鈴木俊一 (東京都知事)

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鈴木 俊一(すずき しゅんいち、1910年11月6日 - )は、日本の元内務官僚政治家、元東京都知事。在任期間は1979年4月23日1995年4月22日(4期)。東京都名誉都民北京市栄誉市民。

目次

[編集] 官僚時代

山形県出身。東京府立二中旧制三高を経て、1933年東京帝国大学法学部を卒業し、内務省に入った。

1947年12月31日に内務省が分割されて以降は地方自治庁(後の自治省総務省)に所属した。鈴木は後に東京都知事になるが、東京都という制度や地方自治法は実質的に鈴木が官僚として作り上げている。

地方自治庁次長から、第二次岸信介内閣での内閣官房副長官を経て、東龍太郎都知事の下で副知事に就任。東知事が学者出身の素人知事であったため、東京オリンピック開催に伴う開発計画をまとめるなど、高度成長期の都政全般の実務は事実上鈴木が取り仕切っていたため、「東副知事・鈴木知事」などと揶揄されることもあった。

東勇退に伴う1967年東京都知事選挙自民党から擁立を打診されるが、結局固辞する(自民党は結局民社党が擁立した松下正寿を推薦するが、美濃部亮吉に敗れる)。副知事退任後は日本万国博覧会協会事務総長を務め、日本万国博覧会開催後は首都高速道路公団理事長に転じる。

[編集] 都知事時代

1979年東京都知事選挙に、自民党公明党民社党新自由クラブの4党推薦で立候補し、社会党共産党の2党推薦の太田薫総評議長)と無所属で立候補した麻生良方らを破って初当選、革新陣営から都政を奪還した。以後1995年まで、4期16年に渡って都知事を務めた。

最初に直面した課題は、前任者の美濃部の残した財政赤字の解消であった。鈴木は老人医療費無料の廃止など福祉の削減や職員給与引き下げなどの人件費削減などを行い、2期目には黒字化に成功した。

後に長野県知事となる田中康夫は、「黒字化を目的とするためには相応のことが必要にもかかわらず、ほとんど批判を聞かないのはなぜだろうか」と興味を持ち、『週刊文春』での連載「トーキョー大沈入」にて取り上げている(ただし実際の取材時期は3期目にあたる)。後の1991年の選挙時も、田中は鈴木を擁護する見解を出した。

3期目以降、東京都庁舎の移転、東京国際フォーラム江戸東京博物館東京臨海副都心の開発に代表される大型プロジェクトなど「箱物行政」の推進で多額の起債を発行する結果、財政は再び赤字に転じ、美濃部時代の水準にまで悪化した。以来、「バブル景気の申し子」と揶揄する声も在る。

「箱物行政」を進めた背景には、

  • バブル経済における膨大な投資に追随する形で、公共事業を次々と行ったこと
  • 都庁を丸の内から新宿に移す際に、丸の内に近い選挙区の都議会議員などからの反発を鎮める為に、彼らの地元に江戸東京博物館東京武道館を建設するなど政治的思惑から大型公共施設を建設したこと

の2点が指摘されている。

1991年東京都知事選挙で鈴木の4選に際し、自民党は、公明党が定年制を自党に敷いており、80歳の鈴木は年齢制限に引っ掛かる為に推せないとしたため、公明党との協力関係を重んじる立場から、自民党の党本部は公明党・民社党本部とともに都知事候補を磯村尚徳にする事で調整をしていた。しかし、鈴木は自民党都連や民社党都連の推薦で出馬し、田英夫など中道系の一部の支援も受けたため、自民党は党本部と都連のねじれ現象で選挙戦を迎えた。選挙演説会の時に立位体前屈をし、若さをアピールをするなどのパフォーマンスが世間の注目を浴びた。また、この選挙後に社会党が与党陣営に加わり、「オール与党」体制の下で都政運営を行う。

バブル崩壊の影響もあってか、4期目において都の財政はさらに悪化し、退任の頃には倦怠ムードすら流れて、これが後任の青島幸男都知事誕生の呼び水となった。4期目に肝煎りで開催を計画していた世界都市博覧会は、青島によって中止された。鈴木はこの決定を受けて、同年起きた地下鉄サリン事件を引き合いに出し、「都政にサリンをばら撒かれたようだ」と発言し、各方面から非難を浴びた。

