都筑郡

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この項目では消滅したについて説明しています。

郡消滅以降の事象については、横浜市瀬谷区旭区保土ケ谷区港北区
緑区都筑区青葉区、および川崎市麻生区をご覧ください。
 
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都筑郡所在図

日本 > 神奈川県 > 都筑郡

都筑郡(つつきぐん、つづきぐん、つつきのこおり)は武蔵国神奈川県にかつて存在したである。

その範囲は概ね多摩丘陵東南部の地域であり、現在は横浜市緑区青葉区都筑区の全域、および瀬谷区旭区保土ケ谷区港北区川崎市麻生区の各一部になっている。多摩郡橘樹郡久良岐郡相模国に接する。

目次

[編集] 歴史

古くから当地域は「つつき」と呼ばれており、その読みに字を当てた「都筑」が 8世紀頃に郡名として定着したと考えられている(「つつき」の語源については定説がない)

[編集] 有史以前

縄文時代 集落が形成されたと見られ、丘陵地から貝塚が、花見山遺跡からは竪穴住居跡や土器が発見されている。

弥生時代 集落の拡大時期と見られ、大塚・歳勝土遺跡環濠集落跡、国の史跡)などはこの時期に形成されたと考えられている。

古墳時代 ヤマト王権とも繋がる有力首長により地域の統一がなされたと見られ、稲荷前古墳群はその一族の墓とされる。

[編集] 古代

郡衙は、長者原遺跡(現在の横浜市青葉区荏田西)に置かれていたと推定されている。8世紀後半の万葉集二十巻の防人の歌「和我由伎乃 伊伎都久之可婆 安之我良乃 美禰婆保久毛乎 美等登志怒波禰 右一首都筑郡上丁服部於田」が、史料上の初見とされる。

927年延喜式神名帳に、都筑郡の社として、杉山神社があげられており、938年には和名類聚抄」に、都筑郡の郷として、余部(あまるべ)、店屋(まちや)、駅家(えきや)、立野(たての)、針折(はざく)、高幡(たかはた)、幡屋(はたや)が記されている。「針折」は「罰佐久」とも書き、現在の横浜市緑区西八朔町、北八朔町付近を指す。 幡屋郷は現在の二俣川付近で、後の帷子(かたびら)宿・程ヶ谷宿橘樹郡)の前身になったと言われる。

この時期、足柄道(後の矢倉沢往還・大山街道)中原街道の整備が進み、東海道東山道につながったと見られる。

[編集] 中世

鎌倉時代 各地に鎌倉街道が整備され、当郡を縦断し鶴川・柿生・黒川など各地を通って多摩郡へ抜け国府府中)へ至る様々な道が歩かれるようになったと推定されている。

室町時代 茅ヶ崎城(現在の横浜市都筑区)が築かれる。

小田原北条氏による所領の記録「小田原衆所領役帳」に、星川(都筑郡・橘樹郡、かつては久良岐郡に属していたとも言われる)、仏向(橘樹郡)、保土ケ谷(同)、川島(都筑郡)、今井(同)の地名が記載されており、この当時の当郡の一部は北条領であったと推定されている。

[編集] 近世

江戸時代 東海道が整備され、中原街道脇往還として利用される。佐江戸宿(旧名「西土」、現在の横浜市都筑区佐江戸)が置かれる。また、足柄道に沿って矢倉沢往還(大山街道)が整備され、荏田宿(現在の横浜市青葉区)、長津田宿(現在の横浜市緑区)が置かれ、沿道が大山参詣者などで賑わった。近世には多摩丘陵の谷戸地形を利用した農業が盛んになり、旧柿生村・岡上村付近一帯で産した「黒川炭」「禅寺丸柿」などが江戸へ流通する。

都筑郡内には神奈川領、小机領が在り、原則として各村はこの両領に属するが、両領のどちらにも属さない「領名未勘」とされる村もある。以下に、領ごとに列記する。

  • 神奈川領内には次の各村がある。記述順序は新編武蔵風土記稿に拠る。今井村、市野沢村、今宿村、白根村、川島村、三段田村、小高新田、二俣川村、上星川村、猿山村、中山村、榎下村、台村、七日市場村、西八朔村、北八朔村、青砥村、本郷村、川向村、東方村、折本村、大熊村、新羽(にっぱ)村、吉田村、高田村、牛久保村、山田村、茅ヶ崎村、池辺村、佐江戸村、恩田村。
  • 小机領内には次の各村がある。記述順序は新編武蔵風土記稿に拠る。黒須田村、万福寺村、古沢村、黒川村、栗木村、伍力田村、片平村、上麻生村、下麻生村、王禅寺村、上谷本村、下谷本村、上菅田村、寺山村、鴨居村、川和村、荏田村、勝田村、大棚村、上鉄村、下鉄村、石川村、早野村、新井新田。
  • 神奈川領・小机領のどちらにも属さないのは次の各村であり、新編武蔵風土記稿には「領名未勘」と表示されている。記述順序は新編武蔵風土記稿に拠る。久保村、市ヶ尾村、小山村、成合村、寺家(じけ)村、鴨志田村、長津田村、大場村、岡上村、川井村、上川井村、下川井村。

