金子一義
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かねこ かずよし
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| 生年月日 | 1942年12月20日(66歳) |
| 出生地 | 岐阜県 |
| 出身校 | 慶應義塾大学経済学部 |
| 前職 | 大蔵大臣・国務大臣秘書 |
| 現職 | 国土交通大臣 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 世襲の有無 | 二世 |
| 親族 | 父:金子一平 |
| 公式サイト | 衆議院議員 金子一義 |
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| 内閣 | 麻生内閣 |
| 当選回数 | 8回 |
| 任期 | 2008年(平成20年)9月29日 - 2009年(平成21年)9月16日 |
金子 一義(かねこ かずよし、1942年12月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。第11代国土交通大臣。父は、衆議院議員で大蔵大臣、経済企画庁長官を務めた金子一平。
目次 |
[編集] 経歴
1961年に九段高校、1966年に慶應義塾大学をそれぞれ卒業。大蔵大臣秘書官・経済企画庁長官秘書官として父親のもとで政治家修行をした後、父の引退を受けて地盤を引き継ぎ、1986年の第38回衆議院議員総選挙(衆参同日選挙)に自民党公認で立候補し、初当選。以後、連続当選8回。建設政務次官、自民党建設部会長、党副幹事長、衆議院厚生委員長、同大蔵委員長などを歴任。
2000年の加藤の乱では、当時加藤紘一の側近として加藤と行動を共にし、森内閣不信任決議を欠席。その後少数派となった加藤派に留まるが、2002年に同派を離脱して堀内派へと移った。 以来、両宏池会の再結集を声高に叫び、「大宏池会構想」の推進役のひとりとなっている。
衆議院財務金融委員会筆頭理事などを務めた後、2003年9月22日の第1次小泉第2次改造内閣で初入閣。国務大臣として行政改革と構造改革特区を担当し、内閣府特命担当大臣(規制改革、産業再生機構担当)も兼務。金子の入閣人事は、金子と同じ衆議院岐阜県第4区からコスタリカ方式により交代で選出されている藤井孝男が自民党総裁選で小泉総理に対抗して出馬したことに対する意趣返しとも言われる。同年10月には国務大臣としての職務に地域再生担当も追加される。続く第2次小泉内閣でも同じポストで再任され、2004年9月27日、内閣改造に伴い村上誠一郎と交代するまで計1年余りを務めた。
2005年の第44回衆議院議員総選挙では、郵政民営化法案への対応を巡り自民非公認となった藤井を接戦の末下した。同選挙では、岐阜県連会長であった古屋圭司が郵政造反組となり、責任をとって会長職を辞したため、金子が県連会長に就任する。
第21回参議院議員通常選挙では自民党岐阜県連会長として岐阜県の選挙戦に望んだ。2人区の岐阜県選挙区で当初は2007年改選の自民党議員である大野つや子を公認候補とし、無所属の藤井孝男を推薦候補として2議席独占を狙ったが、同士討ちになることに大野が反発。大野は2007年をもって引退を表明したため、岐阜県選挙区の与党系候補は藤井に絞られた。参院選で藤井は当選を果たした。
2007年12月、北朝鮮との国交正常化実現を目指す議員連盟、自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、副委員長に就任した。
2008年9月29日、中山成彬の大臣職辞任を受けて、第11代国土交通大臣に就任。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では民主党の今井雅人を下し、8回目の当選を果たした。
[編集] 安倍内閣時代
- 2006年10月に衆議院予算委員長、また、古賀派の副会長に就任。
- 2007年2月2日、衆議院予算委員会の最中に委員長席で、理事である数名の自民党議員の似顔絵を描いたとして批判を受けた。
- 2007年3月2日に、衆議院予算委員会の平成19年度予算案審議で、職権で審議を打ち切り、自民・公明の賛成多数で強行採決となった。そのため、民主党に解任決議案を提出されたが、自民・公明の反対多数で否決された。
- 2007年5月26日、岐阜県連において行われた会合で事務所経費問題や農林談合をめぐる農林水産大臣松岡利勝の態度を批判し、「安倍晋三首相は農相を擁護しているが、(官製談合事件をめぐる)緑資源機構の調査が(農相の)地元の熊本に及ぶという状況を受け、国会終了後責任を取ってもらう」と発言した。
[編集] 不祥事
