都営バス青戸支所
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都営バス青戸支所(とえいバスあおとししょ)は、東京都葛飾区白鳥の水戸街道沿いにあり、葛飾区、墨田区、台東区の水戸街道・浅草通り周辺を走る路線を担当している支所である。正式名称は、東京都交通局南千住自動車営業所青戸支所。営業所記号は「Z」を用いる。
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[編集] 沿革
青戸支所は都営バスの支所のなかで唯一、他所のように営業所からの格下げがなく、発足当初から支所を名乗っている。2006年4月1日、はとバスへの委託を開始した。
2006年4月1日 - 2008年3月31日、同一敷地内に東京都交通局南千住自動車営業所青戸分駐所が存在した。
[編集] 現行路線
[編集] 上23系統
- 上23:平井駅 - 中居堀 - 押上 -(←リバーピア吾妻橋/墨田区役所→)- 浅草寿町 - 上野駅 - 上野松坂屋
- 上23:平井駅 - 中居堀 - 押上三丁目 - 押上駅 -(←リバーピア吾妻橋/墨田区役所→)- 浅草寿町 - 上野駅 - 上野松坂屋
- 上23:平井駅 - 東墨田三丁目 - 八広 - 葛飾警察署 - 青戸車庫
- 上23:平井駅 - 平井操車所
浅草、押上、東墨田地区を通って平井駅と上野・浅草間を結ぶ路線である。この系統の起源は平23乙で、平成に入る前までは平井駅を出て押上を経由し、蔵前橋通り・清澄通り経由で両国駅に向かっていた。接続駅としての両国駅はあまり価値がなかったが、横網一丁目付近(現在の国際ファッションセンター)に墨田区役所があったため、平23乙は墨田区北部からの区役所へのアクセス路線としての存在価値があった。
しかし、1990年に墨田区役所が吾妻橋に移転したため、両国駅に接続させるメリットはなくなった。これをきっかけに、近くを走る上37(上野松坂屋 - 八広 - 青戸車庫)とともに路線の見直しが行われることとなり、平23乙の東側+上37の西側を通る新・平23乙が誕生した[1]。その後、系統番号を平23乙→上23に改め、浅草寿町 - 押上駅 - 新四ツ木橋の路線を平井駅発着に変更した。平23甲が短縮された際は、代替として平井操車所 - 平井駅間を新設した。
2006年4月に、はとバスへの委託を開始し、同時に上23出入(平井駅 - 青戸車庫)を新設して現在に至る。
[編集] 上26系統
- 上26:亀戸駅 - 亀戸天神 - 押上 - 業平橋駅 - 言問橋 - 隅田公園 - 根津駅 -(←上野広小路)- 上野公園
- 上26:亀戸駅 - 亀戸天神 - 押上 - 業平橋駅 - 言問橋 - 隅田公園(出入庫)
- 上26:浅草二丁目 - 根津駅 -(←上野広小路)- 上野公園(出入庫)
亀戸と上野公園を結ぶ路線。入谷鬼子母神 - 上野公園間は半環状に大きく迂回するような形で走る。全便ノンステップにより運行され、大型連休や花見シーズンには臨時増発が行われる。
トロリーバス101(上野公園 - 今井)の代替路線601系統として1968年9月29日に開業、新系統番号化され上26となり、長らくトロリーバス時代と同経路で運行していた(担当は江東営業所今井支所)。その後の営業所改変などに伴い、所管箇所は江戸川営業所(初代)今井支所となり、1987年に江戸川営業所(初代)、今井支所の合併移転に伴い臨海営業所(当時)へと変更された。1990年7月21日に亀戸駅 - 上野公園(上26)と今井 - 亀戸駅(亀26)に分割され、臨海から運行するには遠いこともあり、上26は巣鴨と大塚の共管路線となった[2]。
1999年には巣鴨に代わって江東が担当する。2007年に大塚が縮小することも影響し、南千住が新たに運行を担当することとなった。2009年4月1日、はとバス委託系統となり、青戸に移管された。
[編集] 有30系統
原型は千住担当の王30で、環七経由で足立区内を横断し、亀有駅と王子駅を結んでいた。
当時は東武バスとの共同運行だったが、2003年4月の改正で解消、都営は王30を中央部で分割することとし、路線の東側がこの有30に、西側は王49折返(足立区役所~王子駅、千住担当)に引き継がれた。この際、足立区の意向を踏まえて両系統の終点は足立区役所構内となった[3]。[4]
東武はその後、現在まで王30の運行を継続しているが、2004年2月の改正で2往復に大幅減回し、代わって足35を新設した。足35は有30と全く同じ区間を結び、相違点は終点間際の小右衛門町と足立区役所(路上)が無停車になるのみ。共同運行扱いでなく、共通定期券の取り扱いもない。
[編集] 錦37系統
青戸車庫前を起点とし、葛飾警察署、四ツ木橋、押上駅を経由して錦糸町駅を結ぶ路線と、新四ツ木橋から八広を経由して錦糸町駅に至る折返線からなる系統である。水戸街道および四ツ木橋以北の渋滞を避けることおよび利用客の中心が墨田区北部の旅客であるため、平日・土曜の朝夕には新四ツ木橋止まりが多く設定されている。
