鈴木康友 (政治家)
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すずき やすとも
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| 生年月日 | 1957年8月23日(52歳) |
| 出生地 | 静岡県浜松市 |
| 出身校 | 慶應義塾大学法学部 卒業 |
| 前職 | 会社役員 |
| 所属政党 | 無所属 |
| 称号 | 法学士 |
| 公式サイト | 鈴木やすとも Website |
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| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2007年5月1日 - |
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| 選挙区 | 静岡県第8区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2000年7月 - 2005年8月 |
| 退任理由 | 衆議院解散 |
鈴木 康友(すずき やすとも、1957年8月23日 - )は、日本の政治家である。衆議院議員(2期)を務めた。2007年5月1日から浜松市長を務めている。
目次 |
[編集] 来歴・人物
1970年に浜松市立広沢小学校を、1973年に浜松市立蜆塚中学校を、1976年に静岡県立浜松北高等学校を卒業。同年、慶應義塾大学法学部に入学し、1980年に同大学を卒業。1985年に松下政経塾を卒業(第1期生)。企画会社、コンサルティング会社を経営。
1999年4月11日、北脇保之前衆議院議員(当時)の浜松市長選出馬に伴う補欠選挙に立候補するが、自民党元職の塩谷立に破れ、落選。
2000年に行われた第42回衆議院議員総選挙に出馬し初当選。2003年の総選挙で再選を果たすも、2005年の総選挙では落選した。
2006年12月22日に浜松市長選への立候補を表明[1]。これは当時市長を務めていた北脇保之が、第1次浜松市行財政改革推進審議会(第1次行革審)との関係が悪化しており、北脇に反発した行革審会長である鈴木修(スズキ会長)ら浜松経済界を中心に、鈴木康友を擁立したことによるものである[2]。2007年4月8日に行われた選挙により、現職の北脇らを破り、当選した。同年5月1日より現職。
政令指定都市の市長の中で松下政経塾の出身者は、鈴木の他に横浜市の中田宏と、さいたま市の清水勇人がいる。
[編集] 政策
「こども第一主義」、「くらし満足度向上計画」などの政策提言を実現させるため、市の行財政運営に対する改革を審議することを目的とし2007年8月17日、第2次浜松市行政改革審議会を発足させた。同行革審に対して、補助金や市の外郭団体の改革について諮問した。
2007年6月15日の市議会の答弁では「地産地消の考え方を市民に示すために、市長公用車の更新の際、地元企業の車両を導入していきたい」と発言した[3]。また、北脇市政の元で行われた平成の大合併の際、旧天竜市から引き継いだ、本田宗一郎記念館(仮称)の建設を、新市に引き継ぐことで合併時に浜松市が公約した事業であったが、鈴木はこれを白紙とし、既存施設である旧二俣町役場を活用することで地元住民へ理解を求め、天竜地域協議会においても同意するとの答申を得た[4]。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 静岡新聞 (2006-12-23). "統一地方選関連ニュース:鈴木康友氏、正式出馬表明 浜松市長選2氏激突へ". 2008年6月1日 閲覧。
- ^ 静岡新聞 (2007-01-01). "統一地方選関連ニュース:浜松市長選 現職対経済界の構図". 2008年6月1日 閲覧。
- ^ 浜松市議会会議録 平成19年6月定例会(第3回)-6月15日-12号
- ^ 浜松市役所 浜松市天竜地域自治センター. "浜松市/平成19年度 第6回天竜地域協議会 議事要点". 2008年6月1日 閲覧。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月30日 (月) 06:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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