釜石シーウェイブス
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| 釜石シーウェイブス | |
|---|---|
| 原語表記 | 釜石シーウェイブスRFC |
| 愛称 | シーウェイブス |
| 創設年 | 2001年 |
| 所属リーグ | トップイースト11 |
| 代表者 | 佐々木傳十郎 |
| 監督 | 池村章宏 |
| 公式サイト | 公式サイト |
釜石シーウェイブスRFC(かまいしシーウェイブス・ラグビーフットボールクラブ)は、岩手県釜石市を中心に活動する社会人ラグビークラブ。1970年代後半から1980年代半ばにかけて日本選手権で7連覇した新日鉄釜石ラグビー部を前身とし、地域密着型のスポーツクラブとして2001年に現名称で設立された。2007-2008年シーズンはトップイースト11に所属している。
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[編集] チームプロフィール
元母体は富士製鐵釜石製鉄所のラグビー部で1959年結成。なお同社野球部からは阪急ブレーブスの大エース山田久志を生み出した。1970年の新日本製鐵への社名変更に伴いチーム名も「新日鉄釜石ラグビー部」に変更。
「炎のジャージ」と称される赤ジャージを身に纏い、地元応援団の掲げる大漁旗を背に松尾雄治主将や洞口孝治、瀬川清、石山次郎、千田美智仁、森重隆、南村明美、小林日出夫、谷藤尚之らの主力を擁して1978年度から1984年度まで前人未到の日本選手権7連覇を達成。本社の業績が悪化し釜石製鉄所も苦しい中、地元の期待を背負い勝ち続けるその姿から「北の鉄人」と称され、1月15日に行われる日本選手権で国立競技場に翻る大漁旗は成人式の晴れ着姿とともに成人の日の風物詩とまで言われた。チームメンバーは強豪大学の学生より、地元の高校の生徒が多かった。
だが鉄人にも落陽は訪れる。松尾が引退した翌年の1986年、林敏之・平尾誠二・大八木淳史らを擁する新鋭・神戸製鋼に敗北。以後国立競技場に帰ることは無かった。 そして1990年、溶鉱炉の灯が消えた。
その後2000年度には東日本社会人リーグからの降格が決まり、加えて新日本製鐵のスポーツ事業運営の見直しを図る観点から2001年を最後に新日鉄釜石ラグビー部としては一旦幕を下ろし、本拠地の釜石市に密着したクラブチームに生まれ変わり、クラブ名も現在の釜石シーウェイブス・ラグビーフットボールクラブに変更された。
その後、元東芝府中のアンドリュー・マコーミックを迎え入れチームの再建を図り、その結果、2003年度のトップイースト10で2位(リーグ戦3位)に入り、ジャパンラグビートップリーグへの昇格を争うトップリーグチャレンジと19年ぶりとなる日本選手権出場権を獲得した。
[編集] 主な在籍選手
- 池村章宏
- 篠原洋介
- 菅野朋幸
- ピタ・アラティニ
- スタンレー・アフェアキ
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年4月10日 (金) 06:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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