[編集] 略歴

  • 1933年東京帝国大学法学部政治学科卒業。内務省に入省、地方局に配属。12月、兵役(1934年12月、地方局に戻る)
  • 1937年:埼玉社会課長、福島警察課長、長崎水産課長。
  • 1938年:内務省行政課事務官、選挙法改正を行なう。9月、召集、中国山東省に出征
  • 1941年:除隊。内務省地方局内務次官、統制経済のもと、全国で米その他の供出増産指導を行なう、また東京府と東京市とを一体化し東京都を制定
  • 1944年内閣参事官、上司に岸信介と関わりの深いとされる迫水久常がいた
  • 1945年:内務省地方局行政課長
  • 1947年:GHQによって内務省解体
  • 1948年:総理庁内事局庶務課長
  • 1949年:地方自治庁連絡行政部長
  • 1950年地方自治庁次長(在任中に自治事務次官(自治庁)改称)8年間勤めたのは最長記録、この間地方自治法、地方財政法、自治大学校設置法、地方公営企業法、地方税法、公職選挙法を作る
  • 1958年:第二次岸信介内閣で内閣官房副長官(長官は赤城宗徳)
  • 1959年東龍太郎都知事の下で副知事を務める(〜1967年)、東はスポーツ分野には詳しいが、政治にはしろうと同然なので副知事に推されたという、オリンピック開催に尽力
  • 1960年:企画室設置(企画立案を一本化)。新宿副都心建設公社設立、副知事兼務で理事長に就任。首都圏整備局設置(計画部門を一体化)
  • 1961年:新都市建設公社設立(多摩ニュータウン開発のための公社)。東京湾改汀港湾計画(2440haの東京湾埋め立て計画を推進)
  • 1964年:東京オリンピック開催
  • 1967年:東京都知事選に自民党から一時擁立の話が持ち上がるが固辞(東京問題から離れる)、日本万国博覧会協会事務総長に就任。
  • 1970年:日本万国博覧会
  • 1971年首都高速道路公団理事長に就任、以後8年間、3、4号線、東名道、中央道などを整備
  • 1978年:自治次官時代にみずからが設置した機関である公営企業金融公庫の総裁に就任
  • 1979年:都知事選に自民党・公明党民社党推薦で立候補、社会党共産党推薦の太田薫日本労働組合総評議会議長と無所属の麻生良方衆議院議員を破り当選
  • 1983年:自民・公明・民社・新自由クラブの四党推薦で出馬、社会・共産推薦の松岡英夫(評論家)を破り再選。
  • 1987年:自民・公明・民社の推薦で出馬、社会党推薦の和田静夫参議院議員と共産党推薦の畑田重夫(政治学者)を破り三選。
  • 1989年:日本人では8人目となる国連平和賞を受賞。1989年11月10日(日本時間11日)、国連本部でメダルが授与された[要出典]
  • 1991年東京都庁舎新宿への移転を巡って、自民党の小沢一郎幹事長(当時)と対立、自民・民社の都連の支援を受け出馬。田英夫や社会党の一部も「非自公民・非共産のよりまし候補」として支援。自民・民社の党本部と公明が推薦した磯村尚徳(NHKニュースキャスター)、共産党推薦の畑田重夫、社会党推薦の大原光憲(中央大学教授)の三人を破って四選。この騒動の責任を取り小沢幹事長は辞任した。
  • 1995年:都知事を退任。
  • 2008年:第2回後藤新平賞(後藤新平の会主催)受賞。9月11日の授賞式では車いす姿でスピーチし、元気な姿を見せた。

[編集] 知事時代の施策

[編集] その他の役職

[編集] 著書

  • 『實例判例挿入地方自治法講義』(金丸三郎との共著(講述)) 1947年 東光出版社
  • 『新地方議会の運営 都道府県市町村議会』 1948年 時事通信社
  • 『地方自治制度』(公務員選書・第4) 1950年 学陽書房
  • 『新地方自治制度』(全訂版)(公務員選書・第4) 1961年 学陽書房
  • 『東京の明日を拓く 東京都知事鈴木俊一発言集』 1982年 ぎょうせい
  • 『世界都市東京を語る』 1986年 ぎょうせい ISBN 4-324-00603-2
  • 『多摩ルネサンスの提言 産・学・官・民交流による多摩ルネサンス・シンポジウム'86の記録』(多摩川流域テクノルネサンス研究協会/編・共著) 1987年 自治日報社 ISBN 4-915211-08-8
  • 『東京・21世紀への飛翔』 1990年 ぎょうせい ISBN 4-324-02478-2
  • 『地球時代の首都経営』 1994年 ぎょうせい ISBN 4-324-04311-6
  • 『回想・地方自治五十年』 1997年 ぎょうせい ISBN 4-324-05326-X
  • 『官を生きる 鈴木俊一回顧録』(政策研究院政策情報プロジェクト監修) 1999年 都市出版 ISBN 4-924831-88-3
  • 『国づくり ロングインタビュー』〔読売ぶっくれっとno.47 時代の証言者7) (下河辺淳/著・鈴木俊一/述) 2005年 読売新聞東京本社 ISBN 4-643-05020-9
    • ほか多数

[編集] 関連項目


6-8代:
美濃部亮吉
東京都知事
9-12代:1979年 - 1995年
13代:
青島幸男
先代:
奥田良三
全国知事会会長
1980 - 1995
次代:
長野士郎
先代:
林敬三
日本善行会会長
第7代:1990年 - 2004年
次代:
川村皓章

最終更新 2009年11月9日 (月) 07:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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