長岡工業高等専門学校

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長岡工業高等専門学校

高専設置 1962年
創立 1961年:国立長岡工業短期大学
学校種別 国立
設置者 独立行政法人国立高等専門学校機構
校長 高田 孝次
所在地 940-8532
新潟県長岡市西片貝町888
学科
(準学士課程)
機械工学科
電気電子システム工学科
電子制御工学科
物質工学科
環境都市工学科
専攻科
(学士課程)
電子機械システム工学専攻
物質工学専攻
環境都市工学専攻
ウェブサイト 長岡工業高等専門学校公式サイト
校舎4号館
校舎6号館

長岡工業高等専門学校(ながおかこうぎょうこうとうせんもんがっこう、Nagaoka National College of Technology, NNCT)は、新潟県長岡市に所在する国立工業高等専門学校。略称は長岡高専

目次

[編集] 概要

長岡工業高等専門学校(以下、「長岡高専」)は、国立長岡工業短期大学を前身とし、高等専門学校制度が発足した1962年に国立高等専門学校第1期校12校のひとつとして設置された。現在は独立行政法人国立高等専門学校機構が設置・運営している。本科5学科・専攻科3専攻で構成し、本科は約1,000名、専攻科は約40名、合計1,000名以上が在学している。

学校は小高い丘の上にあり、学校までの坂道は、学校関係者の間では「高専坂」と呼ばれる。また、すぐ近くには悠久山公園や長岡市営スキー場、東山ファミリーランド、長岡大学などがある。長岡高専が立地している長岡市西片貝町付近は、校歌の歌詞にあるように「高志台」と呼ばれているが、それは昭和の大合併で長岡市に編入されるまで、学校の所在地(長岡市西片貝町)が古志郡栖吉村だったことに因む。

学校指定の制服はなく、私服による通学が可能である。また就職率が高く、毎年多くの企業から求人がある。大学へ進学する場合は、編入学制度を利用することによりセンター試験を受けずに国立大学3年次へ編入学することも可能である。

尚、長岡高専は全国の高専の中でも比較的進学率が高いが、その大半は長岡技術科学大学への編入学及び長岡高専専攻科への進学である。他に新潟大学を始め、極少数ではあるが、旧帝国大学である東京大学京都大学東北大学へ進学する者も存在する。

英語表記については、以前はNagaoka Technical College, NTCであった。 この「NTC」という英語表記は、学生服等につけるバッジのデザインにも使用されていたが、前述のように学校指定の制服がなく、バッジをつける機会が少ないため、学校関係者以外で「バッジ」の存在を知る人は多くない。 なお当時、学生服等につける「バッジ」には、学科の略称(後述)であるM、E、C、Ci の金メッキのバッジ(科章)も存在した。前記「NTC」と、この「科章」両方のバッジをつける人も、それほど多くはなかった。

[編集] 校長

  • 初代 山崎貫三
  • 二代 田健一
  • 三代 大戸敬二郎
  • 四代 池田溯次
  • 五代 高橋旦
  • 六代 岡本祥一
  • 七代 小川正二
  • 八代 高田孝次(現職)

[編集] 教育理念・目標

  • 教育理念
「人類の未来をきりひらく、感性ゆたかで実践力のある想像的技術者の育成」
  • 教育目標
  1. 人類の福祉と地球環境に配慮できる人間性と倫理観をもった技術者の育成
  2. すぐれたコミュニケーション能力と国際的視野をもち、多様な価値観を理解できる技術者の育成
  3. 早期技術者教育の特長を生かし、科学と技術の基礎を身につけた、健全で創造性ゆたかな技術者の育成
  4. 工学の専門知識とものづくりのスキルをかね備え、情報技術を駆使できる技術者の育成
  5. 多面的思考力と計画力をもち、課題の解決と技術の開発を実行できる技術者の育成
  6. 地域の産業と社会に連携し、時代の要請に応えられる実践力のある技術者の育成
  7. 自発的学習能力を身につけ、継続的に自己啓発のできる技術者の育成

[編集] 沿革

[編集] 学科

[編集] 本科(準学士課程)

本科は以下の5過程が設置されている。(括弧内は略称)

  • 機械工学科 (M)
  • 電気電子システム工学科 (EE) : 旧 電気工学科 (E)
  • 電子制御工学科 (EC) : 平成2年度に機械工学科2学級のうち1学級を改組
  • 物質工学科 (MB) : 旧 工業化学科(C)
  • 環境都市工学科 (Ci) : 旧 土木工学科

各学科1学級(定員約40名)で編成されており、各科の専門教育並びに一般教育科の一般教育を受講する。 物質工学科は4年次より「材料工学コース」及び「生物応用コース」に分かれる。 5年制の一貫教育を経て、卒業者は「準学士」と称することができる。

