野付郡
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人口16,236人、面積1,320.22km²、人口密度12.3人/km²。(2009年9月30日、住民基本台帳人口)
以下の1町を含む。
- 別海町(べつかいちょう)
[編集] 沿革
江戸時代の野付郡域は、松前藩によって開かれたネモロ場所に含まれた。江戸時代後期、野付郡域は東蝦夷地に属していた。南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え1799年(寛政11年)野付郡域は天領とされた。1821年(文政4年)に一旦松前藩領に復したものの、1855年(安政2年)再び天領となり西別川の古川の河口からチャシコツ、ここからシカルンナイまでを結んだ線以北を会津藩、以南を仙台藩がそれぞれ警固をおこなった。1858年(安政5年3月)に漁場請負人藤野四郎兵衛が野付半島龍神崎に大綿津見神を奉斎したのが野付神社の創祀と伝わる。1869年野付郡が置かれ、北海道根室国に属した。
- 1870年7月10日(明治3年6月12日) - 同年12月1日(閏10月9日) - 東京府の管轄となる(東京府の失業者対策)。
- 1882年2月8日 - 廃使置県にともない根室県の所管となる。
- 1923年4月1日 - 茶志骨村が、標津郡標津村・伊茶仁村・目梨郡忠類村・薫別村・崎無意村と合併し、標津郡標津村となる。別海村・平糸村・野付村が、根室郡西別村・走古潭村・厚別村の一部と合併し、別海村となる。
- 1955年4月1日 - 別海村の一部を、標津郡中標津町に分割。
- 1971年4月1日 - 別海村が町制施行、別海町。
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