重複立候補制度
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重複立候補制度(ちょうふくりっこうほせいど)は選挙における制度。
ここでは日本の衆議院議員総選挙における重複立候補制度を中心に述べる。
目次 |
[編集] 概説
かつては二つの異なる公職選挙を同時に重複立候補することについては明白に禁止していなかったが、1962年に公職選挙法が改正され禁止となった。
1996年以降の衆議院議員総選挙における小選挙区比例代表並立制では、立候補する際に所属政党の許可が得られれば、立候補者が「小選挙区選挙」と「比例代表選挙」に重複して立候補することが可能である。ただし、公職選挙法上の政党要件を満たしていない「その他の政治団体」から立候補した場合、重複することはできない。
比例代表の名簿では、政党が複数の重複候補者を同一順位にすることができる。この場合、小選挙区における当選者の得票数に対する落選候補者の得票数の割合(惜敗率)を求め、惜敗率の高い候補者から比例名簿の順位が決められていく。
重複候補は、小選挙区で落選しても比例区で復活当選できる。そのため、均しく1議席が割り当てられている単一の小選挙区を基盤とする議員が、区によって1人であったり2人、3人であったりするという現象が発生している。
1996年10月の衆院選では、小選挙区において10人の候補者が法定得票数(有効投票総数の6分の1)未満でも復活当選をしており、そのうち2人[1]が供託金没収点(有効投票総数の10分の1)未満でも復活当選していたことが制度上の問題点として注目された。更に2000年2月には、供託金没収点未満の得票であった落選者1名[2]が比例代表繰り上げ当選となる事態が発生した。このことにより、2000年6月の衆院選以降では、小選挙区において供託金没収点未満の得票だった候補者の復活当選は認められなくなった。
小選挙区で当選した比例の候補者及び小選挙区において供託金没収点未満の得票だった比例の候補者はその選挙において比例名簿から除外され、下の順位の候補者が繰り上がる。
[編集] 復活当選
[編集] 各政党の動き
この 衆議院小選挙区比例代表並立制 における重複立候補(参院選その他、公職者の選挙では禁止されている重複立候補)に対して、各政党それぞれ微妙に方針が異なる。
[編集] 自民党
自民党では重複立候補が基本だが、毎回数人が小選挙区のみで立候補している(後述する党総裁の場合や、比例区にのみ73歳定年制があることにより小選挙区のみの出馬を余儀なくされる74歳以上の候補など)。他の重複立候補者よりも「名簿」順位が上の重複立候補者を登載することを支持票拡大のため当然のこととして認めていて、選挙区を本来の地盤から移動した候補や党が重点選挙区と位置づけた選挙区に立候補した候補(2003年の鳩山邦夫、2005年の片山さつき・佐藤ゆかり等)などを名簿上位におく事が行われている。
2009年衆院選を迎えるに当たって、古賀誠党選対委員長は「相手が強いから当選圏内を与えて候補者を公認するという手法が一つの知恵で行われてきたが、党勢を拡大するうえでプラスになるのか。戦わずして一歩引いている側面もあり、よく考える必要がある」と述べ、名簿順位上位の重複候補をできるだけ少なくする方針を示した(2009年衆院選では吉野正芳と阿部俊子の2人となった)。
[編集] 民主党
1998年に結成された民主党では、重複候補者を比例名簿において可能な限り同一順位とし、重複立候補者の間で「名簿」順位に差をつけることをほとんど全く認めていない。過去には「名簿」上位の重複立候補者が若干存在したが(2000年衆院選は2人、2003年衆院選は7人)、2005年以降は一切認めないようになった。また、比例単独候補も原則としては認めない方向になっており、2005年の総選挙において比例単独候補がいたのは北海道と南関東の2ブロックのみだった。
2009年の総選挙では追い風を受けて、小選挙区候補の大量当選により、比例代表候補が不足する事態が予想されたため、比例単独候補の擁立を進め、例として、比例東北ブロックでは小選挙区重複候補者を全員1位(岩手県第4区の小沢一郎を除き、民主党の小選挙区候補はすべて重複立候補となった)として、その下位に7人搭載した。結果、東北では7名当選となり、比例復活3人を差し引きした単独候補4名が当選する事態となった。
