銅器時代
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銅器時代(どうきじだい)は、石器の使用に併行して早期金属器の使用が現れた、人類文化の発展段階を指す用語である。金石併用時代、純銅器時代とも呼ばれる。青銅器時代に先行して錫を含まない自然銅を鍛造成形して使用する段階である。
一般的にヨーロッパ考古学の著述では「金石併用時代」の使用を避け、「銅器時代」という用語を好んでいるが、中東の考古学者は日常的に「金石併用時代」を使用する。銅器時代は、ヨーロッパにおいて銅器時代が極めて急速に完全な青銅器時代に移行する間の極めて早期に中東で始まった。
この期間は、伝統的な三時期法(石器時代、青銅器時代、鉄器時代)の例外に当たる過渡的なものであり、新石器時代と青銅器時代の間に位置する。 銅が初期には広く利用されず、錫等により合金化される試みが極めて急速に始まったように見えるため、銅器文化及び銅器時代を他の文化、時代と区別するのを難しくしている。
このためこの区分は、通常、紀元前4世紀前後に、銅器文化が見いだせる地域、主に南東ヨーロッパ、西アジア及び中央アジアの考古学者によって適用されるだけである。 また一般的には、ヨーロッパによる征服時点で既に銅と銅合金を使用していたアメリカ文明には適用されていない。オールド・コッパー・コンプレックス(現在のミシガン州、ウィスコンシン州に位置する)では、銅を工具、武器その他の道具に利用されたことを示す遺跡である。これらの遺跡から出土した人工物は、紀元前4000年から紀元前1000年頃のものと推定され、全世界でも最も古い遺跡の1つとして知られている。
アスコ・パルポラ[1]によると、銅器時代である紀元前4300年-3200年の間、インダス文明地域の土器は、南トルクメニスタンや北イランとの類似性を示しており、この事実は無視できない人口移動と交易の存在を示唆しているという。
アルプスのエッツタール渓谷で発見されたアイスマンは、紀元前3300年頃の人間と推定されているが、銅製の斧と燧石ナイフを所持していた。彼は、銅器時代への過渡期のヨーロッパの住民であったように見える。
銅の使用に関する知識は金属自体よりはるかに広く普及した。ヨーロッパの戦斧文化では、鋳造の跡まで石に刻んで模造した、銅斧に似せた石斧を使用している。
ヨーロッパのビーカー文化人は、最初に南西アジアに都市化を採用した文化同様、金石併用文化であったと考えられている。ヨーロッパ中の多くの巨石記念物がこの時期建設されたが、これはインド・ヨーロッパ祖語が話された時期とほぼ同時代であることを示唆している。
[編集] 脚注
- ^ アスコ・パルポラ「インダス文字解読の現状について(Study of the Indus script)」『創設50周年記念第50回国際東方学者会議紀要』pp. 28-66, 財団法人東方学会(東京)、2005年
最終更新 2009年7月14日 (火) 18:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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