[編集] 専攻科(学士課程)

専攻科は、以下の3過程が設置されている。(略称はAc)

  • 電子機械システム工学専攻:定員12人
  • 物質工学専攻:定員4人
  • 環境都市工学専攻:定員4人

2年間の専攻科を卒業し、大学評価・学位授与機構の行う審査および試験に合格すると、「学士(工学)」の学位が授与される。

[編集] 施設・設備

総敷地面積は121,810m²であり、そのうち野球場が17,124m²を占めている。かつては職員宿舎が敷地の隅に存在していたが、不安定な盛土の上に建てられており、また築40年近く経過していたため新潟県中越地震において損壊した後、再建は行われていない。

学校施設や学生寮にはほぼ全ての部屋がLANで繋がっており、インターネットを使用することができる。なお、学生寮の内部回線はHomePNAを利用していたが、平成20年度の夏休み期間中に大規模工事(総工費約700万円)を行い、すべての回線を高速化した。そのため今はHomePNAを使用していない。

[編集] 教室、実習施設

授業や卒業研究等で使われる施設は以下のものがあり、以下の建物間では1階~3階レベルの渡り廊下で接続されている。

  • 1号館
  • 1号館中央棟
  • 2号館
  • 3号館
  • 4号館
  • 5号館
  • 6号館
  • 機械工場 (3号館1階)
  • 溶接・鋳造工場 (同)
  • 機械実験棟
  • 雪氷低温研究施設

[編集] 学生寮

高志寮1号館

学生寮を校地内に備えており、男子学生寮を「高志寮」、女子学生寮を「清花寮」と呼ぶ。高志寮は1号館、2号館、3号館、4号館(4号館西棟)、4号館増築(4号館東棟)で、清花寮は1棟のみで構成されている(人数の調整により年度によっては、高志寮1号館の3階を女子寮とし、同1階を男子寮として使用する場合もあった)。ただし2006年度では高志寮1号館の2・3階が女子寮となり、1号館1階には管理棟から寮務係及び宿直室が移転した。これら合計で300名以上(全校人数の約3分の1)が入居できる容量を備えている。(数字は2006年度。2005年度は中越地震の影響で高志寮3号館が使用不能であったが、2006年3月に新築工事が終了し、2006年度4月より使用可能となった)

学生寮への入寮は希望制で、1・2年生の間は基本的に希望すれば入寮できるが、寮の容量の都合上、定員を超過した場合は3年生以上になると自宅通学が可能な距離である、もしくは経済的に自宅外通学が可能である場合は継続入寮ができなくなることがある。ほかにも出席時数が極端に少なかったり、規則違反(警告)を受ければ自宅から通えない距離でも入寮が認められない事がある。

高志寮と清花寮のどちらとも、1年生は「指導寮生」と呼ばれる2・3年生と同室で生活し、指導寮生は寮生活についての指導にあたる。

寮内には談話室や補食室といった設備があり、談話室にはテレビがそれぞれ一台ずつ備えられている。補食室には電子レンジや電磁調理器等があり、軽食を食べるといったことが可能である。なお以前は電磁調理器でなくガスコンロであったが火災防止のため、電磁調理器に交換されている。

また、寮内には数ヶ所に自動販売機が設置されている。かつて設置されていた公衆電話は、利用が少ないため撤去された。

[編集] 図書館

図書館は、本校の学生や職員は勿論、学外の一般の人も利用できる。図書館の2階には、和書・洋書を合わせて107,451冊(2007年5月現在)の蔵書があり、さらに雑誌が1,689冊(同)ある。図書館内は携帯電話の使用や飲食は禁止である。自由に利用できる情報検索用のパソコンが4台設置されている他、DVDLDを鑑賞することのできる席が4席、読書や勉強用の席が70席設置されている。なお、地震後に改修工事を行ったため、改修工事前よりも広くなっている。

また図書館の1階には、学習室が3室、学習コーナーとブラウジングコーナーが各16席ある。情報検索室には、パソコンが10台設置されている。

[編集] 体育施設

敷地内には、以下の体育施設がある。

  • 野球場
  • グラウンド(300mトラック)
  • 第一体育館
  • 第二体育館
  • テニスコート
  • プール(25m)
  • 柔道場
  • 剣道場

[編集] 売店・学生食堂

学生食堂は福利施設棟(洗心館)の1階に、売店はその手前にある。売店内には大光銀行ATM、コピー機が設置されていて、ジュース、パン、お菓子などが販売されている。学生食堂の名物は油そばラー油をかけて食べるのが人気)である。学生食堂には、ほかにもそばうどんラーメンや日によって変わる定食など種類が豊富に揃っている。

