都営バス渋谷営業所

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都営バス渋谷営業所(明治通り側、建物は都営アパート)
東急東横線から見た渋谷営業所

都営バス渋谷営業所(とえいバスしぶやえいぎょうしょ)は、渋谷区東部、港区都営バス路線を担当している営業所であり、渋谷駅と恵比寿駅のほぼ中間に当たる渋谷区2丁目にある。都営渋谷東二アパート及び東京都交通局の職員住宅である渋谷寮が隣接している。正式名称は、東京都交通局渋谷自動車営業所である。管轄下に新宿支所を置く。営業所記号は「B」を用いる。

目次

[編集] 沿革

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[編集] 現行路線

[編集] 都01・RH01・深夜01系統(グリーンシャトル)

都01・都06・渋88の経路比較
  • 都01:渋谷駅 - 南青山七丁目 - 西麻布 - 六本木駅 - 赤坂アークヒルズ - 溜池 - 虎ノ門 - 新橋駅
  • 都01:渋谷駅 - 南青山七丁目 - 西麻布 - 六本木駅 - 赤坂アークヒルズ(構内)
  • 都01(折返):渋谷駅 - 南青山七丁目 - 西麻布 - 六本木駅 - 東京ミッドタウン
  • 都01(折返):渋谷駅 - 南青山七丁目 - 西麻布 -(←六本木けやき坂←)- 六本木ヒルズ(循環)
  • 都01:渋谷駅 → 南青山七丁目
  • RH01:渋谷駅 -(無停車)-(←六本木けやき坂←)- 六本木ヒルズ(循環)
  • 深夜01:渋谷駅 - 南青山七丁目 - 西麻布 - 六本木駅 - 赤坂アークヒルズ - 溜池 - 新橋駅北口

都営バスの最主力路線の一つ。都市新バス第1号の路線で、「グリーンシャトル」の愛称で呼ばれる。

1967年12月10日都電6系統の代替として登場すると、1972年の新系統番号付与により、橋89に変更される。代替バスとなってからも、鉄道が不便である地域が多かったため乗客は多く、営業係数も70から90の間にあり、比較的凋落傾向であった都営バスの中でも好調の路線であった。その後、1984年3月31日に「都市新バス」化することとなった。具体的には、低床化、冷暖房装備、豪華なシート、案内装置の改善などの車両側の整備、停留所のシェルターやバスロケーションシステムの導入などの停留所の整備、バスレーン設定などによる定時性の確保である[1]。なおこの時、渋谷駅 - 南青山七丁目のルートを国道246号を通るルートから渋88が経由していた六本木通り経由に変更を行った。この結果、旅客数は大きく増加し、都市新バスシステムの効果が証明された。1984年5月には愛称の一般公募で「グリーンシャトル」と名付けられ、同年8月からは行灯つきのヘッドマークを掲げて走行することとなった。

麻布・六本木・赤坂霞が関・虎ノ門といった都内随一の繁華街・オフィス街を経由し、特に六本木までは地下鉄がないことから多くの利用者が見られ、本線の途中折返し便が終日に渡って運転される[2]。その後も赤坂アークヒルズなどの大規模都市開発が沿線で行われるようになり、乗客数は増加を続けていった。

その後、南北線大江戸線をはじめとした地下鉄路線網の整備などにより、一時期の勢いは姿を潜めるようになるも、交通局の新たなバスサービスの一環として、1988年12月から深夜バスの運行、2000年12月12日からは渋谷駅 - 新橋駅間にラピッドバスの急行01の運行を行った。深夜バスは比較的順調に推移したものの、バブル崩壊以後は乗客数が減少している。急行01は朝夕に運行され、主要停留所のみの停車で停車停留所の利用客からは好評であったが、通過停留所からの評判が良くなく、2003年4月25日に廃止されてしまった[3]。なお、同日には六本木地区に再開発で誕生した六本木ヒルズ構内への輸送がスタート。六本木ヒルズ止まりの都01(折返)が新設されると、その急行版・RH01が2003年10月10日に新設された。この路線は西麻布の立体交差で陸橋側を走行するため、各駅便と比べて大幅な時間短縮が実現した。

2004年4月1日には、新宿との共管となる[4]が、5年後の2009年4月1日、新宿の支所昇格と同時に共管を解消する。

2007年4月21日、東京ミッドタウン開業に伴いミッドタウン線を新設、同時に全便ノンステップバスに統一した。   深夜01は、都01の深夜バスとして設定された系統。都01とほぼ同じ経路を通るが、新橋駅ターミナル内はタクシーが多く運転の支障となるため、新橋駅北口発着となっている。また渋谷駅行きの最終便は東急バスの深夜急行バスへの乗り継ぎを考慮して、渋谷駅西口バスターミナルに乗り入れている。

