金子原二郎
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かねこ げんじろう
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| 生年月日 | 1944年5月8日(65歳) |
| 出生地 | 長崎県北松浦郡生月町 |
| 出身校 | 慶應義塾大学文学部 |
| 所属政党 | 無所属 |
| 世襲の有無 | 2世 |
| 親族 | 金子岩三(父、科学技術庁長官、農林水産大臣) |
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| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1998年3月2日 - |
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| 当選回数 | 5回 |
| 任期 | 1983年 - 1998年 |
| 退任理由 | 長崎県知事選挙出馬のため |
金子 原二郎(かねこ げんじろう、1944年5月8日 - )は、日本の政治家。2008年2月現在、長崎県知事(3期)。元衆議院議員(5期)。
目次 |
[編集] 概要
1944年(昭和19年)5月8日、長崎県北松浦郡生月町(現・平戸市)に生まれる。1968年(昭和43年)3月、慶應義塾大学文学部卒業後、日本水産株式会社に入社。1975年(昭和50年)4月長崎県議会議員に初当選(3期)、県議3期目途中の1983年(昭和58年)12月の総選挙で衆議院議員に初当選(5期)。衆院法務委員長、衆院石炭対策特別委員長、建設政務次官などを歴任した。1998年(平成10年)3月から長崎県知事(現在3期目)。2005年(平成17年)6月、福岡県の麻生渡知事が全国知事会長に就任したことに伴い、後任の九州地方知事会長に就任(現職)。
県知事としては市町村合併(いわゆる「平成の大合併」で79市町村から23市町に)を積極的にバックアップしたことや、長崎県美術館・長崎歴史文化博物館等の観光・文化施設の整備につとめている他、諫早湾干拓事業、九州新幹線長崎ルート(西九州ルート)を推進しているが、時に「必要性に疑問がある大規模公共事業」の典型例として挙げられることもある後者二事業については、県内外に賛否両論がある。
趣味はゴルフ。好物は卵かけごはん。父は農水相、科学技術庁長官などを務めた金子岩三。娘は谷川建設の取締役で、娘の夫は衆議院議員谷川弥一の長男であり谷川建設の社長である谷川喜一。
[編集] 発言
県が台湾の総領事館にあたる台北駐福岡経済文化弁事処(福岡市)の周碩穎・処長らの表敬訪問を拒否した問題について、2008年(平成20年)9月12日の定例記者会見で、周処長らの訪問を断った理由として、「私たちは中国は一つの国とみなしている。台湾はその一地方機関。日本国も中国は一つですということになっている」「国も役人は一切台湾には行かない」となどと発言し、問題となった。
また、長崎県や県内の自治体、企業などでつくる同県日中親善協議会(会長・金子原二郎知事)が台湾について、2008年9月に作成されたホームページ[1]で「台湾省」と記載し、中国の行政区域の一つとして扱っていたことがわかった。発覚後、同年11月18日に指摘により同表記は削除された。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月3日 (木) 14:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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