洗心館の2階は、主に文化部の部室と学生会室となっている。 洗心館の外には喫煙所もあり、教員や成人した学生が利用できる。

[編集] 総合情報処理センター

情報処理センターには第1端末室、第2端末室、第3端末室の3つの端末室があり、合計で約100台のパソコンが導入されている。第1端末室は授業時間以外にも開放されているため、放課後に課題や調べ物などをしている学生がよく見られる。また、全てのパソコンにはWindows XP Professional SP3がインストールされている。

また、全ての教官や学生に、長岡高専のドメインのメールアドレスが与えられ、在学中は自由に使用できる。

[編集] 地域共同テクノセンター

地域共同テクノセンターは、地域に開かれた高等教育機関として2002年11月に校舎6号館の1階部分に設置された。2006年に3号館が新しくなってからは、そこの2階へ移った。

このセンターは地域産業との共同研究などを積極的に推進することを目的とし、2003年度では企業会員が108社、個人会員が13人加入している。

[編集] 部活動

部活動の参加は自由制であり、複数の部活に同時に兼部することも可能である。学生会の中に「部活動推進支援部」が置かれ、以下の部活動が活動している。(部活動の新設・廃止などがあるため、最新でない可能性がある。)

  • 運動部


  • 文化部


[編集] 行事

[編集] 高専行事

[編集] 学校行事

文化祭が年間通して最大の行事である。特に3年に1度行われる高志祭は規模が最も大きく、過去にはDragon Ashアンダーグラフ、さらに遡れば、当時の教授と同じ大学の卒業生だったEPOのライブも行われた。

  • 見学旅行 (4年生)
  • 遠足
  • 学園祭 (未工祭、高志祭)
  • 球技大会
  • 体育祭(運動会と呼ばれている。ちなみに雨天時は球技大会)
  • 工場見学(3年生)
  • スキー合宿 (2年生)
  • 合宿研修(1年生、専攻科1年生)
  • 体験入学

[編集] 寮行事

  • 寮祭 (夏、冬)
  • 寮内球技大会
  • 避難訓練
  • 草取り

年2回の寮祭が最も盛り上がり、露店(夏のみ)や演劇なども開催される。年度末には、学生から募集した文章などを掲載した冊子、「断層」が発行され、全寮生へ配布される。

[編集] 入学・編入学

高専に入学するためには、高等学校と同様、中学校卒業程度の資格が必要である。また、帰国子女の枠も用意されている。高専3年次からは海外から留学生を受け入れている。

高専4年次へ編入学する場合は、高等学校卒業または同程度の資格を必要とし、編入学試験を受ける必要がある。

専攻科に入学する場合は、推薦入試・一般入試を受ける必要がある。(2006年度より専攻科の入試は年1回のみとなった。)

[編集] 新潟県中越地震による影響

地震で崩落した寮への道路

2004年10月23日に新潟県小千谷市を中心として発生した新潟県中越地震により、校舎ならびに学生寮が甚大な被害を受け、休校となった。新潟県中越地震の長岡市の最大震度は公式のものとしては長岡市役所付近での「震度6弱」であったが、長岡高専の立地している悠久山丘陵地帯には、真下に「悠久山断層」と呼ばれる活断層が走っていたため、校内にあった震度計では非公式の計測ながらも「震度6強」を観測した。

そのおよそ1週間前の10月17日にロボティクス部は高専ロボコンの全国大会への出場権を得ていたが、地震のため校内での活動が不可能となった。しかし、被害が同校に比べ少なかった長岡技術科学大学の協力により、全国大会への出場を達成した。

また、地震発生直後から長岡高専のOBや他の高専などから多くの義援金や支援物資が送られた。

震災直後からの関係者による復旧活動により、同年12月6日に長岡技術科学大学にて専攻科および高専5年の授業が再開、高専1年から4年の授業については2005年1月4日に同高専校舎にて再開された。しかし授業の内容が著しく遅れていたため、5年生及び専攻科生は春季休業までの約4ヶ月間は祝日にも、1年から4年は春季休業までの約3ヶ月間は土曜日や祝日にも平常授業が行われた。

[編集] 地震時の対応

地震が起きたのは休日だったため、学内には殆ど人は残っていなかった。地震によって校舎5号館がガスによって爆発した影響で一人が軽い怪我をしたが、人的被害はそれだけで済んだ。 当時学生寮には約半分ほどの学生が自宅へ帰省していたが、残っていた学生は素早くテニスコートへと避難した。地震が発生したのはちょうど夕食前だったため、テニスコートへ避難して1時間ほど経ってから夕食の炊き出しがテニスコートで行われた。