方向幕には西麻布や六本木六丁目も存在した。</ref>。方向幕の地色はアークヒルズ・溜池・新橋行きが青、六本木ヒルズ行きが濃緑(渋谷行きは青)、東京ミッドタウン行きが黄緑を採用する。

[編集] 都06系統(グリーンエコー)

都06
都06(渋谷駅への出入庫便)
  • 都06:渋谷駅 - 渋谷車庫 - 天現寺橋 - 古川橋 - 麻布十番駅 - 赤羽橋駅
  • 都06:渋谷駅 - 渋谷車庫 - 天現寺橋 - 古川橋 - 麻布十番駅 - 赤羽橋駅 - 金杉橋 - 大門駅 - 新橋駅

渋谷駅 - 金杉橋間を結んでいた都電34系統の代替路線として1969年に534系統として開通し、1990年に都市新バス路線となったものである。愛称は「グリーンエコー」で、同じ渋谷 - 新橋間を結ぶグリーンシャトルとの混同を防ぐため、ダークグレーの方向幕を使用している。なお、赤羽橋駅行きは折返しの都合上、都06本線の北側・首都高を挟んだ道路(橋86と同ルート)を経由し、済生会中央病院前に存在する、赤羽橋駅の渋谷駅行きバス停へ向かう。このため、中ノ橋停留所は本線とは異なった停留所を通過する。

かつては目黒(支所→分駐所を経て2005年3月廃止)の管轄だったが、規模縮小に伴って段階的に渋谷へ移管され、2003年4月をもって全便が渋谷担当となった。同時に渋谷駅 - 天現寺橋 - 目黒駅、天現寺橋→赤羽橋→新橋駅・天現時橋→赤羽橋間に設定されていた出入庫系統が廃止された。2008年4月1日からは、品川との共同運行が開始されている。

橋85→都06へと変わる前の数年間は、渋谷駅 - 赤羽橋間の折返しダイヤが多数を占め、赤羽橋 - 新橋駅間は赤羽橋までのダイヤの5割から7割ほどの運行回数であったが、都市新バス化に伴い渋谷駅 - 新橋駅間の運行を基本とするダイヤへと変更となった。それに加えて、平日夕方のラッシュ時には、利用者への便宜を図って四ノ橋→渋谷駅行き(目黒車庫→四ノ橋は回送)も運行されていた。その後、2000年の都営地下鉄大江戸線全線開業にあたってのダイヤ改正により、再び渋谷駅 - 赤羽橋駅間の折返しが多数設定される事となった。

[編集] 学03系統

下校時に運行されている東京女学館からのノンストップ便(B-C176)

沿線に東京女学館中学校・高等学校をはじめ、日本赤十字社などの施設がみられるため、医療機関利用者や学生・生徒の利用が非常に多く、運行頻度が高い路線である。また、女学館生の下校対策便として、事実上同校生専用の急行バスが2003年9月に開通した。

[編集] 学06系統

学03と異なり、恵比寿駅西口ターミナルを発車していた。國學院大學へ通う学生や他の沿線学校、日赤医療センターへ向かう手段として、比丘橋経由の細い路地を走るルートで運行されていた。しかし、150前後を記録するなど営業的には赤字基調だったため、一部区間で路線変更を行って、本来の目的である國學院への学バスとしての役割に加えて、広尾地区の各学校や沿線住民の恵比寿駅へ出るための交通手段として利用できるようにした。

[編集] 田87系統

終戦時よりトップナンバー・1系統で存在し、1949年の分割以降、路線形態を変えずに現在まで至っている。近年まで長く地下鉄の空白地域であった白金地区を経由し、また沿線には北里研究所聖心女子学院、慶應義塾大学等があり利用客は多い。 2000年9月に営団南北線都営三田線白金高輪駅の開業後も、幾分か本数は減ったものの、現在も日中で概ね7 - 8分間隔の運行本数を維持している。

[編集] 廃止・撤退路線

[編集] 茶80系統

渋谷から御茶ノ水・順天堂病院へ向かう路線は、九段下経由の茶81と四谷見附経由の茶80があった。

[編集] 茶81系統

  • 茶81:渋谷駅 - 青山一丁目駅 - 隼町 - 九段下 - 神保町 - 御茶ノ水駅・順天堂病院

渋谷から神保町まで営団半蔵門線と並行していたため、2000年12月12日に廃止。ただし、青山通り(国道246号)上の一部の停留所は、国立劇場から渋谷駅行きの劇場バス降車専用バス停として、名残を留めている。