[編集] 公明党
公明党では、2000年衆院選では重複立候補者が7人存在していた。南関東ブロックの上田勇(神奈川6区)・富田茂之(千葉2区)の2人の「名簿」順位が同じ3位、東京ブロックの山口那津男(東京17区)・遠藤乙彦(東京4区)・大野由利子(東京20区)の3人の「名簿」順位が同じ3位、2つの「比例ブロック」に5人の重複立候補者を存在させ、彼らをお互いに同一順位としていた。しかし、彼ら5名のうち比例代表で復活当選した者は上田1人だけだったこともあり、公明党の場合は相乗効果がないと諦めたのか、2003年衆院選以降は逆に重複立候補をさせていない。小選挙区制選挙か比例代表制選挙か、どちらか一方の選択となっている。
[編集] 日本共産党
共産党では、2005年総選挙までは重複立候補者を同一順位にすることはしておらず、比例単独候補と重複立候補者が混在する名簿となっていた。また、小選挙区の候補者の多くは比例とは重複せず、小選挙区単独となっていた。
しかし2009年総選挙では小選挙区候補を減らす代わり、重複立候補を増やした。さらに、東京以外の比例区では、下位候補に初めて同一順位の設定を行った。
[編集] 社会民主党
社民党では、重複立候補者が多いものの、重複立候補者の間で「名簿」順位に差をつけることは2回の例外(1996年衆院選の比例東京ブロックと比例南関東ブロックの2回)を除いて認めていない。
重複立候補者が全員が供託金没収ラインを下回って当選できないこともありえるので、下位に比例単独候補者を立てる場合があり、2005年には北関東ブロックと東京ブロックでは単独下位に日森文尋と保坂展人を擁立して比例当選させている。
[編集] みんなの党
みんなの党は、2009年衆院選で比例南関東ブロックの山内康一を除き、全員が重複立候補であった。そのため、比例東海ブロックと比例近畿ブロックでは比例議席2人分が重複立候補者が供託金没収ラインを下回っていたために比例搭載候補がいなくなり、2議席が他政党に配分される事態が発生した。
[編集] 新進党、保守党、保守新党
かつての新進党では、1つの例外を除き(新進党には、1996年衆院選の「比例北陸信越ブロック」で一川保夫と松田篤之の2人を「小選挙区」との重複立候補者とし、その2人を同一順位(第4位)として「名簿」に登載していたという事例が1つあるのみ)、比例代表制選挙では1つの比例ブロックにつき1人しか重複立候補を認めない方針を取っていた。東京での野村沙知代、南関東での須藤浩、近畿での宮本一三、中国での加藤六月、九州での東順治。北海道、東北、北関東、四国、東海の各ブロックでは重複立候補者皆無だった。
新進党は上記衆院選から14ヶ月後に政党助成法に基き分党、その流れを汲む勢力の2000年第42回衆院選での保守党及び2003年第43回衆院選での保守新党では重複立候補認めなかった(保守党は東京・東海・近畿以外の比例区8ブロックで不戦敗、保守新党は比例区全ブロック不戦敗)。
[編集] 長所
重複立候補していない候補者は、比例代表での復活当選の保証がないため、小選挙区制選挙での当選に向けて有権者へのアピールに熱心にならざるを得ないというメリットある。
また、各々の小選挙区制選挙区が必ず比例代表制選挙区の一部として内包される形になっているため、重複立候補が多ければ多いほど、党対党の接戦の選挙戦をより有利に運べるというメリットがある。
更に、同一比例ブロックの重複立候補者の「名簿」順位を同一順位とし、惜敗率で競わせる場合には、たとえ小選挙区制選挙区(「小選挙区」)で当選できなくても他の候補者より健闘するだけで惜敗率で復活できるという望みを維持しやすい。つまり、苦戦・接戦の候補者たちの士気を鼓舞しやすいという利点が挙げられる。
選挙人(有権者)の立場から考えても、比例代表制選挙での復活当選の可能性まであらかじめ考慮できるため、小選挙区制選挙での死票をある程度の確率で救済できる仕組みになっていると言える。また、第一党の党首が選挙区で落選した場合に生じる「国民が次期首相として選択した人物が選挙区での落選によって次期首相になれない[3]」という問題が当該党首が重複立候補した場合はある程度は解消される[4]。
