長坂町
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長坂町(ながさかちょう)は、山梨県北西部の北巨摩郡にあった町。 町内の三分一湧水、女取湧水が名水百選に「八ヶ岳南麓高原湧水群」として選定されている。
2004年(平成16年)11月1日に長坂町を含めた北巨摩郡7町村が合併、北杜市となった。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
八ヶ岳南麓は旧石器時代から縄文時代の遺跡が数多く分布する地域であり、町域だけで200ヶ所以上の考古遺跡が確認されている。縄文時代の遺跡では長坂上条の酒呑場遺跡が縄文中期の大規模集落遺跡、長坂上条遺跡は縄文後期の配石遺構の見られる遺跡として知られる。平安時代に至ると八ヶ岳南麓では牧経営と関係した計画的集落が出現し町域でも柳坪遺跡など大規模集落が見られ、中世には長坂氏屋敷跡などの土豪屋敷が分布している。
信濃国境に近いことから戦国時代には武田晴信(信玄)期の信濃侵攻における軍事的拠点となり、町域では信濃村上氏との合戦も行われた。
1874年(明治7年)、大小切税法廃止後の反対一揆(大小切騒動)の後に赴任した県知事藤村紫朗は税負担軽減のため殖産興業の諸政策を展開し、旧士族など移住者を募って原野であった日野原の開拓を実施する。開拓は県権参事の富岡敬明が指揮。養蚕指導者を招き桑栽培や養蚕技術を普及させるため日野原養蚕飼育場が設置され、失敗したもののブドウや茶の栽培も試みられた。その後も開拓団の入植は行われるが離殖者が多く、近年は自然を活かした観光産業に移行している。
[編集] 沿革
- 1874年(明治7年) 大八田村、夏秋村が合併して秋田村となる。渋沢村、塚川村、長坂上条村、長坂下条村、日野村が合併、日野春村となる。
- 1875年(明治8年) 片颪村、中丸村、松向村が合併、清春村となる。大井ヶ森村、小荒間村、白井沢村が合併、小泉村となる。
- 1889年(明治22年)7月1日 市町村制施行。秋田村、小泉村、日野春村は合併を伴わずに発足。清春村片颪、中丸地区が清春村として発足。清春村松向地区は同郡篠尾村に編入。
- 1955年(昭和30年)1月20日 秋田村、清春村、日野春村が合併し町制施行、長坂町が発足。
- 1955年(昭和30年)3月30日 小泉村を編入。
- 1955年(昭和30年)7月1日 片颪地区が離脱、同地区は鳳来村、菅原村、駒城村と合併し白州町となる。柳沢地区が離脱、同地区は武川村に編入。
- 2004年(平成16年)11月1日 須玉町、高根町、白州町、明野村、大泉村、武川村と合併し北杜市となった。
[編集] 地域
[編集] 教育
- 組合立甲陵高等学校
- 山梨県立北杜高等学校
- 組合立甲陵中学校
- 長坂町立長坂中学校
- 長坂町立秋田小学校
- 長坂町立小泉小学校
- 長坂町立長坂小学校
- 長坂町立日野春小学校
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
[編集] 高速道路
[編集] 都道府県道
- 山梨県道17号茅野小淵沢韮崎線
- 山梨県道32号長坂高根線
- 山梨県道608号長坂小淵沢線
- 山梨県道609号小荒間長坂停車場線
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 三分一湧水、女取湧水(名水百選)
- オオムラサキセンター
[編集] 関連項目
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