[編集] 東82系統

分割前の末期は慢性的な渋滞に悩まされ、渋谷車庫出入庫の関係で都営バスにより等々力 - 渋谷駅(渋谷車庫)間の区間運行が行われていた。1984年2月16日に等々力 - 渋谷駅間と渋谷駅 - 東京駅間を分割して東急との乗入れを中止。渋谷駅 - 東京駅間の残存区間は暫く単独で運行されていたが、後に渋88に吸収合併。等々力 - 渋谷駅は東急バス渋82として、運行が継続されている。

[編集] 東83系統

  • 東83:東京駅南口 - 霞ヶ関 - 六本木 - 渋谷駅 - 三軒茶屋 - 桜新町
  • 東83:東京駅南口 - 霞ヶ関 -(首都高速)- 三軒茶屋 - 桜新町(東急バスと共同運行)

1967年12月に新しい通勤手段として、平日の朝の下りと夕方の上りを一般道路経由とした甲、平日の朝上りと夕方下りを首都高速3号渋谷線経由(大坂上 - 通産省間はノンストップ)とした乙が設定され、共に日曜・祭日は運休であった。しかし、国道246号の慢性的な渋滞に悩まされた上、1977年4月7日東急新玉川線の開通で利用客が次第に低下したため、1979年11月23日に廃止された。

[編集] 東84系統

  • 東84:東京駅南口 - 霞ヶ関 - 六本木 - 渋谷駅 - 経堂駅(東急バスと共同運行)

1974年8月25日に渋谷駅で分割。都心部側は都営のみで運行を続けたが、1977年12月16日に渋谷駅 - 東京駅間の運行を廃止。経堂駅 - 渋谷駅は東急バス渋22として運行されていたが、1984年に廃止されている。

[編集] 東85系統

  • 東85:東京駅八重洲口 - 新橋 - 六本木 - 渋谷駅 - 東北沢 - 幡ヶ谷(東急バスと共同運行)

1950年5月6日、東京急行と共同運行で、幡ヶ谷 - 東京駅間の運行を開始。1977年12月16日に渋谷駅 - 東京駅間の都営エリアは廃止される。現在、幡ヶ谷 - 渋谷駅間は、東急バス渋55系統として運行中。

[編集] 銀86系統

  • 銀86:渋谷駅 - 青山一丁目 - 六本木 - 日比谷 - 数寄屋橋 - 銀座四丁目 - 勝どき二丁目 - 豊海水産埠頭
  • 銀86:渋谷駅 - 青山一丁目 - 六本木 - 日比谷 - 数寄屋橋 - 銀座四丁目 - 勝どき二丁目 - 新佃島

都電代替として開通・運行されていたが、青山・六本木・虎ノ門とあちこち経由した上で、当時杉並営業所管轄の銀71系統:新宿駅西口 - 晴海埠頭と共に、都心部と中央区南東部への足として運行されていた。都電時代の名残で、勝どき二丁目から新佃島へ分かれるダイヤが組まれていた事もある。運行ダイヤの定時性確保が厳しくなり、虎ノ門 - 豊海折り返しを多くする等の経緯の後、1982年12月26日の改正で、深川営業所管轄の東16(東京駅南口 - 勝どき五丁目)と統合・短縮。銀16として江東営業所へ移管、のちに都04に改称される。

[編集] 渋88系統

2008年に品川営業所移管の後、2009年に新宿支所に再度移管・はとバス委託化。

[編集] 車両

渋谷営業所所属車(貸切車,2006年式・いすゞ・ガーラ

指定車種 三菱ふそう(D代、M210 - M213、N代、R代は日野自動車 M198、M199はいすゞ自動車 P代は日産ディーゼル音声合成 クラリオンレゾナント・システムズ

  • RH01系統には森ビルから貸与された三菱ふそう・エアロスター3台(L661 - L663) が専用車として就役、ホイールベースが通常の都バス車両(4.8m・K尺) より長い5.3m(M尺) を採用している。就役当初は六本木ヒルズのイメージキャラクター「ロクロク星人」のラッピング装飾が施され、座席は青または緑にロクロク星人がプリントされた絵柄だった。のちに六本木ヒルズでのイベントやテレビ朝日角川文庫のラッピング広告に改められ、座席はみんくる柄ではなく青または緑一色となっている。
  • 貸切車としていすゞ・ガーラが3台配置されている。(P001 - P003)

[編集] 脚注

  1. ^ なお、当時は運輸省が「都市新バス」システムに対して助成金を出しており、総事業費のうち1割程度をそれらで賄った。
  2. ^ 現在ある途中折返は渋谷駅発の場合は溜池、赤坂アークヒルズ、南青山七丁目である。
  3. ^ 他のラビットバスも多くが廃止されたが、急行05は現在も運行を続けている。
  4. ^ 新宿は2006年4月1日に分駐所に格下げとなったが、2009年4月1日にはとバスへの業務委託に伴い再び支所になっている。


最終更新 2009年11月19日 (木) 13:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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