[編集] 短所
大政党の「名簿」上位に登載される重複立候補者は復活当選をほぼ確約されていると考えられている。
例えば、自民党候補者は、1996年以降の衆院選小選挙区制選挙において、得票率10%(2000年以降に復活当選の要件の一つとなった)を下回ったことがない。衆院選小選挙区制選挙における自民党候補者の歴代最低得票率は、1996年衆院選における岩手4区の井形厚一の得票率10.39%である。したがって、自民党の重複立候補者の場合、有効投票総数の10%以上という条件は通常はほぼ間違いなくクリアできるからである。
よって、比例代表制選挙の「名簿」上位に登載される重複立候補者の場合、小選挙区制選挙区での当選への熱意や有権者へのアピールが弱くなってしまうであろうというデメリットがある。
また、比例代表制選挙の「名簿」上位に登載される重複立候補者や単独上位立候補者が増えると、その他多数の(同一順位の)重複立候補者たちにとっては小選挙区制選挙での惜敗率による復活当選のチャンスが大幅に減ってしまうという不公正さも指摘されている。
例えば、2000年衆院選では、自民党は「名簿」上位の比例代表単独候補者が多かったため、その他の同一順位の重複立候補者の復活当選は、北海道9区の岩倉博文(比例北海道)、神奈川14区の中本太衛(比例南関東)、千葉8区の桜田義孝(比例南関東)、兵庫1区の砂田圭佑(比例近畿)の4人(後に繰り上げ当選をした大阪12区の北川知克(比例近畿)を入れれば5人)しかいなかった。
[編集] 一見奇妙な問題点
[編集] 重複立候補者の同一順位は任意
重複立候補者の同一順位にした場合、有権者の立場から見れば、選挙を通じて比例名簿の順位決定に部分的に参加することができる。政党組織の立場から見れば、重複立候補者たちの同一順位での惜敗率勝負には、誰が復活当選するのか極めて予想を立てにくいという大きなデメリットがある。前述の通り重複立候補者を同一順位にするか否かは政党の任意であるため、政党が重複立候補者を同一順位にすることを避けることがしばしば見られる。
公明党や日本共産党やかつての新進党が重複立候補者たちを「名簿」の同一順位に置くことを避けているのは、拘束「名簿」式の比例代表制選挙(「拘束名簿式代表制」)である限り、党本部が当選させたい者から確実に当選させるべきだというような党本部の判断による。
そのため、重複立候補を同一順位にしない政党においては惜敗率による順位変動が起こらず、有権者が選挙を通じて比例名簿の順位決定に部分的に参加することができない。過去には同一比例ブロック内で、落選最多重複立候補より惜敗率が低い候補が比例順位で優遇されていたために復活当選していた例が多数ある(記事「惜敗率」では自民党ののべ21人・共産党ののべ10人・民主党の6人・社民党の2人の計39人が該当する)。
[編集] 衆議院議員を辞職して衆議院補欠選挙に立候補
重複立候補制度により、小選挙区選出議員となりたかったところを比例代表選出議員として復活当選した議員の場合、相手の小選挙区選出議員が何らかの事情で失職すると、自らも衆議院議員職を辞職した上で補欠選挙(衆議院小選挙区制選挙)に立候補をするということがある。この場合、衆議院議員を辞職したはずの者が、衆議院議員を辞職した直後に衆議院議員の選挙に立候補しているという非常に奇妙な現象が発生してしまう。
しかし、以下の要素から衆議院議員を辞職して衆議院補欠選挙に立候補することがありえる。
まず、比例代表選出議員が辞職しても、同じ政党の次点候補が繰り上げ当選となるため、党組織としては国会の議席勢力に関してはデメリットはない(繰り上げ当選が可能な次点候補がいない場合はデメリットがあるが、そのような例は政党の予想以上に選挙で大勝している時に限られ、過去にも殆ど例がない)。
