野村謙
野村謙の最新ニュースをまとめて検索!
| 生年月日 | 1965年5月19日 |
| マシン | 日産・スカイライン(ER34) |
| 所属チーム | BLITZ |
| 初参戦 | 2001年 第1戦 |
| 最高位 | 優勝6回 |
野村 謙(のむら けん、1965年5月19日 - )は、福岡県出身のD1ドライバー。日本初のワークスドリフトドライバーとして知られる。愛称は「のむけん」。自己紹介では「志村けんと一文字違いの野村謙です」と挨拶する。 主業は、福岡市博多区の、チューンショップ「V.S.N(Variety Shop Nomuken)」及び有限会社「のむけん」の代表取締役である。
目次 |
[編集] 略歴・人物
D1グランプリには初年度から、パーツメーカー「BLITZ」と共に参戦を続けている。独特な口調の博多弁の明るいキャラクターに白煙番長と呼ばれる派手な走行スタイルで、未だにD1人気投票の1位を守り続けている。またD1ファン以外にもその人気は高い。 彼が使用するのはR34スカイラインだが、車種はGT-Rではなく4ドア車(ER34型スカイライン)である。ピュアスポーツカー系統のGT-Rやクーペモデルに比べると、4ドアモデルの走行性能面の評価は高くはなかったが、野村のD1における活躍も相まって以降は中古市場における価格が高騰した。
初年度~2004年前半までは準優勝が何回はあるものの、優勝経験はない。しかし、2004年第2戦SUGOにて投入された04年仕様車で、主に追走での強さを発揮し、第3戦エビスにて、日比野哲也をサドンデスの末に下して初優勝。 2006年は、シーケンシャルミッションを投入するなどの効果が表れ、シーズン最多タイの2勝を上げ、熊久保信重や風間靖幸とタイトルを争う。しかし、タイトル争いの最中に行われたビデオオプションの企画、「自動車サッカー」の収録中に右手首の靱帯を負傷する不運に見舞われる(ちなみに、この自動車サッカーには熊久保と風間も参加していた)。それでも最終戦まで熊久保と僅差の争いを繰り広げたが、僅か1ポイント差で破れランキング2位となった。 2008年現在、D1グランプリでは4勝を上げている(2004年第3戦、2006年第2戦、第4戦、2007年第5戦)。これに加え、エキシビジョンで2度優勝経験がある(2004年お台場オールスター、2006年ワールドオールスター)。
「ドリキン」こと土屋圭市とは師弟関係(息子の名前を「圭市」にしているほど)にあり、他にもモータースポーツ界の著名人とも交友関係がある。2005年にはダンロップのテレビCMに服部尚貴と共に出演している。 地元の福岡を中心に、度々テレビにも出演しており、車に鉛筆を装着して鉛筆削りに挑戦したり、風船を割るなどのパフォーマンスを披露していた。 ビデオ雑誌「ビデオオプション」や「ドリフト天国ビデオ」では、常に出演か、あるいはレポーター役として抜擢される事が多い。(『すごいよ!オサルさんspecial』等。因みにこの企画の名前は漫画『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』(うすた京介作)をもじって付けられた)
[編集] エピソード
- いかす走り屋チーム天国に初めて出た際、ジャージ姿にカツラ(加藤茶)を付けた変わった服装で参加し、その時土屋圭市氏に「番組を間違えている」と言われたが、そのテクニックに審査員全員が驚いた。
- 自身のサインには、サルとモグラを足した様なキャラクターが描かれていることが多い。また、ドラえもんをパロディしたノムえもんも存在する。
- 自動車関係のイベントに参加した際、人気による多忙で月にたった2日しか家に帰れなかったこともあると告白した。
- URAS名義で発売している「タツノオトシゴ」「ノムの箱舟」「イモようかん」と言った個性的ネーミングのパーツは、自身の感覚で決めている。
- ドリフトに対する姿勢は真摯で、自己流のテクニック上達法を雑誌やビデオを通してドリフター達に伝えている。
- 元野球少年だけあり、運動神経は高い。高校へはスポーツ特待生として入学したという。2004年度D1グランプリ第4戦(大分県・オートポリス開催)での選手紹介では転倒したものの、バック転を披露したことがある。
- アメリカのモータースポーツ事情とは縁が深く、V-OPTの遠征企画で、以前はトレインカーレースやダートオーバル、最近ではミジェットカーレースへの出走経験もある。
- R31スカイラインのクーペ用のエアロパーツは、2007年の「熱走!! Exciting Car Showdown」というチューニングカーが主役のイベントで、R31が持つ直線基調のスタイリングに本人が惚れこみ、展示元のR31HOUSE柴田店長と意気投合したことがきっかけで誕生した。その後、激務の合間を縫って開発に着手し、予定通り同年のR31ミーティングにてデビューを飾った。
- ズームイン!!SUPERの達人特集で「運転の達人」として紹介された時、アナウンサーから右手の靭帯損傷箇所[1]を指摘された際は「家庭でバトルがあって…」と返答した。
- 息子はラジコンでのドリフトで子供とは言えないほどの腕前をもつ。ある雑誌の企画で、ラジコンドリフトの親子対決が実現した際には、息子が勝利した。
- 自身のショップ「URAS」(「猿」のローマ字をひっくり返したのが由来)を開店したその日、道を挟んだ向かい側にある福岡空港で事故(福岡空港ガルーダ航空機離陸事故)があり、取材陣の多さに「ウチのショップの取材かと思ったら事故だったとですよ」と冗談交じりに語った。


