、Initiationrite of passage)とは、出生、成人、結婚、死などの人間が成長していく過程で、次なる段階の期間に新しい意味を付与する儀礼。人生儀礼ともいう。イニシエーションの訳語としてあてられることが多い。通過儀礼を広義に取り、人生儀礼を下位概念とする分け方もある。 イニシエーションとして古来から行われているものとしては割礼抜歯刺青など身体的苦痛を伴うものである事が多い。 こうした事例は文化人類学の研究対象となっている。

目次

[編集] 日本における通過儀礼

近世日本の武家階級では元服というものがあり、服装、髪型や名前を変える、男子は腹掛けに代えてふんどしを締める(褌祝)、女子は成人仕様の着物を着て厚化粧する、といったしきたりもあった。地域によっては男子の場合、米俵1俵を持ち上げることができたら一人前とか、1日1反の田植えができたら一人前とかいった、年齢とは別の成人として認められる基準が存在した例もある。男子の場合、明治時代から終戦までは徴兵検査兵役が「一人前の男」になるための通過儀礼と見なされていた。

現代の日本においては、七五三などの幼少時の通過儀礼や、還暦祝いなどの老年期の通過儀礼は残っているものの、「子供から大人への通過儀礼」が過去ほど明確には意識されてはいない。18歳で運転免許の取得が可能になる、20歳で選挙権の行使が可能になるなど、法律上、一定年齢になれば自動的に権利が与えられるものはあるが、儀式としては成人式以外に通過儀礼と呼べるものはない。ただ、大学(あるいは、大学院)卒業までに就職活動を行い、22歳前後で正規労働者(フリーターニートではなく、正規雇用の公務員正社員)として就職することが「一人前の社会人」になるための一種の通過儀礼と見なされている部分はある。

また、戦後の日本では長らく、小学校を卒業して中学校に入学することが「大人への第一歩」と見なす考え方も存在していた。例えば、1984年4月3日の朝日新聞社説「中学生になった君たちへ」では「中学生になることは、大人への第一歩だ。男子なら、半ズボンを穿かなくなる」と述べている。半ズボン卒業が一種の通過儀礼の意味を持っていたわけであるが、1990年代後半以降のハーフパンツの普及や小学生の間で半ズボンが廃ってきたことにより、この通過儀礼の意味も消滅した。ただし、「児童」から「生徒」への呼称の変更、教科別の教員、大部分の学校での制服着用の開始、一部の学校での男子への丸刈り強制など、小学生から中学生になる通過儀礼的要素は今でも残存している。

なお、大学入学式・新入生歓迎合宿、企業入社式・新人研修といった行事が存在するが、これらも広い意味では通過儀礼と言えないこともない。他に、大学院大学高校等の入学試験受験勉強、あるいは運転免許証などの資格の取得[1]卒業研究[2]なども通過儀礼と考える人もいる。

[編集] キリスト教社会における通過儀礼

カトリック教会における秘跡は、通過儀礼としての性質を併せ持っているものが多い。洗礼(幼児洗礼)や初聖体堅信などは典型的な例である。プロテスタント教会における幼児洗礼や信仰告白、正教会における聖洗も同様である。

なお、プロテスタント教会であっても幼児洗礼を行わないバプテスト派の洗礼(浸礼という)は、通過儀礼というよりは入会儀式の性格が強い。

[編集] 通過儀礼の観光化

通過儀礼を観光化・娯楽化したものとしては、バヌアツ共和国バンジージャンプなどが有名である。

[編集] 関連文献

フランスのファン・ヘネップによる研究(『通過儀礼』1909年)が有名である。

[編集] 脚注

  1. ^ 日本においては自動車教習所においては、教習指導員と教習生の間には著しい力関係の隔たりがあり、場合によっては教習生は指導員の厳しい叱責や屈辱的な言辞に耐えなければ免許を取得できない事情から、比喩的に「通過儀礼」と言う場合がある。
  2. ^ これも、運転免許取得と同様、研究室内でのヒエラルキー・力関係上、配属された学生(あるいは院生)は指導教員(学生の単位認定や学位授与を左右する権限を握っている)に逆らえないため、屈辱的な態度や言動を取られても耐えるしかなく、一種の通過儀礼と見なせる(アカデミックハラスメントの項目を参照)。

最終更新 2009年7月4日 (土) 16:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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