次に、政党が補欠選挙で比例代表復活者以外の候補者を擁立してしまった場合、特にその候補者が当選してしまった場合、一人しか当選しない小選挙区に一政党が二人の立候補予定者を抱えてしまうということになり、次回総選挙の公認調整が難航することが予想される。したがって、党執行部(党幹部)や当該比例代表復活者自身が、公認調整問題をあらかじめ排除しておくため、党本部は比例代表復活者の補欠選挙への立候補を支持し、応援し、当該復活者も次回の衆院選まで待たず衆議院議員職をわざわざ辞職してまで立候補宣言をするわけである。
この例は過去3度ある。2002年福岡6区補選の古賀一成(民主党)、2004年埼玉8区補選の木下厚(民主党)、2008年山口2区補選の平岡秀夫(民主党)の3回である。古賀一成の辞職時には、当時の綿貫民輔衆議院議長が、辞職願に「補選に立候補するため」となっていたことを問題視し、辞職願いを受理しなかった。ただし、議長が受理しなくても、補選への立候補の届出をした時点で議員は失職するため、立候補そのものに問題はなかった。
[編集] 政党要件による重複立候補の制限
前述の通り、法律上重複立候補ができるのは、政党要件を満たしている政党の候補者に限られる。このため、要件を満たさない政治団体の候補者は、当選の機会が大政党に比べて狭められてしまい不公平であるという面が指摘されている。例えば、比例選出議員が存在する新党大地は政党要件を満たしていないため、同党の候補者は重複立候補することができない。
[編集] 「議席の譲与」問題
重複立候補者はあくまで小選挙区での当選が優先となるため、ある政党が予想以上に圧勝した場合には、重複立候補者がほとんど小選挙区で当選して残った候補者だけでは比例代表の獲得議席数を満たせない場合がある。また、比例ブロックを全員重複立候補とする一方でそのブロックの全重複立候補者が供託金没収ラインを下回っていたために比例搭載候補がいなくなる場合がある。
過去には2005年の自由民主党、2009年の民主党とみんなの党でこの問題が生じ、候補者不足により比例代表の議席割り当て順による次順位の政党に議席が譲与された。当然ながらこの譲与先は譲与元の政党との政策的距離とは全く関係なく決まるので、自民党に投じられた票で社民党候補が当選するという事態も発生する。候補者の追加を認める、欠員とするなどの代案もあるが、それも一長一短がありいまだ解決に至っていない。
[編集] 備考
- 復活当選が多い国会議員
- すべて連続。★は第45回衆議院総選挙以降、現在も継続中。
- 3人当選区
- 重複立候補のために、一人しか当選しない小選挙区から3人の当選者が出ることがある。
- * 1996年 - 7選挙区(東京6区・東京22区・神奈川10区・滋賀1区・奈良1区・広島2区・沖縄1区)
- * 2000年 - 6選挙区(埼玉13区・東京6区・神奈川6区・神奈川7区・神奈川14区・兵庫8区)
- * 2003年 - 4選挙区(埼玉8区・東京4区・神奈川12区・京都1区)
- * 2005年 - 2選挙区(神奈川8区・山梨3区)繰上げ追加では3選挙区(徳島2区)
- * 2009年 - 3選挙区(茨城7区・埼玉8区・京都1区)
- なお同一小選挙区で4人の当選者が発生したケースはない。
- ポスターと比例重複
- 党首などの党有力候補が比例ブロックと重複すると、当該比例ブロックで候補者の顔を使ったポスターが貼ることができなくなる。
- 2005年の衆院選では、小泉純一郎自民党総裁が比例の南関東ブロックと小選挙区の重複立候補を検討していた。理由は「比例での自民票上積み」とされる。しかし、重複すると、小泉の顔を使った自民党のポスターが同ブロックの神奈川、千葉、山梨3県で貼れなくなると言う公職選挙法の問題があったため、重複を取りやめた。
[編集] 記録
[編集] 得票率が低い復活当選者
| 位 | 候補者 | 政党 | 選挙年 | 選挙区 | 得票率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 保坂展人 | 社会民主党 | 1996年 | 東京22区 | 5.89% |
| 2 | 菊地董※ | 社会民主党 | 1996年 | 静岡7区 | 8.47% |
| 3 | 深田肇 | 社会民主党 | 1996年 | 埼玉6区 | 9.18% |