[編集] 労働保険未加入
2009年1月、金子の資金管理団体「飛友会」が、私設秘書8人分の労働保険に未加入のまま長期間放置していたことが発覚した[1]。
労働保険の中でも労働者災害補償保険は、雇用者がいれば加入義務があると労働者災害補償保険法により定められており、未加入で労働者を雇用するのは違法行為である。同様に、労働保険の一つである雇用保険も、雇用保険法に加入規定が定められている。金子の事務所では「強制ということを失念していた」と説明しており、「飛友会」は2008年12月に労働保険に加入し2006年度分まで遡及して支払った[1]。なお、2004年12月頃の時点で、自由民主党本部では関係する各団体に対し社会保険や労働保険に適切に加入するよう指導していた、と指摘されている[2]。
[編集] 人物
- 新興宗教崇教真光の秋季大祭に少なくとも2001年から2007年まで出席しており、来賓として祝辞を述べた。[3]
- 自民党金融調査会の会長を務めており、貸金業制度の見直しに取り組んだ。自身は消費者金融大手の企業プロミスから献金を受け取っており[4]、「出資法金利を下げて(消費者金融における)グレーゾーン金利をなくすと、みなさんヤミ金にはしるのではないか」 とNHKにて述べ高金利を擁護していた。最終的には、上限金利(年29.2%)を20%に引き下げグレーゾーン金利を撤廃するものの、年25.5%の特例高金利を2年間継続する案をまとめた。[5]
- 2008年から自民党内で議論されている世襲政治家の立候補制限について「意味のある議論ではない」と切り捨てた[6]。
- 2009年に世界金融危機後の景気刺激策としてETC大幅割引を決定した。この政策は渋滞を激増させ二酸化炭素排出を増大させる危険性がある、どうして税金使って民間会社の高速道路会社のみ優遇するのか、鉄道・船舶からマイカーへのシフトを促し世界的なモーダルシフトに逆行する、と言った意見もあったにも拘わらず、メリットのみを強調して反対意見は一切切り捨てた。その結果、2009年のゴールデンウィークは高速道路の利用者が急増し、JRなど鉄道の利用者が激減した為、高速道路は肉食系女子、鉄道は草食系男子」と自画自賛した(2009年5月7日の談話で)。
- 弱者には高姿勢な態度で臨むところがあり、前述のETC割引の件では「この政策で競争が激しくなり国民のためになる」と言った乗客減に悩む公共交通機関の神経を逆なでする発言や、「木更津市の人がもっと東京に行きやすくなる」と言った「シャッター通り」が深刻な問題となっている木更津市の現状を無視した発言を行った。更にETC割引の影響で大幅な利用者減少に陥った某フェリー会社が支援を求めたところ、金子は弱者救済の声は一切無視した(1月27日の国会答弁にて)
- 国土交通大臣時代に鞆の浦埋立て架橋計画問題に対し強い関心を示し、事業の見直しを進めた。
- プロ野球は中日ファンの多い岐阜県出身ながら埼玉西武ライオンズを応援している。彼はこれが唯一の鉄道支援策と考えているらしい(ライオンズの親会社は西武鉄道)。2008年の日本シリーズで西武が日本一になった時、「これで高速道路を1000円に値下げできる。」と笑みを浮かべたという。それに呼応してか国土交通省九州地方整備局ではホークスファンが多い九州にもかかわらず渡辺久信監督のインタビューを実現させている。[7]。
[編集] 主な所属議員連盟等
[編集] 脚注
- ^ い ろ 稲垣衆史・秋山信一・中村かさね「労働保険:5閣僚事務所が未加入――強制知らず秘書分など」『労働保険:5閣僚事務所が未加入 強制知らず秘書分など - 毎日jp(毎日新聞)』毎日新聞社、2009年1月26日。
- ^ 秋山信一「労働保険未加入:自民本部の指示を放置」『労働保険未加入:自民本部の指示を放置 - 毎日jp(毎日新聞)』毎日新聞社、2009年1月26日。
- ^ 『崇教真光』誌 平成13~19年12月号
- ^ http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-08-21/15_01.html
- ^ 毎日新聞 2006年9月15日
- ^ 「大正13年から議席…」世襲制限に世襲閣僚が大反論 - MSN産経ニュース
- ^ インタビューの内容[1]
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 河村建夫(臨時代理) |
第11代:2008年 - 2009年 |
次代: 前原誠司 |
| 先代: 石原伸晃 |
2003年 - 2004年 |
次代: 村上誠一郎 |
最終更新 2009年12月6日 (日) 06:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【金子一義】変更履歴