開設は1990年だが、ここでは前身となる上37から歴史を触れる。
上37は戦後の1949年8月に吾嬬西五丁目[5] - 浅草寿町 - 上野広小路と設定された8系統に遡る。その後、京成との相互乗入れが始まり、運転区間は125系統(青戸一丁目(青戸公団住宅) - 上野広小路)に延長された。しかし、モータリゼーションの発展、収支の悪化などの要因により、1972年に京成との相互乗入れを中止、運転区間も青戸車庫 - 上野広小路に変更され、系統番号も25系統となった。1977年には上35廃止に伴い、バス路線が無くなる上野広小路 - 須田町間を当系統が補うこととなるが、僅か5年後の1982年12月の再編で短縮される。
このように墨田区北部から浅草を経て上野地区を結ぶ路線であったが、収支はあまり乏しいものでなかった。そこで、1990年に平23乙と上37で、押上以南の経路を変更することとなった。具体的には、上37の上野広小路 - 押上駅を、錦糸町駅 - 押上駅に振り替えることとなった。この結果、当系統は新たに「墨田区最大の商業地である錦糸町駅への、区北部(八広、京島地区)からのアクセス路線」としての役割が加わり、乗客が増えるなど活性化させることに成功した。2003年には、半蔵門線押上駅 - 水天宮前駅間が開通し、一定の影響をうけることとなり、錦37の運行本数が削減された。2006年4月には青戸がはとバスへ委託されることとなったものの、本系統は対象とならず、同一場所に設置された南千住営業所青戸分駐所が担当する[6]。しかし、2008年4月からは当系統もはとバスに委託されることとなったため、青戸分駐所と南千住は当系統の担当から外れることとなり、青戸分駐所は廃止された。
[編集] 墨38系統
- 墨38:両国駅 - 本所吾妻橋 - 業平橋駅 - 白鬚橋 - 東京都リハビリテーション病院
従来から区の南北方向を貫く交通が分断されている墨田区において、区内一円の公共施設連絡を図るべく強い政策的要請を受け、1991年7月1日に新設された[7]。[8]
運行開始当時は、遠く離れた千住と青戸が担当していたが、2003年に南千住へ移管されている。2006年4月に青戸再移管とともにはとバス委託路線とし、一部便に非ノンステップ車の使用を設定した。
[編集] 草39系統
- 草39:金町駅 - 亀有警察署 - 中川大橋 - 青戸車庫
- 草39甲:金町駅 - 亀有警察署 - 中川大橋 - 青戸車庫 - 四ツ木橋 - 浅草寿町 - 上野駅 - 上野松坂屋
- 草39乙:金町駅 - 亀有警察署 - 中川大橋 - 青戸車庫 - 四ツ木橋 - 浅草寿町
浅草と金町を水戸街道経由で結ぶ路線で、都営バスの中では数少ない繁華街と郊外とを放射状に結ぶ。上野までの運転は平日の昼間のみ。2006年4月、はとバスへの委託を開始した。
[編集] 撤退路線
[編集] 備考
- Z-N345は、バスコレクション「都バスオリジナルセット2」のモデル車種になっている。
- 2002年度車(K代)と2003年度車(L代)は、方向幕がLEDへ改造されている。
- 中型ノンステップ車の割合が過半数を占める(KL-JP252Nが多い)。
- 2009年10月現在、ノンステップバス導入率は90%を越える。一般車はD870~872(三菱KC-MK219J)の3台のみ。
[編集] 脚注
- ^ これにより両国側は廃止されたが、墨田区東部と区役所新庁舎の連絡線の役割は引き続き本路線が担っている。
- ^ 早朝の1往復に限り、担当の両営業所から設定するのは非常に難しかったため、臨海営業所が運行を担当していた時期もあった。
- ^ なお、分割以前の1990年から都営は王30の支線として、亀有駅北口~足立区役所前という路線を少数運行しており、有30は線形上、これをほぼそのまま引き継いだものであるが、運行回数は依然として一日数往復にとどまっており、後述の東武便を含めた環七通り上に当たる亀有駅北口~本町五丁目間の運行回数は2003年分割以前の半分以下、1994年比では4分の1以下である。
- ^ 1990年までは王31(綾瀬駅 - 王子駅、東武バスとの共同運行)の運行も存在した。
- ^ 現在でいう八広二丁目付近を指す。
- ^ あわせて南千住も当系統の運行を担うこととなった。
- ^ 墨田区が欠損金に対して半額の補助を行っている。
- ^ 収益率が最後に公表された1993年のデータでは、郊外に位置し輸送密度の低い青梅管内の路線をも下回りワースト1となった。
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最終更新 2009年11月26日 (木) 15:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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