その後、寒さを凌ぐために一度食堂へ移動した。その際、食堂のホールにあるテレビや個人が持ち合ったラジオ等により、地震の情報を全員が知ることができた。また、建物の大まかな損傷具合などを専門である環境都市工学科の教官を中心に調査が行われ、第2体育館が安全だということで第2体育館へ避難することになった。それにあたり、毛布や貴重品等の簡単な荷物搬出が行われた。

荷物搬出は高志寮1号館1階から3号館4階まで順に速やかに行われた。しかし高志寮4号館は食堂付近の2本の柱に巨大なせん断状の亀裂が走っていたため危険と判断され、荷物を取りに戻ることが許されなかった。しかし実際に危険だったのは多くの主要な柱が変形していた3号館のほうであったことが後の調査で判明した。

その後全員が第2体育館へ避難して夜を明かしたが、本来はすぐ近くの栖吉小学校や栖吉中学校に避難するはずであった。しかし近隣の住民が既に多数避難しており、容量が限界であったために断念した。また、長岡市から緊急用の毛布が支給され、荷物搬出を行えなかった4号館生を中心に手渡された。

[編集] 地震後の復興

[編集] 校舎・実習設備

校舎は2005年3月までに校舎5号館と6号館の修復工事が行われ、同年4月からは従来どおりの使用が可能になった。特に校舎6号館は2~5年生の教室が入っていたため、修復工事が完了するまでの間は他の建物のあらゆる教室を仮の教室として代用した。また、2005年度からは以下の建物が建て直される予定であり現在工事が進められているが、校内の移動が制限されるなど、窮屈な学校生活を強いられている面もあった。しかし多くの工事は2005年度中に終了し、2006年度以降からは非常に設備的に恵まれた環境となった。

以下の建物が建て替えられた

  • 校舎3号館
  • 機械工場(3号館内に移動)
  • 鋳造工場(同上)
  • 学生部室
  • 福利厚生棟

その他以下の建物が改修された

  • 校舎1号館
  • 校舎1号館中央棟
  • 校舎2号館
  • 校舎4号館 (一部)
  • 第1体育館
  • 第2体育館
  • 図書館

[編集] 学生寮

地震後、高志寮3号館が使用不可能になったため、寮の容量が著しく低下した。また、高専5年・専攻科の授業を長岡技術科学大学で再開することになり、高専5年・専攻科は高志寮から新潟大学の施設である和光寮へ移り生活した。

高志寮3号館のほかに寮食堂も建て替えが決定したが代替施設がまだ存在しなかったため、新しい食堂が竣工するまでの間は被災した食堂を使用し続けることになった。

2005年6月からは本格的に復興工事が始まり、まず高志寮3号館と渡り廊下が取り壊された。渡り廊下は洗濯場から寮食堂や高志寮4号館まで至る区間と、高志寮2号館と高志寮3号館を接続する2本がそれにあたる。そのため、食堂や高志寮4号館と高志寮1号館・2号館の間を移動する際は屋外の道路を使用しなければならなくなった。

また、2005年10月からは清花寮を除く全館で大規模な改修工事が行われた。それに伴い、寮の容量がさらに低下するため、一部の上級生などは和光寮に移って生活することになった。

2006年3月には高志寮3号館と新しい食堂が完成し、4月から使用されている。

[編集] 交通アクセス

所在地 : 新潟県長岡市西片貝町888番地

[編集] 鉄道

最寄り駅:JR東日本長岡駅。 長岡駅は、上越新幹線および信越本線の駅である。上越線を経由する列車にも乗車できる。

[編集] バス

長岡高専へは、越後交通が運営しているバスを利用できる。長岡駅東口バスターミナルから乗車する。

  • 1番線「成願寺」行きに乗車、「高専前」で下車。運賃210円。
  • 2番線「裏門経由悠久山」行きに乗車、「片貝入口」で下車。運賃200円。

下車後、それぞれ徒歩10分程度で長岡高専へ到着できる。「片貝入口」となりの停留所である「栖吉小学校前」を利用すると、運賃が170円になるのでお得。 また、平日の朝には高専直通のバスも3本運行される。

[編集] 自家用車

[編集] 空路

長岡市上空は飛行機の航路になっているが、長岡市に空港は存在しないため、最寄の空港は新潟市の新潟空港である。

[編集] 出身者

  • 神林長平(SF作家、日本SF作家クラブ会長(11代目)。代表作は「敵は海賊」シリーズ、「戦闘妖精・雪風」シリーズなど)
  • 梶勉(三条市議会議員)専機10回(1976年卒)
  • 中村耕一(長岡市議会議員)専機11回(1977年卒)
  • 松井一男(長岡市議会議員)専土6回(1978年卒)
  • 石平博(博士(工学)(長岡技術科学大学)、山梨大学准教授、1990年卒)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年10月5日 (月) 23:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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