| 4 | 塩川鉄也 | 日本共産党 | 2003年 | 埼玉7区 | 10.21% |
| 5 | 土田龍司 | 自由党 | 2000年 | 神奈川6区 | 10.83% |
| 6 | 石原健太郎※ | 自由党 | 2000年 | 福島1区 | 10.89% |
| 7 | 山口富男 | 日本共産党 | 2003年 | 東京4区 | 10.92% |
| 8 | 家西悟 | 民主党 | 1996年 | 奈良1区 | 11.61% |
| 9 | 北沢清功 | 社会民主党 | 1996年 | 長野2区 | 11.84% |
| 10 | 東祥三 | 自由党 | 2000年 | 東京15区 | 12.10% |
| 11 | 鈴木淑夫 | 自由党 | 2000年 | 東京6区 | 12.28% |
| 12 | 平賀高成 | 日本共産党 | 1996年 | 静岡8区 | 12.30% |
※は比例候補上位の議員が欠けたことに伴う繰り上げ当選。
[編集] 2000年以降得票率が10%未満だったため復活当選できなかった候補
| 回 | 年 | 比例区 | 政党 | 候補者 | 得票率 | 繰上当選候補 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 42 | 2000年 | 近畿 | 自由党 | 豊田潤多郎(京都4区) | 8.06% | 中塚一宏 |
| 44 | 2005年 | 北関東 | 社会民主党 | 土屋富久(群馬1区) | 4.58% | 日森文尋 |
| 山口睦子(栃木3区) | 4.11% | |||||
| 猿田玲(茨城3区) | 2.20% | |||||
| 東京 | 日本共産党 | 若林義春(東京22区) | 9.82% | 笠井亮 | ||
| 社会民主党 | 中川直人(東京9区) | 5.25% | 保坂展人 | |||
| 45 | 2009年 | 東海 | みんなの党 | 佐藤剛(静岡1区) | 8.30% | 磯谷香代子(民主党) |
| 近畿 | みんなの党 | 吉野宏一(大阪9区) | 5.70% | 谷公一(自由民主党) | ||
| 社会民主党 | 市来伴子(兵庫8区) | 7.50% | 服部良一 | |||
| 藤田高景(京都2区) | 2.90% |
[編集] ドイツの事例
ドイツの下院に相当するドイツ連邦議会の選挙(小選挙区比例代表併用制)にも重複立候補制度が採用されている。こちらは日本のような小選挙区と比例代表の当選者を別個に決定する方式とは異なり、比例代表の当選者(獲得議席数)に小選挙区での勝者を優先的に当て嵌めていく方式であるため、重複立候補が肯定的・積極的に活用されている。
一例としては、長年にわたりドイツの首相を務めたコールや、コール内閣の外相だったゲンシャーは全国的な人気はあったものの地盤が弱く、殆どの選挙で小選挙区では敗北を喫したが、重複立候補の恩恵を受けて当選し続けた[5]。
[編集] 脚注
- ^ 保坂展人(社会民主党、比例代表東京ブロック)・深田肇(社会民主党、比例代表北関東ブロック)
- ^ 菊地董(社会民主党、比例代表東海ブロック。前島秀行の死去に伴う繰り上げ当選)
- ^ 日本国憲法第67条で「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」と規定されているため、どんなに衆院選で圧勝した政党でも非国会議員の党首を次期首相に指名することはできない。
- ^ 日本における過去の衆議院議員総選挙で二大政党の党首が重複立候補をした例は自民党の森喜朗(2000年)、民主党の鳩山由紀夫(2000年)のみである。
- ^ 参考 加藤秀治郎『日本の選挙-何を変えれば政治が変わるのか-』p106-107(2003年 中央公論新社) ISBN4121016874
[編集] 関連項目
最終更新 2009年12月4日 (金) 10:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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