鏡 (唐津市)
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なお、唐津市内で単に『鏡』と言えば次の3つのうちいずれかを指すが、本項では1を指す。
- 唐津市立鏡中学校及び唐津市立鏡山小学校の校区にあたる地域(旧鏡村域)
- 鏡、原、宇木、半田、松南町の各大字及び町
- 現在の唐津市で行政区名として『鏡』が用いられる地域(唐津市鏡)
- 昭和自動車鏡山下バス停周辺から唐津大橋に至るまでの区間の国道202号唐津バイパス周辺
- 新東唐津駅土地区画整理事業の事業地内もこれに含まれる
目次 |
[編集] 概要
1954年(昭和29年)、東松浦郡鏡村が唐津市に編入されたことにより唐津市の地名となる。松浦川の東側に位置する。唐津市の都市機能を補完する役割を担っており、北部の国道202号唐津バイパス周辺では郊外型店舗が多数出店している。また北端部にある東唐津駅周辺では土地区画整理事業が行われるなど近年都市化が著しい。
大部分が低地で、稲作が盛んである。
[編集] 人口推移
唐津市の統計による(住民基本台帳人口と外国人登録人口を足したもの)。
[編集] 歴史
古くは松浦郡の郡衙があったとされる。1889年(明治22年)に町村制の施行で鏡村・半田村・宇木村が合併して鏡村が成立した。1948年(昭和23年)に久里村の大字原及び大字柏崎が鏡村に編入され、1954年(昭和29年)には鏡村が唐津市に編入された。
1970年(昭和45年)、唐津競艇場の移転や国道202号唐津バイパスの開通、市清掃センターの稼動など大型公共事業がに同時に完成したことにより北部の様相は一変したが、唐津市中心部とは一級河川の松浦川を挟んでいたため急速な開発が行われることはなかった(当時は和多田の都市化が著しかった)。
1983年(昭和58年)、筑肥線の新線開業に伴い鏡駅が廃止され、東唐津駅が北部に移転した。これにより旧鏡駅周辺は宅地開発や道路のアスファルト舗装が行われ、伴って近辺の開発も緩やかに加速していった。
2006年、1.5車線程度と狭隘にも関わらず交通量が多く危険であった佐賀県道40号浜玉相知線のバイパスが旧筑肥線跡に開通。2007年9月にはそれが唐津市都市計画道路東唐津鏡線と接続し、併せて佐賀県立唐津東中学校・高等学校が移転した。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月17日 (火) 15:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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