[編集] 近代

詳細な行政区画の変遷については明治以降の行政区画を参照。 1868年明治元年) 新設された神奈川府の下に置かれる。 1879年明治12年) 郡役所が、都岡村、後に川和村(現在の川和高校)に置かれる。 1888年明治21年) 市制町村制が公布され、都田村、新田村、中川村、山内村、中里村、田奈村、新治村、都岡村、二俣川村、西谷村、柿生村、岡上村の12村が所属する郡として成立。 1939年昭和14年)4月1日 横浜市と川崎市に編入され、都筑郡消滅。

[編集] 明治以降の行政区画

横浜市の区域

以降、都岡村・二俣川村の地域は保土ケ谷区に、残部は新設の港北区の一部となる。

都筑郡廃止後の1940(昭和15)年に、川和の郡役所跡には横浜市港北区役所川和出張所(のち支所に昇格。1969年より緑区役所)が置かれ、1972年まで地域の中心として機能する。

  • 1969(昭和44)年 4月1日 - 保土ケ谷区と港北区が再編成される。
    • 保土ケ谷区のうち、旧都岡村全域と今井町を除く旧二俣川村の地域、および旧西谷村の川島町の西半分をもって旭区が分区する。
    • 港北区のうち、旧新田村・中川村の地域を除く旧都筑郡域をもって緑区が分区する。
    • 上菅田町と新井町が港北区から保土ケ谷区へ編入される。
  • 1980(昭和55)年 - 旧田奈村区域の緑区長津田町と旭区上川井町と旧相模国鎌倉郡区域の瀬谷区瀬谷町の一部より卸本町を新設され、瀬谷区に編入される。
  • 1994(平成 6)年 11月6日 - 港北区と緑区が再編成される。
    • 港北区の旧中川村、緑区の旧川和町の地域、および港北区と緑区の両区に属した新羽町・荏田町の一部をもって都筑区とする。このとき区名が公募により選定され、行政区画としての「都筑」の名が復活する。
    • 緑区の旧山内村・中里村・田奈村(それぞれ一部を除く)の地域をもって青葉区とする。
川崎市の区域

[編集] 郡内自治体の変遷

明治22年以前 明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和24年 昭和25年 - 現在 現在
川島村 西谷村 西谷村 昭和2年4月1日
横浜市に編入
横浜市 横浜市 横浜市
上星川村
川和村 都田村 都田村 昭和9年4月1日
改称
川和村
昭和10年9月30日
町制
昭和14年4月1日
横浜市に編入
池辺村
佐江戸村
川向村
大熊村
折本村
東方村
本郷村
新治村 新治村 新治村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
鴨居村
上猿山村
下猿山村
中山村
寺山村
台村
久保村
榎下村
十日市場村
高田村 新田村 新田村 新田村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
吉田村
新羽村
荏田村 山内村 山内村 山内村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
石川村
下谷本村 中里村 中里村 中里村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
上谷本村
成合村
鴨志田村
寺家村
鉄村
黒須田村
大場村
市ヶ尾村
北八朔村
西八朔村
小山村
青砥村
長津田村 田奈村 田奈村 田奈村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
奈良村
恩田村
上白根村 都岡村 都岡村 都岡村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
下白根村
川井村
上川井村
下川井村
今宿村
二俣川村 二俣川村 二俣川村 二俣川村 昭和14年4月1日
横浜市に編入
三反田村
市野沢村
小高新田
王禅寺村 柿生村 柿生村外1箇村組合 柿生村外1箇村組合 昭和14年4月1日
川崎市に編入
川崎市 川崎市
早野村
下麻生村
上麻生村
万福寺村
古沢村
片平村
五力田村
栗木村
黒川村
岡上村 岡上村

[編集] 隣接郡

神奈川県武蔵国
橘樹郡 - 久良岐郡
神奈川県相模国
鎌倉郡 - 高座郡
東京都東京府、神奈川県、武蔵国)
南多摩郡多摩郡

※高座郡は隣接しないが近接するため併記する。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月20日 (日) 21:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【都筑郡】変更履歴

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